撤退準備命令が下されたその日の夜、ホスマンから再度呼び出された。
「ホジョウ大尉、極秘任務がある。」
内容はホジョウはHLVでの撤退せずに、海路でキャルフォルニアベースを脱出すると言うものだった。
「コーエン博士が持っている研究資料は、連邦に奪取される危険よりも、本国に届かないことの方がヤバい類のモノらしい。」
「ハッ!」
そう言うとホスマンは自分の上着をめくって見せた。
胸ポケットが開かないように縫い付けられている。
「今回は私も運ぶ。だが、万が一、HLVに載せたデータが全て届かなかった時のために、別ルートでも運ぶそうだ。当然だが私も中身は知らない。」
「はあ。」
ホジョウはやや疑問が残る話だなとは思ったが、よほど特殊なデータなんだろうと考えた。
「ということで脱出命令が出た折には、海路でキャルフォルニアベースを脱出し、コーエン博士の護衛をお願いしたい。極秘だぞ。他の人間に悟られるな。」
「了解しました!…が船出すのに悟られるなも難しくないですか?」
「そこを頑張るのが社会人じゃないか。」
「はあ。」
ホジョウはやはりしっくり来ない話だなとは思いながらも、司令室を辞して、自分の持ち場に戻ることにした。
仕事は山積みなのだ。
「…あと、ついでに教えておくけど、キャルフォルニアベースには連邦のスパイが紛れ込んでるよ。」
「え!?本当ですか!?」
「…まあ、ここは地球だから、そう不思議な話ではないな。大事な大事なお客さんだよ。」
「…お客さん?」
「スパイに掴ませる情報は、これは慎重にやらないといかん。あと、武器が手に入るような部署にも配属しちゃいかん。外部と接触するときには監視もつけなければならない。スパイは大事に接待してこそのスパイだな。だから、検査部にいるシモジマさんは撤退する船の割り当てを私の船にしておいてくれ。接待しないといかんから。」
「了解しました!」
シモジマさんといえば、確かキャルフォルニアベースの衣類製造のラインで検品をしている中年の女性職員だ。
「すいません、後学のために、どんなご接待をされたのですか?」
ホスマンは得意そうに語り始めた。
「まず、シモジマ女史はキャルフォルニアベースのメインサーバーにアクセスして情報を抜こうとしておられたので、シモジマさん専用のデータ抜けるサーバーを作ったんだな。」
「はあ。」
「そして、兵器部門の中にシモジマに情報をリークする専門の情報員を配備して、シモジマさんとの世間話を率先してさせたのだ。」
「はあ。」
キャルフォルニアベースでは軍事情報の漏洩を防ぐために各部門での情報の共有が制限されている。
あまり親しく世間話などしていると目をつけられるが、リクリエーションなどが全く無いわけでもない。
「あとは、シモジマさんが基地を離れるタイミングでは監視をつけたのだよ。」
「どうやってですか?基地周辺隠れる場所なんてありませんよ?」
「ナイショ。」
ホジョウはキツネに鼻をつままれたような気持ちで司令室をあとにすると、残務に取り掛かった。
翌日にはHLVの水平検出装置の一斉点検のためHLVは着陸は出来るが、点検が終わるまで発射はできないとおふれが出ていた。
ホジョウは撤退する際の乗員の割り振り表を作成しながら、物資の積み込みをしながら数日、とうとうクリスマスツリーが基地内に飾られた。
一層冷え込んだ翌朝、窓の外の様子がいつもと違う。
見るとキャルフォルニアには珍しい雪が降り始めた。
「おー!」
話には聞いていたが地球から初めて見た天然の雪だ。
「こんな風にふるのか!」
どこからか誰かの声が聞こえた。
誰も彼もが屋内から飛び出して、キャルフォルニアベースに降る雪を眺めている。
宇宙から地球を見ると、北極や南極に日が当たっているときは白く見える氷の世界が、今、目の前にあるとスペースノイドたちが錯覚するのも無理はない。
「これが積もると真っ白になるんだろうなあ。」
そこへ館内放送が流れた。
「おはようございますホスマンです。思いがけない雪の美しさに私も驚いております。ジオン公国の為に、日夜、遠く離れたキャルフォルニアベースで働いてくださっておられる諸君、ご存じの通りクリスマスが近づいております。是非、今年のクリスマスはご自宅で過ごしていただきたい。そのため、予てから計画しておりましたキャルフォルニアベース、里帰り作戦を開始します。」
ホジョウは「とうとう来たか」と緊張した。
各部門長が慌しく動き始める。
ホジョウはこの段階で海上脱出になることが分かっていたので、補給部門はホジョウの部下たちが撤退の指揮を執ることになっている。
「え?どういうこと?撤退?」
基地にいる人間たちも流石に状況が把握できたようだ。
発着ポートが慌しくなる。
「空けろ!!みんなここ空けろ!!ガウ級が降りてくる!!」
ジャブローを命からがら切り抜けたガウ級輸送爆撃機が1機だけ戻ってくるらしい。
「ガウは自力で宇宙(そら)へ還れないのか!?」
「無理だそうです。被害が大きいらしく。」
ホジョウはその話を無意識に盗み聞きしながら、管制室へ走った。
「ガウで戻ってこれるのは何名だ!?」
管制室に飛び込んだホジョウの声を聞いて、管制官がガウへ通信で呼びかけた。
「聞こえるか!何名乗っている!?」
下士官の一人が気を使ってメモを取ろうとしているが、ホジョウは「すまない、よこせ」といってメモをふんだくった。
管制官のヘッドホンに外から耳を当てて数字を聞き取ってメモする。
「けが人もいるのか…ちょっと館内放送を使わせてくれ。」
管制室に備え付けの緊急放送用のマイクをふんだくるとホジョウは医療班を発着デッキに集結させるように指示した。
「あと、エイドリアンも発着デッキで待機しろ!今すぐだ!」
ホジョウは管制室の面々に「キミらもこれが終わったらHLVへ向え」と声をかけると、管制室を飛び出した。
発着デッキはガウの受け入れの為に一定のスペースが空けられているが、多数のHLVがエンジンに火を入れてアイドリングしている。
「ホジョウ大尉!」
部下のエイドリアンとホジョウはほぼ同時に発着デッキにたどり着いた。
「今から来るガウにジャブローから逃げ延びた連中が乗っている、これがその人数だ。脱出用のHLVは足りるか!?」
「今計算しますが少しだけ余剰があります。最近、HLVは点検で宇宙(そら)へ返せていなかったので。」
「ホスマン少将…」
ホジョウは基地の建屋の司令室の窓を見上げた。
ホスマンはこうなることは読んでいなかっただろう。
多分、カンだ。