「ふわぁ~~」
眠気をこすりながら山道を歩く俺達。穏やかな太陽の光が振るこの光の下で眠れたらどんなに気持ちいいのだろうか。
(まっ 巨大な虫が居なかったらの話だけどね!)
尤もそれは人間に害なす虫が居なかったらという話ではあるのだが。折角の天気もこれで全て台無しだ。
診療所でヘビトンボを撃墜してから俺達は診療所を出る事となった。蟹の死骸にヘビトンボの死骸、これだけの餌があったらいったいどれだけの虫がやって来るのかわからない。
早急に移動のための準備を整えて謎の診療所を後にした俺達。後ろ髪を引かれる思いで診療所を見てしまうのは仕方ないはず。…ホント蟹やヘビトンボさえ来なければ安全地帯になっていたはずだろうに。
(結構怪しい場所だったんだけど…仕方なしか)
色々と怪しい場所なので探索に時間を掛けたかったのだがこればっかりは仕方ない。一応甲斐が地下室のパソコンの近くに合ったSDカードを数枚確保したので何かしら情報があるとは思うのだが… 中身は脱出してからのお楽しみと言う事になるな。
「くぁ…」
「おい、さっきから欠伸ばっかしてんぞ」
「っとワリィ」
神野から注意されてしまった。出来る限り気を張ろうとは思うのだが、いかせん眠気がヤバイ。眠気を払うために今の状況を顧みよう。
今俺達は診療所を離れ、織部さんが絶対に安全だという場所を目指していた。地図によるとその場所は結構な距離があるらしく可能な限り虫を避けつつ時間を掛けて移動していた。目指す場所は山奥らしく診療所から離れているので歩きでは中々たどり着けない、この島が結構大きいのもあるし…
(荷物は必要最低限。目的地に着いたら救助が来るまで待機…か)
力のあるキャプテンや上条、アキラが背負っているリュックには医療品などが入っているがどれも数は少ないものだった。理由は簡単、沢山持っていくと重さで動きが鈍り逃げる途中で虫に追いつかれてしまうかもしれないからだ。
(食料の数も少ないってのは辛いなぁ…皆が念のため飲んだ駆虫薬ではお腹は膨れません)
無論食料も少ない。一応この人数分が一日食えるだけの量はあるがそれでも数は少ないのだ。食べて行けばいいのではないかと言う提案もあったが何でも織部さん曰く加工食品は香りが強くて開けた瞬間虫が寄ってくる可能性が高いのだとか。そう言われてしまえばもう仕方ない。我慢である
(…さっきからネガティブな事ばっかり考えていないか俺?…疲れてんのかな)
考えを纏めようとするとどうしてか悪い事ばっかり頭の中を巡ってしまう。疲れたとき人間は悪い事ばっかり考えてしまうとは聞くが知らないうちに俺の疲労がかなりたまってしまっているのかもしれない。…睡眠時間海岸での一時間だけだったし
「ねぇ蟻原君。大丈夫?」
先ほどから眠そうな俺が気になったのか伊能が心配するような顔でこちらを見てきた。うーん心配させたくはないがここで嘘を言うのは伊能に悪いかな。
「ごめん。実はちょっと…いや、かなり眠い」
目はしょぼしょぼで体は休みを欲しており頭は上手く動かず、寧ろ頭痛さえ感じてくる。診療所にいたときは割と平気だったが蟹とヘビトンボとの連戦で体の疲労がたまってしまったのだろうか。正直横になって惰眠を貪りたい。
「そっか。うーん ならどこか休めるところが無いかを織部さんに相談してみようかな」
「…後もうちょっと頑張れって言わないの?」
てっきり励ますような言葉を言うのかと思えば呆れたような溜息を吐かれてしまった。心なしか目が怒っている様な?
「あのねぇ蟻原君」
「はい」
「君が織部さんに言ったように君もまた僕達にとっては必要不可欠な人なんだよ」
「そうなの?」
「そーだよ。君が居てくれたおかげで何人も助かっているんだからさ。もうちょっと自分の事を自覚してよ」
と言う事らしい。…むむむ 嬉しいけどこそばゆい。苦笑している伊能の顔を見ていられず、別の所へと視線を向けた時だった。
「キャァァアアア!!」
突如響いた女の悲鳴。距離は結構近いのだろうか。皆が一斉に周囲を見渡す。
「あ、アレ!」
何処から聞こえてきたのかを探す俺たちの頭上を依然見たシルエットが取り過ぎていく。あの羽や形は…蝶か!?
「また蝶かよ…」
視認した蝶の向かう方へと視線を向けたら俺よりも先に向かっている人がいた、キャプテンだ。俺よりも先に行動できるなんて…俺の疲れも結構深刻か?
