催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
普通の家だな、と、おじさんは東郷家を見て思った。
大して大きくもなく、金持ちの屋敷のような格の高さも感じられない、普通にどこでも見れるような家であった。
インターホンを押した瞬間、須美の体がこわばるのを、おじさんは感知する。
鷲尾の名字を名乗ると、家の中からドタバタした音が聞こえて、東郷の家の夫婦――『東郷美森』の両親――が飛び出してきた。
「! 美森……!」
「……お父さん、お母さん」
「どうしてここに……」
おじさんの洞察力は非常に高い。
いっぱいいっぱいの須美が気付かないようなことにも気付く。
両親と娘が今、互いに駆け寄って抱きしめ合おうとして、一歩踏み出す前に止まったことも。
互いに第一声に何かを言おうとして、言おうとした言葉を止めたことも。
おじさんは気付き、親子揃って不器用なことに心底呆れていた。
こんなにも呆れたのは、ポケモンアニメの新シリーズ第一話で記憶がリセットされたサトシ君を見た時以来である。
"似たもの同士の親子だな"と思って、おじさんはふと気付く。
須美と、実の母親は、とてもよく似ていた。
―――たとえばお前の知る限り一番美人な女とか教えてくれる?
―――お母様です!
―――クッソォ純粋な小学生特有の曇り一つ無い綺麗な返答しやがって
催眠は心の声を率直に引き出す。
おじさんはあの時、須美は家族の贔屓目で言っていたと思っていた。
だがあの時、須美が言っていた"お母様"が鷲尾家の母ではなく、東郷家の母だったとしたら? 須美が贔屓目で言っていなかったとしたら?
須美の本心において、『母』が誰なのか、揺るぎなく決まっていたとしたら?
理性は鷲尾家の母を母と思っていても、感情が、違う母をまだ一番に愛していたとしたら?
おじさんは更に呆れの溜息を重ねた。色んな事柄への、呆れの溜息だった。
事実、須美の母親は美人だった。
須美の年齢を考えれば三十台半ばを過ぎていると推測できるが、見たところ二十代前半くらいにしか見えず、須美をそのまま大人にしたような絶世の美女だった。
須美の母親は美人だったが、顔を見るだけで須美を連想するくらいに、娘と似ていた。
おじさんが手を出す気が失せてしまうほどに。
須美の本当の父親が、須美に暖かな言葉をかけようとする。
「元気そうで良かっ……どうして来たんだ?」
だがそれを、途中で思い留まり、別の言葉を選んだ。
それが分かったのか、須美の表情に僅かな悲しみが差す。
それを見た父親の表情も、少し曇った。
血縁を感じる、不器用同士の、望まずして相手を傷付け合う円環ができてしまっていた。
須美も、父親も、分かっている。
子供は弱い。
己の感情に弱い。
東郷の家の家族の繋がりが残っていれば、親が子に優しさを見せてしまえば、その暖かさにすがって須美が元の家に戻りたいと言い出してしまうかもしれない。
そうなればちょっと大変だ。
勇者に家格を与えるために鷲尾の家に移したというのに、勇者自身がそれを拒む。
それはこの世界の倫理感からすれば、あまりよろしくない。
『神の理の下にある決まり事』には従うことが当然で、それに逆らうことは常識的ではなくて、その決まり事というのは大体神様ではなく人間が作っている。
それを破られて都合が悪いのも、きっとどこかの人間だから。
須美は言葉に窮して、おじさんの後ろに隠れるようにして、彼のシャツの背中を握った。
「お、おじさま……」
須美の父はそれを見て、ある程度状況を察したようだった。
「叔父様? そうか、あなたが鷲尾の家の……
美森の……いえ、今は須美の、家族の方ですか」
「っ」
「あーはいそうですね、そうそう。今の須美の叔父ですね」
須美の父親は呼びかけた『愛する娘の名前』を言い直し、須美は名前を言い直されたことに軽くショックを受け、おじさんは脳天気な喋り方をしていた。
「いいんですかこんなところに連れて来て。
勇者に相応しくない家格とは切り離すのが須美のためという話でもあったのでは?」
「あーはい許可出ましたよ出ました。いつでも会って良くなったんですよハイ」
「……本当に? 大赦がそう言ったんですか?
