彼女の昔の……いや、本来の名前は、東郷美森。とあるお役目で現在の鷲尾の家に引き取られることになり、現在の名前を名乗るようになった。おれと須美は小学校からの同級生で、一緒に今の讃州中学に通っている。
「大山先輩と鷲尾先輩って、ほんと仲いいですよね~」
「……そう?」
「そうですよー」
今、勇者部の部室には珍しく二人きり。
おれと、犬吠埼風先輩の妹の
「わたし、いつも羨ましいな~って思います。だって、いつも楽しそうで、仲が良くて、喧嘩とかしてる様子も全然なくて。もしも将来、お付き合いすることになったら、わたし、大山先輩と鷲尾先輩みたいなカップルになりたいです!」
「い、犬吠埼ちゃん……っ!」
なんてうれしいことを言ってくれるんだ……!
犬吠埼樹という女の子を一言で説明するのは簡単だ。
いい子。これに尽きる。めちゃくちゃいい子である。すごくいい子である。大事なことなので三回くらい言った。
心根が優しく、控えめで、かわいらしい。一本退いた姿勢は積極性に欠ける、と言い換えることができるかもしれないけれど、最近は自分の好きな『歌』を目標に、自分から進んでオーディションなどに応募して頑張っているらしい。優しくてかわいらしくて努力家だなんて……もう完璧な妹過ぎる。犬吠埼先輩が「うちの樹はかわいいでしょ!?」って溺愛するわけだよ。
「はぁ……犬吠埼ちゃんはほんとにいい子だな。
「そんなアメちゃん食べる?みたいなのノリで……え? どっから取り出したんですか、それ」
「須美にいつも持たされているんだ」
「あ、愛が重い……す、すいません! 重いだなんて言って!」
「いや大丈夫。実際、牡丹餅重いし」
須美の牡丹餅、すごい美味いんだけど普通に腹に貯まるし、デザートとして重いんだよな……物理的な持ち運びの面でもそこそこ重いし。
「だから一緒に食べて軽くしてくれると助かるよ」
「いただきます!」
犬吠埼ちゃんはおれが差し出した牡丹餅を手にとって嬉しそうにパクついた。かわいい。なんかこう、庇護欲のようなものがムズムズしてくる。妹力が高い。これは、犬吠埼先輩が甘やかすのもよくわかるわ……おれがお兄ちゃんだったら絶対甘やかすもん。むしろ、彼氏とか連れてきたら絶対許さないもん。
「おいしい~」
「それはよかった」
「そうだ! 大山先輩、よかったら占いやりませんか?」
「占い?」
「はい!」
牡丹餅を一瞬でお腹に収めた犬吠埼ちゃんは、得意気な表情でカードを机の上に広げた。軽くカードを触ったその動作だけで、手慣れているのがよくわかる。
「ああ、そういえば犬吠埼ちゃん、カード占い得意だったね」
「はい! 牡丹餅のお礼に、よかったら是非!」
「あー……ご厚意はありがたいけど、遠慮しておくよ」
「え? なんでですか?」
おれが断ると犬吠埼ちゃんはあからさまに『しゅん……』と落ち込んだ表情になった。
くっ……そんな悲しい顔しないでくれ犬吠埼ちゃん! おれはきみにそんな表情をしてほしくないんだ。
「違うんだ、犬吠埼ちゃん。おれはべつに、占いが嫌いなわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「うん。ただ、ほら。うちの彼女はあんまり占いとか信じるタイプじゃないし……信じ貫くのは己の愛国心のみ!みたいなタイプだから」
「た、たしかに……」
「やっぱりそう思うだろ? あと、須美が信じているのは、精々α波くらいだよ」
「信じる対象限定的すぎじゃありません?」
くすくすっと犬吠埼ちゃんは口に手をあてて笑った。どうやらうまくフォローできたみたいで、ちょっとほっとする。
未来を他人に勝手に占われるのは、少しきらいだ。
ただ、占いが好きじゃないのは犬吠埼ちゃんのせいじゃなく、おれのわがままなので。その言い訳に須美を使ってしまったことに、なんとなく罪悪感が沸いてくる。いや、まあ……須美もああいう性格だから、ほんとにそういうこと言いそうではあるけど。あとやっぱりα波は信じていそうだ。
「……大山先輩は、やっぱり鷲尾先輩のことが大好きなんですね」
「……そう? そんな風にみえる?」
「はい。話してるとわかります。羨ましいなぁ……わたしも彼氏欲しいなぁ……」
なんか勇者部、彼氏欲しいブームきてない?
