「前から聞きたかったんだけどさ」
これはあくまでもおれ個人の持論なのだが「前から聞きたかったんだけど」という、やや気を遣った前置きから繰り出される話題は、大抵の場合ろくなものではない。
しかし、目の前でそう言ってきたのは彼女が所属する部活動の部長であり、その人柄と明るさと懐の深さはおれも認めざるを得ないところがあったので、質問を邪険にはねのけるわけにはいかなかった。
なので、なるべく「あんまり答えたくないな~」という雰囲気を失礼に当たらない範囲で滲ませながら、おれはゆっくりと聞き返した。
「なんでしょう、犬吠埼先輩」
「相変わらずかたっくるしいわね~、哲くんは」
腰まで伸びる長髪は、後ろで二つに分けて結ばれていて、その名の如く犬の尻尾のようにふわふわと揺れている。すらりと伸びる脚はニーソックスに包まれ、スタイルの良さと制服の上に重ね着しているカーディガンのせいか、スカートの裾が他の女子より短く感じられる。なので、より一層美脚が際立っていた。人によっては、少し派手な印象を受けるかもしれない。けれど、明るく人懐っこい笑顔と、はっきりハキハキとした喋り方が、そんな悪印象を消し飛ばして余りあるほどに、しっかりした人格を表していた。
何を隠そう、目の前でニヤニヤしているこの女子の先輩こそ、おれの彼女が所属する讃州中学勇者部の長。
「愛すべき部員が愛している彼氏さんなんだからさ~。もっと気軽に『風先輩』って呼んでいいのよ? ていうか、むしろそう呼んで? 嬉しいから」
「それは彼女に拗ねられるので、ちょっと困ります」
「えー、つれないわね~。先輩さみしいワ~」
ぶーぶーと唇を尖らせて、二房の尻尾を首と一緒にぶんぶん振る風先輩。部長でありながら、かなり話しやすい。というか、すごく気安い。
妹の犬吠埼樹ちゃんをチワワやダックスフントのような気の弱い小型犬に例えるとしたら、犬吠埼先輩は人懐っこい大型犬……ゴールデンレトリバーやサモエドに例えるのがしっくりくる。いつも、中学生にしては少し背伸びした黒のチョーカーを首に巻いておしゃれしているので、首輪を連想してしまうのだ。そのせいで、余計に犬のイメージが強い。
「犬吠埼先輩のチョーカー、かわいいですよね。オシャレさんって感じです」
「え? やだちょっと……もしかして浮気? 言いつけちゃうわよ?」
「いえいえ、純粋に褒めているんですよ」
というか、実は既に失敗している。
少し前に「犬吠埼先輩って犬っぽくてかわいいよな。ていうか、姉妹揃って犬のイメージがすごく強くない?」と彼女に零した結果、ものすごく低い声音で「ふーん、そうなの哲くんは犬が好きなのね、そうなの。ふーん。いいんじゃないかしら、わたしも犬は嫌いじゃないわ」と、凄まじく機嫌を損ねてしまった。それ以降、決して迂闊なことは言わないように努めている。たとえ、彼女がとても大切に思っている勇者部の部員のみんなであっても、である。
だけれど、そんなおれの苦悩なんて露知らず、
「まあ、いっか。で、話をさっきに戻すんだけど」
それとも、おれの苦悩を知った上で、あえて聞いてきているのか。
「あんたは結局、あの子のどんなところが好きになったわけ?」
にかっ、と。漫画のような擬音が見える明るい笑顔を伴って、犬吠埼先輩は聞いてきた。
流石は勇者部部長というべきか。ストレートかつ単刀直入。真っ直ぐで、持って回ったような言い回しもせず、含むところもない。興味本位のいい質問だ。
なので、おれもストレートに答えることにした。
「恥ずかしながら、おっぱいです」
「いやほんとに恥ずかしいわね」
まるでゴミでも見るような目になって、犬吠埼先輩は一歩下がった。
「まってください、犬吠埼先輩。そんな風に物理的にも心理的にも距離を置かれると、さすがのおれも傷つきます」
「いや、だってちょっと気持ち悪いし……」
「ストレートな罵倒、ありがとうございます」
「あー、ごめんねー。もう一歩後退しまーす」
「あ、それ以上、後退されると交渉の余地なしと見なして、勇者部の予算交渉はこれにて終了とさせていただきますので。どうぞ、ご了承のほどよろしくお願いします。というか、ありがとうございました」
