「それで、驚いている所悪いんだけどこの後どうするの?」
船に巻き付いていたムカデと新たに現れたムカデがにらみ合っている中、伊能は睦美にこの後をどうするのか尋ねていた。ハッキリ言えば状況は最悪の真っただ中、しかしこれで諦める気は毛頭なかった。
「そ、そうですね。…!千歳ちゃん確か此処に来る途中に大きな亀裂洞があったよね!?」
「おっきな割れ目の事?確かあったはず」
「今からそこへ向かいます!伊能さんはもう一つの缶を持ってきてください」
「分かった!」
指示を聞き木の枝で未だに燃えている缶を引っ掛け、睦美たちの後を追う。フェロモンが出ているがムカデたちには幸運にも気付かれていなかった。
「こ、ここなら安全かな?」
千歳が知っていた亀裂洞には意外とスムーズにたどり着いた。人tまずはムカデの脅威から逃れることが出来ほっと息を吐く三浦。
「いいえ、フェロモンを使ってここにムカデを二匹ともおびき寄せます」
「えぇ!?なんで!?そんなの危ないよ!」
この狭い亀裂の中にあの巨大なムカデが二匹も入るとなるとちっぽけな自分たちは呆気なく死んでしまうのではないか。三浦の疑問は尤もだった
「ムカデは共食いする虫です。その激しい闘争本能を利用しましょう」
「なるほど、僕達の目的は出来るだけ長い時間ムカデを誘う事だから共食いさせた方が良いんだね」
「でも、外でもムカデたちは争う筈だろうし、ここまでおびき寄せる必要は無かったんじゃないのか?」
ムカデは争いあう虫である、しかし自分たちがさらに危険な場所まで来るにはいささか疑問だった。
「もちろん理由はあります。共食いになる激しい戦いをするには条件が付いているんです」
「それがこの洞窟?」
「その通りです伊能さん。外でしたら命の危機が迫ったら片方は共食いが始まる前に逃げてしまいます。しかしこの洞窟なら狭い環境なので」
「共食いが発生する。って言っているうちにやって来るよ。皆隠れて」
何かに感づいたのか伊能が注意を呼びかけたと同時に外から木々をなぎ倒すような音が聞こえてくる。慌てて全員が岩陰に隠れた瞬間地震かと感じるほどの衝撃が洞窟を揺らす。
頭上から小さな石が落ちてくると認識した瞬間、恐ろしい風貌のムカデが二匹洞窟に入ってきたのだ。
「ヒィ!?」
「落ち着け真美!今不用意に出たら危険だ!」
怯える三浦を諭す松岡も内心は恐怖でいっぱいだった。何せ今目の前で起きているのはもはや人間が立ち入れない化け物の殺し合いなのだ。今まで何とか退けて来たら流石にこれは規格外過ぎた。
振動と虫の鳴き声、生きた心地のしないその空間の中、睦美は冷静にムカデの戦いを見ていた。
「今、互いに命がけの戦いに入りました」
「決着はつかないの?」
「優勢な方が脚と身体を巻き付けて抑え込みに入ります。そのタイミングを見計らって脱出しましょう」
目の前では格闘し食い合いをするムカデ達。余りにも迫力と身の毛のよだつ光景に嫌気が出てきた時、ようやく一夫のムカデがもう一方を抑え込んだ。
「チャンスです!今のうちに脱出しましょう!」
「言われなくても出ていくわよっ!」
三浦の叫びに同調するかのように全員で急ぎ洞窟を抜ける。幸いにも洞窟は揺れてはいたが天井は落下をすることもなく、ムカデが道をふさぐこともなかったのだ。
(上手くいった?…何だろう何かヤな予感がする)
森へと無事に出た後は来た道を引き返すだけだ。それでも上手くいった事に内心疑問が出てくる。皆が無事で喜ぶべきのはずなのに。
(アキラたちは平気かな?虫よけの煙があるけど…ううん、アキラならきっと大丈夫。問題は)
アキラならきっと平気のはずだ。寧ろ本当に心配なのは…
「どうしたの伊能さん?」
「ううん、何でもないよ。それより船へと急ごう」
頭を振って船へと走り出す。ムカデを引き離せるために結構な距離を歩いたのだ。走ってもそう簡単には森を突破できない。それでも急いだ時、木々をなぎ倒す音が再び聞こえてきた。
「隠れてっ!」
睦美の指示に従い直ぐに体を伏せる。それと同時に木々をなぎ倒しながらすぐ近場を通り抜ける大きな影、先ほどまで自分達がフェロモンで誘い出していたムカデだった。
「もう決着がついてしまったの!?」
「それにフェロモンの効果が切れてしまったみたいです!速く船へと急ぎましょう!」
やはり万事がうまくいくとは限らないようだった。ムカデの姿はもう見えない、壊れている船へとまた巻き付きに行ったのだろうか。必死に悪路を走りようやく船の形が見せる距離まで走った時だった。
ドッォオン!!!
