「…何でもっと早くに前を見ろって言ってくれなかったんですか。」
タニアは顔を左に向けたままの姿勢でホジョウに文句を言っている。
「むしろ、何で知らなかったんですか。」
タニアが首に湿布を貼っているせいで、ゾック・ゼロの中が湿布くさい。
離陸の際にホジョウのほうを見ていたところに強烈な加速度だったため、首の筋を伸ばしてしまったのだ。
唯一の救いは無重量になっているため、首にあまり負担がかからないことだ。
一応レディーファーストでタニアが最初に簡易シャワー室でシャワーを浴びたが、だいぶ苦戦したようで時間がかかった。
残りの3人もシャワーを浴びると、それまで着ていた服を脱いで民間人が良く着ているタイプのノーマルスーツに着替えた。
「ワシらはこれからサイド5に向う。そこで、民間の貨物船にコイツを乗せて、サイド1で支援者に接触する。」
4人はすっかり落ち着いた気分になった。
コロニーの人口重力や、地球の重力も悪くないが、無重量は非常に宇宙へ帰ってきた気分にさせてくれる。さらにマグネットシューズを履くと、やっとホームに帰った気になる。
4人はすっかりくつろいだ気分で地球の周りを回りながら離れてゆくと、月と地球の間にあるサイド5に到達した。
ルウム戦役で甚大な被害が出たコロニー群で、瓦礫が多い。
物を隠すにはうってつけの場所なのだろう。
案の定、例の輸送船は崩壊したコロニーの陰にカモフラージュして隠されていた。
4人は二手に分かれると、一方は周囲を警戒し、一方は輸送船のカモフラージュをはがして運用できるようにする重労働を担った。
カモフラージュが入念だったので、この作業に12時間ぐらいかかった。
全て終わって、輸送船にゾック・ゼロを格納したころには、船外作業を担当したホジョウとコーエンはへとへとになっていた。
「連中め…あんなにご丁寧にラッピングしなくとも、十分カモフラージュの目的は果たしただろうに…」
コーエンがヘルメットを脱いで貨物船の格納庫に漂っている。
休憩しているのだ。
「コーエン、早くシートにつかんか。船が出せんぞ。」
「もうだめだ…誰かシートまで引っ張っていってくれ。」
コーエンはもう自力で動くつもりはないらしい。
タニアがコーエンのスーツの一端を掴んでシートのある操舵室に連れて行く。
操舵室に入ると、待ち構えていたゴンザレスにコーエンを投げて渡すと、ゴンザレスがキャッチしてコーエンをシートに縛り付けた。
ホジョウはその様子を見ながら、格納庫のゾック・ゼロの固定を再度確認した。
「貨物船は簡易ではないシャワーがあるから。大尉も巡航速度になったら浴びたらどうですか?」
「ありがとう。」
タニアが教えた内容は当然ホジョウも知っているのだが、疲労のあまり、頭が回りづらいホジョウにとってはありがたい情報だった。
「発進するぞ。サイド1へ向う。」
ゴンザレスが船を動かした。
ホジョウはいびきをかいて眠るコーエンはそっとしておいて、先にシャワーを浴びた。
貨物船にはスペーススーツの洗い替えがあったので、そちらも着替える。
汗が溜まったスーツのほうは真空洗濯機に放り込んでおく。
高さ35mのゾック・ゼロが格納できる貨物船なので、船内の居住スペースもなかなか広い。
本来は8人ぐらいで運用するものらしいので、使える個室が余っている。
サイド5にどれぐらい放置されていたのか分からないが、冷蔵庫にはソフトドリンクしか入ってなかったが、冷凍庫には凍った肉も入れてあった。
ゴンザレスが早速食事を作り始める。
「ここしばらくイカばっかり食っとったからな!」
ゴンザレス曰くあの島の周りはイカばっかりが釣れたらしい。
確かにゾックの中にも箱一杯の乾燥させたイカが置いてあった。
ポークソテーが焼きあがった頃、匂いにつられてコーエンも起きだした。
スペースノイドらしい朝か昼かわからない食事を摂ると、コーエンはきちんと個室のベッドで寝ることにしたらしく、ゴンザレスに食事の礼だけ言うとささと引っ込んだ。
ホジョウは元々、肉体労働は慣れているので、操舵室に移って航行の状況を監視しながらゴンザレスとタニアと談笑していた。
「おー、これは止められそうじゃのう。」
サイド1に入る手前でジオンの防衛線に引っかかった。
「どうします?」
ホジョウの問いに、ゴンザレスは
「ワシは企業の人間でジオンでは顔が売れておらん。二人はヘルメットをつけて、呼ばれるまでひっこんどれ。」
と言いながら船を停めて、余裕綽々、出て行った。
公国軍の4人が公国軍の防衛線を誤魔化して突破しなくてはいけないのも変な話ではあるが、ここはゴンザレスに任せるしかない。
操舵室で二人が緊張していると、格納庫につながる通用扉まで開いたと、操舵室のコンソールに表示された。
「大尉!」
「ああ…」
モビルアーマーが乗っているのがバレた。
どうしようかとやきもきしていると、ジオンの防衛線のライトが赤から緑に変わった。
ゴンザレスが余裕綽々のまま帰ってきた。
「ようし、通れるぞ。」
貨物船は易々とサイド1の中に入っていった。
「ゴンザレス博士、どうやって…?」
ゴンザレスはヒーターでコーヒーの入ったバッグを温めながら「うん?」と応えた。
「どうやって検問をパスしたんですか?」
タニアが改めて訊く。
「別に難しいことはない。」
ゴンザレスは間延びした声で二人を諭すように言った。
「貴族のクルーザーを運んでると説明しただけじゃ。地球でゾックを見たことがある人間ならまだしも、あの短足、ずんぐりむっくりをモビルアーマーだと分かる人間はおらん。実際、水中では横倒しに泳いでおったわけじゃし。」
たしかに格納庫の中でも35mを立てて置けるほどは天井が高くないので、船の進行方向に向って横倒しに固定されている。
「ズングリムックリ…ってなんですか?」
タニアが見当違いの質問をしてゴンザレスを困らせたが、緊張が解けたホジョウはその様子を半ば放心して眺めていた。