「わーっ! うそうそまってまって! お姉さんが悪かったから! ちょっとまって!」
そういえば、現在の状況説明を忘れていた。
時刻は夕方の放課後。部活動に精を出す運動部はそれぞれ校庭や体育館、あるいは学校周りのランニングに繰り出し、校内は昼間の喧騒がうそのような寂しい静けさに包まれて、がらんとしている。窓からは夕陽が射し込んで、この時間特有のノスタルジックな雰囲気を醸し出すのに、大いに貢献していた。
教室の中には、おれと犬吠埼先輩だけ。夕暮れの教室に、男女が一組。そんな風に書けば、さぞかしロマンチックなシチュエーションに聞こえるだろう。だが、犬吠埼先輩は、べつにおれに対して告白をしにきたわけでない。犬吠埼先輩はたしかにすごく魅力的でかわいらしいすてきな先輩だが、仮に告白されてもおれの気持ちは一切、これっぽちも、絶対に揺らがないと断言できる。教室の神棚の神樹様と、おれの股間の神樹様に誓おう。
「ねえ……なんか、すごく失礼なことを考えられている気がするんだけど」
「気のせいですね」
「そっかー、気のせいかー。うん、そういうことにしとこうかー」
なかなかどうして、勘が鋭い。さすがは勇者部の部長である。
「でもねー、女子に向かって、お……胸の話はないわー。アタシじゃなくてもひくわー。そういう外見の話を明け透けにされるのは、ちょっとねぇ……」
「おれは自分の彼女の外見に関して、恥じるところは一切なく、むしろ自慢できる点しかないと確信しています。なのでおれは、堂々と宣言できますよ、彼女のおっぱいが大好きだ、と」
「お……おっぱいおっぱいって。そ、そんな風にえっちな言葉連呼しちゃだめよ!」
ちょっとむきになって言い返す、年上の先輩がかわいい。
おれ独自の情報網によれば、犬吠埼先輩は男子からかなり人気があると聞くし……実際に男子から告白されたこともあるらしい。にも関わらず、この反応……もしかしておれが思っている以上に、犬吠埼先輩は恋愛沙汰に対しては引き気味で、ウブなのだろうか?
「あー、もう! 胸! 胸以外!」
「ええ……いいんですか? おれに彼女の好きなところを語らせたら、そのまま二時間のロングラン講演ですよ?」
「そこまで惚気ろとは言ってない! もっとちょうどいい感じに語って!」
「えー」
中学生は、恋愛に興味しかない生き物である。同じ部活に彼氏や彼女がいる子がいたら、部活の中はもうその話題で持ち切りだ。それはどうやら、勇者部でも例外ではないらしい。
とはいえ、おれの彼女はそういう噂の的にされることを嫌う、慎ましい大和撫子であり、しかも怒るととてもこわいので、犬吠埼先輩はこうしておれから直接、甘い話を聞くことにしたのだろう。おれの彼女、多分部長さんからもこわがられていますね。間違いない。
「じゃあ……たとえば、さっき胸の話をしたじゃないですか」
「したわね」
「犬吠埼先輩はああ言いますけど、彼女は外見も魅力的だから、そういう部分は絶対人目を惹きますし、いろんな男性から魅力的に見えると思うんですよ」
「まあ、見た目はたしかに美人だものね。魂が国防の形してるけど」
「中身が国防芸人なのは否定しませんよ。度々暴走しますし。まあ、そういうところも含めて、おれは大好きなんですけど」
「ワンテンポ挟むごとに好きとか言うのやめてくれない?」
「えー」
とにかく、
「で、外見が魅力的だと、それ以外のもっと細かい部分がかわいく見えてくるんですよね」
「具体的には?」
「彼女、一時期車椅子に乗ってたじゃないですか」
「うん」
「前から見ると、大体の男は彼女の胸に目がいくと思うんですけど」
「メガロポリスだものね、それは否定しないわ」
「うしろから車椅子を押してると、頭の形とかつむじがきれいだな、とか。そういう部分にまで目がいくようになるんですよね」
「そこぉ!?」
おっぱいの時よりも、あからさまに犬吠埼先輩がひいた。解せぬ。
「なんですか、その反応。心外ですね。もしよかったら、今度勇者部のみんなでお泊まりした時にでも、確かめてみてください。ほんとにきれいなんですよ、彼女の頭の形」
「えぇ……?」
そんなにひくことか?
