早朝にたたき起こされて出社すると社長室に見知らぬ年配の男性と若い女性が立っていた。
「紹介しよう、アブドルアジース博士とお孫さんのマイさん。博士、こちらはタミヤご夫妻。」
コーエンが紹介した。
ホジョウとタニアは内心「あ、そっちの設定で行くんだ」と思った。
「どうも、はじめまして。」
通り一遍の挨拶をする。
「今の政情ですと、孫娘のマイをズムシティに一人で置いておくぐらいでしたら、フォン・ブラウンに連れてきた方が安全でございます。思い切って連れて参りました。」
小柄な二人で特にマイのほうは華奢で可憐な美人だった。
コーエンは通り一遍の話をするとアブドルアジース博士は、通信傍受は宙間で行う必要があると主張した。
「ルウム戦役で破壊された通信衛星は皆が思っているよりも早く復旧しておるんです。タイミング次第で、すでに月を回る衛星通信が使える場合もあります。また、サイド6経由の通信も可能性は否定できなくもありません。これらを全て傍受するならマハルコロニー周辺の宙域で致しますと確実でございますな。」
アブドルアジース博士の説明によると電波ビーム通信の場合、完全に収束した平行な電波ではなく、中心角0.1度から1度ぐらいで距離や用途に合わせて絞った電波を使用するらしい。
「学校では完全に直線的な電波で通信すると教わってました。」
ホジョウが感心しているとアブドルアジース博士は何気なく
「学生の皆さんがお勉強していただくには、それぐらいの理解で不便はございませんので。そのように教科書は作らせていただきました。」
と返した。
「え!博士が教科書作ったの!?」
「こら、ロビン。お言葉づかい。」
「あ、ごめん。」
ホジョウは夫婦芝居も板についてきたなと思いながら、アブドラアジース博士が微笑んでいるのを見ていた。
すると、部屋の外からどたどたと足音が聞こえる。
あの足音はゴンザレスだ。
「先生きとったか!アンテナを入手しておいたぞ!」
「ロドリゲス会長もお達者でございますね。お久しぶりでございます。」
ホジョウはアブドルアジース博士の順応の早さに内心舌を巻きながら、ここでゆっくり挨拶をしていてはいけないと焦った。
「とにかくマハルへ急いで向う準備をしましょう。」
このテの作業は元々ホジョウの専門分野だ。
全員分のノーマルスーツを手早くチェックして、水、食料、酸素などをチェックするとあっという間に発進準備を整えた。
「タミヤさん。」
ホジョウがペトローニ女史に呼びかけられて振り向く。
「前回の着艦時はこちらで上手くごまかしましたが、今回は月面の管制をきちんと通して出航します。ライセンスは偽造できますが、実際に船を運営できるのはタミヤさんしかいないので、よろしくお願いします。」
「ああ、そういえば。」
今までなし崩しにホジョウが操船していたが、確かに発着に伴う細かい手続きはライセンスを元々持っている人間じゃないと難しいだろう。
「船名はラモックス・ザ・スタービースト号です。こちらのバインダーに船体登録証と各種書面が入っています。あと、旧式なので見なくても分かると思いますが、こちらが一応マニュアルです。」
「了解しました。」
ホジョウは書面に目を通していく。
「なるほど、今回の出航目的は荷受ですか。」
書類にはマハルコロニー周辺の宙域で荷受するのが目的となっている。
「名目上はそうなっていますが、別にそのまま別の目的地に行って頂いても大丈夫なようにします。こちらが暗号表です。」
ペトローニとホジョウがブリーフィングしている間にも、ゴンザレスとコーエンが、貨物船に通信傍受用のアンテナを取り付けている。
アブドラアジース博士の指示を仰ぎながら作業しているようだ。
ホジョウはその作業にケリがついたのを確認して、ペトローニ女史へ挨拶した。
「では、行って参ります。」
ここは月面の倉庫でもだいぶ辺鄙な場所にあるため、離陸の渋滞に巻き込まれることは無い。
出航許可はいつでも出るだろう。
「タミヤ船長です。ハッチ開けてください。」
ホジョウは無線で事務所に倉庫の天井ハッチを開けるよう指示した。
ハッチは耳でも当てれば大きな音を立ててあけるのだろうが、なにぶん空気が無いため船内の音しか聞こえない。
「船長のタミヤです。乗員はノーマルスーツとヘルメットを着用し、シートに身体を固定してください。」
船内にホジョウの声が響く。
ホジョウは次に無線の周波数を管制に合わせた。
「フォン・ブラウン、フォン・ブラウン、こちらラモックス・ザ・スタービースト号、船長のホセ・タミヤです。申請番号は007912170042。出航許可を求めます。」
「グリニッジ時0918、ラモックス・ザ・スタービースト号、出航を許可します。なお、現在、連邦所属の艦船が民間人の昇降の為に8番軌道を利用しています。優先して下さい。」
「ありがとう。」
コンソールに今日の月面の注意すべき艦船の運行計画が送られてきた。
西回りは少し混雑しそうだが、マハルコロニーはサイド3の中でもそちら寄りだ。
船はゆっくりと垂直に上昇すると、徐々に加速して月面から見る瞬かない星空へ吸い込まれていった。