そうでないならあなたにも処罰が行きます。今の内に帰った方が」
「『小生の言うことは無条件で信じろ』」
「「 ぐえー 」」
「お父さん!? お母さん!?」
「娘側だけが面倒臭えかと思ってたらそんなでもないんかなこれ……」
面倒臭い事情の気配があった。
こんがらがった家族の繋がりの気配があった。
そうそう修復できなさそうな厄介な関係の気配があった。
が。
おじさんからすれば知ったこっちゃない。
おじさんは暇潰しに来たのであって、苦労しに来たのではないのだ。
可及的速やかに解決してろカス、というのが彼の本音であった。
「『大赦』ねえ。そんな偉いのか。そっちにはまだ調査の手入れてねえんだよな」
大赦。
須美から聞いた話によると、総理大臣より偉いというこの世界の行政機関だとか。
祭事や神事でこの国の中核を司っているという。
大赦は神樹様の代弁者で、大赦より偉い機関はなく、大赦の決めたことに逆らえる存在は基本的にない、と須美はおじさんに教えていた。
須美を勇者にしたのも大赦。
東郷美森を鷲尾須美にしたのも大赦。
須美に戦いのお役目を伝えたのも大赦であるという。
須美の親が"親らしく"振る舞い娘に接することができないのも、大赦の命だろう。
おじさんの目には、良いことも悪いことも大体原因は大赦にあるように映る。
まるでツイッターの一部の人の脳内にのみ存在する安倍総理みたいな存在だな、と催眠おじさんは思った。
"勇者がタイシャノセイダーズ結成とかせんのか?"とか考えつつ、おじさんは指を振る。
「かくかくしかじか、侃々諤々、そういうことで。オラッ催眠!」
「「 あばばばば 」」
おじさんは継続して催眠をかけ、良い感じに東郷家の両親の精神に催眠をぶっ刺していく。
須美は不安げにおじさんに声をかけた。
「大丈夫ですかこれ? 脳に変な影響残りませんか? 私の実の両親ですよ?」
愛する両親に怪しげなおっさんが怪しげな術をかけているのにこの程度の反応なのは、須美にしっかりと催眠が浸透し、おじさんを信頼している証拠である。
「安心せえ。小生の催眠は脳の細胞と血管を刺激するので脳梗塞とかの予防になるんだ」
「ボケ予防で脳を動かすアレみたいな話ですね……」
「何、めちゃくちゃにいじるってわけじゃない。
そうだな。みー子がたまに会いに行っても暖かく迎える。
みー子に週に一回電話をかけさせるようにする。そんなもんでいいだろ」
「……いいんでしょうか、こういうの。
大赦の人は、そういう甘えは勇者の弱さに繋がるからいけないって言ってましたけど……」
は? と言わんばかりに、おじさんは今日一番に呆れた顔をした。
「アホか? 家族と触れ合って弱くなる奴がどこに居るんだ?」
「でも」
「弱くなったらみー子のせいだろ。
家族と触れ合う=弱くなるなんてこたーねえ。
それで弱くなったらお前が家族と触れ合って弱くなる珍しい雑魚だったってだけでは?」
「うぐっ」
「逆に言えば、お前が勝ってる内は何も失わねえし、誰も文句言えねえはずだ」
「む」
「家族と一緒に過ごした程度じゃ腑抜けにもならない。
弱くもならないし負けることもない。
そういう自分をかっこよく見せてみろよ。勇者なんだろうが、やれや」
「……はい!」
ヘタクソな激励だと、須美は感じた。
「勝て、みー子。メスガキは負けないんだぞ」
「メスガキ……? 私のことですか……? なんか妙に煽られてる感じしますね」
「ククッ、勝て勝て。
勝ったやつが総取りだ。
人生ってのはそういうもんだぞ?