頭の形は大事なんだぞ。男だと、頭の形が悪いと丸坊主にした時どうしてもダサくなるし。女子は丸坊主にする機会なんて尼さんにならないとないだろうけど、そうでなくてもショートヘアにした時などに、それなりに影響してくる。彼氏として、彼女の頭の形の良さを褒めることの何が悪いのか?
「もっと……こう、他にないの? もうちょっと一般的なやつ」
「注文多いですね」
わがままな先輩だ。
「あとは、うなじとかですね」
「う、うなじ……?」
ダメだ。またひかれた。これ、なに言ってもひかれるんじゃないか、おれ?
「なんかあれね……哲くんって、アタシが思っているより変態だったのね。ちょっとイメージ変わったわ」
「えー」
おかしいなー。ほんと、肌が白いから彼女のうなじは綺麗なんだけどな~。普段の姿勢がいいから、首筋も整っているし、真っ直ぐ芯が通っている彼女の魅力を端的に伝えられると思ったんだけどなー。
「ちょっと発想を変えてみましょう、犬吠埼先輩」
「あ、はい」
「車椅子をうしろから押してる時、おれは他の男どもが彼女に対して魅力を感じる、大きいおっぱいやきれいな顔立ちを見ることができないわけじゃないですか」
「まあ、うしろにいるから、そりゃあね」
「そうなると、つむじとかうなじとか、そういうおれだけしか知らない、彼女の普段見えない部分に特別な魅力を感じるようになるわけですよ。論理的でしょう? ご理解いただけましたか?」
「よくわかんにゃい」
このわからずや!
犬のくせに猫みたいな返事しやがって!
「……あまり同意も得られないようですし、話を本題に戻しますが」
「ええ~、いけずぅー」
「勇者部の予算が足りない、と。そういう相談でしたね?」
そう。ここは生徒会室。そして、おれは讃州中学生徒会の会計である。
甘酸っぱい青春とは一切無関係、むしろ正反対と言える交渉をするために、犬吠埼先輩はおれと話をしにきたのだ。
「いえーっす! いやほら、去年の予算がちょーっと足りない感じでさぁ……今年は夏凛とかの部員も増えたことだし、できれな景気良く予算の増額を……」
「ダメです」
「ちょっと返事早すぎない?」
おれは犬吠埼先輩にもはっきりわかるように、深い深いため息を吐いた。
「よろしいですか、犬吠埼部長?」
あ、これ説教される流れだな、と。それまでわりとダラダラしていた犬吠埼先輩が、おれの言葉を聞いて居住まいを正した。こういう時の切り替えはほんとに早いので、この人は優秀だと思う。
「部活動の部費は、基本的に大会などに参加して結果を残す、運動部が優先されます」
「はい、知ってマス」
「いくらウチが自由な校風であるとはいっても、おれたちはまだ中学生です。各部活の部費は、顧問の先生方が話し合い、その結果を踏まえた上で生徒会で審議されますが……ぶっちゃけ、これは予算案を検討するという生徒の自主性を育むために形式上行われているものなので、予算案を決めているのはほとんど先生方です」
「はい、よく分かっていマス」
「ですので、その形ばかりの生徒会の会計であるおれに、いくら泣きついたところで、勇者部の予算が増額されることはありません。ご理解いただけましたか、犬吠埼部長?」
「いえ、全然わかりまセン」
「……日本語通じないみたいですね。オーケー? ドゥユーアンダースタン?」
「のーっ! のーあんだすたんッ!」
ずっと変なカタコトでしらを切っていた犬吠埼先輩が、とうとうキレた。
バシバシ、と机を平手で殴打して叫ぶ。
「この堅物! 似た者カップル! 国防彼氏! 頭が硬くて柔軟性がないところまで似なくてもいいじゃない!」
「似た者同士……? くっ……そんな風に褒められると、さすがのおれも少し揺らいでしまいますね。でも、お世辞を言ったところで何も変わりませんよ」
「罵倒すらもスムーズに惚気に変換してくるの、やめない? ひくわー」
「そうですね。では、このままお引き取りください。おつかれさまでした」
「ごめんなさいアタシが悪かったですもう少し待ってください」
土下座でもしそうな勢いで平伏する犬吠埼先輩。この人、もう少し自分の頭を重く扱うべきじゃないだろうか?
