東郷美森は俺の彼女である【完結】   作:龍流

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『しろがね、やくそく』

 はじめて三ノ輪銀を見た時、おれは少し苦手意識を持ってしまった。声が大きくて、気が強くて、男子でも気圧されそうになってしまうからだ。

 

「なあなあ」

 

 最初に声をかけてきたのも、おれではなく彼女の方からだった。

 

「となりのクラスの……大山くん、だっけ? お前、須美のことよく見てるだろ?」

「みっ……みてないし!」

 

 小学生とはいえ、6年生にもなれば色恋沙汰も気になりはじめる頃だ。しかし、好きな異性を他の誰かに知られることを極端に嫌うのもまた、子どもの恋愛の特徴である。

 結果、おれは早口で目をそらしながら慌てて言われたことを否定する、あまりにもわかりやすい対応をしてしまったわけで。けれど、それまでおれの中で粗野な印象だった三ノ輪銀は、意外なほど女の子らしい、控えめな笑みを浮かべて言ったのだ。

 

「大丈夫、須美には言わないよ」

 

 その笑顔に、なぜかすごくほっとしたのを覚えている。

 

「須美、すっごくかわいいもんな! いやぁ~、大山は見る目ある! あ、でも須美ってちょいジメジメしたとこあるから、そこは気をつけた方がいいぞ~。まあ、ちょっと機嫌を損ねて拗ねた時の須美もかわいいんだけどな!」

「べ、べつに聞いてないって……」

「なんだよぉ、照れるなよ~。その熱い胸の内を、この銀さんに話してごらん~? ほれほれ~」

「あー、もうっ! お節介なやつだな!」

「須美の話、聞きたくないの?」

「う……」

「恋は、一人よりも二人で挑んだ方が勝率上がると思わない?」

「ぐぬぬ……」

 

 彼女は、声が大きかった。圧が強かった。でも、態度がはっきりしていて、なにより笑顔に裏表がなかった。

 だから、おれは信用することにした。

 

「よろしく……お願いします。三ノ輪さん」

「銀でいいよ、大山」

「……いきなり名前呼びはアレだから。じゃあ、ミノさんって呼ばせてもらおうかな」

「お、なに? 園子の知り合い?」

「低学年の時に、クラスが一緒だった」

 

 なーんだ、と。元気な笑顔の花がまた咲いた。

 

「園子の友達なら、話が早い! じゃあ、アタシとも友達じゃん!」

 

 三ノ輪はおれに、おれが好きな彼女のいろいろなことを教えてくれた。

 とても堅物で真面目であること。イネスというショッピングモールで、ジェラートを一緒に食べたこと。クラスの黒板に戦艦の絵を描いてはしゃいでいたこと。合宿では、一緒に温泉に入ったこと。湯船の中でみた彼女の胸が……やはり牡丹餅であったこと。

 彼女のたくさんの楽しい話を、()()()()は教えてくれた。

 

「哲っていいヤツだよな! 喋ってるだけでわかるよ」

「それは、ミノさんが話しやすいからだよ。他の女子だとなかなかこうはいかないって」

「須美の前だとガチガチになっちゃいそうだもんな!」

「うるさいなぁ」

「あはは!」

 

 彼女の話だけではなく、ミノさん本人のことも、話している内に段々とわかってきた。

 とても世話焼きで、困っている人を放っておけない性格なこと。そのせいで遅刻することが多いけれど、でもそれを絶対に遅刻の言い訳に使わないこと。

 家族は両親と弟が二人。特に下の弟は生まれたばかりであり、とても可愛がっていること。口では「将来、忠実な舎弟にしてやる~」なんて言いながら、すごく家族想いで、やさしい。運動が得意で、勉強は少し苦手。おれの方が成績がよかったから、一緒に勉強を教える機会が少しできた。

 ついでに情報提供のお礼として、三人がよく行っているイネスのジェラートを、少ないお小遣いで奢らされた。

 

