催眠おじさんVS美少女勇者:地球最大の決戦!RtA 作:ルシエド
おじさんは美森を連れ、鷲尾家に向かっていた。
「お前も住み慣れた家の方が安心するだろう」
「すみません、気を使っていただいて」
「鷲尾家でいいのか? 東郷家の娘扱いにする催眠も難しくないぞ」
「でもおじさまは、手元に置いて護衛や手駒として便利に動かせる勇者が欲しかったでしょう?」
「……やっぱり催眠を深く入れておいて正解だったな。
お前は小生を理解しすぎている。
小生の行く手をお前が阻んだならば、どんな神よりも恐ろしい敵になっていただろう」
「おじさまのことを理解しすぎるあまりに、
『おじさまの好みの女性リスト』
を作ったらおじさまに『好みだけどいやそういうのはちょっと』って言われましたからね」
「お前何やってくれてんの?」
「喜んでもらえると思って……」
「みー子がみー子よりブサイクな女をリスト化して渡してきたら小生でも戸惑うわ」
「え、そういうことだったんですか?」
「知らん。その時の小生に聞け。だが小生なら多分微妙な気分になる」
「よく分かりません……あ、おじさま、女性をブサイクって言っちゃダメですよ?」
「小生世渡りは催眠でやってきたから『美人』が世辞で言えん……
本当に美人だと思った人にしか美人とかそういうことは言えんのだ」
「もう」
「お前も十分美人だぞ。でも中学生だから結婚も許されてないガキだな。ハッハッハ」
「……もう!」
ぷいっと顔を逸らす美森を横目に、おじさんはヘタクソに微笑んでいた。
「おじさま、私のことを鷲尾の家にどう説明するつもりなんですか?」
「催眠」
「流石ですね、迷いがない」
「鷲尾家は無駄にデカいからお前一人くらい抱えても大丈夫だろう」
「おじさまはこの時期はまだ無駄にニートしてるんでしたっけ……」
「『無駄に』って付ける意味ある?
いや待てちょっと待て。小生その感じだとお前の時代には働いてんの?」
「私が『おじさまはいつまでニートなんですか?』って言ったので……」
「余計なこと言いやがったなテメー!」
「それでおじさまが『四国全市民から一年に一円ずつ貰えば年収四百万で十分だ』って言って」
「お、流石小生。かしこい。催眠使いはそうでないとな」
「私が『ニートの叔父が居る姪になるんですね私』って言った、と思います。確かそうです」
「えっ……
いやっ……
んんっ……?
それは確かにそうかもしれんが……
小学生の娘っ子にそれは酷か……?
でもなぁ……小生は催眠の優位性とフットワークの軽さが武器だし……」
「おじさまは働かなくても大丈夫ですよ? 私が働いて、いつまでも養いますから」
「あっこれだなどんな世界でも小生が働いた理由これだわ」
「私は受験勉強続けながらバイトかな……」
美森の言葉に、おじさんは眉に皺を寄せた。
「しゃーねえ。鷲尾家の資産を投資で増やすか。経済活動あるなら小規模でもあるだろ」
「え? おじさまそういうのできるんですか?」
「催眠で人数上限なく投資者と投資対象の流れ操作できるからな、余裕の余裕だ」
「ええ……」
「淫乱サイダーだっけ? あれより効率が良くて合法だぞ」
「インサイダー取引では?」
「受験勉強に集中してろ。バイトしてまで金が欲しいなら欲しい分だけやるから」
「……おじさま本当にそういうところありますよね」
苦笑する美森。
須美と違って、美森はある程度"善人として社会に適応できない"というおじさんの根っこにある問題を把握し、理解し、受け入れている。
おじさんが鷲尾家が見えるくらいの距離まで来ると、窓からぼーっと外を見ていた須美が彼に気付き、家を飛び出し喜色満面でトタトタ駆けて来た。
「おじさま! おかえりなさい!」
「ただいま~。台所の窓からいい匂いが流れてるな、みー子か?」
「はい! 今日のお夕飯は私です! おじさまの好物を……誰?」
駆け寄って来た須美の足がピタリと止まり、その視線が美森で止まった。
須美の瞳の、目の前の人物を怪しむ色がどんどん濃くなっていく。
おじさんと美森の距離は近かった。
並んで歩いていたが、肩と肩の距離は拳一つ分ほど。
時たまおじさんと美森の肩が軽く触れ合うくらいの距離感であった。
そんな距離感で話しながら歩くなんて、よっぽど親しくないとできないことである。
須美は自分にそっくりだが、明らかに自分とは別人に見える美森を指差し、おじさんに有無を言わせない様子で問いかけ、空いている手でおじさんの手をぎゅっと握った。
