「あそこだ!あの虫女が言ってた場所は!」
蟻原と織部、中城がジグモに捕らわれた隙に階段を駆け上った上條たち。その目の前にあったのは小さな社だった。こじんまりとはしているが大所帯の人数でも問題なく入れるスペースがあり、避難場所としてはうってつけのように見えた。
「ハァハァ…これでもう大丈夫だ」
「ふぅ…ふぅ…ここならきっと安心ですの」
中に入り、扉を閉め肩で息をして息を整える生存者たち。ようやく安全地帯へと逃げ込んだのだ、もう襲われることは無い、もう蟲に恐怖することは無いと考えると安堵感が渦巻いて行く。
「ふぃー へへっこれで後は救助が来るのを待つだけだな」
ようやく助かったのだ、後は救助を待つだけ。そう考えれば自然と笑みが浮かぶ。
だが、そう言う訳には行かない者もいた。
「皆!早く武器を探してっ!睦美たちを助けに行くわよっ!」
ジグモに捕まえられた者達を助けに行こうと主張する千歳だった。捉えられて親友の事を考えれば何時ジグモによって食べられるか分かった者ではない、そう考えると千歳の言葉は当然だった。
「はぁ!?お前頭に虫でも湧いてんのか!?無理に決まってるんだろうがそんな事!」
「無理だとかそう言う問題じゃないでしょ!早く助けに行かないと睦美たちが食べられちゃう!」
上條に対して食ってかかる千歳、その目には一歩も引く様子が無かった。その勇気溢れる姿を上條は嘲笑う
「はっ!友達思いなのは良いけどなぁあんな化けもん相手に向かう奴はここには居ねぇよ!」
「そんな訳ないでしょ!皆、手伝って!早くあの場所へ向かうわよっ!」
助ける気が無い上條は放っておいて周りにいる皆へと声を上げるが、想像に反して反応は芳しくなかった。
「もう動けない…私疲れた」
「私も…救助を待った方がいいと思う」
「……私が行ってもきっと足手まといよ」
動こうとしない桃崎に上條の言葉に同意する鈴木。宮園も動けないのか動く気配はない。思わず歯軋りをしそうになったところで千歳に賛同するものが居た。
「早く蟻原君や織部さんを助けないと…」
「委員長、私も助けに行った方がいいと思う」
「白川さん…松岡さん」
へたり込んでいる三浦をさすりながら参加を表明する松岡に顔を青くし震えながら付いて行こうとする白川。人の良い彼女たちの言葉に千歳は勇気づけられる思いだった。
だが、上條はそんな彼女たちを鼻で笑う
「おいおいリーダーに勝手に逆らうんじゃねぇよ。行くな、これは命令だ」
「命令って…もういいわ!行きましょう白川さん園部さん!」
「これだから現実の見えてねぇ女は。お前、あの蟻原が捕まったのを見たのかよ」
蟻原が捕まった。その言葉で、助けに行こうとした体は止まってしまい一気に冷や水を浴びせられた気分になった。振りかえり上條を見れば嫌らしく嘲笑っていた。
「俺は見たぜ、あの虫どもをブチ殺してきた蟻原があっさりと捕まったのをよぉ!ええ?テメェはその意味がちゃんと理解できてんのか!?」
怒鳴る上條の言葉の意味、それは千歳には嫌になるほど理解できていた。
今まで散々虫を殴り、翻弄し、殺してきた蟻原という少年。その強さは生存者の中で一番強く、また際立っていた。
だからこそ、蟻原が敵わなかったという事は蟻原よりはるかに劣る自分達では対処できないという事にもなってしまうのだ
「アイツは強ぇ、癪だがそれは俺もちゃんと認めているぜ。だがあの蟻原が敵わない化け物が出てきてしまった以上俺達が敵うとでも本気で考えているのか?委員長さんよぉ」
「っ!でも皆で行けばきっと助ける事は出来る筈よ!」
「じゃあ聞くが、それで助けに行って犠牲になっても良いって言えるのか?」
「そんな事言ってない!それにやって見なくちゃわかんないじゃない!」
マズい、と本能的に千歳は思った。声を張り上げて上條に対抗するが焦ってしまうこちらは感情的になってしまい、余裕のある上條は理論整然とした反論をするのだ。
