「ところでさ、あいつの趣味は知ってるだろ?」
休憩室での雑談中、その相手である奏さんがふと思いついたように話題を転換した。
明るく奔放で姉御肌。身長は自分と変わらないくらいなので、女性としては高い方だろう。「可愛い」と「綺麗」とを絶妙に融合させたような容姿で、引き締まったしなやかな肢体は、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる理想的なプロポーション。
情熱的な性格をそのまま表現したような紅緋の髪が緩やかにたなびいている。
仕草が少々ガサツっぽいのは、逆に愛嬌ともいえるだろう。
あいつというのは言うまでもなく、相棒の翼さんに違いない。
「ええ、確かバイクでしたね」
奏さんはうんうんと頷くと、歯切れが悪そうに言葉を続ける。
「ああ。で、だ。まあ、なんていうかな。あいつは基本的にあたしなんかよりずっと頭が良いんだが、時たまおかしな方向に舵を切るというか、ラーメンとショートケーキを一緒に食べるみたいな発想をするんだ」
「バイクに乗りながらデュエルをするみたいな発想ですか?」
俺がさらりとそう言うと、奏さんは驚いたような、呆れたような表情を見せた。
「そういう発想があっさり出るあたり、やっぱりおまえも普通じゃないよな」
どうやら正解らしい。まあ俺の場合はカンニングのようなものだけど。というか、やっぱりってところが引っ掛かるが。
「さすがは翼さん。未来に生きてますね」
「そんな未来は来ないと思うがな。バイクで走りながらデュエルするって狂気の沙汰だろ。事故ったらどうすんだ」
奏さんは額に手を当ててため息を零した。
そうですね、そう思っていた時期が俺にもありました。
「"事故"る奴は……"
「なんだその言い回しは。んでまあ、その妄言を鵜呑みにしちまった人がいてな。バイクとデュエルディスクを合体させて、プログラムまで書き換えて、レース場まで借りちまった」
なんでもできるな、あの人は。そのうち
「最近ふたりの姿を見ないと思ったら、そんなことをしてたんですね」
「ああ、翼も翼で『新境地が開けるかもしれない』つってノリノリだしな。あたしも時々つき合ってるんだけど、その内おまえにも話がいくと思うぜ」
「いや、俺は免許なんて持ってませんよ」
技術や金や時間の問題ではなく、年齢的に取得できない。国が認めてくれないのだからしょうがない。
「公道じゃないんだから必要ないさ。なに、バイクなんて自転車の延長みたいなもんだ。小一時間もあればバッチリだよ」
すごい暴論だな。感覚的にはそうなんだろうけど。
「ということは、実用段階までこぎつけてるってことですか?」
「一応はな。けど了子さんは、いまいち納得がいってないみたいだ。だからおまえに招集がかかるのも、時間の問題ってわけさ」
奏さんは肩をすくめてそう言った。実際、その予想は的中した。
ある晴れた昼下がり、了子さんに誘われて半ば強引にレース場まで連れてこられた。
別に断るつもりもなかったのだが、いつもよりも熱の籠もった声で誘われると、なんとなく警戒してしまう。
到着してすぐに軽い講習を受けてから、実際にバイクに跨る。そのまま発進し、緩やかな速度でサーキットを一周。戻ってきたら教官に拍手で迎えられた。
筋が良いと褒められたが、実を言うと『前』に中型免許を持っていたからだ。実際に乗るのは二十年以上ぶりだったが、感覚は覚えていたようだった。
これには了子さんも満足したようで、早速バイクを練習用のものからデュエル用に乗り換える。
「運転はセミオートになってるから、余程のことがない限りはクラッシュなんてしないわ。それとリミッターがかかってるから、時速80キロ以上は出ないからね。あとは、手札を飛ばさないように気をつけて」
ウィンクしながら肩を叩く。ピットに戻っていく了子さんを見送りながら、隣へと視線を移す。
「よろしくお願いします。翼さん」
「ええ、よろしくね」
ヘルメットのせいで、詳細な表情はうかがえないが、わくわくしているような雰囲気は伝わってくる。
カウントダウンが始まり、シグナルが赤から緑へと変わる。
レースが、いやデュエルがスタートした。
結論から言えば、ライディングデュエルは問題なく終了した。いや、問題がなかったのが問題なのだろう。それは俺も抱いた疑問だった。
「バイクに乗る意味がないですね。今のところは」
俺がそう言うと、全員が唸った。翼さんはちょっとショックを受けているようだ。少し心が痛む。
「だから、意味を持たせればいいんですよ」
「ふむ。その心は?」
了子さんが興味をそそられたといった感じで、身を乗り出してくる。これもまたカンニングのようなものだが、まあ仕方ないだろう。
「例えば、例えばですけど、フィールド魔法が発動している状態にして、スピードカウンターというシステムを組み込みましょう。これはお互いに持つ数値で、互いのスタンバイフェイズ毎に1つ増加します。それが一定値以上の時にしか発動できない、ライディングデュエル専用のスピードスペルという魔法カードを作るのもいいですね」
「ライディングデュエルというのは、このバイクデュエルのこと?」
翼さんが小首を傾げて訊いてくる。当たり前のように口にしたが、そういった名称はまだなかったんだっけ。
「いいじゃない、ライディングデュエル。これからはそう呼びましょう」
了子さんは諸手を挙げて賛成した。その後も覚えている限りで、ライディングデュエルのルールを、さも思いついたように説明する。
「……スピード・ワールドね。まとめるとこんな感じかしら」
《スピード・ワールド》
フィールド魔法
このカードは破壊されず、他のカード効果を受けない。
(1):このカードがフィールド上に表側で存在する限り、
「
(2):お互いのプレイヤーはお互いのスタンバイフェイズ時に1度、
自分用のスピードカウンターをこのカードの上に1つ置く。(お互い12個まで)
(3):自分用スピードカウンターを取り除く事で、以下の効果を発動する。
●4個:自分の手札の「Sp」と名のついたカードの枚数×800ポイントの
ダメージを相手ライフに与える。
●7個:自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●10個:フィールド上に存在するカードを1枚破壊する。
スピード・ワールドは色々と種類があったはずだが、さすがに細かいところまでは覚えていない。魔法カードもライフ2000を払えば発動できたはずだが、そこまでするならもう禁止にした方が差別化できると判断した。
……シンクロ次元? 知らんな。
「まだまだ詰める必要はありますが、商業ベースに乗せるならスタンディングデュエルとは、全くの別物にした方が良いですからね」
「……そこまで先を見てるのね。やっぱりあなた、面白いわ」
おそらくは了子さんも、これを新たな興業として打ち上げられないかと考えていたのだろう。
俺の説明を聞いているときの了子さんは、終始ご機嫌だった。それとは対照的に、どんどん気落ちしていったのが翼さんだ。
理由は明白、スピード・ワールドに記されたこの一文だ。
『「
大事なことなのでもう一度言おう。
『「
この一文で融合は死んだ。いや、《融合》を使わない融合や《死魂融合》などの罠融合もあるので、完全に死んだとは言えないが、致命傷なのは間違いない。
奏さんも融合デッキではあるが、以前に使っていた獣戦士族デッキを使えば、シンクロ・エクシーズのどちらにも派生できる。
だが翼さんは、今のデッキにかなり愛着があるらしく、ここで新たなデッキを組むというのが悩ましいのだろう。
一応、
――ライディングデュエル。それはスピードの世界で進化した
これが誕生するか、そして世に広まるか、受け入れられるかは、まだ誰にも分からない。