「行こう 蟻原君」
「…ああ」
出遅れてしまったが俺達もキャプテンを追って森の中へ。…無事だと良いんだけど
結果無事でした。
「有難う…貴方達が来てくれなかったら」
「うぅ…本当に怖かった」
キャプテンは見事蝶を簡易的なスプレー式火炎放射器で撃退し襲われていた女の子たちを助け出したのだ。助け出された女の子は二人共涙でくしゃくしゃになった顔を拭いて今では結構落ち着いている。
無事だったのは嬉しい限りだが俺としては他に優先したいことがある。すなわち俺の事を知っているかどうか。
「アレ誰?俺と同じクラス?」
「確か…陸上部の宮園さんと鈴木さん。宮園さんが四組で鈴木さんが僕と同じ二組だよ」
「そっかー…残念だ」
どうやら違うクラスだったようだ。って事は俺の事は知っているとは思えず…いかんなさっきから自分本位な考えになってきている。
呼吸を一回。眠気は収まらず、思考も鈍い、そろそろ本気でやばいのかもしれない。まだ皆には悟られてはいないようだが…さて、どうしたものか。
「君たち二人だけか?」
「いえ、他にもいます。私たち陸上部で足が速いから食料を探しに出かけたんです」
生きるためにはご飯が必要。でもそれにしたって足が速いから大丈夫だとは思えないのだけど…しかし虫の生態を知っている人なんて極僅かだと思えば運動能力が高い人に任せるのは当たり前か。
なんにせよ生存者がいたのは好ましい事だ。2人に案内される形で移動することになった。
「…でもこういう時って何かしら面倒事が起こるんだよなぁ」
「何か言った?」
不思議そうに返す伊能にお約束の展開は嫌だなと返したら怪訝な顔をされてしまった。そりゃそうか
陸上娘たち生存者がいる場所は一軒家が揃う集落の一つだった。窓を見る限りジカバチが居るような形跡は見られない。念のため周囲を見回して見るが虫は居なさそうだった。
「みんなっ!戻ってきたよ!」
一軒家に宮園さんが呼びかけると中から女子が出てくる。一人は出かけていた人が返ってきたことを喜ぶ制服姿の女の子。
「良かった。宮園さん鈴木さん無事だったのね」
「あれは青木さん。確か四組だった」
「ふむ」
伊能からの注釈を得て青木さんを観察する。出かけた二人が帰ってきてくれたことに喜ぶその姿は普通の女子高生だ。…そう言えば何で学生服何だろう?織部さんや伊能は私服なのに。…後で誰かに聞いてみようかな。
「ねぇ お食事は見つかったのかしら」
「なんだありゃ」
「アレは三組の桃崎さん。学園長の孫娘でお嬢様だよ」
ようやく俺と同じクラスの人をようやく発見したがかなり濃い人物だった。この島がどういう場所なのか危険性をちゃんと理解しているのか怪しくなる言い方に只住まい。自分が上で当然と言ったお嬢様感は…なるほどこりゃ箱入り娘ですかね。て事は俺を知っている可能性も怪しくなってきた。
「ごめんなさい、途中で虫に襲われて…」
「謝る事は無いよ、鈴木さんたちが戻ってこれただけでも僕は嬉しいよ」
「何だあの頭パーは」
心底申し訳なさそうに謝る鈴木さんに肩を回し甘ったるい気障な言葉を言うのはいかにもチャラ付いた優男だ。…俺が嫌う上っ面だけが良い男だ。
「碓氷。僕と同じクラスの男。…アイツ嫌いなんだ、何かあるとすぐに女の子を口説こうとするから」
伊能の嫌そうな声が聞こえてくる、なるほど伊能にここまで嫌われているって事はいい奴ではなさそうだ。第一印象が最悪の為関わり合いになりたくないから離れておこう。
「何だこの連中は。よくこんな頭が軽い奴らで生き残れたよな」
「そう言ってやるなアツシ。飛び切り運が良かったんだろ」
出てくる連中に呆れた声を出す上条に窘めるのはアキラ。確かにここまで生き残れたのは運が良かったていう感じの連中だ。上条の呆れた声も分からんでもない。
「何ですのこの馬鹿は?こんなの食べれそうにありませんわ」
「てめぇ!誰に向かって口をきいているんだ!」
お嬢様と不良では相性が悪いのかなんだか今にも罵り合いが始まりそうな雰囲気。勘弁してくれ俺は眠いんだ。…もうこのまま立って寝ていようかな。
「何だ、騒々しいぞ…っと、お前上条じゃないか」
「うぉ!お前箕輪じゃねぇか」
続けて出てきたのは身長190くらいありそうな巨漢だった。いかつい顔にゴツゴツとした体。ジャージで覆っているが筋肉量も中々の物だろう。体幹もしっかりしているし…武道経験者かな?