「へぇ、オイ白川、テメェ助けに行くって具体的にはどうすんだ。運動神経が低いお前が囮になるのか?ぜってぇ喰われるのが見えてるけどなぁ」
「わ、私は…」
気の弱い白川では上條の言葉に反論するのは余りにも酷だった。実際白川自身、助けに行きたいのは本当だが果たして自分が何の役に立つかはわからないのが本音だった。
「上條!そんな事を言うなっ!例えどんな事が起きても私は行くぞ!」
「待ってキャプテン行かないでっ!」
義憤に駆られる松岡を止めたのは三浦だった。縋りつくように腕を取り涙を流して助けに行くことの危険性を訴える。
「…あの蟻原が無理なのに…私たちがどうにかできるなんて…無理だよぉ」
「っ!そ、そんな事ないさっ!協力すればきっと」
「嫌だ…キャプテンが死ぬのは嫌だ…お願いだから…行かないでぇ…」
「真美…私は…」
縋りつき泣きじゃくってしまったら松岡は動けなくなってしまう。心に合った一株の不安を突かれ、また泣いてしまった三浦を置いてはいけなかった。
(まさか、私達がここまで蟻原君の強さに依存していたなんて…)
千歳が歯痒く感じるのは上條の態度ではない、腹の立つことだが上條の言ってることは本当に正論だったのだ。あの蟻原が何も出来なかったという事実はどうして自分達では無理なのではないかと頭をよぎってしまうのだ。
蟻原のお陰で皆が助かる事は出来た。しかし逆に言えば蟻原が敵わないのであれば無理だと判断してしまう。今まで助けられ無意識に頼ってきたことのツケが回ってきたのだ。
(それでも…睦美や蟻原君が居ないと私達ではこの島を脱出できない。それだけは変えられない事実)
しかしこの島から出るとなるとどうしたって織部の知識と蟻原の強さが必要になってくる。まだ死んだところを見たわけじゃない、だから望みはある筈。そう考えたいのだが
「委員長、ダチを思う気持ちは分かるが助けに行っても犠牲者が増えるだけだ」
「神野さん…」
神野の冷静な言葉が刺さってしまう。ここで上條のように馬鹿にするように言われたのなら反論するし、絶対に助けるという気概を持つことが出来ただろう。
しかし今まで波長が合わないと感じていたはずの神野から真摯に言われてしまったのなら、どうしても動きが鈍ってしまう。
「後もうちょっと耐えれば助けは来るんだ、誰も無駄に死ぬ必要なんてないだろぉ」
勝ち誇ったような上條の顔、誰もが助けに行くことに躊躇していた時、社の扉はいきなり開かれた。
「ったく。伊能の奴…無茶ばっかり考えやがって」
扉を開けたのは悪態をつく上條の親友アキラだった。
(チッ 甲斐もいるから平気だとは思うが…)
社に着いてからアキラは伊能と甲斐と一緒に捕まった三人を助けるための道具を探していたのだ。途中で青山が加わったがアキラはどうでも良かった。
気に入らないのは自分が皆を呼んでくるように伊能に言われたことだ。自分も行くと反論はしたが不良であるアキラの方が説得力があるとか何とかで追い払われてしまったのだ。
(惚れた女の強さってのは何とも怖ぇなオイ)
一人愚痴を吐きながら社に入れば何やら奇妙な雰囲気。例えるなら諦めたお通夜ムードと言う感じか。
「おい、何してんだ。さっさとアイツ等を助けに行くぞ」
アキラの当たり前のような言葉はしかし、誰も反応が無い。怪訝な顔をするアキラに上條はどこか嬉しそうに話しかける
「おいおい、アキラ何言ってんだ。アイツはもう助からねぇよ。ここでゆっくりと助けを待とうぜ」
「あ?なにふざけたこと言ってんだアツシ。早くいかねぇとアイツら手遅れになんぞ」
お互いがお互いの言葉に怪訝な顔をする。上條はここで救助を待つべきであると主張しアキラはさっさと蟻原たちを助けると話す。
「「っ!!」」
顔を見合わせ目を見た瞬間お互いに相手が自分の意見を聞かないと同時に悟った。
「はぁ!?何馬鹿なこと言ってんだ!アキラも見ただろ!アイツが蜘蛛に掴まんのを!もう助からねぇよ放っておこうぜ!」
