巨蟲列島 蟲姦お断り!【完結】   作:灰色の空

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交流回です。そして長いです。ゆっくりとお楽しみ下さい

途中で三人称になります。


星明りの夜

《伊能 愛》

 

 マダニの巣を突破し待望の海岸に着いたときは日が沈み夜になっていた。ほぼ全員が膝をつき全身で呼吸をしている。それほどまでにかなりの強行軍だったのだ。

 

 息を乱していないのは織部さんと蟻原君。僕は肩で息をしている位だった。本当に二人ともどういう体力なのさっ

 

「白川さん、降ろすよっと」

 

「ありがとう」

 

「良いって良いって。伊能、そっちは大丈夫か?」

 

「はぁ…うん。ちょっと疲れた、かな」

 

 白川さんを丁寧に降ろしこちらを気遣う。それは嬉しいんだけど、その余裕そうな顔はとても腹が立つ。…その顔を抓ってやろうかな?

 

「皆さん。今からクリアファイルを渡します。小さなダニが体に付いていてもぜったに素手で触らないでください」

 

 そんな中織部さんからマダニについての注意があった。確かに僕達はマダニの巣を走ってきたばっかりだ。服についているかもしれない。危うく触るかもしれないときにその忠告は本当に助かる。体液の一つ一つにウィルスがあるかもしれないからね。小さいからって絶対に舐めてはいけない。虫ってのはそういう物なんだ。

 

 だけどさ、その服にびっしりと付いたマダニを気にせず皆に忠告するってのは流石に肝が据わり過ぎていない?

 

「うわっ!」

「ひっ!」

 

 織部さんの迷彩柄のジャケットについているマダニの数々に皆が驚いた声を出す。勿論僕もいい気分ではない。噛まれたら死ぬかもしれないのに平然としてはいられないんだ。

 

「ダニを見つけても落ち着いてください。体についてもマダニは直ぐに吸血はしません。クリアファイルを使ってはがす様にしていけば問題はありません」

 

 そうは言っても流石に大きな虫がくっ付いていたらパニックになりそうなんだけど…これも虫の知識があるから何だろうか。

 

「…い、伊能さん?」

 

 織部さんに感心と畏怖を抱いていると何とも震えた声が聞こえてくる。件の蟻原君だ。錆びついた機械のように首だけを器用に動かし涙を目の端に溜めている

 

「俺の身体、もしかしてマダニがかなりついているんじゃ…」

 

 蟻原君は最後尾を走っていた。もし何かあった時、誰かを助けれるように、後ろからくるマダニから皆を庇うように殿をしていたのだ。だから、そのジャケットにはかなりの数が付いていると思われて…あ、背中に大量のマダニがうぞうぞしている。

 

「蟻原君」

「はい」

「僕が取るから動かないでね」

「はぃ~~」

 

 改めてマダニが怖くなったのか何とも情けない声を出す蟻原君だった。

 

 

 

 

 

《蟻原》

 

 織部さんから渡されたクリアファイルを使い、服についていたマダニを剥がしていく。剥がされたマダニはまた襲ってくるのかと思ったが流石に森へと逃げて行った。こっちも伊能さんの服をチェックし、確認をする。しかし、流石に夜も夜なので結構見逃す可能性があると思うのだが…

 

「落としきれなかったり見逃してしまったマダニは海水につかって洗い流します。まずは全裸になって海に十分間つかってください」

 

「ぜ、全裸でなの!?」

 

 流石にこの展開は読めなかった。でもそこまでしないとマダニは取れないかと思うと…本当に虫は侮れない

 

「全裸で、です。呼吸ができなくなったマダニは水面へと逃げていきますので…服は私がチェックしておきます」

 

「野郎の服を、織部さんが?」

 

「はい、マダニを侮ってはいけません。…その、嫌かもしれませんが」

 

 俯いてしまった。うぅむ嫌という訳では無いのだが申し訳なさで言ったんだ。女の子に野郎の服のチェックなんて可哀想なんだけど…ああでもやっぱこればっかりは仕方ないか。

 

「良し分かった!上条、甲斐。アキラを連れて裸の付き合いと行こうじゃないか!」

 

