催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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催眠感度6倍

 おじさんは適当にそのあたりを散歩し、程々に時間を潰してから東郷家に戻り始めた。

 並木道の中で、大きく息を吐き、肺を満たすように大きく息を吸う。

 それだけで、おじさんはどこか心地良い気分になっていた。

 

「空気が綺麗だよなこの世界……過剰なくらいに」

 

 車の排気ガスや工場の排煙のようなものが、ほんの僅かにもない。

 "管理された空気"特有の綺麗な空気の味がした。

 きっとこの世界では、光化学スモッグの類は発生すらしないのだろう。

 完全自然状態ではここまで空気が綺麗になることはないので、この世界の人間は生まれた時から無自覚の幸福に浸っているのだろうな、と、おじさんは思った。

 同時に、『神樹は人間を愛しているんだろな』とも思う。

 この空気の清浄さには、世界を維持する神の過保護な愛が感じられたから。

 

「おじさま!」

 

 玄関におじさんが近付くと、横合いの庭から須美が飛び出して来て、おじさんに飛びつくように抱きつこうとして思い留まり、「こほん」と咳払い一つ。

 ぴしっと背筋を伸ばし、礼儀作法に準じた動きで、恭しく頭を下げ、叔父を迎えた。

 

「おかえりなさいませ、おじさま」

 

 かわいいやつだな、とおじさんは思った。

 

「牡丹餅買ってきたぞ」

 

「! ありがとうございます! 大好物なんです!」

 

「知ってるから買ってきたんだよ、好きなもの嫌いなものは催眠で吐かせただろ」

 

「あれ、そうでしたっけ……? 私の好きなもの買ってきてくれたんですか?」

 

「親と食ってろ」

 

「ありがとうございま……あれ? 手のところすりむいてませんか?」

 

「ん? こんくらいなら平気だか」

 

「ちょっと待っててください! 救急箱を取ってきます!」

 

「人の話は最後まで聞け!」

 

 おじさんが眉間を揉んでいると、くすくすと小さな笑い声が聞こえた。

 そちらを見れば、そこには小さな庭と、そこに置かれたベンチ、ベンチに並んで座っている東郷家の両親の姿があった。

 二人ともおじさんの方を見て笑っている。

 二人の間に子供一人分の距離があり、そこに須美が先程まで座っていたことが窺える。

 

 小さな子供なら走り回れる程度の大きさの庭。

 家族が触れ合うだけの庭。

 立派な庭とは言い難いが、こういう庭を選ぶ人間には深い家族愛があることを、おじさんは経験則で知っていた。

 

「どうも。いつも美森がお世話になってるみたいですね」

 

「いえまあ小生は本当に何もしてませんので、はい」

 

「またまたご謙遜を」

 

「いやいやそんなことないですないです」

 

 おじさん視点事実である。催眠をかけて他人で遊ぶくらいしかしていないからだ。

 

「美森が色んな話をしてくれたんですよ。

 そうしたら何度かあなたの話が出てきましてね。

 この宇宙で一番偉大で優しい何でもできる地上最強の男だと。笑ってしまいましたよ」

 

「やっべーなまた催眠効きすぎてるわ」

 

 1か100しかない女。こう、と思ったら、そこからのアクセルの踏み方がおかしい。

 

「美森が良い叔父に出会えたこの幸運に、この奇跡に、神樹様に感謝します。

 あなたは善い人だ。

 美森の新しい家族に、我々は期待していませんでした。

 ですがきっと、期待していたとしても、あなたはその期待を超えていたでしょう」

 

「はっ」

 

「?」

 

「善い人か。催眠で洗脳してなければ、あいつ今頃小生を通報して侮蔑してたんじゃないかね」

 

「そうなのですか?」

 

「あんたも催眠しっかりかかってんだよ。

 小生がこういうこと言っても、娘の判断信じて小生を通報とかしてないんだからな」

 

 催眠で善い人とそうでない人の区別もつかなくなっている東郷家の両親が滑稽で、おじさんは思わず笑ってしまった。

 催眠は、善人であるという勘違いを強制する。

 

