催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA   作:ルシエド

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催眠感度8倍

 余裕でバスト90以上はあろうかという胸の高波に飲み込まれ溺れ死ぬという人生最大の危機を脱したおじさんが、その美女から聞いた話は、おじさんも戦慄せざるを得ない驚愕の事実であった。

 

「私は催眠の力を借りて過去に戻って来た三年と少し後の鷲尾須美なんです!」

 

「はーん、あれか。

 催眠で素粒子騙して時間の向き反転させるやつ。

 古の古文書の記述で見たことがある。

 小生も使えん使用者の適性次第の大祭礼催眠だ。

 小生の催眠を見て技術を盗んだのか? 三年ありゃ大天才ならできるかもな……」

 

「驚かないんですね」

 

「納得はした。良い感じに成長したなあ大みー子。母親より美人になったんじゃないか」

 

「もう、おじさまはそういうことばっかり」

 

 素直な感想だった。

 今の彼女は雑誌モデルに混じっても、アイドルに混じっても、大人に混じっても、きっと違和感はない。それどころかそこで一番目立つことだろう。

 おじさんが見た東郷家の母親の美貌を、既に超えている。

 須美の時にはあった幼さ、生真面目さ、硬さ、自信の無さが失せていて、精神的な安定感が増しており、それが振る舞いや第一印象にも影響を与えている。

 

 安芸さんより美人な女性いるだろうか、と思っていたおじさんだったが、早くも安芸よりも美人な女性に出会ってしまった。

 と、いうか。おじさんの人生の中で、おじさんの美的基準において、間違いなく『ぶっちぎり一位の美人』であった。

 外見だけで言えば、今の彼女はおじさんの好み直球ど真ん中でもある。

 綺麗で、可愛げがあって、優しさがにじみ出ている。

 

 おじさんは彼女を見てうーんと悩み、ジロジロと見られた彼女は照れ臭そうに目を逸らして頬を掻き、おじさんは悩みに悩んで答えを出した。

 

「……中三か、アウトにしとこう。みー子だから特別だ」

 

「何がですか?」

 

「いやこっちの話」

 

 少女は胸に手を当て、目を閉じ、かつての思い出を引き出しながら、暖かに語り始める。

 拭われた涙の跡がいたましく、語る言葉にはかつてあった幸福が含まれていて、彼女がどういう気持ちでおじさんと向き合っているか、痛烈に伝わってくるようだった。

 

「おじさまのおかげで……私、東郷の家に戻りました。

 今はちゃんと東郷美森です。

 どっちの家の両親とも、今は仲良くやれています。本当に、ありがとうございました」

 

「お、良かったな。小生的には割とどうでもいいことだが」

 

「またそういうことばっかり。

 おじさまはそういうところがいけないんですよ?

 そういうところで余計に悪ぶるからいけないんです。めっ、ですよ」

 

「みー子お前なんか小生の理解者面してない? 気のせい?」

 

「気のせいです。……ああ、よかった。やっと言えた」

 

「やっと言えた?」

 

「おじさまのせいですよ。

 初めて会った時に催眠をかけて、最後までずっと私には催眠がかかったままでした。

 だから素の私がお礼言えることなんて、一度も無かったんです。

 全部終わった後、まるで、ずっとずっと見てた夢が覚めてしまったような気持ちで……」

 

「催『眠』だからな。

 かかってる時は夢のよう。

 解ける時は夢から覚めるように。そんなもんだ」

 

「言いたかったこと、いっぱいあったんですよ?

 私のプリン勝手に食べて催眠で私の記憶消したこととか。

 私の部屋に勝手に入って私の布団で寝てたこととか。

 お酒はいけないって言ったのに隠れて飲んでたこととか。

 授業参観の時にクラスメイトのお母さんにデレデレしてたこととか。

 体重がちょっと増えると『お前太った?』とかすぐ言ってくることとか。

 美容院行ったら『前の方が可愛かったな』とか言ってきたこととか。

 全部全部催眠でごまかして……

 おじさまには本当にたくさん言いたいことあったんですよ。ほんっとうに!」

 

「今ここに居る小生はまだやってない、未遂、つまり無罪だ」

 

「もう。……そんな調子で、いつもの様子で、おじさまはそのまま、死んでしまったんですよ」

 

「ほっほー、小生死ぬのか。ちゃんと格好悪く死んでる?」

 

