一行はフォン・ブラウン市に辿り着いた。
フォン・ブラウン市といってもだいぶ外れのほうだが、一応市内だ。
一行は事前に知らされていたロドリゲス&コーネル運送の大倉庫に船を置いた。
大倉庫とはいっても、月面でコンクリートの材料の長石を掘削した跡の穴にハッチをつけた、竪穴式(たてあなしき)の倉庫だ。
月面ではこのタイプの倉庫は比較的多い。
「これをマンションと呼ぶのはいささか抵抗があるな。」
倉庫が竪穴ならばマンションは横穴式だった。
竪穴式倉庫の内壁であるむき出しの岩を、さらに横向きに掘ってオフィスと居住区にしてある。
ジオンの宇宙要塞ではよく見る方式だ。
きっと、月面の港湾関係でもありふれた建築様式なのだろうが、まさかオフィスだけではなく住居もその様式だとは一行は考えていなかった。
しかも、貨物船を出し入れするような場所は大気が無い方が便利なので、その横穴式住居の外は壁を一枚隔ててほぼ真空だ。
コロニーよりも月面の方が開発の歴史が長いため、宇宙開拓時代の歴史を感じさせる古い工法が残りやすい。
ここはそうした歴史的建造物の1つなのだろう。
予定通りペトローニ女史がノーマルスーツを着て倉庫内で出迎えてくれた。
そのまま、ペトローニ女史の先導で一行は減圧室ともエアロックとも言われる玄関に入っていく。
月面の真空の中で膨らんでいたノーマルスーツが、徐々に張りを失っていく。
加圧されたのだろう。
ペトローニ女史がノーマルスーツのヘルメットを脱いだ。
「お帰りなさいませロドリゲス会長、コーネル社長。」
減圧室から、出ると、流石に岩肌むき出しと言うわけではなかった。
通路を歩いていると扉に赤いペンキで×(バツ)がつけてある部屋の前を通った。
「あの部屋は気密がイカレてしまったので、間違えて扉を開けると、吸い込まれますよ。鍵はかかっておりますが。」
4人がなかなか反応しづらいことを言われて黙りこくって歩いていった先にオフィスはあった。
意外にも、中では普通に数名の社員がいて仕事をしていた。
「皆さん、会長と社長が長い地球出張からお戻りになられました。あと、こちらはホセ・タミヤくんとロビン・タミヤさんで、この冬からウチで仕事をします。よろしくお願いします。」
社員達は「はーい」と気のない返事をしている。
ペトローニ女史に促されてオフィスの中を移動すると、社長室と表札に書かれた部屋が見えた。
「こちらへどうぞ。」
社長室に通されると、早速、コーエンとゴンザレスが小声でペトローニ女史に文句を言った。
「会長業なんてワシのガラじゃないんじゃが…」
「私も社長なんて肩書きをつけられたらいつボロが出るか分からないぞ?」
ペトローニ女史は涼しい顔をしている。
「大丈夫です。働いている彼らは全員、短期契約の派遣社員ですから。自分が何の仕事をしているのかも分かっていません。一ヶ月もすれば別の人員が派遣されてきて交代です」
「そういうことなら納得じゃ。」
ゴンザレスは頷いている。
ペトローニ女史が説明するには、ロドリゲス&コーネル運送で働く人間のほとんどが派遣社員で、ペトローニ女史もそちらの企業にも肩書きがあるのだという。
「その派遣企業がZ計画の隠れ蓑の1つ『ザイオンイヤーカンパニー』じゃ。」
ゴンザレスがそういうとペトローニ女史は、名刺を出して見せた。
確かに「ザイオンイヤーカンパニー」と書いてある。
ホジョウとタニアも知っている企業名だ。
「ザイオンイヤーカンパニーって、結構大きな派遣会社じゃないですか!?」
タニアをコーエンが諌めた。
「タミヤ…さん、声が大きい。」
「あ、失礼しました。」
コーエンがコホンと咳払いをした。
ホジョウは危うく階級を言いそうになったのだなと思った。