「あなたみたいな人が美森の近くに居れば安心です。

 美森の肩の力を抜いてくれる。

 美森を大切にしてくれる。

 きっと、本当に危ない時は美森を守ってくれる。

 そういう人が鷲尾の家に居るというだけで、私も妻も安心していられます」

 

「催眠の好感度補正はきっちり働いているか。

 ま、そうでなければ小生もこんなにゆったりしてられんし当たり前か」

 

「?」

 

「あーまーいいんだそこは、もういい。

 と、そうだ。みー子のお父様、あんたの知る限り一番美人な女って誰? 紹介してくんね」

 

「妻です!!!!」

 

「知ってた!!!!」

 

 みー子の母親って時点で手を出す気になれんわ、と、おじさんは深く溜息を吐いた。

 そこにどたばたと、須美が駆け込んでくる。

 

「おじさま! 救急箱です! 怪我を見せてください!」

 

「治った」

 

「ぜっったい嘘です! さ、見せて―――」

 

「『治ったぞ』」

 

「はい、綺麗に治ってますね!

 流石おじさまです!

 回復魔法でも使えるんですか? 勇者の仲間に相応しいですね!」

 

「RPG思考やめろ。ああ、そうだ、みー子」

 

「?」

 

「……気を使わせたな、悪かった。それと礼も言っておく。救急箱は戻してこい」

 

「……? 変なおじさまですね。戻してきます」

 

 とことこと、須美が救急箱を戻しに行く。

 

「そういえば、鷲尾さん」

 

「なんですかな」

 

「今日はちょうど大赦の方が来る予定だったんです。

 そろそろ来る時間ですね。

 美森が居なくなった後の家の様子を定期的に見ておくのが決まりになってるんだとか」

 

「へー、そんなのがあるんですか」

 

 目の前の大人に聞こえないよう、考え込むふりをして口元を隠し、おじさんは小さな声でぼそっと呟いた。

 

「……監視社会。いや、管理社会だな」

 

 娘を奪われた復讐を想定した反乱防止か、とおじさんは口には出さず思う。

 彼の口をついて出た言葉は、この世界への悪態だった。

 

「いつも来てるんですか? この東郷家に」

 

「たまに、ですね。近況を聞かれます。ああそれと、美森の近況も話してくれます」

 

「ほう。そういう人情もあるんですね、大赦」

 

「いえ……どうでしょう。あの人だけな気もします」

 

「へぇ」

 

「他の方はもっと無機質で事務的です。

 美森の近況を軽くでも話してくれるのは、あの人の温情なんじゃないかと思ってます」

 

「なるほど」

 

「顔を隠しているので個人は特定できませんが、女性だったと思います」

 

「女性。

 大赦。

 東郷家監視担当。

 温情的。……よし、取っ掛かりにしてみるか」

 

 その時、玄関のインターホンが鳴った。

 

 

 

 

 

 その女性は、安芸(あき)と呼ばれていた。

 昼は須美が通う小学校、神樹館の先生として。

 学校が終われば、大赦の一人として仮面で顔を隠し、神事に勤しんでいた。

 

 彼女は有能だった。

 『勇者』は、この世界の最終防衛機構である。

 勇者が負ければ世界は滅亡、結界内の人類は絶滅、ハイ終わり。

 当然ながらそんなものに関わる者は、大赦の人間から極めて有能な者が選抜される。

 無能が失敗すれば、世界が滅びるからだ。

 

 安芸がその"お役目"を任せられると決まったのは、まだ十代の頃だった。

 とても優秀だった彼女は、選ばれる前も努力を続け、選ばれた後も努力を続けた。

 どこまでも、どこまでも生真面目に。

 数年かけて、必要な技能と知識を身につけ、なおも勤勉だった。

 鷲尾須美とどこか似た生真面目さを持った彼女が、勇者の鍛錬指導・勇者の指揮・勇者のメンタルケアなどを総合的に行う役目を与えられたのは、須美にとっては運命だったかもしれない。