「おじさま、誰ですかこの女。おじさまと距離が近すぎませんか?」
「お前の方が小生に近いぞ。離れろロリ、離れロリ」
「私はいいんです。おじさまが許してくれてるのでいいんです。離れロリしません」
「あら、じゃあ私もいいんじゃないかしら」
「え?」
おじさんは美森についての説明を始めた。
屋敷の人間に招集を掛けて、催眠! 説明! 納得! 終わり。
催眠術師に面倒な説明の手間は存在しない。
オラッ催眠! 説明終了。終わりである。
美森が須美の未来の存在であり、過去のこの時代に飛んで来たこと、この時代で生活するために皆の助けが必要なこと、美森の境遇は秘密にしてほしいことなど、そつなく伝えていく。
美森のことは広く知られてもいいことはない。
鷲尾家の権力のバックアップがあれば大抵のことでは不自由しない。
万が一どこかでミスっても、おじさんが催眠でリカバリーできる。
隙はない。
「あの……私、もう東郷美森に戻ってしまって、未来から来たっていうのも怪しくて……」
「安心しなさい。君は美森だけど、私達にとっては須美でもある」
「不安にならなくていいのよ。あなたはいつだって、私達の娘なんだから」
「そーですよお嬢様!」
「使用人に何でも言ってくださいねお嬢様!」
「私達がお嬢様に何かしてあげたいのは、お嬢様がこの家の子だからってだけじゃないですよ!」
「……ありがとうございます!
不肖東郷美森、恥ずかしながら今一度、この素晴らしい家にお世話になります!」
美森は恭しく頭を下げ、敬礼し快く鷲尾家に迎え入れられた。
おじさん、美森、須美は、おじさんの部屋に移動する。そして三人で話を始めた。
「大みー子の幸運は、かつてお前を引き取ったのがこの家だったことだな」
「……はい」
「催眠が無くても、顔や記憶の照合で受け入れてもらえたかもしれん。善い人達だ」
「私がこの家に来て最初に抱いた不安を、最初に晴らしてくれた、私の大事な人達です」
「そうだ、感謝の心を忘れるなよ」
「何他人事みたいな顔してるんですか、おじさま」
「は?」
「私だけじゃないですよね?
おじさまも大分ここの人に優しくしてもらったはずです。
ここの居心地の良さに浸っていたはずです。
私と同じくらい、おじさまもこの家の人達が好きであるはずですよ。
おじさまは自分を好きで居てくれる人を嫌いにはなれない人ですから」
「いや、別に」
「おじさま」
「……」
「私とおじさまの好きなものが一緒だったら嬉しいのに、そうごまかされたら寂しいです」
「ぬ……む……まあ、それもそうかもな。悪かった」
「ふふっ」
おじさんと美森が親しげに話しているのを、須美は半目でじとっと見つめていた。
何も言わない。
何も主張しない。
何かを考えながら、じとっとした目つきでおじさんと美森を見つめ、やがて我慢できなくなった様子でおじさんの服の袖をちょんちょんと引き話しかけた。
「おじさま、おじさま」
「どした小みー子」
「いいんですか。こんな未来の私なんかに理解者面させて」
「未来の自分に"なんか"とか言ってる奴初めて見たよ小生」
「なんだか……他の人がおじさまの一番の理解者ですみたいな顔してるのは腹が立ちます!」
「あらあら」
須美がちょっと熱を上げ、おじさまが腕を組み、美森が微笑んで頬に手を当てた。
「こんなの小学校を定年で足抜けしただけの劣化私じゃないですか!」
「卒業を定年って言う奴初めて見たわ」
「遠回しに私を年増扱いしてる感じが芸術点高いですね……あ、これ自画自賛かな?」
「自画要素どこだ? ただの自賛だろ」
「そうかもしれませんね。ああ、でも懐かしい。昔の私はこんなだったな……ふふっ」
美森はとても懐かしそうに、須美を見ていた。
須美と美森が、一対一で向き合う。
「でもね、過去の私。ちょっと聞いてくれないかしら」
「……なんですか」
「小学生の時の私はおじさまに頭撫でられてないけど、私は撫でられたことがあるわ」
「!? 私のことをガラス細工みたいに扱ってるフシがあるおじさまが!?」
「ちょっと待てその小生への評価初耳なんだが」
「撫でてもらった私は過去の自分であるあなたに対して魂の位階で優位にあるの」
「お、おじさまが私の頭撫でないのは私を大事にしてるだけだもん……」
「でも……撫でられてないのよね?」
「おじさま! この際恥も外聞も捨てます! 撫でてください!