「いいえ、死にません。

 もう死にません。

 絶対に死なせません。

 そのために私がここに来たんです」

 

 美森の眉に皺が寄る。

 優しげな表情が責めるような表情に変わり、おじさんの目を真っ直ぐに見つめた。

 普通なら、これで居心地悪くなるだろう。

 だがおじさんはそうならなかった。

 美森の穏やかで優しげな表情が、眉を逆八の字にした真面目な表情に変わると、本当に須美の表情とそっくりで、"成長したんだな"と感じられて、おじさんは嬉しかったのだ。

 なんで嬉しく感じたのか、そこに自覚も持てないままに。

 

「ずるいですよ、おじさま。

 散々好き勝手して、他人のこと好きにして……

 何の償いもしないで、誰の言葉も聞かないで、死んじゃうなんて。許せません」

 

「許せなかったらどうする?」

 

「後で私がお灸をすえます。その後、お話しましょう」

 

「おーこわっ。大みー子お前、随分たくましくなったな」

 

「いい友人達と出会えました。

 おじさまの知ってる子供のみー子じゃないです。

 美森って呼んで大人扱いしてくれても全然構いませんよ?」

 

「そうだな、イキリみー子。いい友達が出来たようで大変よろしい」

 

「もう! これだからおじさまは……でもなんだか懐かしくて、嬉しいです」

 

「懐かしい? 小生が死んでからお前が過去に飛ぶまで、どんくらい時間あったんだ?」

 

「一ヶ月なかったと思います」

 

「三ヶ月か。まあセーフだな。え、ってか一ヶ月で懐かしくなんの? 早くない?」

 

「早くないです」

 

「早いわ! 爆速だよ!

 どんだけ寂しがり屋なんだお前……

 お前大切な人死んだ時の悲しみ大きいタイプなんだなやっぱ。

 ちっこいみー子の方の大切な人は一人も死なせちゃあかんやつだわこれ……」

 

「……絶対に、死なせませんから」

 

 最後の言葉は、おじさんの耳に届かないくらい、小さな声で。

 

 美森はごく自然に、おじさんの手を握り、引いていく。

 

 須美にそうされることに慣れていたおじさんは少し不思議な戸惑いと焦りを覚えたが、"いつもの癖"でやっている美森は何も気付かなかった。

 

「行きましょう。

 おじさまは八割がた真実に辿り着いてると思います。

 全部の真実を知ってる私が道案内人です。準備はいいですか?」

 

「ああ」

 

 おじさんも準備をし、二人は結界の外に向かおうとする。

 

 おじさんは自分の手を引いていく美森と、史跡を二人で巡っている時に自分の手を引いていた須美の姿が重なって、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

 

「お前は小生の手を引いて道案内するのが好きだな。

 ククッ、壁の外は地元じゃないだろうに。地図アプリより有能なところを見せてくれよ」

 

「―――ああ。そういえば、そんなこともあった気がします。

 懐かしくて、思い出すだけで楽しくて、嬉しくて、ちょっとだけ……いえ、何でもないです」

 

 美森もまた、胸の奥が暖かくなるのを感じ、『絶対に守る』『二度と離さない』と言わんばかりに、おじさんの手を握った。

 

 

 

 

 

 おじさんが取り出して上に着た平安貴族の狩衣のような上着は、現在大赦が開発中の『羽衣』という巫女服状の防御装備の試作型、高コスト高性能試験作成版のようなものだった。

 太陽周辺の高熱環境にすら、ある程度は耐えられる力を持っている。

 それでも外に出た瞬間、おじさんが感じたのは、肌を焼くような熱だった。

 

 燃え盛る炎。

 飛び交う怪物。

 大地は焼け融け、炎の柱は天を突き、怪物以外の生物は一つもいなかった。

 そこは地獄だった。

 そこは終わった世界だった。

 

 死のウイルスなどどこにもなく、人類文明の痕跡すらどこにもない。

 四国の僅かな土地を神樹が覆うように守り、それ以外の地球全土が業火によって延々燃え尽き続けている、灼熱地獄の世界が広がっていた。

 まるで、「おじさんみたいなザコにアタシが負けるわけないでしょ♡」とほざいた直後に催眠をかけられたメスガキの人生のように―――この星は、終わっていた。

 