突如何かが爆発するような音が伊能達の耳に飛び込んできたのだった…
時は遡り虫よけの煙に包まれながらアキラたちは休息をしていた。早朝から正午位の今までずっと歩き詰めだったことや脱出がいまだできていないという精神的なことも有り、ここにいるものは少数を除き項垂れていた。
(なんか辛気クセェな…まぁしゃーねーか)
澱んだ空気を感じボリボリと頭を掻くアキラ。心では思っても言葉には出さない。彼も分かってはいるのだ、どんなに脱出の手を加えようともいまだ危険な場所にいるという事が負担になるぐらいは。
そして全員が全員自分たちの様に強いと言えるような人達ではない事も分かってはいるのだ。
「…はぁ」
「ん?どこ行くんだアキラ」
「ワリィ ちっと小便行ってくるわ」
今のところ虫がやってくる気配はない。ムカデがまだいるし、煙の効果もある。尤もそのせいで蒸し暑さを感じていたのもあって催しも感じていたのだ。箕輪に一言告げて、森の中へと去っていくアキラ。
「ねぇ恵美子…私たち無事に帰れるのかなぁ」
そんなアキラを後姿を見て友人に弱音を吐いたのは鈴木だった。本当なら運動部でもあったので体力はそれなりにあったが度重なる不幸の連続に正直心の方が限界が近かった。
「帰れるよ。だから、そんな顔をしないの」
「うん…」
励まされても心はここにあらずだ。申し訳ないと思いつつもイマイチ元気は出なかった。そんな鈴木にそっと近寄る人物がいた
「あともう少しの辛抱よ、鈴木さん」
「先生…」
近寄ってきたのは中条だった。その顔に浮かぶのは生徒を思い遣る学校にいた時の日常の顔だ。
「そうね、もし元気が出ないのならここから脱出した時に何がしたいかを考えたら?」
「ここから出た後…ですか?」
「ええ、先生は…着替えがしたいかな」
恥ずかしそうに今の自身の服を見る中条。その姿は今まで来ていた黒のシックな服ではなく巫女服だ。救助に来た三人にはついぞ突っ込まれることは無かったが恥ずかしい思いをしていたのだろう。見れば見るほど顔を赤くしていく
「…ふふっ 似合ってますよ先生」
そんな先生の姿にぷっと噴き出す。年上ではある者の恥じらっている姿を見ると微笑ましく思ったのだ。
「もぅ、先生を揶揄わないで下さい」
「ごめんなさい」
くすくすと笑い合えば不安も緊張もほぐれていく。気分が軽くなれば後は希望も見えてくる。
(帰ったら、私シャワーを浴びたいな)
思えばずっと太陽が照らす中を歩いて来たのだ。暑い時期ではないとはいえ、それでも生きている以上は汗を掻き汚れは溜まっていく。鼻がマヒをしているが今自分の匂いは凄いものとなっているだろう。そう考えると体のベタつきが気になってくる
「暑いね、まるでサウナみたいだよ」
「そうですね。煙が籠っている以上蒸すのは仕方ありませんが…」
火がある訳では無いのだがそれでも暑さを感じてくるのは仕方がない。見渡せばそれぞれ皆も暑そうであったのだから額や首筋にうっすらと汗が出てくるのは当然だった
(風があればいいんだけど…あ)
ふと、額や首筋に冷たさを感じる。そして聞こえるサァァアアという清涼感溢れる音。
風が吹いてきたのだ。
(涼しい……え?)
清涼感を感じたその瞬間、冷や汗をかき全身に大きく鳥肌がたった。何か酷い悪寒がしたのだ。
(待って?どうしてこんなに怖いの?…風が吹いてそれで…風?)