「あぁん!?アイツらが居たからここまで来れたんだろうが!今まで助けられたくせにいざアイツらが危険になったら放っておくのかよ!」
ほぼ怒声のような声の大きさだった。恐ろしい剣幕で怒鳴り合うので周りの者は止めるに止められなかった。
「じゃあ何か!あいつらのために死ねって言うのかよ!冗談キツイぜアキラ!」
「んな事言ってねぇだろうが!助けられた恩を忘れて自分だけ良けりゃそれでいいってお前は言うのかよアツシ!!」
両者の言葉は周りにいた者の耳にいや応なく入ってくる。2人とも言ってることが正論で正しく、それゆえに交わらない口論になっていく。
「アキラ…お前遂におかしくなったのかよ!あんなやっつら放っておけばいいんだ!命を賭ける義理なんて俺達にはねぇんだよ!」
「アツシ…テメェそこまで腑抜けたのかよ!何クズみてぇな事宣ってんだよ!そこまで恩知らずだったのかよ!」
怒鳴りながらも信じられないという顔で上條はアキラを見た。どうしてそこまで他人を助けようというのか、どうしてあの虫に対抗しようかと。
吠えながらも驚愕するようにアキラは上條を見た。どうしてそんなに腑抜けてしまうのか、どうして虫相手に臆してしまうのか。
何かがすれ違っている。親友同士なのにどうして相手は分かってくれないのか。
「な、なぁアキラもいい加減分かんだろ…アレは無理だ。いくら俺たちでも無理なんだよ」
先に音を上げたのは上條だった。親友の蛮勇に怒鳴りはしたものの死なせたくは無かった。誰よりも信頼しているし、兄弟のように思っている。だから死に急ぐようなその姿に待ったをかけたのだ。
それは見ようによっては情けなかったが、それでも親友を思う気持ちに嘘偽りは無かったのだ。
「もういいじゃねぇか。そりゃアイツ等は死ぬには惜しいさ。でもそれで俺達が死んだらそれこそ意味がねぇだろ。アキラ、だからさ」
「だから諦めようってのか?仕方ねぇ仕方ねぇって言い訳して生きてテメェはそれでいいのか」
アキラの上條を見る目は冷たくなっていく。情けなく、腑抜けたその姿にどうしようもない悲しさが胸に広がっていくのを止められない。
「ああ、それでいいぜ。俺は死にたくなんかねぇしお前を死なせたくねぇ。その為だったら屑って罵られようが構やしねぇよ」
「チッ おい、箕輪、お前はどうなんだ、助けにはいかねぇのか」
上条の泣き笑いのようなその顔をこれ以上みるのが辛く、半ば視線を逸らす様にして今この場にいるもう一人の男子に声を掛ける。
「…無理なんだ」
「あ?ってお前…」
今までずっと黙り込み部屋の隅っこにいた箕輪。今この場にいる誰よりも恵まれた体と頑丈な精神を持つ男はアキラの想像に反して震えていたのだ。
「あの蜘蛛に襲われた時、蟻原が蹴ってくれなかったら俺は死んでいた。蟻原は命の恩人だ、それは間違いがない」
「だったら」
「だがな、あの蜘蛛を見て…怖くて仕方がないんだ。体が震えて…どうにもならないんだ」
震えながらも話すその口調はいつもの実直さは見受けられない。大量の冷や汗を流し真っ青な顔が今の箕輪の心境を物語っていた。
「箕輪…お前」
「…どうしてなんだろうな、あの時本当は俺は食われていたような、そんな気がするんだ」
「今、お前は生きてるじゃねぇかよ。死んで居ねぇよ」
「ああ、…分かってはいるさ」
それでも恐怖に打ち勝つことが出来ないとポツリと箕輪は呟いた。その姿に今までの覇気は無い
(…ああ、こりゃ駄目だ。説得できねぇわ)
顔を手で覆い天井を仰ぐ。箕輪に失望したのではない、その気持ちにどこか納得するものがあったからだ。
本当は自分も死んでいたようなそんな白昼夢を見たことがあったのだ。診療所で目を覚ます前に見た、寄生虫によって体を操られヘビトンボに喰われるという白昼夢。
自分も見た現実と遜色がないまるでパラレルワールドのそれと同じような恐怖を箕輪は感じ取ってしまったのだろう。