まあお前らが総取りしたものは小生が総取りするんだが」
「おじさまが総取りなら安心ですね」
「おう。頑張った奴の総取りじゃない。
頑張ってる奴らから卑劣に搾取してる奴の総取り……これが催眠の醍醐味ってやつだな」
おじさんが指を一度鳴らすと東郷家の両親の目から光が消え、もう一度鳴らすとその目に光が戻り、ちょうどいい塩梅の催眠の植え付けは完了した。
「よし、完了。もう大丈夫だな。
後は何だ、大赦の方にも催眠かけたら心配はなくなるな。
みー子の家庭事情解決ついでに世界征服完了しちまうか。神樹に催眠効くのか知らんけど」
「ありがとうございますおじさま!」
「いいぞいいぞ、もっと讃えろ、もっと褒めろ」
「ふん……この私を前にして逃げなかったことは褒めてあげます」
「いつ少年漫画のボスキャラみたいに褒めろっつった?」
「すみません、褒め方あんまり知らないんです」
「嬉しい以前にびっくりしたわ」
おじさんは「どっこいしょ」と腰を上げ、「おじさんくさいですね」という須美の指摘に「うるせえ」と返し、手をひらひら振って須美に背を向ける。
「三人で話してろ。コンビニでファミチキ買ってくる」
「ファミチキ? なんですかそれ?」
「嘘だろこの世界ファミチキないの!?」
やめてくれよ嘘だろ……と言いながら、おじさんは須美から離れていった。
須美は名残惜しそうにおじさんを送り出す。
「小生は勇気を出せと催眠はかけんが、勇気を出せと勧めてはおく。命令ではないからな」
家族三人水要らずの時間を作ってくれたことは、須美にも分かっていた。
分かっていたが、ここに居てほしかった。
須美はおじさんを邪魔だとは思わなかったし、今の家族を、新しい家族を、血の繋がった家族に直接紹介したいという気持ちがあったから。
次はおじさまと鷲尾の両親と一緒に話そう、と須美はちょっと前向きに考え始める。
須美の思考は催眠によっておじさんに都合の良い指向性を持たされているが、催眠に規定された範囲内であれば思考も推測もできる。
『催眠で家族になっているだけの自分が、須美の家族として紹介されるのは相応しくない』とおじさんが考えているのだと、須美は推測していた。
それが正解かは分からない。
おじさんがそう思っているかなんて分からない。
須美はおじさんに好意的になる催眠がかかっているため、間違っている可能性の方が高い。
それでも、須美はそれが真実だと信じていた。
「お父さん、お母さん」
須美は息を深く吸い、吐く。
絞り出すように、勇気を出す。
さっきまでおじさんの後ろに隠れて、言いたいことも言えなかったのが須美だった。
だがもうおじさんは居ない。
須美はちゃんと勇気を出して、血の繋がった両親に想いをぶつけなければならない。
おじさまはそういうことも考えていたのかもしれない、と須美は思った。
戦う勇気はあった。
毎日のようにしている訓練を終えたら、どんな怪物が相手でも立ち向かう勇気はあった。
どんなに怖くても、戦う勇気はあった。
けれど、両親にちゃんと自分の気持ちを伝える勇気はそれとは別で、今ここで、彼女が一人で振り絞らなければならないものだった。
他の誰でもなく、鷲尾須美自身のために。
"勇者"という肩書きの人間で在るために。
「私、ちゃんとやってます。ちゃんとやれてます。だから、心配ないです」
須美が毅然とそう言うと、両親の肩の力が抜けて、隠しきれない安心が表出したのが、須美の目にも一目瞭然だった。
須美のような子供ですら「総理大臣より偉い」と言う大赦。
そんな大赦に命令され、愛娘と引き剥がされた両親の気持ちはどれほどだっただろうか。
愛娘が命がけの戦いに放り込まれると聞いて、両親は何を思っただろうか。
喧嘩をしたこともないような娘が戦えるなどと、思ったはずがない。
赤の他人の鷲尾家に入れられて娘が幸せになれるだなどと、思ったはずがない。
辛く思ったはずだ。
怒りを覚えたはずだ。
悲しみだって感じたはずだ。