「あれは箕輪君。上条と同じ五組の柔道部だよ。確か国体強化選手だとか」
なるほどだからあんなに体格と迫力があんのか。ふぅむ俺よりかも強そうな感じがするが…柔道って虫相手にどこまで通用するんだろう。
そんな事を考えていたら大柄の箕輪の後ろから女性の声が聞こえてきた。出てきたのは真っ黒な服を纏った冷たい目をした女性だった。
「宮園さん、鈴木さん。帰ってきていたのですか」
「茉莉華先生!?」
上条が嬉しそうに声を上げ駆け寄っていく、お前はご主人様に合えた犬かっての。…しかし、先生?って事は。
「中条先生。上条たち五組の担任の先生だよ。だけど…」
「何だ?どうした」
「何か僕の知っている中条先生とは雰囲気が違う様な…」
伊能の視線の先、中条先生と呼ばれた女性。黒いワンピースを着てペンダントみたいなアクセサリーを首からぶら下げている教師。
(…二人が無事に帰ってきたことに喜ばないんだな)
俺は教師になったことが無いので知らないが、危険な場所へ行ってきた生徒が無事に帰って来たら喜ぶのではなかろうか。他にもクラスは違えど生徒達が生きていたらそれなりの反応があってもいいはずだろうにピクリとも喜ぶ反応が無い。
あるのは冷徹な目だ。相手を威圧させるような険しい視線だ。
(うーん…まぁいいか、この人にはこの人の事情がある。それよりも教師だっていうけど俺のこと知ってんのかねぇ?)
ここまで来た中でようやく見つけた教師だ。俺には記憶が無い、自分が誰なのか知らないし、知りたいことが山ほどある。その情報の一端を握っている可能性があるのが教師なのだ。
おそらく教師ならクラスが違えどそれなりに連絡事項が言っている筈。だから俺が何者なのか知っている可能性があるのだが…
(素直に教えてくれるのかな?)
記憶を失ったと言って信じてくれるのだろうか。危機的な状況でこの島で目覚めるまでの記憶全部ないですって言ったら信用してくれるのだろうか。…嫌な話だが俺にとっては死活問題だけどあの先生にとってはどうでもいい事なのだから。
そんな考え込んでいる俺の前では何やら委員長と中条先生が険しい顔で何事かを話している。一触即発の雰囲気だが正直な話、無事にこの島から脱出してから話し合ってほしい。
疲れと眠気で頭がボーッとする。
「はぁ………」
考えてもキリがない事なのは分かってはいるが………それにしたって…………zzzz
「……すぅ」
「ちょっと蟻原君!?こんなとこで寝ないでよ!?」
伊能の驚いた声が聞こえてくる。でも眠くて仕方がないんだ。こんな所で言い争うって事は安全な場所なんだろうし俺だってたまには我儘をしたい。
「ちょっ!?ちょっと待って、せめてあの家で」
「うーん。駄目だ。もう我慢の限界…伊能、お前にこれを託す」
ふらふらとおぼつかない頭で腰のベルトに差していたマチェットを無理矢理伊能に押し付ける。診療所で発見し俺が持つことになった愛着のある一品だ
「へ?これって…」
「護身…用。使うときは…迷うなよ」
慌てていたが何とか受け取ったのを見て…ついに体が崩れ落ちた。
「ふぁ…それじゃ少しの間お休み~」
できれば次に目覚めたときは皆が無事でありますようにと他人事のように考えながら俺はようやく眠りにつけたのだった。
この巨大な虫が支配する中で生存者と出会えたのは喜ばしいはずだった。その筈がもめ事へと発展してしまうのは流石に伊能は予測することは出来なかった。
生存者が増えればその分食料が必要になる。救助が来るまでの間自分達が持っていた食料では出会った生存者たちを合わせて考えると足りなくなってしまうのだ。
「貴方達が持っているそれは何ですか」
「これっすか?これは診療所で手に入れた食料っすよ」
「アツシ!?この馬鹿っ」
出会った生存者達のリーダーであり教師である中条は伊能たちが持ってきた食料について言及しその説明で上条が先ほどまで診療所にいたことを漏らしてしまったのだ。今後の事を考えてか中条は食料を取って来るべきだと命令することになってしまった。
「常識的に考えて貴重な食料を集めるべきでしょう」
「危険です!あの診療所には蟹やヘビトンボの死骸がありその骸に集まった肉食蟲に襲われてしまいます!」
「織部さん。専門家でもない貴方が何故言い切れるのですか」
「そうよ!先生に意見するなんて貴方何様よ!」
織部が必死に危険だと説明をするが中条は全く聞く耳を持たず、青山もまた中条の言葉こそが何よりも正しいと声を荒げる。そこに今まで織部の知識で生き延びてきたキャプテンや委員長が抗議をして、結果場の雰囲気が険悪になってきてしまう。
(食料の奪い合いは嫌だな…こんな時蟻原君ならどうするんだろう)
今現在アキラが肩を貸している蟻原は今までの疲労がたまり過ぎてしまったのかマチェットを伊能に渡した後すぐに倒れるように眠り込んでしまったのだ。
小さな寝息を立てて完全に動かない蟻原はちょっとやそっとでは起き無さそうで、今は頼りにはできなかった。
「はぁ…ホント万事上手くいかないよね…」
口論を続けている同じ学園の仲間たちを見て深い溜息が出てしまうのは仕方のない事だった。
蟻原君、今後の為にいったんフェードアウト。
生存者が出てきました。が結局出番が出てくるのは数人だけでしょうな