「もう分かっただろうアキラ。諦めようぜ。ここなら多少は食料はある。あと少しなんだ、あと少しで俺達は助かるんだ」
必死に自分を宥め止めようとする親友。不器用でガサツで情けないその姿はしかして、今この場にいる誰よりも親友の事を心配しているのはアキラは誰よりも理解していた。
「はぁ…」
「アキラッ!分かってくれたか!」
溜息は一つ。それを諦めたのかと判断したのか上條は嬉しそうに顔を歪ませた。そんな兄弟同然の親友を見てアキラは目をつぶる。
「あん時さ」
「…アキラ?」
「あん時だけどよ。俺、滅茶苦茶嬉しかったんだ」
思い返すのは絶対に忘れないと誓った最高の思い出。痣を作り血にまみれボロボロになりながらも親友と笑いあった人生最高の瞬間。
「二十人だったっけ?死に物狂いだったから忘れちまったけど、お互い顔を腫らしながら馬鹿共を殴ったっけ」
「あ、ああ、あん時か」
狼狽しながらも確かにうなずく上條。それは上條とアキラがまだ中学生だった時の話だ。
きっかけはもう覚えていないほどとても些細な事だったが、他校の不良たちに目を付けられてしまい大量の数の不良に囲まれてしまったのだ。
お互い背中合わせでボロボロになりながら必死になって戦い、圧倒的な数の差を打ち負かし勝利を果たしたのだ。
余りにも懐かしくまた最高の武勇伝だった。だがどうしてその話を急に?戸惑う上條を気にせずアキラは話を続ける。
「あん時、これをくれたじゃん」
そう言って懐から取り出したのは、小さなピアスだった。御世辞にも男がするものではない少々型落ちしたピアスだった。
「それは…母ちゃんの」
「嬉しかったんだよ。お前がお袋さんの形見を俺にくれるなんてよ。本気で…嬉しかったんだ」
それは上條がアキラに渡した母親の形見のピアスだった。人生で絶対に信頼でき誰よりも背中を任せる事の出来る相手が居たのなら渡そうと誓い、そうして不良の襲撃から一緒に生き延びたアキラに渡した物だった。
「左耳のピアスの意味、今でも覚えている。…ずっとあの言葉を俺は覚えているんだ」
「アキラ…」
そうしてアキラはおもむろにピアスを左耳につける。上條が渡した母親の形見であり、信頼の形をアキラは左耳に付けたのだ。
「左耳のピアスの意味は『
「っ!アキラ、お前っ!」
見上げたアキラの顔は覚悟を決めた顔だった。その顔が何を意味するのか、何をしようとしているのか親友だからこそ上條は理解した、理解してしまった。
「馬鹿野郎行くんじゃねぇ!お前でも無理だ!」
「あの日あの時、俺はこのピアスをくれたお前にふさわしい男になろうと思った。だからアイツらは見捨てない」
「だからって!もういいだろうが!俺たちには関係のない他人なんだよ!!見捨てちまえばいいんだよ!」
胸ぐらを掴みアキラを止めようとするが、当の本人は屈託なく笑っていた。
「あのなぁ それをやっちまったら俺、滅茶苦茶シャベェだろ」
その自然と出てきた笑みと言葉は一瞬上條を呆然とさせた。それぐらい余りにも自然と何でもないかのようだったからだ。
「さて、時間を食っちまったな」
そのまま振りかえり社から出て行こうとする。我に帰り慌ててアキラの背中に飛びつく上條。このまま行かせてなる物かと必死だった。
「アキラ!やめろっ死なせて…っ!?」
(コイツいつの間にこんなに力強くっ!?)
引っ張ろうとするがアキラはビクともしなかったのだ。上條自身力は強い方だ、鍛えてもいるしそれなりに自負もある、だがアキラは上條の予想をはるかに上回る力を持っていた。
その伝わる力強さは修学旅行前とは全然比べ物にならないもので…あっさりとアキラは社の扉についてしまった。
しかし扉を開けようとしたアキラは眉をひそめた。そして溜息を一つ。
「チッ どうやらアイツらを助ける前にゴミ掃除をしなきゃらならねぇようだな」
「へ?…うわぁあ!?」
「きゃぁああ!」
ブブブブブブブッッ!!!