「おじさま。これが真実です。

 その昔、西暦の終わりに、天の神が人類の増長に怒りを覚えたそうです。

 天の神の怒りにより、世界は燃え尽き、怪物が放たれた。

 人を護るため、神樹様は結界で四国を覆ってくださいました。

 怪物は人類に裁きを与える存在で、炎は今も世界を焼き続けている……」

 

「この燃える世界。そして人類を滅ぼしに来るバーテックス、と」

 

「そうです。天の神は未だに人を見ていて、人を許していない……と聞きました」

 

 この瞬間、おじさんが一瞬だけした諦めと苦渋の表情の意味を理解できるのは、東郷美森/鷲尾須美ただ一人しかいなかった。

 

「おじさま。あの時はありがとうございました」

 

「あの時ってどれだ? ホラー見た後夜にトイレ行けなくなったから小生が付き添ったやつ?」

 

「違います!

 ……あ、いやそもそも、そんな事はなかったわよね!?

 さらっと話を捏造した!? ……こほん。茶化さないでください」

 

「すまんなぁ」

 

「お礼言われるのが照れくさいからってごまかすのはおじさまの悪癖ですよ」

 

「……」

 

「感謝したいのは、おじさまがここに来てくれた理由です。

 おじさまは言ってたでしょう?

 全部嘘かもしれないって。

 それを暴けば私は東郷の家に帰れるかもしれないって。

 期待するなと言われたから、私は期待してませんでした。

 ただ、嬉しかったんです。

 後になって、せっせと私のために走ってるおじさまを見て……

 『嬉しいな』って、『ありがとう』って、思っても本心から言えなかったんです」

 

「……ああ。

 だからお前、このタイミングで来たのか。

 小生が最初に外に出るタイミングで、万が一のための護衛に付くために」

 

「流石おじさまです。私のことを分かってくださってますね。催眠の力で」

 

「おう、催眠の力だ」

 

「ありがとうございます。私のために、こんなところまで来てくれて」

 

「随分と思い上がったなメス豚……」

 

「え、でも、おじさま私のこと大好きですよね?

 そこは認めていただかないと、話が先に進まないというか……」

 

「小生の望まない方向にガンガン進めようとしてんじゃないよ! っていうか」

 

 おじさんは美森の格好を見る。

 

 『勇者』である東郷美森は、スマホのアプリにタッチ一つで変身できる。

 変身を完了した美森は全身を勇者の装束に包み、右手に大きな銃を持っていた。

 勇者は神樹の力を引き出し、それを身に纏うことで命を守り、武器に乗せて放つことで敵を倒していく。

 ゆえに、戦うならば、壁の外に出るならば、専用の衣装に変身しなければならない。

 

 それはおじさんにも分かる。

 わかるのだが。

 大分スケベだった。

 

 服自体に露出は多くない。

 むしろ私服時より少ないかもしれない。

 全身を装束が覆っているため、概念的な防御力も高く見える。

 だが肌にピッチリとくっつくタイプの防御装束と、手足がすらっとして腰が細く胸と尻がデカい美森の体型のコンボが、ありえないほどに強力だった。

 "これ全身写真がそのまま薄い本の表紙に使えるやつ"というのが、おじさんの感想である。

 

 おじさんの視線を感じ、美森はかつておじさんに「小学生の頃のスクール水着を無理矢理着てるナイスバディOLみたいだな」と言われたことを思い出していた。

 

「服がはしたないなぁ……おいみー子、それで異性の前に出るのやめておけよ?」

 

「あら、独占欲ですか? 心配しなくても、見せた異性なんておじさまだけですよ」

 

「お前だとそれで外歩くだけで猥褻物陳列罪になるからな」

 

「……」

 

「嫁入り前の娘がそんな格好で出歩こうとしたら小生が催眠で止めるぞ、分かれ」

 

「おじさまはいっつもそう……変なところで褒めないで落としてくる……もう……」

 

「うるせー、痴女服褒める趣味はねえ。

 小生そういうタイプの催眠おじさんじゃないから。

 もっと露出少なくておしゃれな服持ってたろ、あっちの方が似合ってたぞ」

 

「! なるほど、おじさまの好みはそっちと。

 分かりました、私は自慢の姪で居続けます! おじさまの認めた大和撫子として!」

 

「あー言えばこう言う!」

 

「偽物の叔父様に姪が似ただけです!」

 

「あー言えばこう言う!」

 