「うっへぇ~その言い方はやめてほしいっしょ~」

 

「わざわざ気色の悪い言い方すんなボケ!」

 

 気味悪がれて怒られました。クスン。 

 

「でも、こればっかりは仕方ないよねぇ~ それじゃ睦美ちゃん。俺達はあっちの方で着替えるからお願いしてもいいかな」

 

「分かりました。後で取りに行きます」

 

 と、いう訳で、俺達野郎どもは未だ眠っているアキラを運びながら移動するのでした~

 

 

 

 

 

「あ!海水に浸かっているとき何かあったら大声で叫んでくれよ!直ぐに行くからさ」

「それって要は覗きだろ!馬鹿言わないでくれ!」

「ふっ 美少女達の裸は覗きたくなるもの。これは男のサガなのだよキャプテン」

「なっ!?」

「…来たら軽蔑するからね。蟻原君」

「マジすいませんでした!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つ~訳で、男四人。丁度近場の影になっている岩場で服を脱ぎ、海の中にぽちゃんとINNしました。疲れた体に海水が染み渡るぅ~

 

「しっかし上条。お前アキラを担いで全力疾走するなんてマジでスゲェ体力してんな」

 

「はっ テメェらとは体の鍛え方が違うんだよ」

 

 夜の海に入りながら雑談を興じてしまうのは俺の根がお喋り好きだからなんだろう。上条の鍛え上げられた体は中々の作り具合だ。シックスパックが出来てんだぞ!?不良と言ってもマジモンの身体なんだなぁ

 

「それよりもよぉ~~くアキラの身体をチェックしろよ。俺は疲れたから少し休む」

 

「おーう。ちゃんと見ておくぞー」

 

 人一人担いで走ってきたんだ。やっぱ疲れるのは仕方ない。アキラを俺に任せると上条はどっかの岩場に行った。誰だって一人になりたいときはあるもんね。

 

「あーあアキラを任せて行っちゃった。アンタ、上条のパシリになってるよ」

 

 ワカメヘアーを海に漂わせながらアホを見る目で俺を見る甲斐。そうかな?そんなつもりは一つも無いんだけど

 

「そーだよ。オマケに自分の事を顧みずホイホイ人を助けちゃってさぁ。アンタ馬鹿だよ」

 

「そーかもな。でもそれでいいと俺は思うのよー」

 

「はぁ?」

 

 心底不思議そうな声を出す。その音色には…呆れと侮蔑と困惑が混じってるような?気に食わない事でも言っただろうか。でもまぁ俺は気にしません。言いたいことを言っちゃおう!

 

「何つーのかな。そりゃ死にたくはないって思うけど…俺にとっては何にも持っていない俺を見てくれる君達を助けたいっていうか…」

 

 何なんだろうね。記憶が無いから以前の事は分からない。でもだからこそ知り合えた君達を大切にしようとか…そんな感じだろうか?

 

「自分でもわかっていないのかよ…」

 

「そんなもんだって。うぅん、どういえばいいのか分かんないけど、何にもない俺だけどだからこそ、この先後悔して生きていくのは嫌だなぁって思ったからだよ。きっと」

 

 正直分かんないのです。思うように動いているのか、それとも下心があるのか。自分の事だからこそ自分でわからないって事だなこりゃ。

 

「……はぁ アンタきっと本物の馬鹿だ」

 

 そうしてろくに考えずに出た言葉を言えば甲斐に物凄く呆れた目を向けられてしまった俺なのでした。 

 

  

 

 

 

 

 

《伊能 愛》

 

「委員長は大丈夫?虫はついていない?」

 

「はい、千歳ちゃんに虫はついていませんでした」

 

 海水に委員長を晒しながらくまなく虫がいないか探っていた織部さんだけど、無事委員長に虫はいなかったみたい。

 

「ほっ なら後は医療施設に行けば大丈夫だね」

 

「はい。本当に…千歳ちゃんが無事でよかった」

 

 心の底から安堵の顔をする織部さん。微笑むその笑みが僕にはとても眩しい。 

 

「でも、海水に虫はいないのは初めて聞きました」

 

