「徒手格闘が得意でも現代戦では意味が無いんですよ。」
「まあ、ホジョウ中尉の言うとおりだな。」
コーエンは懲罰明けのホジョウと喋っていた。
「どっちかというと射撃の技術が求められますし、どっちかというとモビルスーツの操縦が上手い方が戦場では活躍できるでしょう。今話題の連邦の白いヤツも、例えば公国軍の赤い彗星でも、私では歯も立ちませんよ。のこのこモビルスーツを降りて、手が届く範囲まで来てくれるとは限らないので。」
ホジョウはコーエンが知りたそうなことを先回りして説明していた。
「士官学校では格闘技の訓練はあっただろう?」
「ありましたよ。教官の教えるとおりに訓練しました。」
コーエンはいぶかしげな腑に落ちない顔をしている。
「なんですか?学校時代も手を抜いてたわけではないんです。私だって『手段は選ばず相手を倒せ』と言われたらその通りやりますよ。でも、授業では教官に教えられた方法で、教えられたとおりにやることが求められてたんです。丁寧にやりましたよ。相手も怪我させないように。」
コーエンは恐れ入ったというような顔をして、自分のポットからホジョウにコーヒーを勧めた。
「頂きます。」
「おかげさまで、すっかり連中はおとなしくなった。あとホジョウ中尉。わざと『ホジョウ』と名乗ったのかな?」
「それについては半分そうです。でも実際は戸籍も『ホジョウ』です。」
「申し訳ない、私はホジョウ中尉のお父上のお名前は知らなかったんだが、キャルフォルニアベースにも何人かお父上のことを知っている人間がいたよ。もし、『ホージョー』だったら誰か気づいたかもしれないな。お父上のことに。」
ホジョウは首をかしげた。
「むしろ父が『ホジョウ』と本来読むべきところを『ホージョー』と古風な読み方で無理矢理読ませていたのです。」
ホジョウの父が開いている「北条道場」は読みをわざわざ「ホージョー」と強調しているのだ。
「ところでホジョウ中尉のお父上がコップの水をこぼさないマジックのようなのをやっていたんだが、あれはどういうタネかを聞いてもいいかな?」
ホジョウは少し天井を見て思い出した。
「ああ、あれですか。タネ…タネみたいなモノはありますが、私も多分出来ますよ。ちょっと広いところなら。このコーヒー飲み終わったら、博士のこのマグカップそのまま借りてやってみましょうか?」
コーエンは小躍りした。
「おお、是非!」
しばし無言でコーヒーをすすると、ホジョウはマグカップを軽く水洗いして、水をたっぷり入れた。
「通路まで出ましょうか。」
コーエンもいそいそとついていく。
ホジョウはもう隠すつもりは無いらしい、ギャラリーが遠巻きに集まってくる。
「タネは水入りコップを持っている人間と襲い掛かる人間の実力差です。…水洗いしたので、すでに少し水がたれてますが、コーエン博士が実は何かスポーツを極めてらっしゃったとかじゃない限り、結構耐えられるんじゃないかなと思います。」
ホジョウは水のなみなみ入ったマグカップを片手に持ちながら、「どうぞ」とコーエンに言う。
コーエンは手始めにホジョウを手で押して水をこぼさせようとするが、触ることすら出来ない。
コーエンはすぐに息が上がり始めた。
「なぜだ?信じられない!?自分が実際にやっても信じられない!なぜそんなゆっくり動いて私を避けられる?」
「非科学的なことを言えば気を読んでいます。科学的なことを言えば、動作に先駆けた意識を読んでいます。人間、目薬をさすときはあらかじめ上を見たり、目薬の容器を手に取ったりしますね。」
「その通りだ。」
コーエンは肩で息をしながらホジョウの言わんとしている意味を察しようとホジョウの言動に集中している。
「でも、実際に意識が集中する場所は目薬をさす手と、眼球だったりするんです。でも、全身は伴って動いているんです。コーエン博士の体からは次になにをするのかという情報がダダ漏れなんです。だから、情報が漏れないタイプの動きには対処できませんよ。…せっかくギャラリーもいらっしゃるので、どなたかラグビーや格闘技の経験者はおられませんか?」
ギャラリーの中から「ボクシングを高校で」という声が挙がった。
コーエンが振り返ると、なかなかに精悍な女性だった。