当たりを再度見回せば皆の顔が見えた、その顔は突然の風に驚いているようで…そして鈴木は見た。
「煙が…無い」
辺りを燻り溜まっていた煙が無くなっていたのだ。虫よけの煙であり自分たちを守ってきた煙が居間風が吹いたことによってなくなったのだ。
「あ…ああ!」
「どうしたの香代?」
「煙が無くなっているのぉ!!」
ほとんどそれは悲鳴に近い叫び声だった。何事かとその場にいた全員が鈴木を見てそしてその泣き叫ぶ顔と言葉の内容によって状況を理解したのだ。
「だ、大丈夫よ、織部さんが言ってたじゃない。ムカデが居る範囲内には虫が寄ってこないって」
「そうは言っても虫が来ないって保証はないのですのよ!?は、早く煙をまた出さないと…」
「でも、ライターは誰も持ってませんよ?」
宮園が鈴木を何とかなだめようとして桃崎が早く煙を出さなければと叫び、白川は冷や汗を流しながらも冷静に道具が無い事を言った。
「お、落ち着きましょう。とにかく落ち着いて」
「先生上を見てください!」
場が騒然となる中、中条が纏めようとした時だった。青山の鋭い叫び声が響き渡ったのだ。
「アレは何?」
頭上にはまるで待っていましたと言わんばかりの数十匹の虫が飛んでいたのだ。背丈は目視したところ人間の子供ぐらいだろうか。少なくとも中条の腰の高さほどある体長だった。
「ヒィィイイ!!」
「お、落ち着いて香代!むやみやたらに暴れちゃ駄目!」
「なんなんですのぉ!?」
「桃崎さん、勝手に行っちゃだめです!」
その虫を視認した途端鈴木は半狂乱になって腰が抜けて動けないでいる物の必死で腕をバタつかせ始めた。宮園が何とか抑えようとしている物の目線が完全に虫に固定されており言葉が通じていなかった。
悲鳴を上げる桃崎はこの場から逃げだそうとするが白川が必死で留めていた。一人になった瞬間最優先で狙われると知っているからこそパニックになった桃崎にしがみついていたのだ。
「わ、私が皆を守らなきゃ…」
空を飛ぶ虫が目標を定めたのか降下してくる。このままでは蹂躙されるだけ、覚悟を決めた中条は落ちていた薪をもって必死に虫を振り払う。
「こ、来ないで!あっちに行け!」
今まで格闘技をしていたわけでもなければ暴力沙汰事態縁のなかった中条。子供の背丈ほどある虫を殺すには力も経験も無にもなかった。
ブブブブッブッ
(私が!守らなきゃ!行けないのよ!)
振り回す薪は一向に虫には当たらない。しかしそれでも中条は必死に薪を振り回す。それは自分が先生だからとか年上だからとか、人を一人殺そうとしていたからという考えは無かった。
ただ皆で生きる為に虫を追い払おうとしていたのだ。
「ひぃっ!」
しかし無情にも虫達はそんな中条に一切の慈悲を見せることなく取り囲もうとしている。油断も隙も見せなかったはずだが物量差には勝てなかったのだ。
驚く中条に一匹の虫が張り付く。蟲が背中に張り付いている感触が服越しに分かってしまう。何をされるのか想像もしたくないがこのままではマズい。
(誰か…)
助けを求めた時、中条はようやく自分が1人ではない事に気が付く。
「先生に触るなぁ!」
「あ、青山さん…」
背中に張り付いていた虫を青山が引きはがし地面に叩きつけたのだ。今まで見たことのない憤怒の表情で荒い息を吐く青山。
「ハァ…ハァ…先生…大丈夫ですか」
虫が絶命し血得るのを確認した青山は次に中条を見た時表情が一変していた。その顔はまるで母親を心配する様な子供のような顔だったのだ。
「ええ、ありがとう青山さん。貴方のお陰で大丈夫よ」
「良かった…私、先生に何かあったら…怖くて」
涙をにじませクシャクシャの顔を見せる青山。その顔を見て自分も青山も無事でよかったと心底ホッとする。もし自分に何かあったらおかしくなってしまうのでは無いかと思わせるほど凄惨な顔だったのだ。
「大丈夫よ、私は青山さんを置いて死なないから」
「先生ぇ…」
「おい二人とも!無事を喜び合うのは良いが手伝ってくれ!」
そんなやり取りをしていた二人に野太い声が掛かる。箕輪だった。
「こっちは四人を守ってんだぞ!頼むからもっと周囲を見てくれないか!?」
その言葉通り箕輪は地面にへたり込んでいる鈴木と宮園、白川に抱き着かれている桃崎の四名を守る様に陣取り必死で薪を振るい防衛していたのだ。
「何言ってんのよ!あんた男でしょ!もっと踏ん張りなさいよ!」
「そう言う問題じゃない!俺一人では無理だ!青山も先生もこっちに来てくれ!」
確かに一人では四人に注意を向けながら空からやって来る虫たちを撃退するなんて余りにも絶望的だった。
「分かったわ!青山さん行きましょう!」
「ハイっ先生!何処までもお供します!」
「あ、青山…お前なぁ」
青山の掌返しに呆れた箕輪だが直ぐに三人で四人を守る様に構える。武器は薪しかなかったが背中の戦友たちが頼もしくはあった。
(これで少しはしのげるか?)
