巨蟲列島 蟲姦お断り!【完結】   作:灰色の空

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日常ならぬ茶番回



焚火の夜

 

 

 

 

 食事がすめば後はすることなんてない。赤松の松明は朝まで煙が出ているように準備はしたので後は寝るだけだった。

 

 スマホや携帯は電池切れや壊れているなどで使えない。夜になっても何もできないなんて高校生にはいささか酷だが明日は早いのだ。それに疲れているってことも有るので皆、横になればスヤスヤと眠りについて行った。

 

(ホント、寝顔だけは皆子供だな)

 

 あどけない顔で眠る生存者。今頃本当だったら修学旅行最後の日を惜しみながらホテルで眠っていたのだろうか、それとも修学旅行が終って家に帰っているころ合いだっただろうか。

 

 何となく複雑な気分になっている時に小さく呼びかけられた。

 

「おい、蟻原」

 

「アキラ?どうしたの」

 

 呼びかけてきたのはアキラで他の皆の事を考慮してか、ひそひそと呼びかけてくる。首を傾げれば親指で外に来て欲しいとジェスチャーされた。

 

「何だ?何か問題があったのか?」

 

「そう言う訳じゃねぇんだけどよ」

 

 何か問題があったのかと聞けばそう言う訳では無いらしい。だったら何だろうかと聞くと、広場の方、より正確に言えば焚火の番をしていた織部さんと甲斐を指さしていた。

 

 

 夜明けまでの間は交代で見張りをすることになっている。とは言うがやる事は焚火が消えないかときひ忌避剤となっている煙が尽きないかぐらいだ。

 

「甲斐の方は俺がどうにかするからよ。あの子と少し話をして来い」

 

「へっ?いきなりどうしてさ」

 

「へへっ 鈍すぎるお前等の後押しをしてやろうってんだ」

 

 何やらかなり良い笑顔で行けと言ってくるアキラ。何故そんなにイイ笑顔なのか、鈍すぎるってどういう意味か。聞こうとしたが当のアキラはさっさと二人に

近づいて甲斐の方を呼び出してしまった。

 

「あーもぅ。…はぁ」

 

 甲斐に連れていかれて一人になった織部さん。流石に見張りが1人だけっても仕方がないので焚火の前にいた織部さんに近づいて行く。

 

「やぁ、火はまだ持ちそう?」

 

「蟻原君。はい、皆さんが手伝ってくれたので大丈夫です」

 

 笑顔で迎えてくれた織部さんに断りを入れ隣に座る。昼間の間に薪となる本松明は社の中を隅々まで皆が探して持ってきてくれたので消える心配はなさそうだった。

 

 

 

 

 

 周りには虫の気配はなく、焚火の音だけが響く静かな夜だった。そんな夜の女の子と二人、ある意味絶好のシチュエーションなので話をすることにした。

 

「いよいよ、明日ですね」

 

「あ、うん。救助艇がやってきたみたいだからな。このまま上手くいけば脱出成功って奴だ」

 

 腹を決めたら向こうの方から話しかけてきたので多少の肩透かし感を覚えながらも今後の事を考える。確かに織部さんの言う通り明日、全てが決まるのだ。

 

「…上手く脱出できるでしょうか」

 

 ポツリと呟いた言葉は織部さんにしては珍しい弱音だった。焚火を見るその横顔は何を考えているのだろうか。

 

「そうだな、まぁそう上手くはいかないでしょうよ」

 

 本来なら大丈夫だと言いたいのだが、出てきた言葉は嘘偽りのない本心だった。表情には出さないがぎょっとして直ぐに理由に思い当たった。

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「今までの道中、色々とあっただろ。だから多分この島から脱出できるまで危険は続くと思う」

 

 今までの道中を思い返せば上手くいった試しは無かった。何かしらの虫に襲われ逃げて対抗しての繰り返しだった。そう考えると、多分脱出もうまくはいかないだろう。

 

「そう…ですね、そんなに上手くは「だからこそ、俺達皆で頑張ろう」…へ?」

 

 織部さんの言葉に被せてしまったので、キョトンとこちらを見てくる。そのあどけない顔にくすぐったい温かさを感じながら少し気障っぽく言わせてもらおう。

 

「今まで危険な目に合ってきた、でも皆で力を合わせれば何とか乗り越えてこれたんだ。これから起こる事も一緒さ。織部さんが蟲の生態を教えて皆に指示を出して、皆が力を合わせて動けば、絶対に皆無事で脱出できるさ」

 