狭い社長室に5人は無理矢理座る場所を見つけると、小声で話を始めた。
「そもそも、ザイオンイヤーカンパニーはワシの記憶じゃと、ラル家の資産が元になってはじまった企業じゃ。」
「その通りです。」
ゴンザレスの話にペトローニ女史が答えた。
「先代が…そういえばランバ坊ちゃまもお亡くなりになりましたね。ラル家は元々、地球で繊維業で財産を築いた実業家の血筋です。コロニーに移ってからは多角経営路線に切り替わりました。それをジンバ・ラル様の代で解体したんです。」
ホジョウはなんとなくその話をどこかで聞いた覚えがあるような、ないような気がして、モヤモヤしていた。
どちらにせよホジョウが生まれる前の話だ。
「なぜ解体したんですか?」
ホジョウはモヤモヤをそのまま質問してみた。
「ラル家を含む一部のスペースノイドが急速に貴族社会を築いた流れの中で、資産が一極集中するのを先代が嫌がったんです。コロニービジネスで成功して、急に貴族を気取り始めたコロニー成金が社交界を作り始めたころ、ラル家はひがまれたのです。」
「『ひがまれる』とは?」
コーエンが興味をしめしたので、ペトローニ女史はそこを掘り下げて話し始めた。
「ラル家は地球にいたときから、いわゆる貴族的な階級にあった家系です。由緒正しい貴族はひがまれたそうです。ただでさえ成金にひがまれるのに、資産のことでまで張り合われるのがお嫌だったようでした。そもそも、ラル家が多角経営に乗り出したのはスペースノイドに雇用を作るためで、ベンチャーに出資して資産を増やすためではなかったので。そうした理由で、安定した企業はグループから切り離して独立させる方針に、先代様が切り替えました。ただ、理由をまわりに聞かれたときは『占いにそう出た』と言っておられたようです。」
ホジョウが聞いたのはそちらの話だった。
ラル家が企業の切り売りを始めたのは、会長が占いにハマったせいだと、確かどこかで聞いた覚えがある。
「ブリティッシュ作戦以前から、コロニー落としや隕石兵器は一部のスペースノイドの間では知られておったんじゃ。なんせ旧暦の20世紀には『月は無慈悲な夜の女王』で紹介されておったからな。地球連邦も当然そういう方法があることは知っておった。著者のロバート・ハインラインは宇宙開拓時代以前の北米生まれじゃからのう。」
「地球連邦がコロニー落としの可能性を知っていたと主張していたのは、単なる負け惜しみじゃなかったんですね。」
ゴンザレスはタニアの意見を肯定した。
「そういうことじゃ。ただ、声高に叫んだところで対処法が無い。じゃから、地球連邦はスペースノイドの自治を厳しく締め付けることでそうした大質量攻撃の使用を防ごうとしたんじゃが、皆も知っての通り、逆効果じゃったな。スペースノイドの中では、逆に自治と独立を求める機運が高まった。その時代でも、コロニー落としに反対するスペースノイドは多かったんじゃ。その中にラル家もいたと。」
ホジョウはその話を聞きながらドズル中将を思い出していた。
コロニー落としはドズル中将の行った作戦だ。
あの作戦はどうしても必要だったのだろうか。
南極条約がジオンと連邦の間で締結されたとき、ホジョウは安堵したものだ。
ホジョウが信頼するドズル中将も、地球で大破壊を起こしたドズル中将も同じ人物なのだ。
ホジョウはそう考えながら、次のコロニー落としを阻止するために、疑問も無くゴンザレスとコーエンに加担した自分は、コロニー落としを絶対悪だと考えているという事実に気がついた。
それはゆるぎない確信だった。
そして、それを指揮したドスル・ザビ中将に親しみを感じている自分は、やはり不条理な人間なのだなと思い至った。