フッと息を吐く箕輪。しかし未だに上空には虫がこちらに狙いを定めており、危険なことに変わりは無かった。
「どうする?このままこの場所にいるべきなの?それとも船に向かった方が良いの?」
「分かりません。今船にムカデが居るのかどうかすらわからん状況じゃ下手に動かない方がいいと思います」
「つってもね、正論述べてるところ悪いけど箕輪、アンタあの数どうすんのよ」
移動をするにしても待機を続けるにもまだ上空には二、三十匹の虫がいることには変わりなく、何をするにしてもままならない状況だった。
移動をするにしても遅れたものが餌食になる以上、鈴木の精神状況を見ればとてもではないが出来ない。
待機をするにしても数は無数で三人ではとてもではないが守り切る自信が無い。
(グッ!こんな所で終わるのか!?)
箕輪が今の状況に歯噛みをした時、一瞬影が差した。
「?」
思わず空を見た瞬間、あり得ないものが横切ったように見えた。ほんの一瞬ポカンとした顔をしてしまう。幻でも見たのかと思ったとき後ろの二人も同じものを見た様だった。
「…今変なのが飛んでいませんでしたか?」
「先生も見えました?…あれって」
何が飛んできたのかは知らないが分かったのは頭上の虫達が少し減っているという事実だけ。そして遂にこちらに襲い掛かって来るという現実だけだった
「ってオイ!呆けている場合じゃない!来るぞ!」
無数の虫が来る、無機質な目がこちらを見たと思った瞬間だった。
ブォンッ!
感じたのは大きな風圧。まるで一瞬だけ突風が吹いたのかと思うほどの風の波だった。そして木にビチャリという潰れたかのような音を立てて吹っ飛んでいく虫。
「いやぁ~遅くなってワリィな。コイツら数が多くって潰すのに時間が掛かったわ」
場にそぐわないほどの明るい声、ガサガサと森の中から出てきたのは、この場にいるもう一人の男、アキラだった。
「ちょっとアンタ、いったいどこほっつき歩いて…」
青山が叫ぶが徐々に声が小さくなっている。それもその筈アキラが特に苦も無く担いでいる物に目を奪われたからだ。
「すまんすまん。まぁ武働きで返すから許してくれよ、な!」
声と共に担いでいた物を振り回すアキラ。長く太さがあり、何よりかなりの重量のあるソレを振り回すのだ。
「お前…何で丸太持ってんの?」
「拾った!」
屈託なく笑い意気揚々と手に持っていた物…丸太を振り回すアキラ。確かに大きさとしては箕輪が持てるほどの大きさなのでアキラが持っていてもおかしくはないかもしれない。しかし武器の様に振り回せない筈だ…常識では。
「じゃあさっき飛んできたのって」
「小さい丸太。上手く当たって良かった」
そう言いながら丸太を振り回し虫を蹴散らしていくアキラ。丸太が唸ればその分一匹二匹は地面や木に叩きつけられ確実に死んでいく。三人で守るのがやっとだった戦況はたった一人で劇的に変わっていった。
「ほらほらやっぱり大丈夫だったじゃない!香代、見て!アキラ君がやってくれたよ!」
「うぅぅ…」
「桃崎さん。これでもう大丈夫ですね」
「あの…丸太を振り回すのはスルーですの?」
ツッコミや怪訝な顔をする者がいるが概ねアキラ一人で多数の虫を撃退すれば、虫達は逃げて行った。
「っと。まぁこんなもんか」
「…そのようですね」
「ふぃー流石にこれを持ち続けるのはしんどかったぜ」
ポイッとまるで枝を地面に投げ捨てる様にすれば虫の体液がびっしりと付いた丸太が転がる。辺りに広がる虫の死骸に
戦々恐々しながらもこれでもう大丈夫だ、とホッと安堵した時。
ドッォオン!!!
何かが爆発するような音が響くのだった。
後2,3話で終わりですかね。
最後までお付き合いして下されば幸いです。