 

 安芸は頑張った。

 役目の大きさに興奮して無理をして頑張ったのではない。

 ただただいつも、当然のように頑張った。

 真面目に生きることは彼女にとって当然で、他人に対し誠実であることは当たり前で、努力は息をするように行う義務だった。

 愛想を振りまくのが苦手で、いつも仏頂面で、学生時代は委員長扱いしかされなかった。

 それはどこか、須美と似た生き方であった。

 

 須美に勇者としての戦い方を教えた。

 武器の使い方を教えた。

 小学校では普通の勉強も教えた。

 学校が終われば勇者に必要な知識を教えた。

 日が沈めば勉強で必要な知識を吸収し、学校で子供達をちゃんと育てるための授業の準備をし、大赦の人間としての仕事もそつなくこなし続けた。

 誰もが音を上げるような毎日を、彼女は息をするようにこなし続けた。

 

 どんなに疲れていても、須美に問われれば懇切丁寧に教えを与えた。

 寝不足で倒れそうでも顔には出さず、小学生や勇者に凛とした姿勢で授業をこなした。

 ヘトヘトになっても、世界を守ろう、戦う子供を生きて帰ることができるようにしよう、そう思うだけで頑張れた。

 

 同僚の若い男に飲みに誘われても、同性の友人になってくれそうな女性に遊びに誘われても、一切応えることはなく。

 ただただ、与えられた役目と、望んで背負った責任と、任せられた子供達の未来のため、自分の幸せそっちのけで頑張り続けた。

 安芸は仏頂面でニコリともせず、子供を手放しで褒めず、性格的には小学校の先生など全く向いていなかったが、彼女の周りの子供達は皆、安芸のことが大好きだった。

 

 彼女は間違いなく善良で、真面目で、一人で幸せになるのが下手で不器用な、仏頂面で敬遠される鷲尾須美の同類であった。

 

 いつからか、安芸は、与えられた役目の上に居ない自分を感じるようになった。

 言われてないのに、勇者の勉強を見てやるようになった。

 仕事でもないのに、子供の登下校に付き合ってやるようになった。

 指示されてもいないのに、須美の両親に今の須美のことを伝えてやるようになった。

 全てが彼女の意思。

 神が与えたお役目でもなんでもない。

 神の理ではなく、己の心に従い、彼女は生きていた。

 それがきっと人間として正しいことだと、信じていた。

 

 だから催眠種付けおじさんと出会うとかいう交通事故のような人生最大級の不運と出会ってしまったことは、彼女の人生でも最低最悪クラスの、とびっきりの不幸であった。

 

「催眠ハッピーセット!」

 

「に゛ゃっ」

 

 インターホンを押して、人が出てくるのを待っていたら、扉が開くや否や出会い頭の拡散荷電催眠粒子砲。催眠ハッピーセットが脳に染み渡る。

 

 『彼に対して明確に不都合になることはできない』。

 『彼の言動行動を好意的に解釈・受け入れやすくなる』。

 『彼を親しい者であると思い込む』。

 『以後正気に戻っても催眠耐性がアリス・マーガトロイドレベルまで落ちる』。

 

 おじさんの催眠かめはめ波は美人ブウこと安芸の脳内を貫いた。

 

「う……く……あなたは……?」

 

「鷲尾家の当主の弟でーす」

 

「嘘……鷲尾さんのお父様に、弟なんて……いないはず……!」

 

「10連釘催眠!」

 

「あばばば」

 

「こいつみー子ほど催眠耐性ガバガバじゃない上に意思が強いな……厄介な美人だ」

 

 文字通り催眠で釘を刺して(トリコ)にし、おじさんは東郷夫婦が家の中に居るのを確認し、ちょっとした話をしようと庭のベンチに座った。

 安芸もその隣に座らせる。

 