 危険はあったがそれでも皆で乗り越えられる。そう考えれば割と大丈夫のような気がするのだ。

 

「尤も、確証のない戯言だけどさ」

 

「…ふふっ そうですね、皆で力を合わせれば大丈夫ですよね」

 

 おどけた風に言えば微笑んでくれる織部さん。その顔を見るとやっぱり色々と考えていたのだろうか。まぁ考えてみれば織部さんの知識を当てにしている以上責任感は出てくるもんね。

 

「っと。そう言えば織部さんに渡す物があったんだ」

 

「渡す物、ですか?」

 

 織部さんに少し待っててもらい社の中へ。すぐに目的の物を見つけると不思議そうにしている織部さんへと目的の物を渡す。

 

「うん、ちょっとくすねてきたんだ」

 

「それは…ジグモの糸ですか?」

 

 取り出したのはジグモの糸だった。社へと向かうほんの少しの時間、落ちていたのを回収していたのだ。 

 

「織部さんなら何か使い道が分かるかなと思って。どう?役に立つ?」

 

 束になった物を纏めて渡す。蜘蛛の糸は一センチの太さでもジャンボジェット機を持ち上げるという、それで持ってきたのだが…

 

 そう思い、織部さんに渡したのだが、当の織部さんは俺の思惑以上に目を輝かせていた。

 

「はい!そうですねこの長さなら…束ねればロープが出来ます。早速作ってみても良いですか?」

 

「いいよー」

 

 そう言うと実に嬉しそうに蜘蛛の糸を束ね始め…早いなオイ。蜘蛛の糸は瞬く間に一本のロープへと変わった。尤も糸の量が少ないというのもあるので長さはそれほどではないが。

 

「ず、随分と手馴れているね…」

 

「先生に色々と教えてもらったんです。色んな縛り方結び方を覚える事によりどんな状況でも対応できる万能アイテムになるって」

 

「へぇー」

 

 そう言ってロープの結び方を実践してくれる織部さん。ロープの先端に輪っかが出来る結び方をしているが…?

 

「これは、二重8の字結びです。こっちはもやい結び。覚えておくと色んな状況で役に立ちますよ」

 

「確かにこんな山中だったら使い道は多そうだ」

 

 しっかりと結ばれた輪っかはなるほど、登山とかに使えそうな実用的な物だった。不思議そうに突いて入れると何やら織部さんが気恥ずかしそうに声を掛けてくる。

 

「…あの、覚えてみますか?」

 

「いいの?じゃあ教えて」

 

 ロープの結び方を覚える、日常では使うかどうかわからないものだが、こんな時ならもしもという事がある。折角の提案なので好意に甘える事にした。

 

「うーん…織部さんの様に手際よく結ぶのは難しそうだな」

 

「そんな事ありませんよ。私だってヘタでしたけど何度もやって上手くなれたんですから」

 

 そんなこんなで微笑まれながら俺はせっせと二重8の字結びを結ぶ事となった。明日早いというのに夜中に焚火の前で女の子に教えられながらロープを結んでいく。…何だか変な気分になりますね!  

 

「あの、蟻原君」

 

 結び方にてこずっているとふいに、織部さんから声を掛けられた。その声には今までにない真剣さがあった。

 

「…ずっと言いたかったことがあるんです」

 

「んー?」

 

「助けてくれて…本当に有難う御座います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと…ずっと貴方にお礼を言いたかったんです。蟻原君、貴方は出会ってからずっと助けてくれました」

 

 睦美が思い返すのは出会って直ぐに起きたジカバチに親友の千歳が攫われるという出来事だった。助けに行きたいと話す自分に対して上條は行かないと断られた時に蟻原は助け舟を出してくれた。

 

「危険な事を貴方は率先してやってくれた。…本当なら私がしないといけない事も全部」

 

 様々なことを思い返す。ヘビトンボの撃退は知識と体力があり作戦の計画を立てた自分がするべきはずだったのに蟻原は自分でやると言い出した。

 

(それに、あの時も)

 

 暗い森、拘束され身動きを封じられてしまい…後ろからは身の毛をよだつような男の荒い息遣い。そこまで思い返し被りを振る、重要なのはそこではない、誰に助けられたかと言う事だ。恐怖に陥った自分を助けてくれたのは…

 

「蟻原君は何でもないって言いますけど…それでも感謝しているんです」

 

