雪音クリスは幼少の頃より、人の目を引く存在だった。それはハーフ故に日本人離れした顔立ちに加え、母親譲りの艶やかな銀髪も拍車をかけていた。
そしてそれは時として人々のやっかみの対象となる。いつ頃か、自分の周りには気の置けない友人というものがいないことに、クリスは気付いた。
明確ないじめというものではないが、自分が距離を置かれているということには幼心にも気付いていた。
そんなある日、クリスが学校からの帰り道、路地の陰にひとりの女性が血を流して倒れているのを発見する。クリスはまだ知らないことだが、彼女は『プロデュエリスト』であり、ある大きな大会の決勝戦前日、対戦相手の勢力からその身を狙われていたのだった。
「自分と同じようにひとりぼっちでさびしそうだな」と倒れている女に共感したクリスは、その女を探している黒服の男たちに尋ねられた時、恐怖も感じずに別の方向に逃げたと匿った。
およそ一ヶ月後、クリスの前に倒れていた女性デュエリストが現れ、こう言った。
「君がしてくれた事は決して忘れない。これはそのお礼だ」
クリスは手渡されたカードに目を向けた。
「
「違う。アリアは独りじゃない」
それから、二人の奇妙な交流が始まった。彼女は会うたびに、クリスにデュエルの楽しさを語り、新たな
ふさぎ込んでいたクリスは本来の活発さを取り戻し、彼女との交流を通じて「絆」を知った。
彼女はクリスの心をまっすぐにしてくれたのだ。もうイジけた目つきはしていない。クリスの心にさわやかな風が吹いた。
こうして「雪音クリス」は声楽家やヴァイオリニストにあこがれるよりも『デュエル・スター』にあこがれるようになったのだ!
その頃に知ったツヴァイウィングというアイドルユニットは、彼女の目標のひとつであった。
同年代でありながら、高い歌唱力とプロ並みの魅せるデュエル。いつの間にか、クリスは二人を追いかけるようになった。
立花響と出会ったのはそんな折のことだった。
ツヴァイウィングとコラボしたデュエル大会。参加者のレベルはおしなべて低いものだったが、彼女のそれは頭二つ分くらいは抜けていた。それでも自分には届かなかったが、印象に残るくらいの腕ではあった。
続いて出会った音羽遊蓮という少年は、良い意味でも悪い意味でも衝撃的だった。軽く話しただけでも自分以上の知識量だというのがうかがい知れた。この年代にありがちな生意気さもない。クリスは好印象を抱いた。
問題はその後に行われた、ツヴァイウィングとのデュエルだった。クリスは少なからずも、ツヴァイウィングの二人とデュエルできることを楽しみにしていたのだ。だがその機会は奪われた。
自分の1ターン目。布陣を整え、相手はどんな手を打つだろうかとわくわくしながらターンを終えた。そして一週目のラスト、少年にターンが回り、それがラストターンになった。
肩透かし、想定外、不完全燃焼、そんな言葉が浮かんでは消える。別に彼は悪いことをしたわけではない。言葉にできないモヤモヤとしたものを抱えながら、クリスは家路についた。
そんな小さな大会で出会った少年と少女。再会したのは、まるで規模の違う大会だった。
本戦に残った彼女に、「あいつはいないのか?」と尋ねると、表情を曇らせながら首を横に振った。それだけでクリスは察した。
彼の本来のデッキに興味はあったが、すぐに意識を切り替える。
一回戦の相手は、クリスよりも二つか三つは年下の赤い髪の少女だった。
用いるデッキは【ラヴァル】。
ストーリー設定によると、彼らは溶岩地帯に住む戦闘民族らしい。
ラヴァルで最も警戒しなけばならないのは《真炎の爆発》だ。たった1枚通すだけで場に最大5体ものモンスターが現れる。そのアドたるや狂気の沙汰である。
ラヴァルの基本にして神髄、それは《炎熱伝導場》による超速墓地肥やしと、《真炎の爆発》による大量展開。これに尽きる。
逆に言えば、それさえ止めれば良いということだ。幸いにして相手の構築は攻撃寄りであり、妨害札は少なかった。それでも墓地が肥えるたびに、クリスは冷や汗を流し、ギリギリのところで綱渡りをしている気分に陥る。なんとか相手のライフを削り切った時、クリスは大きくため息を吐いた。
二回戦の相手は【インフェルニティ】使いだった。インフェルニティとは、『手札が0枚の時』という特殊な条件下でのみ発動、適用できる効果を持つカード群のことだ。
条件が厳しい分、強力な効果を持っている。コンボが動き出すと途切れることなく延々とカードが回りつづけ、展開力と制圧力、そして抜群の瞬発力を発揮する。その時に溢れ出す脳内麻薬が、彼らを虜にして放さないのだ。
その反面、手札事故が起きやすいという弱点もある。
二回戦はまさしくそれだった。長期戦は不利と悟ったクリスは一気呵成に攻め立て、相手に何もさせずに勝利した。
三回戦の相手は【ガジェット】だった。これにはクリスも笑みが零れた。なぜならガジェットは後続のモンスターを補充しつつ、相手のモンスターを除去して殴るというシンプルなデッキだ。ランク4のエクシーズも多様できるため、対応できる状況も多い。
だがクリスの従える幻奏モンスターたちは、破壊耐性を持っていたり、対象に取られない効果を持っていたりと、除去には比較的強い。ピン挿ししていたライオウを引けたのも大きかった。結果、クリスは危なげなく勝利を収めた。
準決勝の相手は、クリスも見知った顔だった。デュエルアカデミアでも随一の腕を持つと名高いサイバー流デュエリスト。いくつかの大会で手合わせしたこともある。手強い相手だが、勝てない相手ではない。
クリスは両手でほほを叩き、気合を入れて相手と向かい合った。
結果から言えば、薄氷の勝利だった。相手の手腕に戦慄すら覚えたのは久方振りだ。それでもクリスは勝った。あの逆境で、切り札のブルーム・ディーヴァを呼び出せたのは僥倖というほかない。
クリスはこの昂ぶりと火照りを、噛みしめながら眠りについた。
決勝の相手は、意外な相手だった。クリスは彼女が決勝まで残るとは微塵も考えていなかった。
前日に会った彼女は、明らかに気落ちしていたし、調子も落としているように見えたからだ。
だが今日の彼女は気力が充溢し、やる気に満ち溢れていた。その理由は明白だった。観客席に、昨日は見かけなかった、かつての少年の姿があったのだ。クリスは苦笑して、鼻息荒くこちらを見据えている立花響と視線を交わした。
泣いても笑っても、これが最後の一戦。
クリスは手札を眺めて戦略を練る。相手は融合モンスターを呼び出したようだ。ならこっちも応えてやらねぇとな、とクリスは小さく笑う。
この年下で小生意気なスクリューボールを、いっちょ懲らしめてやろう。
「そっちが融合ならこっちも対抗するぜ。響け歌声! 流れよ旋律! タクトの導きにより力重ねよ! 融合召喚! 今こそ舞台へ! 《幻奏の音姫マイスタリン・シューベルト》!」
やっぱりデュエルは面白い。クリスは改めてそう思った。