 驚きの顔で話すのは白川さん。今僕の近くには織部さんに委員長、それに白川さんが居る。神野はいつの間にかどこかへ行った。どうせいつの間にか帰って来るだろう。三浦さんとキャプテンは離れて何やら話をしている。少し真剣そうなので邪魔したら悪そうだ。

 

「そのおかげでこうして海に入れるのは幸運だったね」

 

 ずっと歩き続けてきたんだ。シャワーを浴びたいけどそれはしょうがない。海水なので海から上がった後髪が凄い事になりそうだけどこれもまたしょうがない。贅沢は全てが終ってからだ。

 

 

(それにしても、まさか夜の海水浴をすることになるなんて、ね)

 

 修学旅行で、海水浴。一応学校行事なので出来る筈がないとは思っていた。尤もそれが、巨大な虫が蹂躙する島で夜の海水浴とは皮肉だったけど。

 

 星明りと仄かに輝く三日月がぼんやりと僕達を照らす。本当だったら今日泊まるはずの安全で普通なホテルで見る筈だった光景に何とも言えない不安と諦観が押し寄せてくる。

 

「え?白川さん転びそうだったんですか」

 

「うん、でもその時蟻原君が助けてくれたんです。私の返事も聞かずいきなり抱きかかえてくれて」

 

「そうだったんですか…」

 

 気が付くと白川さんと織部さんが何やら蟻原君の話題で盛り上がっていた。今話ているのはマダニの巣で白川さんを助けたときの話だった。

 

「あの人が居なかったら本当に危なかった…」

 

「そう…ですね。彼が居てくれたおかげで無事千歳ちゃんを助けることが出来ました」

 

 委員長の身体を海水で洗いながらそう呟く織部さん。確かに蟻原君はジカバチの巣へと向かっていった。そこで何があったのかは知らないけどきっと委員長やアキラを助ける為に頑張っていたんだろう。

 

「彼いったい何者だったんだろう」

 

「分かりません。でもいい人だと思います」

 

 記憶喪失の正体不明な人。でも僕達を助けてくれる良い人。そんな認識が僕達の中にはあった。

 

「……彼女っているんでしょうか」 

 

「へ?」

「え?」

 

 ふと白川さんが漏らした言葉で一瞬僕の思考がフリーズする。織部さんもキョトンとした顔で白川さんを見ていた。予想しない一言で僕達の空気は一瞬で変わった。

 

「い、いえ、そんな意味じゃないんですけど…その彼、結構人が良いですから…」

 

 僕と織部さんの視線に耐えられなくなったのかオドオドとしながら口籠ってしまう白川さん。そのまま気恥ずかしさからか口元まで海面に潜ってしまった。…口しょっぱくない?

 

「えぇっと…いるのかな?」

 

「わ、わかりません。私はそう言うのは疎いんで…」

 

 こちらも顔が赤くなる織部さん。目線が波よりも早い速度で泳ぐ。…初心だ。

 

(でも、あの性格だと…)

 

 ひょうきん?で軽くて根は馬鹿っぽく割と考えなし。でも気遣いが出来て勇敢で、僕を助けてくれた人。…今までの彼の行動と言動からはそんな評価が僕にはあった。

 

 そんな彼にもし、傍に女の子が居たら…そこまで考えてチクリと胸に痛みが走った。

 

「…?」

 

 織部さん達とは比べてあまり大きくはない胸を触るが勿論そこには噛まれた後なんてある筈もなく…でも確かに痛みが走った。その痛みはまるで、彼の傍に他の女の子がいてほしくないとでも言いたげな痛みで…

 

「…嫌だなぁ」

「……いや、ですね」

 

 自分の呟きが漏れたその瞬間、誰かの言葉が交わったような気がした。聞き間違いかなと思い周りを見れば白川さんは口元をまだ海水に沈めていて、委員長は眠っている。キャプテンと三浦さんは一緒に月を見ている。神野はもう放っておこう。

 

 だからこのメンバーで僕と同じような言葉を言ったのは…目が合った彼女は自分の言った言葉を理解できていなかったのかポカンとして…直ぐ理解したのか顔をゆで蛸のように真っ赤にしている。

 

「~~~わ、私千歳ちゃんを上げてきますね!」 

  