「犬吠埼ちゃんは、お姉ちゃんがいるんだから、そういうこと聞いてみたら? ほら、犬吠埼先輩って普段から女子力女子力言ってるし、実際に家事とか料理とか女子力高いし」
「お姉ちゃんは女子力はありますけど、女子経験力はありませんから」
「お? おう……」
今、かわいい顔でさらっと毒吐きましたね。
「大山先輩!」
「な、なに?」
「わたしに、恋の秘訣を教えてください!」
「恋の秘訣?」
なんだそれ。
「鷲尾先輩とどうやって付き合うようになったか、とか……わたし、すごく興味あります!」
「うおぉう……いつにも増してぐいぐいくるね犬吠埼ちゃん……」
「はい! 今日は他に人もいないですし、ぐいぐいいっちゃいます!」
くそっ……犬吠埼ちゃんにぐいぐい来られると断りにくいからすごく困るぞ。
誰か……誰かきてくれ。
「ビュオオオオオオウ!」
「へ?」
「……む」
この、特徴的な……むしろ特徴しかない鳴き声は……!
振り返ったドアがバァーン!と開かれる。なんだろう、勇者部のドアは勢いよく開かなければならない決まりでもあるのだろうか?
「
そ、そのっち~
稲穂のように眩しい金髪。それを頭のうしろで束ねる緑のリボン。体の前に抱えたサンチョ。興味津々といった様子で輝く、髪色と同じ瞳。
乃木園子である。どこからどう見ても、乃木園子である。
「へぇーい! いっつん! てっつん!」
「おれと犬吠埼ちゃんをセット扱いみたいな感じで呼ぶのやめない?」
「わたしの~、ラブラブセンサーがぁ~、コイバナの匂いを~、感じ取ったんだぜぃ~! ふぅ~!」
コイツ、ワンセンテンスごとに語尾上げてくるの腹立つな……顔が美少女じゃなかったらめちゃくちゃウザイぞ。顔が美少女だから許すけど。
「それでそれで? いっつんとてっつんはどんな話をしていたのかな? わたし、とっても気になるんよ~」
「べつに大した話はしてないよ、そのっち」
「またまたそんなこと言って~、てっつんは相変わらず照れ屋さんだなぁ。わっしーのいない隙に、コイバナしようよコイバナ~! ドキドキぃー! いえぇーい!」
「それで須美に怒られるの、おれじゃなくてそのっちだからな?」
「えー、いけずぅ~。わっしーに一緒に怒られようよ~。昔はよく二人まとめてわっしーに怒られた、怒られツインズだったの、忘れちゃったの~?」
「あいにく、そのっちとセットにされた記憶はおれにはないな」
「うえぇ……サンチョ~、てっつんが冷たいよ~」
「スィ、ムーチョ(裏声)」
いつもの調子でポンポンとやりとりしていると、犬吠埼ちゃんが困惑した様子でおれとそのっちを見ていた。
「ええと……大山先輩と園子さんは、小学校から一緒なんでしたっけ?」
「ん? ああ、そうだよ。なんなら、付き合いそのものは須美より長いし」
「わたしとてっつんは~、あつくながーい友情で結ばれているんよ~」
トレードマークのぬいぐるみであるサンチョさんをモフモフしながら、そのっちは笑う。神樹館の一年生からの付き合いだが、昔からマイペースというか、破天荒というか、変人というか、ちょっと……いや、すごく変わっているというか。
「あ、てっつん。屋上からお呼び出しがかかっていたよ」
そして、勘が鋭くて気遣いが優しいところも変わらない。
「……わかった。ありがとう。ちょっと行ってくる」
「うん。いっつん~、てっつんの代わりにわたしを占って~!」
「へ? はい! お安い御用です!」
犬吠埼ちゃんの相手をそのっちに任せて、おれは勇者部の部室を出た。
屋上の扉を開くと、目に痛い夕焼けが空いっぱいに広がっていた。
綺麗な赤色だ、と思う。
血のような赤色だ、とも思う。
「おっ! きたきた。待ってたぞ~、てつ」
そして、声の主はそんな真っ赤な夕焼け空の下で、おれを待っていた。
彼女のイメージカラーも、赤だ。
縞模様のニーソックスが、健康的な小麦色の肌に映える。小学生の頃よりも、少し伸ばすようになった髪はうしろで縛っていて、それは彼女やそのっちとお揃いのリボンだ。
「他のみんなは?」
「まだちょっと、片付けあるってさ。アタシはほら、弟の迎えとかいろいろあるし。早めに上がらせてもらったんだ。勇者部のみんなは優しいよな~」
「それで、おれと屋上で密会? 悪いやつだなぁ」
「言うなよぉ。アタシとアンタの仲だろ?」
口の端から覗く白い歯が、夕日よりも眩しい。気持ちのいい笑顔に、釣られておれも笑った
彼女は讃州中学二年、勇者部所属。
「ちょっとさ。てつと話したくなったんだ」
中学生銀ちゃんはゆゆゆいにいつ実装されるんですか!!?(満開を見ながら)