サイド1にはジオンの宇宙要塞ソロモンもあるが、あまり近くを飛ぶと流石にやばいので少し迂回して到着した場所は、シリンダー型ではなく小型の球形コロニー「ムーンムーン」だ。
表向きは放棄されたコロニーと言うことになっているが、そこそこ自然が多いため、少ない人数であれば自給自足が可能になってしまっている。
結果、退去期限が過ぎてもだらだらと居座っている人間が残っているのだ。
オンボロの係留ブリッジに貨物船を固定する。
4人はようやく最初の寄港を果たしたわけだ。
そして、ゴンザレスは箱に一杯の乾燥イカを持ってこの地に降り立った。
「スルメ!スルメ!」
「アタリメ!」
ムーンムーンの不法滞在者たちがこぞって買い求めている。
「なんですか?『スルメ』とか『アタリメ』とか?」
ゴンザレスが商いをしながら教えてくれた。
「天日で乾燥したイカはそう呼ばれるんじゃ。地球産じゃから高級品じゃぞ。」
あっという間に売りさばくと小銭を抱えてえびす顔をしている。
タニアがゴンザレスに聞きたいことがあるようだ。
「ノーマルスーツは脱がないんですか?」
ゴンザレスは小銭を整理してノーマルスーツのジップつきのポケットに押し込むと答えた。
「ここは線量が多い。本来、サイド1の開発拠点として作られた場所じゃ。スーツを脱ぐことはほとんどの場所で想定されておらん。幾つか見える金属外壁の建屋が、更衣室やシャワールーム、医務室や宿泊施設だったモノの跡地じゃ。あの中ならまあ、脱いでもエエじゃろう。」
そういわれてタニアが周りを見回すと、皆、軽装で動き回っていて、スーツを着ている人間は少ない。
「ワシらは貨物船乗りの運送業者じゃから、よそ者のままでええんじゃ。」
そう言ってゴンザレスはスタスタと歩き始めた。
その間にも、各所で乾燥したイカを焼く独特な香りが漂っている。
「よそ者はいいんですが、我々はここに何をしにきたのかな?」
「え!?博士も知らないんですか!?」
タニアが思わずコーエンの名前を呼んだ。
「…ダメですよ、名前呼んじゃ。」
「…すいません。」
ホジョウに諌められて小声になる。
「ここにくれば向こうから接触してくると聞いてるんじゃが…」
ムーンムーンにもうすぐ人口の夜が来る。
ここでこうしていても仕方がないので、宿を取るか一旦船に戻るか考える必要がある。
「船にある食料を食いつぶすこともあるまい。食事だけはコロニー内で食べていこう。」
ゴンザレスはどうもここに何度か来たことがあるのだろう。
慣れた足取りでバラックを縫って、ボロッちいレストランにたどり着いた。
「3人はアレルギーはあるかのう?…ないか。ならワシのおススメで良いか?よし。」
終始ゴンザレスのペースで話が進んでいく。
エビやカニが適当に粉砕されたものがオクラと一緒に煮込まれたものが、なぞの米粒のような物の上にかかっている。
食べたら美味しい。
何がなんだか分からないけど妙に美味しい料理で腹を満たすと、とりあえず、貨物船の居住スペースの方が快適そうなので、船へ帰ることにした。
待ち人は貨物船の係留されているブリッジで待っていた。
キャリアーのついたガムテープで補強されたケースを持っている。
一応、こんなコロニーでも港湾には世話人や警備員がいるので、人目は気になる。
接触してきた人物は商売人のような風体で、貨物運送業の我々と並んでも違和感が無い。
ゴンザレスは顔を見て「ほう」と言うと、そのままその人物は貨物船の中までついてきた。
貨物船の食堂に到着するとゴンザレスは丁寧に挨拶をした。
「お久しぶりですな。お元気でしょうか?」
ゴンザレスが珍しく畏まった口調だ。
「ゴンザレス博士お知り合いですか?」
ゴンザレスは「うーん」と微妙な返事をした。
「ペトローニさん、ご紹介してもよろしいですか?」
船の中でよく見るとペトローニ氏はひどく疲れた顔をした年配の男性だった。
「私はムーンムーンで小売業を営ませて頂いております。ペトローニと申します。以前、お勤めしておりました職場でゴンザレス博士とはお会いする機会がありまして…覚えていていただいて光栄です。」
ペトローニ氏は丁寧なしゃべり方をする男性だった。
「長い間、ラル家の執事をされていた方じゃ。」
コーエン、ホジョウ、タニアの3人が「ほお」と息なのか声なのか分からない音を出した。
「今は昔のことでございます。早速、作業にかからせていただきます。」
ペトローニは箱の中から折りたたまれた布団を干す台のような物を出すと、空色の布をかけて、その前に我々をひとりずつ立たせた。
「アゴをもう少々お引きください。…はい、結構です。」
フラッシュつきのゴツいカメラを立てて4人の顔写真を撮っていく。
そしてそのまま食堂のテーブルの上で作業を始めた。
4人の身分証明書を作っているのだ。
1枚数十分のペースでどんどん作る。
「お名前だけは覚えておいてくださいね。」
ホジョウは自分の名前が「ホセ・タミヤ」になっているのを確認した。
タニアは「ロビン・タミヤ」になっていた。
「大尉と夫婦ですか…」
ホジョウはなんだか少し気まずくて黙っていた。
士官学校にいたときに諜報活動の講義も受けていたので、そのほうが色々と合理的なのは分かる。
しかし、それをホジョウがタニアに説明するのはなんだか違う気がしているのだ。
ホジョウはそのあたりの理屈を誰かタニアに説明してくれないかなと思ってやきもきしていたらペトローニが作業をしながら説明を始めた。
「ロボさんは、なぜご夫婦として身分証を作ったのか疑問に思ってらっしゃるようですね?」
「ああ、はい。まあ疑問ですね。」
ペトローニはちょこちょこと説明をした最後に
「まあ、とにかくトラブルに巻き込まれにくくなるんですよ。あと、変装と言う意味で、髪は伸ばされたほうがいいと思いますね。ホジョウ大尉はひげを伸ばしましょう。」
「はい!分かりました!」
ホジョウは妙に勢い良く返事をした。
ついでにゴンザレスは「ロドリゲス」に、コーエンは「コーネル」にそれぞれ名前を変えた。
さらに、社員証と名刺も用意された。
社名には「ロドリゲス&コーネル運送」と書いてある。
オフィスはフォン・ブラウン市だ。
「実際にその場所に、ロドリゲス&コーネル運送は設立されています。同じマンションの中に4人の住居も用意されているはずです。」
ペトローニはオフィスの鍵を4人に渡した。
「オフィス内にそれぞれのマンションの鍵もあります。『タミヤ家』は中にも鍵がかかる部屋がありますのでご心配なく。」
「ありがとうございます。」
表向きは夫婦でもプライベートは分けられる用になっているということだろう。
ホジョウは気になってタニアを見ると、ちょうどタニアもホジョウを見たところだった。
「公国軍の兵舎もバスルームは共用だから、あんまり変わらないと思いますよ。」
「そういえばそうですね。」
そう言われてみると仕官学校時代も軍務に就いてからも、相部屋暮らしは何度かあった。
「皆さんの身体的特徴は今は元の戸籍には紐付けされていません。ですが、元の戸籍は残っていますので、元の名前で何かしたいことがありましたら、オフィスにいる私の妻に言ってください。私もここの仕事をひと段落つけたら月面に戻ります。」
ペトローニはそう言ってムーンムーンに戻っていった。
一行はフォン・ブラウン市を目指すことになった。