だが、睦美が口には出さないが感謝と同時に罪悪感があった。マダニの巣での野沢先生を棒で倒した事だ。あの時全員が生き残るには棒で野沢先生を倒し、囮にするしかなかった、それを理解しているからこそ睦美は先生を囮にするという役割をしようとしたのだ。

 

 だが実際には蟻原が野沢先生を倒したのだ。そのおかげで睦美の両手は綺麗なままだった。  

 

「だから…」

 

 深呼吸を一回。パチリと弾けた火の粉を見て覚悟を決める。多分、この言葉を言うのは今しかなかった

 

「私に何かできる事はありませんか」

 

 礼をどんなに述べたところで睦美にとっては感謝は尽きない。与えられた礼をどうにかして返したい、だから何かできる事があればいいと考えたのだ。 

 

「き、気持ちは嬉しいけどそう言うのは」

 

「何でも良いんです。貴方になら、何でも」

 

「え、何でも?」

 

(…あ!)

 

 蟻原が思わずと言った様子で聞き返したことで自分が勢いに任せて何を言ってしまったのか理解してしまった。恋愛感情や男女関係に疎い睦美でも今自分が滑らせた言葉は流石に余りにも迂闊な言葉だった。

 

 女性から何でもと言われて男子が想像することなぞ睦美はひとつしか思いつかない

 

(うぅ…で、でも蟻原君になら…)

 

 一気に顔が赤くなる。しかし撤回する言葉は睦美の口から出てこなかった。蟻原の事を信頼しているというのもある、 それと同様に蟻原なら…という淡い思いもある。

 

「それなら…アレを」

 

 蟻原が何か思いついたのか小さく呟く。恐らく思わず出てしまったであろう言葉は蟻原の反応に過敏になっていた睦美にははっきりと聞こえてしまった。

 一体何を要求させられるのか、心臓の鼓動の音を大きくさせていた時、耳を疑うような声が聞こえてきた。  

 

 

「……抱かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伊能さんこっちです」

 

(一体どうしたんだろう?)

 

 寝ぼけ目をこすりながら呼ばれて起きた伊能。まだ交代までの時間があったはずの伊能を呼び出したのは同じクラスメイトの白川だった。

 

  

「伊能さん、たぶん今が最後のチャンスですよ」

 

 社の裏側に呼び出された伊能は白川にそう忠告される。何の事だが分からず首を傾げると溜息をつかれてしまった。

 

「何なのさ」

 

「もぅ~鈍いですね~ 蟻原君の事ですよ」

 

「蟻原君?」

 

 白川の口から出てきたのは蟻原の事だった。なぜ彼の話題が出てくるのか不思議そうに聞けば白川は辺りを伺い声を潜める。

 

「蟻原君。正直に言えばかなりカッコいいですよね」

 

「う、うん?まぁそう言われれば…そうかな」

 

 白川の言葉はこんな状況にそぐわない珍妙な言葉だった。しかし応えないのもどうかと思い、明確な答えは濁しつつも返答する。  

流石にありのままを話すのは恥ずかしかった。

 

「オマケに強くて優しくて…たまに思うんです。彼が居なかったら私達…ううん、私は死んでいたんじゃないのかなって」

 

「それは…」

 

 確かにそれは何度か思った事だ。彼が居なければ自分は蝶によって殺されていただろうし、他の皆も死んでいたのかもしれなった。それは寄生虫に蝕まれていたアキラ然り、ホタルの幼虫に殺されそうになった三浦やジグモの襲われそうになった箕輪、それに中条先生も。 

 

「確かにそうだね。蟻原君が居たおかげで皆助かったのかもしれないね」

 

 それだけは確実に言えた。彼が居たことで何かが変わった、そんな妄想すらあった。

 

「で、話を戻しますが…まぁそんな彼って普通に考えれば女の子からモテますよね」

 

「へっ!?」

 

 つい先ほどまで割と真剣な空気は一瞬で変わった。思わず素っ頓狂な声を出すが白川の目は意外なほどにマジだった。

 

「別に全員がって訳じゃありません。委員長は好みが違うのか脈無しですし」

 

「そ、そうなの?」

 

「そうです。でも他の人はどうなんでしょうね。…そう例えば神野さんとか」

 

 神野が話題に出てふと考え込む伊能。確かにそんな雰囲気は無かったが…そう言えばホタルの襲撃から生き延びた時にかなり気安く話していたような…伊能の心にわずかな懸念が生まれる 

 

「他にも…そうですね。先生とかどうでしょうか。ジグモから助かった後、何だか態度がかなり柔らかくなってませんか?特に蟻原君に対して」

 

