「やあ。すっかり定着したねえ、そのお面」
「教頭先生……」
夕方の廊下、夕日を眺める二足歩行する大きなネズミの先生に声をかけられた。
1週間ほど前から私はさながらお祭りを楽しむ少女の如く、プラスチック製のお面を普段から頭に引っ掛けるようになっていた。
「今日のそれは……、イタチかい?」
「どうでしょう。魔法少女アニメのマスコットの、劇中では妖精としか呼ばれないんですけど、セリフの後ろに『コン』が付くので狐、かな?」
「なるほどアニメの。とても可愛らしいね。似合っているよ」
「ありがとうございます」
なんとなく立ち話の雰囲気になって、君のクラスの担任はエクトプラズム君だから、似たようなことを聞いたかもしれないけど。と根津先生は前おいた。
「ヒーローの存在はさながら個性讃歌だ。様々な人が様々な個性を持つ社会の中で、他人の持つ個性を恐れず、自分の持つ個性を忌避しなくていいように。人を簡単に殺せる個性も使い方次第で幾百人の人命を救える素晴らしい力であることを。大昔に比べるとずいぶん様変わりした外見のありようもその人の素晴らしい魅力なのだということを。自らの活躍と生き様で人々に見せつける存在たること。それは確かにこの超人社会の中でヒーローが負う大切な側面だ」
まるでこのところずっとぐるぐるしていた頭の中を読まれているみたいだった。
「だけど、それはヒーローが素の姿を見せなきゃいけないというわけじゃない。むしろヒーローというのは、コンプレックスを隠してマスクをかぶって存分にカッコつけて自分が思う一番格好いい姿を人々に見てもらう。昔からそういうものさ」
「君はとてもしっかりした視点を持っている子だ。その君が悩み選んだカッコいい姿なら、それはとても素晴らしいヒーローになると私は思っているよ」
「……教頭先生って人の頭の中が読めるんですか?」
「まさか。生徒の悩みに寄り添えないようでは教師などやっていられないというだけさ」
かっこいい。キザなセリフが堂に入っているところが降参だ。
「ありがとうございます」
「いいや、こちらこそだよ」
さて、なぜこんな話をしているのか。
きっかけは2週間ほど前のこと、
「そうだ、相澤君が君に意図的に避けられていると悩んでいたよ。彼としてはきちんと謝罪したいようだから、折を見て受け取って上げてくれるかい?」
それは事故のような物だった。
学校における個性を使った喧嘩はご法度だ。個性を使って人を傷つけてはいけないという認識はそれはもう小さい頃から丁寧に教え込まれるし、それを破ろうとするものに学校という場所は厳しい。
それでも学校生活の中で個性を使った喧嘩というのは珍しくない。まあ、そりゃそうだという感じで。
だからこそ教職課程の中でも別途にとても過酷との噂の講習をクリアしたごく少数には超限定的ながらも対人への個性使用許可が下りているし、私立の中にはヒーロー科がないにも関わらずヒーローを教員として置いていることを謳い文句にする学校もある。
雄英でもそういう喧嘩を見ないわけではない。先生に見つかればヒーロー科なら割とあっさりと除籍になるし普通科でも普通の高校よりも重い処分が待っている。
だから学年が上になれば運動場を借りて戦闘訓練だのなんだのと言い張れる状況を作る知恵がつくのだけど。けれど今は4月で私の目の前で一触即発になっている彼らはおよそ1年生だった。
なにやってるんだバカ、どの科にしたってせっかく入学したとこでしょ。幸か不幸か周りに先生はいないしお互い傷つける前にさっさと納めないと。などと私は焦った。右の男子は露骨に右腕が変身しそうだし、左の男子は右足の下のタイルが歪み体の重心が露骨に変わっている。純粋に力で押す感じの個性なら間に割り込んで傷つく気はさらさらないし、とりあえず割り込んじゃって。えっとそのあとは、割り込んで治まらなかったらリュックの中のロープで拘束。
えいままよ。と私は飛び込んだ。右の子の腕が槍状になっていくのも見えていたし、左の子の個性もおおよそ概算をつけて、それぞれ腕と足が出きる前に抑えることができるはずと頭もよく回っていた。
不幸は、私が見えていない別の場所からその様子を見ていた先生がいたということ。彼はこの春から週一で非常勤講師として働いている先生で、名を相澤消太といい、"個性を消す"個性を持つヒーローだったということだった。
突然いつもの感覚が消え、重心が急に変わって、疾走中の私はつんのめり盛大に地面を転がった。受け身をとって止まる中、なにが起きたのかということが頭の中にあった。嫌な予感がしていた。右手を見て個性を使おうとするも、私の細腕は細腕のままだった。周りを見回すと例の男子生徒2人が怪訝な目でこちらを見ていた。周りで男子2人の喧嘩を注視していた他の生徒の視線もあった。思えばそれは、突然2人の間を勢いよく転がって行き擦り傷だらけになっている変な女に対する視線だったわけだが、その時の私には違って見えた。カアッと顔が熱くなる感覚があった。
おいなにやってる。と声が聞こえて全身真っ黒の服の男がこちらに歩いてくるのが見えた。彼の立ち上がっていた前髪が下がると同時にずっと使おうとしていた個性が使える感覚がした。それで犯人はわかったし、その瞬間、私は自分の顔を変えて体を変えて彼に向かって飛び出していた。
そこから先のことは覚えていない。嘘だ、彼の視線から外れるために無茶苦茶にあの手この手したことも、なにしてくれるんだどうしてくれるんだと、溢れんばかりな感情から最終的には絶対に一発殴るという執念に駆られていたことも、完璧じゃないけれども覚えている。恥ずかしいから思い出したくないだけだ。
停学も除籍も無いとエクトプラズム先生から言われた後もいろいろウジウジ悩みなかなか出てこない私に、優ちゃんを代表とするクラスの女子が「いつあの変態男と相対してもいいように」なんて言って、お祭りのお面を何枚かセットでプレゼントしてくれた。恥ずかしい話がこれがこの仮面を持ってるだけで不思議と落ち着く。ほんとに恥ずかしい話なのだけど。
クラスのみんなに私の素顔について1年夏の林間学校の時にカミングアウトしていた。その時もみんなはちょうどいい触れ方で、優しかった。でもいつかちゃんと向き合わないとダメだと。特にヒーローとしては今のままじゃダメだと、ずっと思ってはいた。
けれど思わぬ形でそれを見せつけられて、救われた。
隠す以上にカッコよく。みんなに個性を誇れるヒーローに。このお祭りの仮面に誓おう。
7年前って相澤先生23歳。大学(で教員免許を取得したと仮定して)卒業して2年目……!? となったので続きました。
読んでくれた方ありがとうございます。