 委員長を引っ張りながら海岸へと行ってしまう織部さん。僕は何も言っていないんだけど、もしかしてあの様子だと…

 

 もしかして、織部さんは。そして胸に痛みを持つ僕は…ひょっとして

 

「なんだか面白い事になってきましたね伊能さん♪」

 

 何だか楽しんでいる白川さんの言葉に何も返せないでいる僕だった。 

 

 

 

 

 

《蟻原》

 

 甲斐と別れアキラをお姫様抱っこの要領で抱えながら海岸に出る俺。有り難い事に服は綺麗に畳まれて置いてあった。

 

「ほんとあの子には頭が上がらないなぁ。そうだろアキラ」

 

 返事は勿論返ってこない。まぁ気絶しているからね。寧ろここで起き上がって来たら物凄く誤解されそうになる。お願いだから目を覚まさないで!

 

「な―にが悲しくて寝ている野郎の着替えをしなくちゃいけないのか。これがワカラナイ」

 

 全裸の男パンツを履かずに寝ている全裸の男に服を着せる、誰かが見たら間違いなく通報案件だろう、又は薄い本案件か?まぁ文句は出ても仕方ないのは仕方ない。岩場でアキラを横に寝かせ服を持ってくる。

 ちなみに俺の分は後回しだ、まずは病人から服を着させるのが紳士のたしなみだ。…え?違う?

 

「ほぅ…中々戦闘能力が高いではないか。が、俺には負ける」

 

 まずはパンツを履かせて…トランクス型の中々オシャレな奴だった。そうか、身だしなみはここから始まるのか…

 

 アキラの一部分を不可抗力で見てしまいながらもずり落ちない様に履かせてTシャツを持った時何かアキラの身体に違和感を持った。

 

「うん?…何か動いたような」

 

 アキラの左腕、正確には()()()()()()()()()()()()()()ような気がしたのだ。違和感を持ち探ろうにも今の時間帯は夜中。腹時計は正確かどうか知らないけど10時ぐらいだと思う。

 そんな夜では星明りと小さな三ヶ月の明かりではとてもではないが確認することが難しい。

 

「気のせい…かな?」

 

 せめて暗視ができればいう事無しだが、生憎俺は只の人間だ。流石に無理がある。医療施設にでも付いたら念のために確認しておこうと心に止め乍らアキラに服を着せていく。趣味の良いTシャツを着せズボンをはかせ上着も着させる。これでアキラの服は整った。

 

「これでオッケー」

 

 生憎未だ俺は全裸だが、アキラはこれでオッケーだ。さて、未だパンツも履かない原始スタイルの俺も服を着ようとした時直ぐ近くに足音が聞こえてきた。

 

「こんな時間にどなたかな?」

 

 気付くのが遅れたのはアキラに服を着せるのに夢中になっていたのとこちらに危害を感じる気配ではないと感じたからか。

 

 そんな事を考えた俺の傍にやってきた人。それは神野美鈴だった。

 

「フフッ おや?アタシが思っていたよりもずっと素敵な体じゃないか」

 

 暗闇から現れた神野。何故ここにとか疑問が出てきたが、そんな事は頭の中からすっぽ抜けてしまった。

 

「……うわぁ」

 

 神野は全裸だったのだ。衣服は身にまとっておらず、はち切れんばかりの胸にキュッと引き締まったくびれ、肉感のある尻は中々のボリューム。そして隠そうともしない恥部。総じていえばかなりのスタイルの良い美女。それが神野の身体だった。

 

「ふふ、そんな熱い目で見られると興奮しちゃうじゃない」

 

 艶めかしくしなりのある動きをしながら俺に近づいてくる。隠しもしない胸がプルンプルンと動き目を釘付けにする色香を強烈に放つ。その動きに動作は男の本能をくすぐらせる妙手だ。どこでそんな動き方を覚えたのか。…慣れているのかもしくは本能か。

 

「…とりあえず聞くけど何してんの」

 

「見て分からないのかい?…あんたを誘っているのさ」

 

 座り込んでいる俺に四つん這いになりながらそっと耳にささやくように話す神野。…あれこれマジで夜這いをされているの俺?

