コーエン、ゴンザレス、ホジョウの3人はその日、クルーザーで海上にいた。
「ホジョウ中尉、そんなに気になるなら、中で待ってても良かったんだよ?」
コーエンが意地の悪そうな顔で微笑む。
「け、結構です!」
クルーザーの甲板の上ではコーエンはアロハシャツにハーフパンツというらしからぬ服装だった。
ゴンザレスもホジョウも休日を海上で楽しんでいるいでたちだ。
さらにゴンザレスは船べりから釣り糸をたれている。
「そろそろ6時間か。ホジョウ中尉、周囲の様子はどうかな?」
「特に変わった様子はありません。」
ホジョウが双眼鏡で周りをぐるっと見回す。
「よし、それでは浮上させるぞ。」
ゴンザレスは釣竿を置くと、自分の端末を覗き込んだ。
「水平よし!ポンプ作動!…ホジョウ君、船を少し動かしたほうがいい。真下じゃ。」
「はい!」
ホジョウがクルーザーのエンジンを吹かして前進させると、今までクルーザーが浮いていた海面に巨大な物体が浮かび上がって来た。
ホジョウは洋上にいながらも、なんだかふわふわした感覚にとらわれていた。
単に船が揺れているということではなく、大量の水の塊である海の上に自分が浮いていることが、現実だとは思えないのだ。
スペースノイドも海があることは知っているし、地球を外から見たことがあるので海の広さも知っている。
キャルフォルニアベースからも海は見える。
しかし、実際に船で洋上へ出てみると現実とは思えない。
コロニーにも海を模した巨大なプールはあるが、それはリゾートや養殖用の人工物で、宇宙にわざわざ作ったものだ。
今、浮いているここは人類よりも先に地球にあったもので、何が生きているかも分からないし、安全設備が整っているわけでもない。
そして、スペースノイドは船酔いになる人間は少ないことになっているが、むしろホジョウは水平線と青い空に酔いそうになっている。
多くのスペースコロニーは円筒の内側に作られていて、回転させることで斥力を利用した人口重力を生んでいる。なので上を見上げると、地続きで逆さまになった遠くの街が見えたりするものだ。
地球では球体の惑星の中心に向って本物の重力が存在するので、根本的な感覚が違う。
キャルフォルニアベースの建物の中では感じない違和感が海の上に出るとリアルになる。
月面のように四六時中星空が見えて宇宙を感じられればさほど気色も悪くないのだろう。
「青空って、綺麗ですが、なかなか慣れませんね。」
ホジョウはなんとなくそう声に出して自分の耳で自分の声を聞いた。
「確かに地球の景色は頭では理解できても、なかなか感情はついてこないな。・・・ゆっくり上げ…上げ・・・」
コーエンが何をしているかというと試作初号機の外側と浮上機構が完成したので、それを海に沈めて漏水の試験をしているのだ。
そして、定期的に浮かせて水漏れしていないか確認しているのだった。
「ホジョウ、目視で確認作業開始します。」
「まあすんなり浮いたから大丈夫じゃろう。」
高さ35メートル。
ビルのような大きさのZ機体は波を立てながら浮上し、水上に頭を出した。
大半は水中に没しているため、見えないが、浮上するときの水面の変化がその巨大さを感じさせた。
ホジョウはスイムスーツに着替えると、波が収まるのを待ってクルーザーから試作機の胴体に飛びつき、ハッチを開いて中へ入る。
中には重要な機構は何も入っていないが、代わりに各所に重りが入っていて、実際の完成機体とほぼ同じバランスに調整されている。
「ホジョウ君、急に傾く可能性がある。気をつけたまえよ。」
コーエン博士が珍しく大きな声を出している。
内装が終わっていないZ機体には、水中での出入りを可能にするエアロックすらついていない。
まさか35メートル吹き抜けではないが、ハッチから降りるときに足を滑らせただけでも数メートルは落下して、機内の鋼鉄の構造材に叩きつけられる。
設計の段階で十分に計算はしてあるが、今、直立した状態で浮いているZ機体がバランスを崩してひっくり返る可能性もないわけではないのだ。
ホジョウはそうしたリスクは重々承知した上で冷静に実験機の中をチェックする。
「今のところ目立った漏水ありません。」
「よろしい。戻ってきたまえホジョウ中尉。排水ポンプの試験をやるぞ。」
ホジョウは「了解」と返事をすると、頭部ハッチから伸びた仮設のはしごに取り付いて、スルスル登った。
機体から抜け出すと、ホジョウが今出てきたばかりのハッチに太いホースが放り込まれる。
「注水開始じゃ。」
ゴンザレスがポンプを始動するとホースは軽くのたうちながら海水を機体内に注水し始める。
コーエンがクルーザーの甲板に置かれた端末を覗くと、注水された海水を浸水センサーが検知して、ポンプが起動した様子がモニターされている。
「浸水ポンプよし。試験はフェイズ6の5に進む。一旦、浸水ポンプをマニュアルで停止し、10トン注水した後に再起動。浸水ポンプの挙動を観察する。」
コーエンとゴンザレス、ホジョウがそれぞれ手元の紙のマニュアルを覗きながら手順を確認している。
「浸水ポンプ停止。」
ゴンザレスが端末を操作すると、Z機体のハッチの奥のほうで鳴っていた音が止んだ。
「それにしても連邦はなんでこんなに進んだノウハウを持っていたのに、水陸両用機を開発しないんでしょうね?」
こうした試験のノウハウはキャルフォルニアベースを連邦から接収したときに発見した資料から得たモノが多い。
「どうせ、実験中に死亡事故でもやらかしたんじゃろう。連邦は、そういうスキャンダルを嫌がるからのう。」
ゴンザレスの意見にコーエンが思わず「なるほど」と呟いた。
コーエン自身、この会話にはさほど興味がないと思っていたが、ゴンザレスの意見が妙にしっくり来たのだ。
「では、この辺の海域を探せば、沈んだ実験機の残骸でも出てくるかもしれませんね。」
コーエンは思わずホジョウを見た。
コーエンの想像よりも頭の回転が速いことが意外だったのだ。
「ホジョウ中尉。それは意外と掘り出し物が見つかるかもしれません。」
「コーエン博士、急に敬語っぽくなるの辞めてくださいよ。」
そうこう話している間に10トン強の海水が機体に注水された。
「浸水ポンプ再機動。」
海水の重みで喫水が下がったZ機体が、じわじわと浮き上がってくる。
ポンプも試験も順調だった。