「むっ 言われてみれば確かに」

 

 確かに先生は助け出された後からかなり態度が丸くなった。てっきり死にかけた恐怖で心が折れてしまったのだろうと思ったのだが、改めて言われれば蟻原に対してやけに柔らかい気がする。それは見なければ気付かない事だが…2人とも捕まっているときに何かあったのかと思うほどだった。 

 

「伊能さん。多分この島から抜け出すまでがタイムリミットです」

 

「白川さん何を言って」

 

「薄々考えていませんでしたか。蟻原君とはいつまで傍に居られるのかって」

 

 それは確かに薄っすらとは考えていた事だった。この島から無事に脱出できたとして果たして日常に帰った時傍に蟻原が居るかどうかと聞くと…蟻原の事情を含めて怪しい物だった。

 

「女の子から慕われる要素があって時間も限りがある。となると今この時間が蟻原君と深く親密になれる最後のチャンスなんです」

 

 その真剣実のある声にドキリと心臓がはねた。親密になれると言葉と最後と言う単語に関してだ。

 

「今、蟻原君は織部さんと見張りをしています。多分あの様子だと離れる事は無いと思うから…」

 

「乱入しろっていうの?僕が?あの二人の間に?」

 

「しなけば織部さんに取られてしまいますよ。織部さんは蟻原君の事を好意的に見ていますから」

 

「っ!?」

 

 確かにその予兆はあった。それはヘビトンボの時や、碓氷から助け出した時に確かに睦美は蟻原の事を…

 

「分かったようですね。それじゃあ行きましょうか」

 

「ちょっ!?待っ」

 

 話も聞かず白川は伊能を引きずるようにして焚火が見えるところまで伊能を連れだしていく。その腕力が白川の力によるものなのかそれとも自分から蟻原に会いに行こうとして抵抗できずにいるのか伊能にはわからなかった。

 

 

 

「随分と楽しそうに話していますね」

 

 焚火の前では蟻原と睦美が何やらロープをもって話し込んでいる。それは見るものが微笑ましく思うほど和やかな雰囲気だった。 

 

「う、うん」

 

「さぁ伊能さん。眠れないとか理由を付けて乱入してくるのです」

 

「…白川さん。なんか性格変わっていない?」

 

 何かと自分と蟻原をくっつけさせるような言動する白川に対してどこか呆れたような視線を向けてしまう伊能。白川は確か自分の知る限りではこんな性格では無かったような気がしたが…もしかしたらずっと続く危機にストレスが溜まりに溜まってしまったのかもしれない。そう無理矢理好意的に解釈をする伊能。

 

「あ、伊能さんがグズグズとしているからなんだか雰囲気が変わりましたよ」

 

 見れば確かになにやら真剣な話をしているようだ。織部の横顔からは何か決意に満ちたような覚悟が伝わってくる。

 

「ほらっ伊能さん」

 

「わ、分かったけど僕は」

 

「ああいう手合いには言わないと伝わりませんよ。貴方が好きですって」

 

「~~~~!」

 

 押し出されながら遂に自分が秘めていた物を口に出して暴いてしまった白川。確かにその通りだった、伊能は蟻原に対して恋に似たものを感じていた。

 

(た、確かにその通りだけどさ!)

 

 思えば蝶に助けられたその時から、薄々と合ったのだ。それはこの島で一緒に行動している時に高まって行き…海岸で話した時にはある程度の自覚はあった。

それがまさか他人の口から出てしまうとは。

 

「で、でも、もうちょっとだけ心の準備を…ん?」

 

「どうしました?」

 

「今なんでもって声が…」

 

 織部の口から何でもと言う言葉が聞こえたような気がしたのだ。確認する様に焚火によって照らされたその顔は…朱色に染まって恥ずかしそうだった。

 

 そしてそんな織部を見て蟻原は…

 

「……を抱かせてくれ」

 

(――――)

 

 何かカチリとスイッチが入ったような音がした。それがどこから聞こえたのかもう伊能は気にしなかった。気にするほどの余裕はなくなった。

 

「行ってらっしゃーい」

 

 何やら楽しそうな白川を置いてあの二人の元へと歩みを進める。前方では睦美が驚いた様に顔をあげ、言葉の内容が分かったのかますます顔を赤くしていく。

その動作には蟻原を拒む様子は見られない。

 

「ずっと思ってたんだ、抱いてみたいって…でも我慢しないといけないと思ってもいたんだ」

 

 ずっとため込んでいた衝動に手を触れようとしているのか、どこか熱に浮かされたような蟻原の声が聞こえてくる。 

 