なんでか、なんでか……私が私に自慢してるこの状況が死ぬほど悔しいです!」
須美は荒れ、美森は微笑み、おじさんは頬杖をついていた。
「え、この流れで小生が? 人前で? 嫌だよ恥ずかしい。壁に頭擦り付けてろ」
「おじさまぁ!」
「でも自分で自分にマウント取ってんのクソウケる。みー子は面白いな」
「おじさま……」
「おじさま!」
「こういうとこは微妙に息合わないんだな……」
おじさんの目は正確に、美森と須美の関係性を見抜く。
この年頃の子供にとって、三年分の人生経験値の差は大きい。
11歳の須美の人生の1/4以上……物心つく前を除外すれば、須美の現在の人生の記憶の1/3レベルの、『子供にとって長い時間』だ。
その時間の差が、美森と須美の違いを作っている。
一人の人間の、過去と未来の姿でしかないというのに。
二人は同一人物だが、絶妙に互いを他人のようにも見ている。
須美は美森を未来の自分と認めたくない。
その理由は、美森の余裕が適当に生きているように見えるからだろうか。
美森は須美を妹のように扱っている。
それは自分が数年生きて失った純粋さや生真面目さといったものを、まだ須美が持っていて、それが懐かしく愛らしく感じられるからだろう。
だから須美は美森を突っぱねるし、美森は須美を可愛がろうとしている。
美森がくすくすと笑って、おじさんに耳打ちする。
「おじさま、過去の私って未来の私よりずっと可愛くないですか? これ」
「小生からすりゃどっちも可愛いガキだよ。
あんまからかってやるな、小学生だって分かってんだろ?」
「それはそうですけど。あ、可愛いって言ってくださってありがとうございます。嬉しいです」
「子供扱いしないでください!
未来の私はここ言い返すところですよ!
第一、三年くらいの歳の違いしかないなら大差ないはずです!」
「そうかぁ? みー子は毎日頑張ってるだろ。
毎日、毎月、毎年、成長してると思うぞ。
努力してるからこそ毎日ちゃんと大人になっていってるってわかるぞ、みー子は」
「え、あ……ありがとうございます。
おじさまの期待に応えるべく日々邁進し……そういうことじゃないんですよ!」
バン、と須美の小さな手が可愛らしくテーブルを叩いたが、驚いた者は一人も居なかった。
美森は聖母のような優しげで寛容さを感じさせる微笑みを浮かべ、両腕を広げ、優しい声色で須美と向き合う。
「いらっしゃい、過去の私。代わりに私が頭を撫でて甘やかしてあげるから、ね?」
「同じ私だから分かるんですけどこれで煽ってないんですよね! 多分!」
ちょっと泣きそうになってきた須美の隣に寄り添い、おじさんは須美に助言する。
「小みー子は大みー子に
『頭撫でてもらって喜んでるあなたが子供なだけです』
って反撃すりゃ良かったんだよ。ほらほらやっちまえ、ゴーゴー」
「むっ……それは……そうかもしれませんけど……」
「無理です、おじさま。
過去の私は甘えんぼですからね。
友達にも家族にも頭撫でてもらったら喜びます。
だから頭を撫でてもらって喜んだら子供だ、なんて、絶対に言えないんです」
「ち、ち、ちがっ」
「……違うってよ。だから、その辺にしとけ、大みー子」
「もう。おじさまは本当に『私』に甘いんですから。過去の私のためになりませんよ?」
「みー子は自分にも他人にも厳しいんだから、周りは甘いくらいでいいと思うがね」
「甘やかされると私達はダメになるんです。おじさまも過去の私に厳しく……」
「知らんわ。どうするかは小生が決める」
おじさんはそんなことを言いながら、須美の頭を撫でていた。
「あ」
"本当に甘い人なんだから"と美森は呆れたような言葉を選んでいたが、その声色はどこか嬉しそうで、どこか幸せそうだった。
須美はくすぐったそうにして、目を閉じる。
当のおじさんは、東郷家の親や鷲尾家の親のように"親の経験値"がないため、あまり上手く撫でられていないことを歯痒く感じていた。
撫でられながら、羞恥と喜悦が混ざった感情を顔に浮かべて、須美はおじさんに問う。
「か、仮にですけど、この私と未来の私、強いて言うならどっちの方が好きですか?」
「え、どっちが好きか?