 ふわりとした髪質を丁寧に手入れしていることが伝わる、肩前に流したポニテ風味の髪。

 目鼻立ちの整った端正な容姿。

 健康的で豊満で、けれど細身であるスタイルの良さ。

 アンダーリムの眼鏡が、知的な雰囲気を醸し出している。

 凛とした美人で、おじさんは第一印象としてキツそうな性格の美人だと思ったが、催眠を掛けられて眉根を寄せた表情がなくなると、ただ単純に眼鏡の美人という印象が先行していた。

 

 おじさんは20代前半と年齢を推測したが、「いや、そうとは限らん」とその推測をおじさん自ら否定する。

 須美の一件があったからだ。

 小学生に見えない体つきに豊満な胸尻でおじさんのちんちんにメダパニをかけた須美の残した混乱が、まだ彼の中に残留している。

 おじさんはもう自分の年齢判定を信じていない。

 須美の影響で、おじさんは自分の年齢審査眼を完璧に信じられなくなっていた。

 

 催眠を重ねがけしつつ、おじさんは問いかける。

 

「大赦の人?」

 

「はい」

 

「何やってんの? おじさんにちょっと教えてくれへんかブヘヘ」

 

「教職、だと、言えます。

 勇者の教育。

 小学生達の教育。

 そして、教育の実践において、それを導く。

 私の役割は……教職です。子供を、死地に追いやるとしても」

 

「なるほど、なるほど。……鷲尾須美をどう思ってる?」

 

「努力家でひたむきで誠実な少女です。

 勇者に相応しい精神を持っています。

 それは大赦が言うようなものではありません。

 困難を乗り越える意志の強さ。

 不器用でちゃんと伝わっていますが、隣人を思いやる優しさ。

 やるべきことを丁寧にやっていく真面目で堅実な姿勢。

 彼女が勇者として相応しい部分は、資質ではなく、心にあります」

 

「うわっ良い返答だ好きになりそう。なんで東郷家に来てたんだ?」

 

「私は、独身です。

 そういう点では、まだ"ちゃんとした大人"ではないのかもしれません。

 私には親の気持ちが分からない。

 それでも、想像すれば、とても辛いだろうと思いました。

 ……伝えれば、かえって踏ん切りがつかなくなるかもしれない。

 娘は戻ってこないのに、娘の現状だけ知ることになりますから。

 でも、それでも。

 私がもし親だったら、娘のことを知りたいと、思いました。

 東郷夫婦が辛くなるかもしれないと、分かった、上で。

 娘がどうしているかを、伝えました……だからこれは、私の独断で、独善です」

 

「あっ……いいよいいよー。

 今のところ95点以下の解答無いよ。

 みー子の教師としてはもう百点あげたい。

 他人をよく見てるのは善人の証だ。最後に、勇者ってものをどう思ってる?」

 

「子供を戦わせるもの。

 世界の最終守護機構。

 世界の敵と戦うもの、

 仕方がない、しなければならないこと。

 でも、本当は、代われるものなら……代わってあげたい」

 

「……美人でスタイル良くて善人とかソシャゲのSSRみたいな人だな……大当たりでは?」

 

「私は、そんな大した人間ではありません」

 

「いやいや大した人間ですよ。大抵の催眠おじさんが目を付けるわこんなん」

 

 おじさんは割と気持ち悪い手付きで、安芸が肩前に流したポニーテールに触れた。

 

 とびっきりの美人を前にして舌なめずりするその姿は、まさしく人類の敵である。

 

 人の意思を奪い、自由を蹂躙し、思うがままとする。御伽噺で勇者が討つ邪悪そのものだ。

 

「君は催眠で雌奴隷に落ちるために今日まで気高く生きてきたんだね……」

 

「はい」

 

「うーんいいな。

 やはりいい。

 ワルっぽい組織の手先の女は後腐れがなくていい。

 これで悪人ならもっと気分は良かったがまあいいか。

 良心に目覚めた催眠おじさんは大体死ぬか逮捕されるからな……

 最近みー子の影響で小生も調子が悪かったからな……ここらで調子を戻そう」

 

 ダース・オジサンは自称ダークサイド寄りの人間だ。須美に調子を狂わされていただけで。だからここで、一旦かつての自分に回帰しようとしていた。

 

「何をかけるか。

 感度倍化?

