東郷美森は俺の彼女である【完結】   作:龍流

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『みだれがみ、あさかすみ』

 授業の合間の、休み時間。

 

「ねえ、大山」

「なに?」

「あんたって、どんな女の子が好きなの?」

「……そうだな。かわいくて、おっぱいが大きくて、黒髪ロングで、清楚で、柔らかい笑顔がすてきで、心の奥底に一本しっかりとした芯を持っている……立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そんな大和撫子かな」

「はっ! バッカじゃないの! そんな女いるわけないでしょう!」

「おれの彼女です」

「あああああああああああああああ!」

 

 乙女にあるまじき叫び声を張り上げながら、三好夏凜は机に突っ伏した。騒音被害で訴えられても文句は言えないレベルだが、おれと三好が喋ると、大抵の場合なぜか三好が暴走して叫んだり、のたうち回る結果になるので、クラスのみんなも、もはや慣れたもの。叫び喚くクラスメイトに、見向きもしない。リアクション芸人のリアクションがワンパターン過ぎて飽きられたみたいになってる。かわいそうに。

 

「情緒不安定かよ。大丈夫か? サプリ飲むか?」

「なんであんたがサプリを平然と突き出してくるのよ! それはあたしのアイデンティティよ! 勝手に奪わないで!」

「いや、前に三好におすすめされたサプリを飲むようになってから結構体調がよくてさ。疲れた時とかにちょくちょく飲むようにしてるんだよね。あと、にぼしもかじるようにしてる。時々だけど」

「……ふーん。まあ、それはいい心掛けね。にぼしは完全食よ! ビタミン! ミネラル! カルシウム! EP! DHA! にぼしに補えない栄養素はないと言っても過言じゃないわ!」

「そんな完全な食品を食べているのに、なんでそんなにカリカリしてるんですか? カルシウム足りてないんじゃないですか?」

「うっがあああああああああ!」

 

 胸が薄いと防御まで薄くなるのだろうか? 

 煽り耐性があまりにも低過ぎる。いや、だから話してておもしろいんですけどね。

 むっしゃむっしゃとにぼしを食らってカルシウムをチャージしてる三好とは、こいつが転校してきてから席が近いこともあって、ずっと良好な関係が続いている。もちろん、おれには立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花な大和撫子の彼女がいるので、普通に友達として、という意味である。

 

「で、なんでそんなに荒れてんの?」

「……この前、部活の助っ人に行ったのよ」

「うん」

「その時に、なんか恋バナをする流れになって」

「ほうほう」

「勇者部の子ってみんなかわいいよね、って褒めてくれたんだけど」

「それはたしかに」

「みんな彼氏いるの? って話になって」

「あー……うん、はい」

「なんか無茶苦茶腹が立ったのよ」

 

 言いたいことはわかる。勇者部で彼氏持ちなの、うちの彼女さんだけだからね。そして彼氏がおれですからね。ふっふっふ……

 

「なにニヤニヤしてんのよ! ムカつくわね!」

「はっはっは」

「くぅ……あの魂まで愛国な国防芸人には彼氏がいて、なんであたしにはできないのよ……腹立つわね」

「いや、三好は彼氏の一人くらい、作ろうと思えば作れるだろ。ふつーにかわいいし」

 

 おれがそう言うと、美少女三好夏凛は口の端からにぼしを出したまま、じっとりとした目でこちらを見た。

 

「……はぁ」

「なんだよ」

「あんた、そういう風に適当に、それとなく褒めれば『ば、ばっかじゃないの!? あんたなんかに褒められても、ぜんぜん嬉しくないんだからね!』みたいな反応があたしから得られると思ってるんでしょう? 甘くみないでくれる?」

「お前は何と戦ってるの?」

 

 しかし、適当に褒めたと言われるのは心外である。

 

「三好はかわいいと思うぞ。ああ、この『かわいい』はあくまでもおれ個人の客観的な価値観に基づいて発せられた『かわいい』であって、特に他意はないからそこのところよろしくな。具体的には浮気じゃないってことです」

「そんなこと、言われなくてもわかってるっつーの」

 

 あーあ、とため息を吐きながら、三好は食べきったにぼしのパックを丁寧に畳んでバッグにしまった。

 

「なんか手軽にモテる方法とかないかしらね」

「髪、おろしてみたらどうだ?」

「は?」

 

 いや「は?」じゃなくて。

 

「三好っていつも、前髪留めてうしろも二つに分けて上げてるじゃん」

「そうだけど……?」

「なんで?」

「動きやすくて邪魔にならないからだけど……?」

「じゃあ、ちょっと髪おろしてみようぜ」

「説明するのめんどくさくなったからって、とばすのやめてくれない?」

 

 いいからいいから、と促してみると、渋々……といった様子で三好は髪をほどいた。ついでに前髪の髪留めも片方外してもらう。

 

「……ど、どう?」

「…………」

「だ、黙ってないでなんとか言いなさいよ!」

 

