「すごーい!ホジョウ大尉、ゾックの中ってこんな風になってたんですね!」
「私もこの状態は初めて見ました…居住ユニットが入っている…モビルアーマーに…」
ホジョウは自分の中の何かがどんどん崩れていく気がしていた。
対してタニアは順応が早かった。
「シャワーあるんですね!あとで使っていいですか!」
「大気圏を脱出したら使えるぞ。重力下ではあまり上手く動かないタイプだ。」
コーエンがA4の冊子をホジョウとタニアにそれぞれ手渡した。
「ゾック・ゼロ利用マニュアル…」
中にはレーション(携行食)の温め方や、トイレの使用法、火災発生時の対処法や、エアコンの使い方など細かく記してある。
「総員、対加速シートに着座してベルトを締めろ!離陸するぞ!」
ホジョウや乗組員達は、ゾックの中にいるため外からの様子は見れない。
またこの島には他に人間はいないため、このゾック・ゼロの離陸を目撃した人間はこの世には、誰一人として存在しない。
しかし、この文章を読んでいる読者にだけ特別に描写をしよう。
ゾックが両手のアイアンネイルで掴んでいるように見える固形燃料ロケットだが、実は握力で掴んでいるわけではない。
きちんと双方に接合部が作りつけてあって、しっかりとかみ合っているのだが、アイアンネイルが邪魔して外から見えないだけだった。
その接合部の横には固形燃料ロケットの制御信号を送るワイヤーもきちんと存在していて、操縦席からの信号で着火する。
ただし、このタイプのロケットは着火のみが制御できるのであって、途中で出力を調整したり複雑な制御は出来ない。
ただただ、両方同時に点火して、まっすぐ上に推進することだけが目的のブツだ。
ゾック・ゼロはその2本のロケットを真横に伸ばした両手で掴んで、ちょうど漢字の「王」の字を真横に倒してみたような状態になっている。
「タニアさんはジェットコースター好きなタイプですか?」
「大好きです!」
ホジョウは思わず「タニアさん」と言ってしまった自分に驚いた。
そしてホジョウはジェットコースターは嫌いだった。
その間にもコーエンとゴンザレスは離陸準備を続けている。
「ゾック・ゼロ大気圏脱出プロセス開始。」
「ゾック・ゼロ大気圏脱出プロセス開始確認!」
「ロケット点火プログラムチェック。」
「ロケット点火プログラム良好!」
「姿勢制御プログラムチェック。」
「姿勢制御プログラム良好!」
ホジョウは二人の声を聞いていると頭がくらくらしてきた。
「そういえば、ノーマルスーツ着なくていいんですか!?」
コーエンが手を止めて答えた。
「ホジョウ大尉、ロケット打ち上げでエラーが発生してノーマルスーツで助かる状況があるとしたらどんな状況か説明したまえ。」
「…分かりました。」
ホジョウは黙った。
「大尉って、結構心配性なんですね?」
タニアの指摘にホジョウがどう答えようか考えていると
「点火!」
という声が聞こえた。
HLVは上昇するときの加速が穏やかなので忘れていたが、宇宙世紀初頭まで主流だった燃料ロケットは最大7Gの加速だったと聞いている。
「タニア曹長。真っ直ぐ真上を見たほうがいい。」
「へ?」
そう言った次の瞬間、背中を突き飛ばされるような衝撃とともに、上から重量物が降ってきたような重みが全身を襲った。
ホジョウはその現実離れした加速度を、半ば他人事のように感じながら、思い出しそうで思い出せない単語を、記憶の中から掘り出そうとしていた。
ーそうだ、これが「第一宇宙速度」だ。
ミノフスキー粒子発見以降、最初に大きな弾みをつけなくても重力を振り切って大気圏へ脱出することが出来るようになった。
さて、描写を外からの視点に戻そう。
見事に両方同時に点火したロケットは真っ白な光と煙を下部のスラスタから吹き出して離陸を始めた。
ゾックの強靭な腕は、大出力の2本のロケットを小刻みに震えながらも良く支えている。
そうして、真っ白い閃光を吐きながら、スペースノイドたちは生まれ故郷へと帰っていたのだった。