 愛情発芽?

 幸福増量?

 ……なんかみー子に引っ張られて純愛おじさんになってるのではないか、小生」

 

 いかんな、種族が変わってしまう、とおじさんは独り言ちた。

 

「うーん」

 

「お悩みなら相談に乗りますよ?」

 

「みー子といい催眠かかってる状態で催眠術師に気を使うのやめてほしい。やりにくいわ」

 

「分かりました。やめます。でもいつでも私に相談してくださいね」

 

「あー! ゲスの暗黒卿ー! 小生をまた深い闇に落としてくれー!」

 

 おじさんは頭を抱えて、頭を掻き毟って、半目で顔を上げた。

 

「安芸さん美人っすね」

 

「ありがとうございます」

 

「彼氏とかいらっしゃらないので? 寝取り催眠になるなら展開考えますよ」

 

「彼氏は……できたことないですね。恥ずかしながら恋愛経験もないです」

 

「は? 嘘でしょ? この世界の男全員インポか?」

 

「いんっ……! こほん。私みたいなのを好きになる奇特な男の人がいないだけですよ」

 

「いやいや、周りに見る目がないだけですって!」

 

「それにほら、私はどうしても仕事を優先してしまいますから。

 仕事と、仕事で面倒を見ている子供を優先すると、その……

 男性の方は、自分を蔑ろにされてる感じがして、いい気にならないんじゃないでしょうか」

 

「あー、ありそうですね。

 みー子も大人になったらそういうとこありそう。

 仕事や友人を責任感から優先しそうですよねあいつ」

 

「みー子……鷲尾須美さん? そうですね、私もそう思います」

 

「小生はいつかいい人が現れるとか言いませんよ。

 ぶっちゃけ男は大体安芸さんみたいな人好きですからね。

 他の誰かに取られる前に先に手を付けたい。

 具体的に言うとジャンプやサンデーではできないけどマガジンではできることがしたい」

 

「優しくしてくださいね?」

 

「はい優しくします!」

 

「ふふふ」

 

「……ちっげぇんだよ! 方向性が! そうじゃねえんだよ!」

 

「はぁ」

 

「しかしこれだけの上物だとな……

 よく悪女がやられるボロ雑巾化で捨てられる催眠末路はもったいない……

 もっと宝石を扱うように扱いたい……やはり気持ち良さ数倍の純愛催眠か……?」

 

「恋愛も知らないので純愛にも助言はできません。ごめんなさい」

 

「なんだこいつ……

 そういや定年迎えた催眠おじさんに教わった技があったな。

 対象に自分への愛を植え付ける。

 対象のストレスを消す。

 対象の幸福感を倍増させる。

 対象に自分が超絶イケメンに見えるようにする。

 催眠ギア4……

 使ってみるか、ライトサイドの四連催眠発射……!

 練習したことないから練習すっかな……どうしよ……」

 

「練習ですか? 練習の時は最初は的に思い切りぶつけるといいですよ。武器戦闘のコツです」

 

「的はオメーだよ! このバカ! 催眠で呆けてても美人!」

 

「ありがとうございます」

 

 ペコリ、と安芸は頭を下げ、少し落ちた眼鏡を指で押し上げた。

 

「しかし私みたいな女に鷲尾様はよく手を出す気になりましたね」

 

「エッチな本の表紙が安芸さんだったら迷わずパケ買いすると思いますよ、皆」

 

「そ、そんなに?」

 

「そんなに」

 

「い、いやまあそうですね、鷲尾様の特殊な嗜好の話は置いておいて、それで」

 

「待った。

 小生をアブノーマル扱いするのはやめていただきたい。

 ただ小生は可愛い子も綺麗な人も好きなのだ。ラブコメのヒロインは大体全員好き」

 