薄情な両親の下に生まれたなら、鷲尾須美/東郷美森はここまでまっすぐに育たない。
―――それでも。『あなたの娘が勇者として戦わなければあなたの娘諸共世界が滅びるだけです』と言われたなら、東郷家に選択肢などなかった。
きっと両親の気持ちの一割も、須美は理解してはいないだろう。
子供でいる限り、この親の気持ちは決して分からない。
メスガキに親の気持ちを"わからせる"ことができるのは催眠おじさんだけだ。
子は親を理解してはいないが、愛はあった。
親が子供を理解していて、子供が親を理解していなくても、親と子は愛で繋がっている。
自分が出した『勇気』が両親の心に救いを与えたことを、理性による理解ではなく感覚による理解で察し、須美はちょっとだけ、自分が誇らしくなった。
「この家に生まれて。
この家で育って。
勇者になって。
勇者として結果を残せば、この家のためになるって言われて。
勇者に恥じる行いをすれば、この家の恥になるって言われて。
だから頑張れたんだと思います。
まだ勇者のお役目の日は来ないけど、これからも頑張れます。
私は……物心ついた時から、ちゃんと私を大切にしてくれた両親が居たって、覚えてるから」
鷲尾須美は――東郷美森は――血の繋がった両親にとって、誇りだった。
「私、そんなに強くないから。
自分のためだと頑張れないし、勇気も出せない。
でも、家族が居るから。
周りにいい人がいっぱい居たから。
皆のためなら……"勇気ある者"になれるんです。
皆が居るなら訓練も実戦も頑張れます。だから、心配しないでください」
神樹が、人を守る神が、東郷美森/鷲尾須美を勇者に選んだ特別な理由があるとすれば、それはきっとここにあった。
「……だけど、それとは別に、話したいことがいっぱいあるんです。
楽しかったこと。
寂しかったこと。
辛かったこと。
頑張ったこと。
私を大事にしてくれる人のこと。
私のことを面倒臭いとか言うけど、私よりずっと面倒臭い人のこと……」
須美は"私は大丈夫"と、勇気を出して言った。
そして、"大丈夫だけどお話したい"と遠回しに言う。
子供はいつだって、親の前で強がるし、親に甘えたいものだ。
両親は柔らかに微笑み、両腕を広げ、須美を迎え入れる。
「おいで、美森」
「! はい!」
須美は両親のもとに飛び込んで、抱きしめられて、一年ぶりの親の暖かさを感じてちょっと泣きそうになったが、涙を頑張って引っ込める。
『私は勇者だから』と、自分に言い聞かせながら。
「……私、離れてようやくちゃんと実感できたんです。二人のこと、大好きで、大好きで……」
「ああ、私達もだよ」
「私達もね、美森に伝えたいことがいっぱいあるのよ」
親子三人が笑顔を見せ合い、心を繋げる。
一方その頃催眠おじさんは、自転車に勢い良く跳ねられていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「クソぅ……! 咄嗟の催眠術で自転車の慣性力なんて止められるか……!」
「すみません、ソシャゲの周回で両手両耳両目使いながら肘で運転してたばっかりに」
「青天井麻雀なら一発で卓終了確定の役満フルクロスやめろや」
「本当にごめんなさい。じゃあ私は走らないといけないのでこれで」
「走るってのは自転車のことか?
ソシャゲのイベントのことか?
後者のことだろうなァ! 『運転中にソシャゲは一生やるな!』」
「はぐっ」
「クソが……催眠おじさんを怒らせると一生モノの催眠をかけられると思い知れ……!」
正義の勇者の眼の届かないところで、催眠おじさんは一人の人間に一生消えない傷を付け、その後の一生から一つ『自由に生きる権利』を奪った。
催眠は人から自由を奪う。
好きに生きる権利を奪う。
おじさんを跳ねた自転車の運転者はこの先一生、自転車上ソシャゲもできないのだろう。
全力で催眠をぶち込み、自転車に衝突されたケツをさすりながら、おじさんはコンビニに向かって行った。