小生はヘラクレスオオカブトが好きだな。お前ら二人よりずっと好きだ」
「あーもう! 真面目に!」
「ダメよ過去の私。おじさまはこういう時は絶対ハッキリしたこと言わないもの」
「未来の私の『私が一番おじさまのこと分かってるから』感も腹立つー!」
「腹立ちすぎて
「「 誰? 」」
「ウッソだろこの世界原辰徳忘れられてんの!?」
"そうか球団もほぼ残ってないのかこの世界……"と、ビール片手に野球観戦していた過去の記憶を思い出し、おじさんは悲しみを押し殺すように眉間を揉んだ。
「それにしても、ややこしいわね、呼称が……」
「未来の私が来なければ全然ややこしくなかったんですよ?」
「おいみー子、聞いてるかみー子、呼んでないみー子は返事しなくていいぞ」
「おじさまが面白がってややこしくしてるフシは間違いなくあるわね」
「おじさま……」
須美、美森と話しているおじさんは、とても楽しそうだった。
好ましい人物と、楽しげに話しているというだけで、おじさんは幸せそうだった。
「一旦整理しましょう。私は過去の私を須美ちゃんと呼ぶわ」
「ええと……私は大体の人は名字で呼ぶので、東郷さんとお呼びします」
「ではおじさまは私を美森と、彼女を須美ちゃんと呼んであげてくださいね」
「おじさまは私を須美と、彼女を美森さんと呼んであげてください」
「え?」
「え?」
「ややこしいな……もう両方みー子でいいじゃないか」
「「 そっちの方がややこしいでしょう? 」」
「うわっハモった。しょうがない、二人揃ってる時は美森と須美で行くか」
三人揃って、"それでいいや"と言わんばかりに、うんうんと頷いた。
なんとなくいぇいいぇいと三人でハイタッチをして遊ぶ。
妙に息が合って楽しいことに、須美が悔しそうな顔をしていた。
「そういえば、東郷さんはどこの部屋を取るんですか?
どこかの部屋を東郷さんのものにしないといけませんよね」
「私の寝床はおじさまの部屋でもいいわよ?」
「は?」
「私なら毎日部屋を掃除し、清潔な部屋を約束するわ。
おじさまより早く寝ないし、おじさまより遅く起きない。
毎朝ちゃんと優しくおじさまを起こせる。
きっと得しかないと思う。
おじさまは私に変なことは絶対しないって信頼もあるもの」
「ちょ、ちょっと!」
"どうせ何もされない"と言われて、おじさんはちょっとイラッとした。
「このメスガキどもが……! 小生を舐めるのもいい加減にしろよ……!」
「仮に私や須美ちゃんと同じ部屋で寝泊まりして何かするんですか?」
「するわけないだろアホタレ。小中学生だろうがお前達」
「なら泊めてもらってもいいですよね?」
「ダメ」
おじさんは美森の提案を頑として受け入れず、美森は余裕ぶった話し方をしようとして、ちょっとだけ声色が上ずった。
「そ、それは、私を異性として意識してるとか……?」
「いや、単純に部屋で一人でまったり休みたい時にお前が居ると邪魔」
「……」
「グッバイ美森。グッバイメスガキ。小生の部屋には恋人以外の女は侵入禁止だ」
美森がちょっとイラッとしたのが、同一人物である須美にはよく分かった。
「私の主観で一年くらい前に、おじさまが言っていたこと、今思い出しました」
「何だ突然。ほら出てけ、美森は自分の部屋探してこい」
「『部屋に居て心乱れるのなんてとびっきりの美人くらいだろ』って」
「……」
「おじさま、どうしました?」
「……」
「黙ってたら分かりませんよ?」
「……」
「私がとびっきりの美人だと、そう思ったんですよね……?」
「……」
「催眠かけて黙らせてもいいですよ?
でもそうしたらおじさまの負けです。
私の記憶が消えても、おじさまはメスガキに言い負かされたことをずっと覚えてる……」
「……」
「甘く見てたんでしょう?
私は三年以上おじさまを捌いてきた鷲尾須美ですよ。
もうおじさまが思ってるほど子供じゃないんです。
おじさまの扱いもお茶の子さいさい、もうおじさまに守られる子供じゃ……」
「須美は美森より素直で可愛いな。小生は美森より須美の方が好きだぞ」
「え、ここで私!? あ、ありがとうございます」
「ちょっとおじさま!」
やんややんやと絡んでくる美森を、ああ言えばこう言う柔軟さで受け流すおじさん。
会話の切れ目に、須美はふと思ったことを、なんとなく、自分でも言語化出来ない気持ちに突き動かされるように、口にした。
「おじさま、東郷さんに何か言われたんですか?」
「なんでそう思う?」
「東郷さんが来てから何か違うな、って思って……」
「気のせいだろ」
「気のせい、ならいいんですけど……」
須美はまだ、送られてきたメールのファイルを見ていない。