 

「あの」

 

「うん?」

 

「何で俺を誘っているんだ?」

 

 マジな質問である。はっきり言えば神野はかなりの美人だ。そんな美人が素性も知れぬ男である俺を誘う理由が……あーもしかしてそういう事? 

 

「雌が強い雄に惹かれるのは当然だろ?あんたは強くて…とても立派だ」

 

 神野の細く綺麗な手が俺の身体をなぞっていく。動き方からして…慣れていますねコレは。特に男の悦ばせ方を熟知している。

 

「虫たちを吹っ飛ばすアンタを見て、どうしようもなく惚れちまったのさ。…ねぇアタシのここ好きにしていいんだよ」

 

 俺の手を取り自身の自慢であろう胸へと誘う。ア~オキャクサマコマリマスー~ ……このまま場の流れに身を任せるのも良いがそれは死亡フラグとなるので言わせてもらうとするか

 

「神野」

 

「ん どうしたんだい」

 

「別にこんなことしなくてもちゃんと助けてあげるよ?」

 

 その言葉を言った瞬間の神野の驚く顔はとても幼く感じた。色気溢れる肢体を持ち艶やかな表情を浮かべているが、この瞬間とても年相応の表情をしたのだ。…手馴れてはいてもまだまだ子供だねっ

 

「何を言って」

 

「別に自分を売らなくてもいいんだよ?困っていたら手を貸すし危なかったら手を差し伸べるから。だからそんなことしなくてもいいんだよ?」

 

 正体不明の男、素性は依然として分からない。しかしその男は強力無比な力を持っていた、その力はこの島から出るのには必須である。

 

 生きたい、死にたくない。他の奴はどうなっても良い、でも自分だけは虫に食われるのは嫌だ。どうすればいい、そうだこの男を利用してやろう。相手が男なら…男である以上女の自分には甘くなる。そこをツケこもう。

 

 全ては自分が助かるために。 とまぁ神野が俺に夜這いを掛けてきたのはこんな所だろう。じゃなきゃ幾らなんでも急すぎる。

 

「って事でしょ。だからまぁそんな俺に色目なんて使わなくても無駄で無意味なんだよね」

 

「……はぁ 白けた」

 

 すくりと立った神野は手を頭にやりイラついたような目の色をした。どうやらこれは当たりだね。

 

「男なんてちょいと股を開けばすぐに言う事を聞くと思ったんだけど、どうやら見込みが外れちまった」

 

「あはははっ ゴメンね手の平で踊らなくてさ」

 

「チッ」

 

 舌打ちをされました。…やっぱり神野はこっちの方が良い。色香で惑わせて来るより腹が据わってる彼女の方が魅力的だと思うのだが…まぁこれは言わない方が良いか。

 

「ま、良い物を見せてくれたお礼はいつか返すよ」

 

「…うっさいな、このインポ野郎」

 

 怒られてしまいました。心底イラつかれたようで踵を返してしまった神野。こちらを振り向くことなくそのまま帰ってしまった。

 

「惜しい事をしちゃったかな?でもこんな場所でセックスって絶対に死亡フラグだよね。そうは思わない?」

 

 わざわざ自分で死にやすくなるようなことはしたくない。そうして断ったわけだが…呟いた言葉に返事を返す者はいない。当たり前の話だがそれが少しだけ寂しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 蟻原たちは海岸で体を洗ったあと、多少の休憩を取る事となった。事故が起きて虫たちに襲われてからずっと走って歩き回っていたのだ。休憩をロクに取らずの強行軍だった為疲労はどうしても溜まってしまう。虫たちの活動する時間帯と全員の体力とを考えた結果が休憩となったのだ。

 

 

「……」

 

 その中で一人蟻原は皆が休んでいる中一人起きて夜空を眺めていた。見張りを自分から願い出し、順番などを考え最初に蟻原が見張りをすることとなった。

 

 見張りと言っても虫の気配はなく静かな夜だった。森の方には虫がいるだろうが海岸は比較的安全で、体力が余っている蟻原にとっては多少の暇な時間であり、ゆっくりと思考する事の出来る時間だった。

 

