翡翠の弾丸~ゾックはかく戦えり   作:スナ惡

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マグカップとボックス

おずおずと手を挙げた女性は人垣の中からホジョウの前に出てきた。

「これは私は中尉に普通に殴りかかっても良いのですか?」

「なかなかにお強そうですね…特に顔面は手加減してくださいね…素手ですし…」

女性は増援でやってきた連隊の人間の1人だ。

ホジョウはハドマンがギャラリーの中にいることは分かっていた。

そして、ハドマンに学んで欲しかったのだ。

恐らくハドマンは武器を抜くつもりは無かったと上官には報告しただろうが、あの時、ホジョウが捉えた気は殺気だった。

あの程度のことで頭に血が上ってしまう中隊長では部下が可哀想だ。

ハドマンが半端な人間だということは十分に分かった。

ホジョウ自身が、未だに武器を抜かれそうになったぐらいで相手を怪我させてしまう半端な人間で、結果、丸っと三日間反省していたわけだ。

その結果が、このデモンストレーションだ。

強者として逃げないことを選んだのだ。

女性の階級章は曹長だ。

鋭いステップインから軽いコンビネーションを放ってきた。

ホジョウは大きく2歩3歩と後ろに下がってコンビネーションに付き合わない方針で対処した。

ただ、ホジョウは1回目の曹長のステップインは様子見だと確信していた。下がる人間より、前に出る人間の方が速い。

ホジョウは下がる速度にはそこそこ自信があるが、この曹長の本気のステップインは凌げないだろうと予測していた。

「おお!」

ホジョウの予想通り曹長の次のステップインはさらに深いものだった。

この速度に付き合うとコップの水がこぼれる。

ーやるなあ

そう考えつつも、これこそまさにコーエンに見せたかった結果だ。

ここからこの曹長は上下左右の3次元を目一杯使ったコンビネーションを放つのは間違いない。

それを最低限の動きで避けきらなければ、コップの水はこぼれる。

ホジョウは生真面目なので手は抜かない。

だから凌げるものなら最後まで頑張ってみるつもりだ。

ー左ジャブ…!1発…いや2発!追ってくる!

ホジョウは上体を大きく横に右に倒しながらかわす。

左に倒すとそのあと来るであろう右に対処できないと踏んだのだ。

ーよし!右ストレートは余裕だ!次は左!ボディかフックか!

ヤマを張りたいところだが、さっき空振りした右ストレートの風を切る音にホジョウの五感が震え上がっている。

クリーンヒットされたら怪我ではすまない。

「…!」

放たれたのはボディアッパーだった。

ー途中で変えてきたから、逆に読めた!でもやばかった!でも次は…!?

ホジョウはホジョウの右のアバラを打ち上げる用に放たれたボディーアッパーをよけるために大きくのけぞってしまった。しかも、マグカップを一緒にのけぞらせるとこぼれてしまうため、右手を目一杯前に伸ばして残した形だ。

要するにどういうことかと言うと、ホジョウの視界から曹長が完全に消えているのだ。

ー感じ取るしかない!!

全神経を集中して、曹長の次なる一手の気を感じ取ろうとする。

非科学的だろうがなんだろうが、どんな情報でもいい、五感を研ぎ澄ます以外でこの状況は打破できない。

「あ。」

パンチを食らったのはホジョウの右手だった。

ホジョウから見て右の方向へ殴られたマグカップがすっ飛んでいくのを感じた。

「そうか、マグカップが標的ですよね。」

右ストレートの風を切る音の凄まじさに圧倒されて、完全に自分が殴られるイメージがホジョウの意識を捕らえていた。

ホジョウはマグカップの水はこぼれると予想していたが、そこへ至る過程はホジョウの予想を上回った。

ホジョウはのけぞった上体を立て直すと、マグカップの返り血ならぬ帰り水がかかって曹長の褐色の肌の上で水滴が光っていた。

ホジョウはしばらくその水滴に見とれていたが、我に返ってコーエンの姿を探した。

「博士、分かりましたか?彼女ぐらい修練を積んでる動きだと、予備動作から攻撃が早すぎて、完全な対処ができないんです。あとは、ボクシングなどのコンビネーションは意識的に選んで打っている部分と、体に染み付いた動きが出てくる部分とが入り混じるので、やっぱり予備動作から読んでいるだけじゃ対処できないんです。気を読んでも追いつかないんですよ。」

コーエンは目の前の攻防があっという間のこと過ぎて頭が追いつかなかったが、ホジョウの上体がグネグネとすごい角度で動きながらパンチをかわす様子と、それに襲い掛かる曹長のパンチのあまりの鋭さにしばし言葉を失っていた。

見ていたほとんどの人間がそうだった。

「ホジョウ中尉、マグカップのハンデなしでもう少しよろしいですか?」

ホジョウが曹長のほうを向き直ると、闘争心に火がついたボクサーが立っていた。

「素手なんで、お互いに寸止めでもいけますかね?」

「やれると思います!」

ホジョウは「信用ならんな」と思いながらも、この女性ともう少しお付き合いしてみたい気持ちが勝っていた。

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