「でも織部さんがそう言うのなら…俺は」

 

 何をしようとしているのか蟻原は、震える手で織部に触ろうとしていた。どこか躊躇しつつもその手は確実に織部へと迫っていく。そして織部はその手を受け入れようとしていた。

 

 間違いなくそれは想いあった二人の行動に見えて…伊能は迷うことなく蟻原に抱き着いた。

 

「うわっ!?い、伊能か!?」

 

「伊能さんっ!?」

 

 お互いしか見えていなかった二人にとって突然の来訪者の登場は驚愕であった。たたらを踏む蟻原は直ぐに体勢を立て直し、伊能を引きはがそうとする

 

「どうしたんだ突然。何かあったのか」

 

「何かあったか…じゃないよ馬鹿」

 

 蟻原の身体に顔を押し付けながらくぐもった言葉で声を絞り出す伊能。突然現れた伊能に対して蟻原は困惑しているがそれでもかまわず伊能は言葉をつづけた。

 

「僕じゃ…ダメなのかな」

 

「へっ?」

 

「僕は織部さんほど可愛くはない。女の子らしくないって自覚しているさ。でも、それでも」

 

「伊能さん…」

 

 くぐもった声で絞り出すのは嫉妬と羨望が混じり合った感情の吐露だった。その声を聞き織部もまた伊能が蟻原に対してどういった感情を乗せているのかわかってしまった。

 

「蟻原君、僕じゃ…駄目なの?織部さんが良いの?」

 

 顔を上げたい伊能の顔は目の端に涙が溜まっていた。上目遣いで自分では駄目なのかと、自分の方を選んではもらえないのかと言う伊能。 

 

 しかし蟻原は首を振った。無慈悲にもしかしきっぱりと

 

「すまん伊能。これは、これだけは織部さんのじゃないと…駄目なんだ」

 

「……そっか、そうだよね。…ごめん邪魔をして」

 

 絞り出したような声に伊能は蟻原から離れてしまった。それが苦しくなり、しかしどこかでそうなるだろうなと諦観に似たものがあって…。

 

 

 そうして、蟻原は織部に向き直ると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織部さん、ゴマ夫さんを抱かせてくれ!」

 

 

「「…へ?」」

 

 

 ハッキリと自分の思いを言葉に出した。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一目惚れに近い感情だった。その愛くるしいデザインに似合わぬ収納性の良さ。オマケに咄嗟の盾になるし衝撃を和らげるクッションにもなる。

 

 ヘビトンボの時織部さんから貸してもらえた時、意外な手触りの良さに驚いたのを酷く覚えている。その後も何かと織部さんの背中に合ったその姿に俺は心奪われていた。

 

 しかし俺は男だ。可愛い物を触りたい、抱きしめたいという感情は一般的に気持ち悪いと分類されるものであることは記憶を失っても理解していた。

 

 そんな時にこれだ、織部さんの「何でもいい」だ。何でもいいというのなら別に触ってもいいのだろう?抱きしめてみたいと思っていたのだから好きにしてもいいんじゃないのか?

 

 そう思てしまって…気が付けば声に出していた。

 

 

「ゴマ夫さんを抱かせてくれ」って…

 

 

 

 

 

 

(痛ぇ…)

 

 俺の真正面には焚火が朽ちることなく燃えていた。この様子だったら朝まではしっかりと持つだろう。照らされる日はどこまでも熱くそして心強い。

 

「……」

 

 そして俺の右隣りには織部さんが真っ赤な顔を俯かせながら傍で座っていた。その距離は肩と肩が触れ合うほどに近く…しかし織部さんは移動する気はない様だ。その証拠に俺の服の端をしっかりと摘まんでいる。

 

「……っ」

 

 そして俺の左隣は伊能が座っていた。先ほどのやり取りで未だに怒りが収まらないのか顔を赤くし俺の左腕を全力で抱きしめていた。力が入り過ぎて物凄く苦しいが…むむむ

 

「何がむむむだよ…」

 

「ハイ、スイマセン」

 

 このままではまた鉄拳が飛んできそうなので素直に謝れば更に左腕に感じる圧迫感が強まった。柔らかい感触がある筈なのだが圧迫感を強めに感じてしまうのが悲しい。

 

 

 先ほどのやり取りで、ゴマ夫さんを抱けると舞い上がり我を失っていた俺が気づいた時にはないか修羅場みたいなのが発生していた。

 