「犬吠埼先輩」
「なによ、堅物くん」
「お言葉ですが、おれは自分の彼女よりも、多少は柔軟性を持ち合わせているつもりです」
あまりこういうことを言うのもどうかと思うが、おれの彼女はすごく真面目で堅物だ。彼女の親友も「すっごい頑固だよな~」と言っていたし、とにかく実直で融通の効かないところがある。もっとも、おれは彼女のそういうところが大好きだし、弱点であると同時に美点であるとも思っている。だから、互いに互いの足りない部分を補い合えるような関係がベストだ。
「今日、犬吠埼先輩がわざわざおれのところに来たのも、彼女に内緒なら、おれと生徒会のコネが使えると思ったからでしょう?」
「ぎっくぅ……!?」
やはり、ずぼし。にぼし、である。
ていうか、自分の口で「ぎっくぅ……!?」っていう人、はじめてみたな……
「……繰り返しになりますが、おれに勇者部の予算を増額する権利はありません」
「ですよネー」
「でも、ある程度実用性を伴った助言なら、することができます」
「ん? それはつまり?」
「おれが思うに、勇者部って自分たちの活動を自慢しなさ過ぎだと思うんですよね。謙虚過ぎる、と言いますか。もちろん、それがいいところでもあるんですけど」
部活動に必要なのは『活動実績』だ。
「だから、もっとおっぱいを出していきましょう」
「……は?」
「たとえですよ。さっきのおれの惚気話みたいなものです。要は、わかりやすい魅力を前面に押し出していけばいいんですよ」
「……つまり?」
「勇者部の長所を、もっと広めていこうってことです」
贔屓目を抜きにしても、犬吠埼先輩が率いる『勇者部』……名前を聞いただけでは何をやっているかよくわからない、このへんてこな名前の部活は、しかしなんだかんだと手広く活動して、地域に大きく貢献している。迷子の猫探しをはじめ、町内の簡単なお手伝いやゴミ拾いなどの基本的なボランティア。さらには幼稚園での人形劇講演や各種運動部へのスケットなど、その活動実績を挙げ始めたらきりがない。
ぶっちゃけ、そこらへんの学校の『ボランティア部』なんかよりもよっぽどボランティアしてると、おれは思う。正直、もっと評価されてほしいし、評価されるべきだ。
「三好が転校してきてから、結城ちゃんだけじゃなく、アイツも結構、運動部の助っ人に借り出されているじゃないですか」
「かなり頻繫にレンタルされてるわね」
「三好は頭まで筋肉なので、助っ人に行って好きなだけ暴れてすっきりして帰ってくる、って感じですけど。そこにさりげなく犬吠埼先輩がついて行って、顧問の先生とお話して印象付けておくだけでも、先生方の勇者部へのイメージはかなり違ってくるでしょう?」
「ふむふむ。たしかに」
「あとは、新聞部でもっと勇者部の活動を大々的に取り上げてもらうように打診したり。それに合わせて、解決した依頼主のみなさんに学校の方へ直接、電話一本でもいいのでお礼の言葉を通してもらうようにお願いする、とか」
「ははあ、なるほど」
奉仕活動は直接的な見返りを求めるべきではないけれど、宣伝と周知を怠った奉仕活動は、往々にして活動する側が先に力尽きてしまう。おれは、勇者部にそんな風になってほしくない。もちろんそれは、彼女が所属する部活という贔屓目を抜きにしても、だ。
「そうね……盲点だったわ。わたしも、ホームページの更新にもっと力を入れないと」
「ホームページそのものはとてもよくできているし、今のままでもいいんじゃないかな? リンク先を増やすとか、他のサイトに紹介ページを作ってもらうとか、そっちの方面に力をいれるべきだ」
「効果的な戦術ね。参考にするわ」
「ほんとほんと! とっても参考になったわね!」
「はい、彼はこういう時、すごく頼りになりますから」
「持つべきものは彼氏ってヤツね~。アタシも、そろそろ女子力を発揮して彼氏の一人や二人を……ゲット、して……?」