「ああ……私も守備範囲に入るくらい好みが広いと」

 

「いえ、安芸さんは普通にめっちゃ美人かなって」

 

「……………………………そうですか」

 

「だから率直に言って催眠でほどほどに意思を操ってイチャコラしたいんですよね」

 

「なるほど……?」

 

「支配者は配下の美女全部に手を出すものですからね。安芸さんもそう思うでしょう?」

 

「極論では?」

 

「女騎士は全員王の妾だろ……」

 

「暴論では?」

 

「女騎士は王に一回手篭めにされちゃうと快楽と権力で以後も寝床に呼ばれますからな」

 

「暴君では?」

 

「催眠おじさんに暴君以外いるわけねぇだろぅが!!」

 

「ええ……」

 

 おじさんがその気になれば、安芸はいつでも爆乳変態アバズレンジャーにされるだろう。

 異騎升士娘竜(イキますシコりゅう)戦隊抽挿(ちゅうそう)ジャーにすることだって自由自在だが、おじさんの脳の片隅には須美の存在がチラついている。

 須美の存在が抑止になってしまっている。

 おじさんならば姪に嫌われ嫌姪(きらめい)ジャーになったとしても、催眠でいくらでもリカバリー可能なはずなのだが、それを忌避するのは気分の問題なのだろう。

 

 そしておじさんは尊厳保守派右翼に所属する催眠おじさんである。

 

 催眠おじさんは光闇の他にも、保守派と破壊派に分かれる。

 催眠をかけて清楚だった子を金髪ガングロビッチにするか?

 ピアスや入れ墨で元に戻せない傷を付けるか?

 催眠対象の社会的な居場所を徹底して破壊するか?

 これに興奮する催眠おじさんと、萎える催眠おじさんがいる。

 「尊厳を破壊すればするほど興奮する」破壊派おじさんと、「いやあかわいそうすぎるとちょっとね」な保守派おじさんは、宇宙が続く限り未来永劫戦う運命にある。

 安芸は尊厳破壊おじさんに大分目を付けられやすい属性を持っていた。

 

 須美のおじさんは比較的保守派で、催眠をかけた美人はできる限りそのままの美しさを保っていてほしいタイプの催眠おじさんだった。

 うーん、とおじさんが催眠計画を悩み始める。

 決断力が無いから悩んでいるのではない。

 惚れ惚れするような美人だから迷っているのだ。

 

 そんなおじさんの服の袖を、控え目にちょんちょんと引く少女がいた。

 

「おじさま、おじさま」

 

「ん? みー子か。お前いつの間にそこに?」

 

「さっきからいました。おじさまが安芸先生に夢中だっただけです。……もう」

 

「おはよう、鷲尾さん」

 

「おはようございます、安芸先生」

 

 須美と安芸が、慣れた様子で挨拶を交わす。

 安芸をおじさんがちやほやしていた時、須美はどことなく不機嫌そうであった。

 それは父親に甘えていた須美が、父親が途中から母親に構いっぱなしになって、寂しさから不機嫌になった時の挙動と、少し似ていた。

 

「おじさま、安芸先生とお付き合いするんですか?」

 

「ん? そうだな……

 実はちょっと考えてたことだ。

 大赦にちょっかい出すなら大赦職員に関係を持って『穴』を作るのが良い。

 『名家』じゃなくて『職員』なのがいいんだ。

 鷲尾家に居てできることは大体見えた。もう出てっても問題はない。

 安芸さんの家に転がり込んでそこを拠点にした方がやりやすくはあるんだな」

 

「……」

 

「少し疑問があってな。

 勇者は特別な資質のある年若い少女のみがなれる、ってあれだ。

 あれは事実なのか? そういう話だ。

 ぶっちゃけると何の根拠もないが、それが本当か嘘か確かめたくなった」

 

「……」

 

「古今東西、少年兵はかなりコストが低い。

 蛮族が使う最高効率の防衛兵器だ。

 そして少年兵を『神』を持ち出した嘘で操るのもよくある話だ。

 案外勇者云々って全部嘘では?