「もう、デートに誘うのここでいいじゃん。須美もよく来てるから緊張しないだろうし。須美の好きなジェラートの味もわかってるしさ!」

「でもなんか、最初のデートが近所のショッピングモールって……なんかこう、違くない?」

「えー、最初のうちは慣れてる場所の方が絶対いいって」

「そもそも鷲尾さん、デートとかで緊張するタイプかな?」

「ああ、それは間違いないぞ。須美はデートでめちゃくちゃ緊張するタイプだ。緊張しすぎて、急に国防体操とか踊りはじめるタイプだ。アタシが絶対に保証する」

「いやな保証やめてくれない?」

「それに、哲も絶対緊張するだろ?」

「……うるさいなぁ」

「あはは!」

 

 食べ終わったジェラートの包み紙を捨てて、ミノさんは急にいいことを思いついた、というようにニヤリと笑った。

 

「そうだ! 哲がここで須美とデートする時は、アタシと園子でこっそり尾行しよう!」

「うわあ……絶対やめてくれ」

「そんなにいやな顔するなよー。ちょっと告白の瞬間を見るだけじゃんか~」

「告白の瞬間まで見る気なのか……」

「そりゃもちろん。むしろ、それを見ずに何を見る、って感じ?」

「そのっちと一緒にアリでもみててくれよ……」

「いやあ~、アタシは園子みたいにアリとお喋りできないからさ」

 

 べつにいいじゃん、減るもんじゃあるまいし、と。ミノさんはテーブルに背を乗り出して、小指を突き出した。それは完全に『指切りげんまん』の構えだ。

 

「哲!」

「……なに?」

「アタシと、約束をしよう」

「どんな?」

「須美に気持ちを伝える時……アタシがみている場所で、告白すること」

「ええ……? マジか」

「おう。マジマジ。その代わり、この銀さんが最後まで協力してやっから!」

「……仕方ないなぁ」

 

 ミノさんの小指に、自分の指を重ねる。

 

「よぅーし! 指切りげんまん、ハリセンボン、うそつついたらのーますっと!」

「はいきった~」

 

 なんだか、とんでもない契約を交わしてしまった気がする。

 

「はぁ……悪魔に魂まで売った気がするよ」

「まあまあ。そんな風にテーブルの上で寝そべってると、ジェラートみたいに溶けちゃうぞ~。須美はきっと、ピシッとした日本男児の方が好きだぞ~?」

「……わかった。ピシッとするわ」

「さて、まずはデートにどうやって誘うかだよな。あ、園子がラブレターもらった話、哲にしたっけ?」

「なにそれ聞いてない!?」

 

 放課後、秘密を共有して。

 恋の作戦会議をする時間が、とても楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、あったわそんなこと」

「おれ、ミノさんに醬油ジェラート何回奢らされたっけ?」

「んー? ……いちいちおぼえてなーい」

「コイツ……!」

 

 夕陽を見ながら、思い出話に花を咲かせるのも悪くない。

 

「いやあ、あの頃はまさか、哲と須美がほんとに付き合うことになるなんて、思ってもみなかったよ」

「ミノさんのおかげだ」

「よせよせ~、褒めても何も出ないぞー。いや、まて……やっぱり、もっと褒めろ。この銀さまを恋のキューピッドとして崇め奉れ」

「ははぁ~」

「崇め奉ったからには、ちゃーんとアタシに感謝の品を奉納するんだぞ」

「じゃあ最近奢ってないし……小学生の頃みたいに、イネスの醬油ジェラートでいい?」

「ずいぶんやっすい奉納品だな!?」

 

 そのっちと同じく、ミノさんともずっも長い付き合いが続いてきた。だから、こうして気兼ねなく喋ることができる。

 

「話、変わるけどさ……最近の勇者部は、どう? 楽しい?」

「お? もちろん楽しいぞ!」

 

 屋上の柵に足をかけて、ミノさんは夕焼け空を見る。おれも、隣に並んで柵に足をかけた。

 

「友奈は今日の授業中、眠そうにしてたな」

 

 落ちていく日を目で追いながら、今日という日を思い返す横顔は、とても楽しげで

 