いつの間にか、会話に加わっていた一人の人物。おれが世界で一番大好きなその声の主にようやく気が付いたのか、犬吠埼先輩は顔いっぱいに冷や汗を流しながら、振り向いた。
「……えーっと、おかしいわね。なんでいるの? そもそも、いつからいたの?」
「そうですね。「前から聞きたかったんだけどさ」っていうところからです、風先輩」
「最初からいるじゃないのよ!」
まるでアサシンのように音もなく背後に忍び寄っていたおれの彼女に、犬吠埼先輩は絶叫した。
「ていうか哲くん! さてはチクったわね!? アタシとの秘密の会合を!」
「むしろ、どうしておれが犬吠埼先輩と密会することを、彼女に報告していないと思ったんですか?」
放課後に女子の先輩とこっそり会うとか、浮気してますって言ってるようなものだって。殺されるに決まってるでしょ。もしも事前申告してなかったら、切腹ものですよ。腹切り腹切り。
「風先輩……わたし、言いましたよね? 彼との関係を利用するようなことはしないでくださいって」
ほら、事前に伝えていたのに、もう黒いオーラが出てるもん。
「ひっ……ち、ちがうのよ! これは純粋に、勇者部の予算増額を目的として……」
「だとしても、その前のやりとりは必要ありませんでしたよね?」
「それはなんかこう、ほら! 女子力の暴走っていうか興味本位で……」
「風先輩」
「は、はい」
「今度、ゆっくりお話しましょうね?」
「は、はい……」
こっわ。
彼女の親友が、前に「ジメジメしたところがあるんだよなー」と言っていたけれど、それに関してはたしかにちょっと否定できないと思う。おれの彼女は、なかなかにグラビティなところがある。横文字使ったら怒られるから、絶対言わないけどな!
だから、ごめんなさい……犬吠埼先輩。おれも彼女がこわいので、助けてあげることはできません。
「じゃあ、帰りましょうか、哲くん」
「承知」
生気が抜けたようにぐったりと机に倒れる犬吠埼先輩を残して、おれと彼女は放課後の生徒会室を出て行った。
「チョーカー」
「ん?」
「わたしも……風先輩みたいに、チョーカー。付けてみようかしら」
ああ、なるほど。
最初から最後まで会話を聞いていたから、どうやらおれが犬吠埼先輩のチョーカーをかわいいと言ったことを、まだ引きずっているらしい。
「ははっ」
「……なんで笑うの?」
「いや、まさかおれの大好きな大和撫子の口から『チョーカーをつけてみようか』なんて言葉が出てくるとは思わなかったから」
「そ、それは……だって、哲くんがあんな風に言ってたから……」
「大丈夫、いらないよ」
チョーカーには、見た目の通り『窒息させる』という意味がある。そもそも、チョーカーに限らずネックレスなどのアクセサリには全て「相手のことを束縛したい」「独占したい」なんて意味があったりする。
もちろん、犬吠埼先輩はそんな小難しい理屈とか抜きに、チョーカーをつけてオシャレを楽しんでいるんだろうけど……あの人、ほんとに女子力高いのかな?
まあ、とにかく。アレだ。どうせなら、彼女には首筋が映えるきれいなネックレスをつけてもらいたい。
「おれ、須美のうなじ好きだから隠してほしくないんだよね」
「……また、そういうこと言う」
そっぽを向いて、髪が揺れる。もう、彼女が車椅子に乗ることはないし、乗ってほしくないとも思うけれど。しかし好きなものは好きなわけで。
周囲に、誰もいないことを確認してから。
後ろ髪をそっと上げて、おれは彼女のうなじを軽く噛んだ。
「きゃっ……もう! そんなところに! 友奈ちゃんにバレたらどうするの?」
「大丈夫だって。普通に髪を下ろしとけば、バレないよ」
「ほんとに……勝手なんだから」
文句を言いながら満更でもなさそうな彼女は、多分束縛されるのがそこまで嫌いではない。
おれも同じく、似た者同士。
彼女のうなじにつけた歯形の首輪は、誰にも知られたくない。
長所は、広めるもの。
魅力は、秘するもの。