 どっちのみー子でもこんな服着て外出回ったら健全な人間のちんちんにメダパニかけて回るようなもんだろ小中学生だぞ……と、おじさんは眉根を寄せた。

 

「しかしあっつぃ……気温40度くらいのアスファルトの上くらい暑い……ああ、そうだ」

 

「はいおじさま、手鏡です」

 

「お、感謝。

 『全然暑くない』……よし、自己暗示完了。

 なんとなく今流してたけどここですっと手鏡が出てくるの凄いなお前!」

 

「おじさまのパターンはすっかり読めましたよ」

 

「というか……可愛いなこの手鏡。女の子らしい。

 ようやく可愛い私物を親にねだれるようになったのか。おっちゃん嬉しいぞ」

 

「あ、これはおじさまが誕生日プレゼントにくれたものです。

 私に催眠かけてカタログ見せて、

 『どれが一番好きだ?』

 って聞いて、私に自分で選ばせて、記憶消して、

 『欲しかったのはこれだろ?』

 って何も覚えてない私にサプライズ誕生日プレゼントして驚かせてきた時のものですね」

 

「……」

 

「サプライズだから、おじさまがくれたから、嬉しくて、一生の宝物にしようって思って……」

 

「もっとセンスあるやつ友達と遊びに行って買ってきたらどうだ?」

 

「これがお気に入りなんですよ」

 

「……」

 

「今だから言えるんですけど、私催眠にかかってる時も、おじさまのこういう反応が楽しくて」

 

「『一分黙れ』」

 

「……!」

 

 そうして話しながらも、おじさんは周りを眺め、目に見える範囲の観察を終えていた。

 

「……こんな世界を見せたら、確かに大混乱だな」

 

「……!」

 

「隠蔽の主体は大赦。

 勇者もこれは知らない。

 んー、外に打って出る気はない?

 専守防衛?

 結界内で敵を迎撃するだけ?

 救援の見込みが無い籠城策は下策だ。

 防衛は勇者として、攻撃は別に何か用意してんのかな」

 

「……!」

 

「大赦君たち何用意してんだろうな……

 いや、何企んでるんだろうな、か。

 頑張った大赦君たちの成果だけいただいて小生の好きなようにしたいところだが」

 

「ぷはっ、やっと喋れる。もう、おじさま、相手の口を塞ぐのは悪い癖ですよ」

 

「催眠術師の前で言論の自由があるわけねえだろ」

 

 この世界の人々は、安心している。

 世界が平和だと思っている。

 いつまでもこんな幸せが続いていくと思っている。

 だがそれは、薄氷の上の幸福で、綱渡りの上の平穏だ。

 それがひっくり返れば、人々は絶望し、混乱する。

 自分が信じていた常識の崩壊に、人の心は耐えられない。

 見えていた世界が全部嘘だと知ることは、人を容易に追い詰める。

 

 催眠おじさんダークサイドの代表格、『催眠かけて身も心も捧げさせて人生終わらせた後のベッドイン中に催眠解除して絶望させたい』派閥のそれに近いものがある。

 『上げて落とす派閥』の催眠おじさんは、須美のおじさんとはライバルの関係にあった。

 

 幸福が多ければ多いほど。

 不安が無ければ無いほど。

 それがひっくり返された時、人は純度の高い絶望を吐き出すものだ。

 

 で、あれば。

 世界の真実を民衆が知る前に何もかも解決する以外にないだろうし、人生終わってる女の子は一生催眠かけたまま幸せでい続けさせてあげた方がよい。

 

「面白いな。神が支配者となった世界。神が人間を教化してる世界がここか……」

 

「そうですね。誰も自由でないから、この世界では誰も『生きてない』のかもしれません」

 

「それは小生の知らん小生が言ってた台詞の受け売りか?」

 

「……ふふっ、おじさまは鋭いですね」

 

「お前が一人で考えて抱く感想は、もっと優しいよ。小生ほど無機質じゃあない」

 

 "理解されていることが心地良い"のか、美森は自然と微笑む。

 美森は燃える空を見つめるおじさんの横顔を見つめる。

 人を支配する神を見上げる時の、おじさんのこの目が、美森は好きだった。

 

「小生という支配者が来る前から、この世界には支配者が居た。

 人間の自由を奪い、心の在り方を強制する神という支配者が。

 支配者が定めた心の在り方以外認めない支配者が。

 なるほどなるほど。―――面白い。久しぶりだな、こんなにも血が滾るのは」

 