 うん、ちょっとやばいな、これは。

 いつも快活で勝気な三好のイメージが、流れる髪でお淑やかに完全に中和されている。予想の約三倍くらいの破壊力だ。なんだこの美少女。いくらイメージカラーが赤だからって、いきなり美少女力三倍にしてくるのは心臓に悪いからやめてほしい。

 

「三好」

「な、なによ」

「お前、髪おろしてたら普通に彼氏できると思うよ」

「はあ? いい加減なこと言って茶化さないでくれる?」

「男なんて、女の子が普段と違う髪型に変わっていたら、それだけで惚れるよ」

「ちょろいっ!?」

 

 そうだぞ。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「えっと……あの、須美、さん?」

 

 思わず、おれは敬語になってしまった。

 

「なに? 哲くん」

「今日は、髪型……どうしたんですか?」

 

 おれの彼女は、いつも大体その綺麗な黒髪を背中に流している。だが、今朝はいつもとはひと味……いや、ひと味もふた味も違う髪型だった。具体的には、前髪を留めてうしろも二つに分けて上げている。おれが昨日からかった、どっかのにぼしサプリメント美少女と、完璧に同じヘアスタイルだった。

 

「昨日、勇者部で夏凜ちゃんが髪をおろしていたの」

 

 あっ(察し

 

「だから、たまにはこういういつもと違う髪型もいいのかなって。どうかしら?」

「すいませんでしたいつもの髪型でお願いします」

「……でも、こういうのが好きなんでしょう?」

 

 いやいやいや。これはこれですごく新鮮でかわいいけれども! かわいいけれども! 

 

「怒ってますよね?」

「べつに怒っていません」

「怒ってますよね!?」

「怒っていません」

 

 すたすた、と。彼女は、おれより早く前を歩いていく。

 あー、三好より長めの髪が尻尾みたいにプリプリ揺れてるよ……

 

「須美」

「なに」

「おれはいつもの須美の髪が大好きだ」

「……」

「毎日見てても絶対に飽きない」

「……」

「だから、できれば元の髪型に……」

「……ふふっ」

 

 え? 今笑った? 

 

「冗談よ、哲くん」

 

 さらり。片手で器用に、彼女は髪束ねていたゴムをほどいた。

 背中で広がる、艶やかな黒髪。いつも、見慣れているはずの髪型。けれど、ほんの数分。いつも目にするそれを見なかっただけで、おれはとても落ち着かない心持ちになったわけで、

 

「本当は、怒ってなんていないわ。昨日、夏凜ちゃんに聞いた話がおもしろくって。だから、意地悪しちゃった。ごめんなさい」

 

 朝日を背に、流れる黒髪に手を添える彼女は、何よりも美しかった。

 

「……いや、逆によかったよ」

「逆に?」

 

 慣れていると忘れがちになってしまうもの。

 

「おれの彼女はかわいいって、朝から再確認できたからさ」

 

 日常で、当たり前に側にある、美しいものを素直に美しいと思うこと。

 

「……ふふっ、よかった」

 

 ふわりとなびく流れ髪のように、取り留めのないの話をして、でもその何でもないやりとりに、愛おしさを覚える。

 こういう日が、ずっと続けばいいのにって。朝からそう思えるなんて、おれはきっと幸せ者だ。

 学校についた。ドアを開けて、部室に入る。

 

「失礼しまーす」

「おはようございます」

 

 中には、既に犬吠埼先輩と三好がいた。

 くるり、と振り返った犬吠埼先輩がいつも通りの明るい笑顔を浮かべる。

 

「おっはよーう。きたわね、鷲尾。おやおやぁ~? 哲くんも一緒じゃな~い? 朝からラブラブで羨ましいわね」

 

 椅子に座って、やはりにぼしをかじっている三好が、やれやれと肩を竦めた。

 

「おはよ。彼氏と一緒に重役出勤? 随分といいご身分ね、鷲尾

 

 昨日の今日なので、三好の言葉にはやはり棘がある。おれと彼女は、顔を見合わせて笑った。

 

「なに笑ってんのよ! この国防バカップル!」

「いやいや、べつに~。ところで、先輩。犬吠埼ちゃんは?」

「今日は日直だからちょっと遅れるって言ってたわ」

「なるほど。ということは、あとは……」

 

 後ろ手にドアを閉める。

 しかし、慌ただしい足音が近づいてくると同時に、おれが閉めたドアがバァーン!と。勢い良く開かれた。

 

「おはようございます! すいません! 結城友奈、遅れました!」

「おはよう、結城」

「おはよう、友奈ちゃん。わたしたちも今来たところだから、大丈夫よ」

 

 その場にいるだけで人を笑顔にする、おれの彼女自慢の大親友。勇者部一番の元気っ子……結城友奈は、えへへ、と笑った。

 

「おはよう! 哲くん! 鷲尾さん!」

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