 ガキ特攻させて大人が安全圏に居るだけでは?

 コスト問題だけで子供使ってんじゃ?

 そんな風に思うんだよな。

 その辺に嘘があってそれを掴めれば、まあ、そうだな。

 大人がちゃんと戦って、みー子も東郷の家に戻れるんじゃないかね」

 

「……」

 

「あんま期待はするな。それで少し待ってろ。何か掴んだらすぐに連絡する」

 

 須美はおじさんの話を半分くらいしか聞いていなかった。

 

 彼女の頭は、もっと大事なことについて必死に考えていた。

 

「おじさま、安芸先生に手を出すのはちょっと待ってくれませんか」

 

「ほう……忠言を許可する。言ってみろ」

 

「はっ。おじさまの時間を割いていただき感謝いたします」

 

「二人は殿と侍か何かなの?」

 

 安芸の冷静なツッコミが冴え渡る。

 

「おじさまが安芸先生に手を出すと、私の叔父が私の先生に手を出したことになります」

 

「!」

 

「発覚するにしろ発覚しないにしろ、私は姪の先生に手を出す叔父の身内になります」

 

「それは確かに嫌だな……関係性が完璧に薄い本のそれだ」

 

「その、私のわがままなんですが……」

 

「いや、そうだな。

 薄い本の登場人物みたいな境遇は嫌に決まっているな。

 潔癖な小学生の女子ならなおさらだ。配慮が足らんかった。前言撤回する」

 

「おじさま……!」

 

「もうちょっと鷲尾家に居るかな……っと、そうだ、安芸さん」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「グッバイ安芸さん。

 フォーエバー安芸さん。

 彼氏の十人や二十人できたら言ってください。脳内を調べるのは小生大得意」

 

「一人できる予定すらありませんよ……」

 

 安芸は呆れた表情で、眼鏡の位置を直していた。

 だが須美とおじさんを交互に見て、彼女は少し優しげに、口角を上げた。

 

「どうやらもうすっかり、鷲尾須美さんだけの叔父さんになっていたようですね。ふふ」

 

「そですかね」

 

「そうですよ。いい叔父さんじゃないですか」

 

「この辺の好感補正催眠は上手く噛み合ってんのに他がなあ……」

 

 "これ見て良い叔父だと思ってる時点で催眠はよく効いているな"と叔父さんは思う。

 安芸に手が出せなかったことに若干悔しさを感じ、大物を釣り上げられそうだったところで紙一重で逃してしまったような感覚に包まれ、おじさんは深く溜息を吐いた。

 美人女教師という獲物を逃し、おじさんの中で次の獲物のハードルが高くなる。

 それが催眠種付けおじさんの一族の習性だった。

 

 "安芸さん以上の美人探すか"とおじさんは思うも、"この世界総人口一千万人居なそうだけど安芸さん以上の美人の大人居る?"とどうしても思ってしまう。

 だがそれでも『もっと大物を』と考えてしまう。

 まるで、使った金以上の大当たりを求め続けてしまうパチンカスのように。

 

「おじさま」

 

「どうした、家族の独占欲が強い鷲尾須美ちゃん」

 

「―――」

 

 その時。

 

 おじさんがさらりと核心を突いたことを言って、言われた須美がどんな顔をしていたのか、角度の問題で安芸には見えていなかった。

 

 安芸の位置から見えるおじさんの顔は、須美の顔を見ながら、笑っていた。

 

「おじさまは私を置いて行かないでくださいね」

 

 須美がおじさんの手を握る。

 

 須美には大切な家族が居た。

 大切な家族と引き離された。

 心のどこかで、またいつか今の家族とも引き離されるだろうという諦めがある。

 

 全てを見通した上で『須美を選んでくれた』叔父の手は、暖かった。

 

「お前が見てて飽きない玩具で居る内は、どこにも行かないぞ」

 

 安芸ではなく須美を選んだおじさんを見て、安芸も穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

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