「おじさまは……変わりませんね」

 

「共感するぞ天の神。

 素晴らしい独善。

 最悪の強制。

 己が望む環境と世界しか認めない在り方。

 『頂点』に己を置き、弱者の心の在り方に口出しする姿勢。

 催眠種付けおじさんと基本的に同じだな、お前は。程良く人の醜悪を持つ神で好ましい」

 

 『自分と違う考えの人間との共生に耐えられない』。

 『今の環境に不満があって憎いものを壊したい』。

 『気に入らない他人が自分が押し付けた考え方に染まらないと怒る』。

 これは支配者の思考であり、暴君の思考であり、催眠種付けおじさんや天の神にも共通する思考である。

 

 支配者は、自分の周囲の環境を自分に都合良く変える者。

 であれば、支配者は並び立てない。

 王は二人も要らない。

 

 神の倫理と神の理で、この世界を支配する天の神が最後に残るか。

 ドスケベパラダイスムービー大戦フルスロットルを望むおじさんが最後に残るか。

 その結末は、神すら知らない。

 神ですら当事者であるがゆえに、神にすら予想できない。

 

 ただ一人、未来から来た東郷美森だけが、その結末を知っていた。

 

「その内に雌雄を決しよう、天の神。

 ちょっと楽しみだなこれは。

 知っているかみー子。

 宇宙で最も重い罪は、人間の心の自由を認めないことらしいぞ?

 さてさて……この世界を最後に支配し、人間の自由を奪うのは、小生か、神か、どちらか」

 

「最後に勝つのは私ですよ」

 

「お前かよ! 横から入って来るなよ!」

 

「何言ってるんですか! そんなだから天の神と相打ちみたいなことになっちゃうんですよ」

 

「あっテメッ! 今楽しみにしたばっかりの戦いの結末ネタバレすんじゃねえ!」

 

「いーえします!

 おじさまこのままだと死んじゃうんです!

 世界は救われましたが私は全然嬉しくありませんでした! 全然! 嬉しくなかったの!」

 

「お、おう」

 

「おじさまはいつもそうよ!

 他人の気持ちがどうでもいいの!

 "幸せならいいじゃん"くらいしか考えてないんだわ!

 他人の気持ちがどうでもいいから他人の気持ちとか平気で操ってしまえるのよ!

 他人の気持ちが分かるのに! 気遣えるのに!

 自分が死んで悲しむ人のことなんて、全然考えてないから、だから……!!」

 

「いや、待て、どうでもよくはないぞ」

 

「だって―――」

 

「多分手違いだな。未来の小生の手違いだ」

 

 変な会話に美森が違和感を覚え、右手の銃を握り直そうとすると、もう体は動かなかった。

 

 催眠が、美森の脳深くに刺さっている。本人に気付かせることすらないままに。

 

 燃える炎を背景に、おじさんは感情が読めない目で、美森を見下ろしていた。

 

「催眠対策……今も動かしてるのに……」

 

「一体いつから―――小生が催眠を使っていないと勘違いしていた?」

 

「―――」

 

「かけたのはお前が泣いてる時だよ。

 ま、ちょっと気は引けたが、あそこが一番良さそうだったからな。

 大泣きしている人間は周りを見ていない。心揺れていれば催眠は刺さる」

 

「……うっ……」

 

「お前は知ってるだろうが、小生は自分が催眠で支配してない人間は一切信用してないんだ」

 

「おじさ……」

 

「『小生の末路とそこに繋がる情報を全て吐け』」

 

「―――」

 

 おじさんは美森に情報を全て吐かせ、それを記憶していく。

 

「『小生の末路とそこに繋がる記憶、過去に来た理由を全て忘れろ』」

 

 これで未来の情報は、彼が独占する。

 

「『小生が死んだ時点で、未来に帰れ』」

 

 今彼がかけている催眠は、特大の力を込めることで、自分の死後も残る催眠だ。

 

 祝福であり、呪いである、"彼の願い"を言葉にした、そんな催眠。

 

「『未来に帰ったら、小生に関する記憶は全て忘れろ』」

 

「……あ」

 

「覚えてて得のない思い出なんぞ、残しておく必要はない」

 