 一日の始まり、海岸で目を覚ましてからここに来るまでの間をの事を思い返す。記憶の失くした自分は随分と力があり巨大化した虫たちと対抗することが出来る。

 そして事故の生存者たちとの出会い。偶然にしては随分と出来過ぎで、どこか夢見心地な気分がある。

 

「はぁ。…考えてもしょうがないんだけどね」

 

 なぜ自分は虫たちを相手に戦うことが出来たのか。記憶を失う前の自分はどんな人間でどんな人生を送っていたのか。それを知っている人間はいないのが寂しかった。

 

(委員長が知っているかと思っていたけど…それよりかももっと知っている人間がいる筈)

 

 自分の失われたルーツを知るのには素性を知っているはずの人間を探すのが手っ取り早い。つまり転校生の情報を知っているはずの人間。

 ()()()()()が蟻原にとっては自分を知るための手掛かりとなっていたのだ。

 

 マダニの巣で見かけた教師は生憎手遅れであり、又自分の担任では無かった。同じように他の教師ももしかしたら死んでいる可能性もある。だがまだ望みが絶たれたわけではない、他にも自分と同じクラスの人間がいる筈だろうし、自分の事を知ってる教師だって…

 

 そこまで考えていた時だった。

 

「隣、良いかな」

 

 声を掛けられたのだ。こちらを伺うような不安げな声。一瞬誰の声か分からなかったのは何時も聞いている声が溌剌とした明るさがあったからだろう。

 

 顔をあげ隣に立っている声の主を見る。そこにいたのは随分と様変わりした少女だった。

 

 トレードマークのようなポニーテールは解かれておりありのまま流される髪は風によってふわりと流れる。快活な表情は少し俯きがちな顔によって雰囲気を変えさせている。

 

 

「……誰?」

 

 思わずそんな言葉が出るほど自分と最初に出会った少女、伊能愛は印象が変わっていたのだ。

 

  

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 隣に伊能が座ってから数十分。両者とも会話は無く夜の海を眺めていた。波の音は荒れる事もなく虫の声もしない静かな夜、先に声を出したのは伊能の方だった。

 

「ねぇ、蟻原君」

 

「んー」

 

「助けてくれて有難う」

 

 感謝の言葉だがそれを言うにはどこか湿っぽい。視線の端で伊能を見るとどこか元気が無かった。らしくないと思いつつも返事を返す。

 

「どういたしまして、かな。…どったの急に?」

 

「…夢を見たんだ」

 

 伊能の視線は暗い海を見つめている。仮眠していた時に悪夢でも見たのだろうか、そう問いかけようとしたが先に伊能から話し始めた。

 

「あの時、蟻原君が来なくて僕はそのまま蝶に体液を吸われて死んでしまう夢。…死んだ僕は随分とリアルで、とてもじゃないけど夢だとは思えなくて…」

 

 声がわずかに湿っぽく震えていた。夢だとは言うが確かにあの時自分が駆けつけなければ伊能は死んでいたのだろう。その事を本人が誰よりも知っているからこそ悪夢が消えないのだろうか

 

「蟻原君。僕はちゃんと生きている?…死んでなんかいないよね?」

 

 こちらに顔を向ける少女はどこか憔悴しているように見えて…ぽとりと雫が一滴伊能の目から零れ落ちた。今にもくしゃくしゃに泣きそうになる少女に蟻原は少しだけ困った顔をすると戸惑いながらも手を伊能の頭に置きぐしゃぐしゃと撫で始めた。

 

「生きてるさ。生きて笑って泣いて…君はちゃんと生きているよ。だからそんな顔すんなよ」

 

「わっわわっ!」

 

 頭を撫でられた事に驚き顔をあげ自分より身長が高い蟻原の顔を見る。その顔は苦笑と微笑みが混じった穏やかな顔だった。

 

「また死にそうな目に遭ったら助けるさ、何度でも何度だって。だから泣くな。君が泣いていると俺はどうすればいいのかわからない」

 

「…うん」

 

 笑いながらしかし目は吸い込まれるようなどこまでも真剣なその少年にどうしてか胸がむず痒くなる。仲間の一人小田と同じように体液を吸われ頬骨が出てしまうほど喰われてしまった自分の死にざまの悪夢は消えていく。

