青年はいくつか付箋の挟まれた論文を大事そうに抱えながら、コーエン博士に言われた「理解できない」の意味について考えていた。
コーエン博士がこの文書を理解できなかったのか、それとも、ミノフスキー博士の論文が読めていないとこの論文が理解できないのか。
「おそらく後者だよな。」
若者の名前はホジョウ少尉。
彼は国防軍士官学校の第2期卒業生で、士官学校時代に度々講義を受けたドズル・ザビ校長の信望者だった。
ホジョウはドズル・ザビ少将に文武両道という言葉に収まらない、より大きな何かを感じたのだ。
出来うるなら少将のようになりたいと憧れていた。
しかし、その憧れとは裏腹にホジョウは凡庸な軍人を自覚していた。
特に良家の貴族に生まれたわけでもない。
学年が違ったせいで、あのガルマ・ザビが率いた「暁の蜂起」に参加もしていない。
ホジョウを含む2期生たちは軍籍に就くのが一年早かったというだけで花の3期生たちよりも若干立場は上なれど、3期生はガルマ・ザビのような良家の出身者でもない者でも、2期生よりも出世が早いものが多い。
かくいうホジョウも出世は意外と早かった方ではあるが、たまたま現在の補給任務に就くときに「ハク」が必要だったというだけで、恐らく戦死でもしない限り一生少尉のままだろう。
そもそもジオン公国軍は軍隊の階級制が甘いと思うのはホジョウの考えだ。
歴史的に見ればポッと出の国家であるジオン公国にそんなに簡単に将官が揃うわけがない。
「ドズル様は別格だ。あの方は将来、大将に…元帥になられるお方だ。」
一方、ホジョウはこれまで前線とは無縁の軍人生活を送って来たため、特に何の戦功も挙げていない。
後方で補給部隊の任務を着々とこなすだけだった。
倉庫番の専門家といえば分かりやすいだろうか。
確かに新兵器が次々と開発、投入される現状、的確に武器弾薬や修理部品、生活物資までを前線まで送り届ける激務に誇りがないわけではない。
ただ、士官候補生一人一人に気を配り叱咤激励を下さった、ドズル様の戦地での様子を伝え聞くと、いつか、国家のために前線で戦う日を思わない日もない。
そんな日々の中で、ふと大科学者のミノフスキー博士の名前を耳にしたりすると、違う活躍の仕方もあるのではないかと思ったりもする。
「せめてなんか発明できねーかな…」
コーエン博士は水陸両用機ではそこそこ名の知られた開発者だ。
圧縮空気を使ってモビルスーツの水中抵抗を減らす技術を開発したメンバーの1人だとも聞く。
「仲良くして…仲良くしたいな…」
立ち止まって、振り返ると、埃っぽい工場の中2階のコーエン博士のオフィスが見える。
壁の向こうに気難しそうなコーエン博士の、あの神経質で白い額の顔が透けて見えそうだ。
タロウ・ホジョウは未だ、人生で何も成し遂げていない。
少なくとも本人はそう考えていた。