何事かと外の様子を見た上條三浦は悲鳴を上げてしまう。そこにいたのは空を埋め尽くすのではないかと言う小型の虫が飛翔していたのだ。
大きさは以前見かけたマダニと同じぐらいの大きさで小型犬と同じぐらいか。その大きさの虫が社の前の広場に飛んでいたのだ、余りにもその数に全員が思わず後ずさってしまう。
「ここは安全地帯じゃなかったのかよ!」
「そ、そんな…もうおしまいですわ!」
「いやぁぁああ!!」
悲鳴が轟く、もう終わりだという絶望が蔓延する。折角の思いで逃げ込んだ安全地帯は安全では全くなかったのだ。
「…そう言えばなんで安全なのか誰も理由を聞いていなかったな」
苦笑するようにアキラは一つ笑い、扉を閉めた。さて、あの数の虫にこの粗末な扉はどれほど持つのだろうか。小さな社は何処まで頑丈と言えるのだろうか。
どうしてこの社が安全なのか、それは今捕まっている織部を除いて誰も分からなかったのだ。
「ま、しゃーねーわな。おい委員長と神野」
「へ?」
「あ?」
「この馬鹿を頼むわ。お前らからしてみれば救いようのねぇ馬鹿かもしれねぇけどよ。俺にとっては兄弟にも等しいダチなんだ」
自分の傍にいて唖然としている上條を軽く蹴り飛ばし、社の奥に避難させる。されるがままにゴロゴロと転がる上条に苦笑し先ほど社の中に入る前に見つけた角材を手に取る。蟻原や伊能が持っていたマチェットに比べたら貧相だがこんなもんでもやるしかないのだ。
「じゃあな
まるで近所のコンビニに出かけるような気軽さでそのままアキラは社を飛び出して行ったのだった。
「アキラ…アキラァ…」
アキラが飛び出し、まだ外からは大量の虫の羽音がする中で嗚咽のような声を出すのは上條だった。
親友は外に飛び出て行ったのに自分は追いかけることが出来ない。これが襲ってきているのが人間だったのなら上條は躊躇なくアキラを追いかけることが出来た。しかし出来ないでいたのだ。
(死にたくねぇ…死にたくねぇよ…)
人間だったら歯向かえる。しかし虫は余りにも恐ろしかった。何を考えているのかわからない無機質な目に強靭な顎や牙。人の想像を超えた頑丈な甲殻に巨大さ。どれをとっても余りにも恐ろし過ぎたのだ。
今まで上條は様々な虫たちを見ていた。蝶にジカバチ、マダニにヘビトンボ、蟹に加えハンミョウ。そしてホタルの幼虫にジグモ。
どれもが人間の想像を超えた凶悪さで無慈悲な殺人虫だった。その数々の虫たちの恐怖に追い立てられた上條の精神は限界にまで来ていたのだ。
(アキラ…俺は怖ぇよ…怖くて仕方ねぇんだ)
心の中で出てくる弱音はなんと情けない事か、仕方ないとは思いつつも余りにも虚しかった。
「う…うぅ…」
今頃親友は虫たちに纏わりつかれ生きながら食われてしまっているのだろうか、そう考えてしまうとどうしたって涙が出そうになる。
「…?」
そんな上條は気が付けば手の平に小さなものを握っていた。開けてみるとそれは先ほどアキラが付けたピアスと全く同じ物、母親の形見であるもう一つのピアスだった。
『俺の背中を預けられる奴が現れたらやろうと思ってな』
『お~義兄弟ってヤツ?』
『そんなモンだな』
ふと、思い返すのはピアスを渡した最高の思い出。誰よりも信頼できる人間を見つけた渡した掛け替えのない宝物の片方
『今から
『分かった分かった 左耳につけろよ、勇気と誇りの証だ』
屈託なく笑う親友、いつの間にか気恥ずかしさから
『間違えても右耳につけんなよ。ゲイになっちまうからな』
『それ、マジっ!?』
あの時心の底から笑いあった親友は今何をしている。今、どんな目に合ってる。そして自分は何をしている?