「樹はすくすく育っているから、教え甲斐がある。風先輩がもうすぐ抜けちゃうけど、樹があれなら勇者部は安泰だな!」

「そっか」

「ああ! アタシ、今、毎日がめちゃくちゃ楽しいんだ!」

 

 空を見上げる全身は、喜びに溢れていて、

 

「このまま……今日みたいな日が、ずっと続けばいいのにな」

 

 だから、おれはその違和感に気がついた。

 

 

 

 

 

 

「三ノ輪銀さんは、神樹様のお役目の最中に亡くなりました」

 

 

 

 

 

「……ぅ」

「哲!? どうした?」

 

 

 

「どうか、誇らしい気持ちでお見送りしましょう」

 

 

 

 頭が痛い。

 

 

 

「本日ここに、哀悼の意を捧げます。今、わたくし共は深い悲しみの内に、勇者様にお別れを告げようとしております」

 

 

 

 能面のような、白い仮面。

 底が見えない、黒い帽子。

 

 

 

「三ノ輪銀様は、天性の才能。剛毅不屈の精神。それに、人間味豊かな性格をもって、神樹様の重大な任務に勤められていました」

 

 

 

 壇上で儀礼用の装束を身にまとう、悲しみを押し殺した二人の少女。

 

 

 

「どうか神樹様の元で安らかに。そして末永く、わたくし共の行方を、お見守りください」

 

 

 

 知っていた。

 わかっていた。

 

 

「神様だったら、なんで守ってくれなかったんだよ! ねえちゃんはずっとがんばってただろ! それなのに! なんで! ねえちゃんなんだよ! ねえちゃんを、連れて行かないでくれよ!」

 

 

 

 全てが、心の中で反響する。

 

「う、ぁああああああああああ!」

「哲っ!」

 

 叫んで、肺の中の空気を出し切って。

 抱きしめられて、倒れ伏した。

 

「ミノ、さん……」

「息吸えっ! 落ち着け! 大丈夫だから!」

 

 呼吸が戻る。

 温かい。鼓動を感じる。それで、少しだけ安心した。落ち着きが戻った。

 おれが、今。体を預けているのは、紛れもない一人の少女で、生きている人間だ。

 生きている、人間のはずだ。

 

「哲、お前急にどうした? 目、真っ赤だぞ」

「あ、う……」

「昔から、アタシ言ってただろ? 男が泣いていいのは、母ちゃんに預けたお年玉が返ってこないのを悟った時だけだ、ってな」

 

 でもまぁ、と。ミノさんは、嗚咽が止まらないおれを上から見下ろして、

 

「男だって、急に泣きたくなることだってあるよな。だから、いいぞ?」

「……え」

「だーかーら! 理由は聞かないから、泣いていいぞ。須美には言わずに、黙っておいてやるから」

 

 涙が、止まらなかった。

 

 間違いない。

 この子は、ミノさんだ。間違いなく、三ノ輪銀だ。おれの目の前に、今。ここにいる。

 でも同時に。

 おれの中の記憶が『三ノ輪銀は死んだ』という事実を、否応なく突きつけてくる。

 

「ごめん……なんか、おれ」

「謝るなよぉ」

 

 見上げた夕焼け空とミノさんの優しい顔が、涙で歪む。

 

 ああ、そうだ。

 

 本当は、イネスはもう取り壊されてなくなっていて。あのジェラートを、あの場所でもう食べることはできなくて。

 そもそも、瀬戸大橋の近くの神樹館小等部に通っていたおれたちが……40km以上も離れた四国中央に位置する、この讃州中学に何の理由もなく通っているわけがなくて。

 

「大丈夫だ。大丈夫だぞ……銀さんは、ここにいるからな」

 

 だから、おれがみているこの景色も、おれが感じるこの熱も、すべてが嘘。

 

 思い出した。

 おれがいる、この世界は。

 三ノ輪銀が、死ななかった世界。

 鷲尾須美が、記憶を失わず、東郷美森に名を戻さなかった世界。

 鷲尾須美が、鷲尾須美のままで在り続け、成長した世界だ。

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