 

「でもね、あの時は何とかなったからよかったけど、もしかしたら君は死んでいたのかもしれなかったんだよ」

 

 しかしそれでも意地が悪くなるように言葉が出てしまうのは何故だろうか。思い出すのは蝶のストローで脳天まで串刺しにされ片目にぽっかりと穴をあけて死んだ仲間の柘植の姿だった。蝶に立ち向かいあっけなく死んだ柘植の失くした片目から黒い血が流れ続けているのをどうしても思い出してしまうのだ。

 

「…そうだな。確かに一歩間違えば死んでいたのかもしれない。それだけは間違いない」

 

 顔を曇らせてしまった蟻原、本当はそんな顔をさせたくないのに意地が悪い言葉を言ってしまった。助けて貰ったくせに責めてしまうような口調を謝ろうとするその前に蟻原が口を開く。

 

「それでもできる事をしようと思ったんだ。…いやちょっと違うな。きっと何も考えていなかった。そうだ俺は何も考えてすらいなかった」

 

 一人納得する様にウンウンと頷きこちらを見た。その目は酷く透き通っていた。

 

「危険だとか死ぬかもしれないとか考える暇も余裕もなかった。考える前に君を助けようと思ったんだ。だから体が勝手に動いたんだ」

 

「…嬉しいけどそれって馬鹿じゃないの?」

 

「そうだな。俺は多分手遅れなほど馬鹿なんだ。でも後悔はしていないよ」

 

 どうしてと呟くように吐き出せばにっかりと笑われた。その笑みは星明りに照らされて儚い笑みだった。

 

「君を助けることが出来た。何も持っていない俺だけど人を助けることが出来たんだ」

 

 自分がだれかはわからなくても人を助けたことが嬉しいと屈託なく笑う蟻原。その笑みを見て…心が軽くなって、胸を焦がすような強い動悸が始まった。

 

(…あーやっぱり僕は…これはもう…仕方ないよね)

 

 胸の動悸と頬の熱を隠す様に大きく呆れた溜息が出す。彼には気が付かないように願いながら。

 

「…はぁ。あのね蟻原君、君はそれでいいかもしれないけど助けられた側は結構ヒヤヒヤするんだから迂闊に動いちゃ駄目だよ」

 

「お、おう?えーっと…善処します?」 

 

「これ、意味分かっていないよね」

 

 助けて貰って置いてなんだが、助けてくれた人間が死んでしまったらこちらとしても罪悪感で潰れてしまう。だからちゃんと考えろと伝えたつもりだが、この様子では本当に理解したのか怪しい物だった。

 

「そ、それよりもう寝た方が良いぞ。明日もかなり早いんだし少しでも体は休めておかないと」

 

「人の心配する君は如何なのさ」

 

「俺はまぁ体力有り余っているから大丈夫さ」

 

 だから寝た方が良いと諭すように声を掛けられる。確かにこれ以上は明日に響くかもしれない。また虫に襲われているときに疲れていたから死んだなんて言い訳にもならない。

 

「分かったよ。それじゃお休み蟻原君」

 

「ああ、お休み伊能さん」

 

 仮眠を取ろうかと思った所でふと思いついた。顔が少しだけニヤケるのを我慢しつつ蟻原を見て呟いた。

 

「…さんづけはしなくてもいいよ」

 

「へ?」

 

「何か他人行儀みたいじゃん。伊能って呼び捨てにすればいいよ」

 

 実際慌てたときなどは何度か呼び捨てにされていたがこういう時はもっと親しみを込めた言い方をしてほしかった。…名前で呼ばれるのには気恥ずかし過ぎるとどこか言い訳しながら

 

「…わかったよ伊能」

 

「うん。それじゃあね」

 

 蟻原と別れ自分の寝床へ着く。疲れ果てた皆が仮眠をとっているその中の織部に少しだけ申し訳なくも思いながら眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作一巻終了。

ここで明言。ヒロインは伊能愛と織部睦美です。…甘くできるとは思えないから相棒枠に落ち着くんだろうなとは薄々思っているんですけどね。
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