「アキラ…俺は…」
手の平の中のピアス。母親の形見であり最高の親友に渡した、この世に二つしかない大切な物。
気のせいかそれは上条を鼓舞するかのようにきらりと光った。頑張れと勇気づける様な輝きが見えた気がした
「……っ!」
思わず左耳にピアスを付ける。多少の痛みなどどうでも良かった、寧ろその
(アキラ…今行くぞ!)
「…オイ、委員長」
「な、なに」
「……悪かったな」
ほんの小さな呟きはもはや聞こえたかどうかどうでもいい、小さなピアスから流れる小さな痛みが上條の意識を変えていく。
「しゃぁ!糞虫どもに負けられるか!やってやんぜ!」
大きく吠え、躊躇なく歩みは扉の方へ。何人かが止めたような気がしたがもはやそんな音さえ聞こえない。
社の外はなるほど、確かにこの数は余りにも酷かった。一体何匹いるのか数えるのはおっくうで直ぐに数えるのは止めた。どうせ全部叩きつぶせばいいのだ。
「へっ 流石はブラザーってか」
アキラは、直ぐに見つかった。広場のど真ん中で角材を正確に虫に叩き込んでおり、周りにはおびただしいほどの数の虫の死骸があった。
しかしやはり一人では死角が出てきてしまうのか、今まさに後ろの方から襲って来る虫には無防備だった。
「うぉぉおお!!」
気合の籠った叫び声をあげ、アキラに駆け寄り落ちていた角材でアキラの背中に向かっていた虫を殴りつける。
グチャりと叩き潰れる音と触感、それは確かに頑丈ではある物の決して敵わないものでは無かった。
「アツシ!?」
「へっ 俺を置いてくなんて随分と冷てーじゃねぇか。
不敵な笑みを浮かべ、角材を虫たちに向ける。蟲に対抗できると改めて知った今、脅威と感じる事は無かった。
「…ったく 遅ぇんだよ。このまま俺が全部ぶっ潰しちまうところだったぞ」
「おいおい、調子に乗んなよ。テメェだけに良い格好させっかよ」
軽口をたたき合い、直ぐに背中合わせになる。これで死角は無くなった。敵の数は多いが背中には誰よりも信頼できる友がいる。それがなんと心強い事か。
「良いのか?怖いのなら引き籠っていれば良いんだぜ?」
「ぬかせ、考えなしのテメェをいったい誰が面倒みるってんだ」
この危険な状況でしかし、この背中にいる友が居れば、問題が無い。両者角材を構える。
と、その時もう一つの雄たけびが聞こえてきた。巨体ながらも動きに鈍重さは無いその人影は
「ぬぉぉおおお!」
「おいおい、アイツもお前が呼んだのか」
「知らねぇ、自分で来たんじゃねぇのか」
箕輪だった。拳を振り回しながら、確実に虫を地面に叩き落としている。顔は真っ青なのにどうしてか鬼気迫る表情だった。
「大丈夫なのか箕輪」
「無理だ!」
「即答かよっ!」
「だが、あの蜘蛛でないのなら問題は無い!こいつらを片付けたら俺は社へ逃げるぞ!」
「クッ!」
余りにもあまりな発言にアキラは吹き出してしまう。必死な形相で拳を振り回し、しかし蜘蛛に出会ったら逃げるのだと何て自分勝手なのだろうか。だがそれでも人数が揃えば怖い物は無かった。
「良し!アツシ、箕輪。よく見ろ奴らは一直線に飛んでくる。避けるのは簡単だ」
「はっ あの糞不良共に比べたらぬるいストレートだな」
「他の強豪選手達に比べたら他愛もない!」
二人の言葉は気炎に満ちていた。これなら問題は無い。ますます笑みが深くなる
「頭上に注意しろ、背中は後ろの奴に任せろ、一撃で仕留めろ」
「うるせぇ 要は目の前の奴を叩き潰せって事だろ!」
「その通りだ。それじゃ…行くぜ野郎ども!」
男三人、背中わせで陣形を取り、戦う。
数には歴然と差があったが、不思議とこの場にいる三人は負ける気がしなかった。
上手くできなかったけど書きたかった所を書けてほっこり。
上条はアキラが居れば出来る子。原作の暴走は親友が目の前で死んでしまったからと判断しました。