 ゴマ夫さんを抱きたいと言って、時間が止まったかのように沈黙が広がって、織部さんがゴマ夫さんですか!?と驚いたら再起動した伊能が事情を説明しろと

首を締め上げ来て…それで事の事情を説明したら伊能にぶん殴られた。腰の入った気持ちの良いストレートだった、きっと世界を狙える。

 

「何だよ…ゴマ夫さんを抱きたいって…馬鹿じゃんか」

 

「ア、ハイ」

 

「…私、ゴマ夫さんに負けたんですね…」

 

「イイエ、チガイマス」

 

 物凄く鈍いと思われる俺でも流石にこの両隣の女の子が何を考えていたのか理解した。自惚れだと思っていたがどうやら違っていたようだ。

 

 (まさか、好かれているとは…思わなかったなぁ)

 

 怒った伊能に照れている織部さん。俺に向ける感情がどう言った物なのか、分かってしまうと先ほどの俺の発言が物凄く考えなしだとあらためて思い知らされる。

 

(いや、でも普通、記憶喪失の男に惚れるか?)

 

 相手がどんなものか知らない相手に惚れるはずない。そんな前提が合ったから好いたとかそんな事に怒り得ないと思っていたのだが…まぁこれは俺の考え不足だ。そりゃ命助けられればそうなってしまうのだ。

 

(はぁ…これはマジで申し訳ないな)

 

 俺の膝の上にいるゴマ夫さんを恨めしく思う物のこれは俺の失態であることに変わりはなく…実際どうすればいいんだろう?蟲の相手ならどうにかなったのにこういう事ではてんで駄目だった。

 

「それで、蟻原君はどうなの」

 

 沈黙に痺れを切らしたのかムスッとした顔で伊能は割と爆弾発言を投下する。これは慎重に答えなければいけない、じゃないと左腕がへし折れそうだし、いつの間にか右手に被せてある手がどこかへ行ってしまいそうになる。

 

「あーあー…その」

 

「…はい」

 

「何?」

 

「保留って事でイイっすかね?」

 

 出てきた答えは保留と言う物凄くヘタレな言葉だった。情けなくて穴にあったら入りたくなるほどの恥ずかしさだったが俺にも言い分はある(やけくそ)

 

 そもそも、彼氏彼女と言う目で見ていなかったのだ、それを行き成り決めろと言うのは酷な物ではなかろうか。しかも漫画みたいな巨大生物のいるこの島で。

 

 カップル成立したら死亡フラグ立たない?割とマジで

 

「…はぁー 蟻原君ならそう言う事を言うと思ったよ」

 

「ですね。きっと決めれないんじゃないかと思いました」

 

 しかし以外にも俺のヘタレ発言を伊能と織部さんは苦笑していた。もしかして許された?

 

「…僕も性急すぎたってのはあるから」

「私も少し舞い上がっていました」

 

 気恥ずかしそうにする両者。考えてみれば知り合ってからまだ数日なのだ。事を急くのは流石に…ね 

 

「そ、それではまずはお友達からと言う事で」

 

「ハイハイ、ヘタレはそのまま黙っていてよ」

 

 呆れた口調で俺の言葉は黙らされてしまう。ううむここは黙っているのが賢明か

 

「織部さん、悪いけど僕は譲る気はないんだ。ごめんね」

 

「はい、分かっています。伊能さんはきっと自分の意思を曲げないだろうって」

 

「なら織部さんは」

 

「私は…すいません。正直こんな事は初めてなのでよく分かっていないのが本音です」

 

 俺を挟んでの女の子同士の会話。正直居心地が最悪です。何でこうなった!?俺のせいだよ馬鹿!

 

「そっか…うん、それならこの島を出てからちゃんと確認しよう」

 

「そうですね。まずは何事もこの島を出てから、ですね」

 

 どうやら俺の知らない所で話を終わったらしい。左腕の圧迫は緩みしな垂れかかるようになり、右手は指先が緩く握られている。

 

 取りあえずはこの島を脱出してから、それで話はひと段落をしたのだ。

 

(ほんと、こんな男に惚れるなんてねぇ?どうすればいいっすかゴマ夫さん)

 

 焚火の夜、俺は両隣に可愛い女の子を侍らせながら、過ごしていくのだった。 

 

 




なぁにこれ?

ここでお知らせです。
終盤に入ったのに自分的に山場が終ったので後は割とあっさりと物事が進むかと思われます。
つまり山場が無いかも…という事態に陥りました。正直不安ですがこれからもよろしくお願いいたします
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