 他人の心を操り、想いを踏み躙り、願いを蔑ろにし、自分の考えを押し付ける。

 ゆえにこそ彼はダークサイドなのだ。

 その点で見れば、人間の増長に怒り世界を滅ぼしたという天の神と変わらない。

 

 社会正義の敵だから悪というわけではない。

 法に催眠が違法だと規定されているわけでもない。

 ただ単純に、人の心を進んで踏み躙るような人間は、悪にカテゴライズされるという話。

 おじさんは、東郷美森の心も、想いも、願いも、尊重しなかった。

 

「『元の時代に帰ったら、ちゃんと幸せになること』」

 

 この催眠必要だったかな、と思いながら、おじさんは催眠をかける。

 

「『大切な人を沢山作れ。お前にとっての大切な人じゃなく、お前を大切にしてくれる人を』」

 

 こんな催眠かけ続けてたらいつまでも終わんねえな、と思って、おじさんは苦笑しながら途中でやめる。

 須美/美森の幸せを願ってる自分があまりにも照れ臭すぎて、こういう催眠をかけ続けている自分に耐えられなくなってしまったようだ。

 

「『この時代の戦いが終わるまで、小生に力を貸せ』」

 

「……はい!」

 

「こんなものか。

 ……ふぅ。

 小生が死んだ後も続く永続催眠をこの数かけるのは、流石に疲れるな……」

 

 おじさんが遠くの炎を眺めながら、膝に手を付いて休み始める。

 美森は催眠による思考の誘導が始まっているというのに、強い意志と『おじさんから教わった』催眠対策で抵抗し、最後に一言、なんとか絞り出す。

 

「……おじさまは……誰も……信じていらっしゃらないんですか……」

 

 おじさんは催眠に抵抗していることに少し驚いた様子を見せ、けれど狼狽えず、静かな口調で言葉を紡ぐ。

 

「人の命がかかってる事案で小生が他人を信じて頼ったことはない。それで上手くやってきた」

 

「……おじさ……」

 

「お前の明日は小生のものだ。お前のものじゃあない。だから、小生が守ろう」

 

 おじさんは、須美と比べるとそこそこ身長が伸びた美森の頭に手を乗せ、撫でる。

 

 "初めてこの子の頭を撫でてあげたかもしれない"と、おじさんは思った。

 

「立派になったな、みー子。

 まあまだ中学生なら、大人だなんて言えないが……

 幸せになれてるみたいでよかった。だからな、その邪魔になってる記憶は小生が消す」

 

 カチリ、と、催眠が美森の中で噛み合い、おじさんが美森に仕込んだ催眠は完了した。

 

「なーに考えてんだ未来の小生は。

 こうなると予想くらいしてただろうに。

 時限式で記憶が消える仕込みを何故しなかった?

 忘れていた? そんなわけがない。あるいは……」

 

 おじさんは、自分を戒めるように、額に拳を当てた。

 

「……自分が死んでも覚えていてほしかったのか? みー子に。バカらしい……」

 

 覚えていなければ、悲しむことはない。

 覚えていなければ、死は悲劇ではない。

 全て終わっておじさんのことを忘れられれば、美森は幸せになっていける。

 おじさんの選択は合理性という点で見れば極めて正しいが、倫理や尊重を主として考えるのであれば、間違いなく人類の敵だった。

 彼のこの選択を、須美/美森は許さない。

 彼はそういう意味では、須美/美森の敵だった。

 

「これ以上外に居ても意味はない。戻るぞ、大みー子」

 

「はい、おじさま!」

 

 催眠おじさんVS美少女勇者の戦いは、催眠おじさんの勝利に終わる。

 

 何もなければ、これで終わりだ。

 催眠おじさんの意思が通り、彼にとってのハッピーエンドがやってくる。

 須美にとって、美森にとって、ハッピーエンドでない終わりがやってくる。

 

 ()()()()()()()()()()()、結果は変わらない。

 未来は固定されたまま。

 『勇者が勝たなければハッピーエンドはない』―――それは、当たり前の世界の摂理。

 既に東郷美森は敗北した。

 だが、"繋がっている"。

 催眠おじさんに勝利し、結末を変えられるかもしれない勇者が、もうひとり。

 

 

 

 

 

「……なんだろうこのメール。あれ?

 これ小学生の時に私が使ってたアドレスだ……なんで? テキストファイル……?」

 

「須美さん?」

 

「あ、すみません、今行きます!」

 

 

 

 

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