ロドリゲス&コーネル運送に戻ると、翌朝、計画の練り直しをすることになった。
目的の倉庫にはノーマルスーツなどの宇宙服を着ないと潜入できない。
しかし、宇宙服はおいそれとは持ち運べない。
ペトローニ女史は外からのルートを提案した。
「今まで市街地から行こうと、市街地側から潜入しようとを考えて上手くいかなかった。逆に月面の外のほうから潜入するのはどうでしょうかね?」
月面に住んでいる連中は自分達も月面にいるはずなのにエアドームの外を「月面」と呼ぶ。
「その方法しかなさそうじゃな。」
「今は手段を丁寧に選ぶより、とにかくやってみるべきです。」
ゴンザレスをタニアが後押しする。
一同異論は無いようだ。
ペトローニ女史は作戦の手配の為に慌しく出て行った。
その日の昼ごろには作戦の詳細が決まっていた。
「まず、月面にあるシリコン繊維の工場に向います。そこから月面ローバーで保養品が軍需品倉庫に出荷されていますので、その貨物に乗って軍港脇の貨物道路から軍需品倉庫へ侵入します。そこまでしかこちらでは準備できませんでした。」
ペトローニ女史は申し訳なさそうな顔をしているがホジョウは礼を言った。
「ありがとうございます。十分です。」
軍需工場内の移動と脱出の方法が今のところ決まっていないのだ。
「帰り道ですが、昨日のレンタカーで同じ場所にタニアさんに待機してもらって、拾ってもらう方法にしましょう。ノーマルスーツは目立つので、今回はここまで車で乗り付ける方向で。レンタカーは後から返しに行けばいい。」
ホジョウの提案にも一同異論はないようだ。
ミーティングが終わると即、繊維工場に向う必要があった。
ペトローニ女史が会社の月面ローバーで繊維工場まで送る。
タニアはレンタカーを借りて帰り道に落ち合う必要があるため別行動だ。
ゴンザレスとホジョウは、特に運送会社の職員に見られないように注意しながらジオン公国軍のノーマルスーツに着替えてペトローニ女史の運転する月面ローバーに乗り込んだ。
「酸素残量はチェックした?貨物用の月面ローバーは足が遅いから、長時間、貨物室に乗る必要があります。予備ボンベは積んでおいたから。」
「助かります。」
ペトローニ女史の運転する月面ローバーは乗員スペースは与圧されているのでヘルメット着用の必要は無いが、万が一、事故をしたときの為にペトローニ女史も一般作業者向けの気密服を着ていた。
ホジョウはヘルメットを外してゴンザレスのノーマルスーツの首の辺りを覗き込むと、ボンベの酸素量は十分余裕があった。
自分はノーマルスーツを着る時は習慣的に残量をチェックするためあまり不安は無かったがゴンザレスがどうかは自信が無かった。
「ワシだって、ノーマルスーツを着る時に酸素を見る習慣はあるぞ。一応、出向とはいえ軍人の端くれじゃからな。」
そう言いながら別にゴンザレスは怒っている様子も無いので、ホジョウは軽く頭を下げるとペトローニが用意した予備ボンベを見た。
軍用の酸素ボンベが用意されている。
一般向けのものは圧縮空気が入っているエアボンベで、軍用のものは酸素が入っている酸素ボンベなのだ。
規格は共通しているのでどちらでも使えるが、酸素ボンベは制御が難しい代わりに重量に対して長く使える。
3人が乗っている月面ローバーは軽量なため、小さな段差でもふわつく。
全く整備されていない月面を走るわけではないが、月面の道路は絶えず小さな隕石や宇宙塵が降ってくるので決して平坦ではない。
そして、月の引力は地球の6分の1しかないため、車が小石を踏むたびにふわふわするのだ。
スペースノイドは全体的に引力が小さい状況には慣れているが、たいていの場所では1Gの人口重力が働いているため、「1G(イチジー)か0G(ゼロジー)か」の二択になる。
その点が月世界は違う。
月面の多くの施設がそうであるように目標のシリコン繊維工場も半分地面に埋まっている構造をしていた。
手はずどおり工場の外に放置されたコンテナがあった。
ペトローニに無言で会釈すると、ゴンザレスとホジョウはコンテナに急いで近づいた。
二人は誰かに見られていないかと周囲を警戒しながらも、空気が無いので物音は地面を通してしか響かないため、動きは大胆だ。
コンテナのドアの上部の目立たない位置にマグネットで監視カメラをつける。
これで中に入っても、外の様子が見える。
コンテナは聞いていた通り鍵が開いている。
二人は再び周囲を見回すと急いでコンテナの中に滑り込んだ。
そして、そのまま内側から鍵をロックする。
ここまでは計画通りだ。
この手のコンテナは事故防止の為に外からは鍵がかけられるが内側からはいつでも開けられる用になっている。
要するにトイレの鍵みたいに、内側からは手で開け閉めできるが、外からは鍵が必要な設計だ。
そこまでやり終えた二人ヘルメットのライトをつけて振り返ると、コンテナの中にはシリコン繊維を編んだボードが箱詰めされて満載されている。
次に二人はその箱を慎重に動かして、貨物点検でコンテナを開けられたときにすぐにはバレない位置にスペースを作った。
そこに陣取って軍需品倉庫まで移動するのだ。
ホジョウが自分の端末を確認するとリンクされたカメラが外の様子をばっちり写している。
ヘルメットにもライトはついているが、特につけておく必要も無い。
真っ暗なコンテナの中で端末の液晶の薄明かりだけが光源だった。
ゴンザレスがホジョウに頭突きをしてきた。
「ヒマじゃな。」
真空中では音が伝わらないが、こうするとヘルメットに振動が伝わって音が聞こえるようになる。
「ヒマですね。」
しばらく監視カメラを見ていると作業員が近づいてきて、積み込み作業が始まった。
無音の世界で尻から伝わる振動と、自分の呼吸と心音だけが聞こえる。
再びゴンザレスが頭突きしてきた。
「ヒマじゃな。」
「ヒマですね。」
「『最悪』じゃと思ってないか?」
「どういうことですか?」
ゴンザレスの表情はほとんど見えないが、声色で下品な笑みを浮かべていることだけは分かった。
「こんなとき、タニアと二人っきりじゃったらロマンチックじゃったろうと思っておらんか?」
「そんなこと今はじめて考えましたよ。」
ゴンザレスは「げっへっへ」と笑いながら
「ワシだったらそう思っとる。」
と言った。
ホジョウも笑った。