「予定通り作戦宙域に到着します。180度転換後、およそ5分間の加速を行います。」
ホジョウの声が船内に響く。
ラモックス・ザ・スタービースト号は船の前後をひっくり返してメインバーニアを噴射した。
そうして、目的地のサイド3マハルコロニーとの相対速度をゼロにする。
それは減速ではないかと言われるかもしれないが、どこの速度に基準を置くかが重要なので、この場合、乗客たちにとっては無重量状態の自分達が基準になる。
なのでマハルコロニーから見れば、向ってくる宇宙船が減速しているように見えるが、宇宙船の乗員にとっては、紛れも無く加速だ。
コーエン以外はブリッジにやってきてシートベルトをかけている。
案の定、ゴンザレス博士とアブドルアジース博士は食堂に無線設備を広げていた。
「今やっている作業を説明しますと、通信業の皆さんがコロニーに無線基地を新しく開くのとほぼ同等の作業でございまして…」
アブドラアジース博士は丁寧に説明しながら作業を行う。
「ところで船長、北極星の方向に少しだけ船を動かすことは出来ますか?」
「やってみます。」
ホジョウは慎重に船の位置を微調整する。
宇宙空間では押したものは自然と止まらない。
押した分だけ逆向きに同じ力を加えて止めなければいけない。
姿勢制御用のバーニアを細かく使って位置を調整した。
「どうでしょうか?」
動かした後にブリッジから再び食堂まで戻って按配を確かめる。
「タミヤ船長、素晴らしい操船でございます。入ってきました。」
持ち込まれたコンピューターのディスプレイにおびただしい量の文字が流れ始める。
「これは今、マハルコロニーのメインアンテナに届く全ての通信の生のデータでございまして、このままでは当然読めないので、このように…」
アブドルアジース博士がパソコンを操作すると、画面を埋め尽くしていた文字の羅列が改行されて色わけされるようになった。
「この黒字のデータは主に文字や画像のような通信で、青文字は音声や動画のようなストリーミングですね。赤文字は、まだ流れてきませんが…試しにグラナダ経由で流してみましょうか。ほら、今流れた赤い文字が軍事用や銀行決済などで強めに暗号化された通信です。それで、赤文字だけを拾うようにすれば、これで、誰かの銀行取引だとか、軍人の会話だとか…暗号さえ解ければ中身が見れちゃうわけですね。」
「解けるんですか?」
「解けません。でも、届く先は追えますので、追った先の端末をハッキングしたらその端末が暗号は解いて下さいます。届いた先でも読めなければ意味がないですからね。上手くハッキングできればの話でございますが…来ましたね。赤字が。マイや、ちょっと頼めるかい?」
「それでは失礼しますね。」
博士は孫娘に席を譲った。
マイはしばらく赤字のログを見て考えていると、マウスとキーボードを数回操作する。
そして、スピーカーのつまみをひねると、会話する音声が聞こえてきた。
ー…ズムシティの採択を待たない。船が到着次第、強制的に住民を全て疎開する。
ー了解しました!船の到着予定は!
ー12月22日未明にメインゲートに着岸する。それまでに住人をゲートに集めておくように。
ーハッ!了解しました!ジークジオン!
ーうむ、ジークジオン。
そして通話は切れた。
「22日ってあと3日もないですね。」
「しかし、このマハルはコロニーレーザーに改装されるのであって、わしらが知りたい情報とは違うのう。」
マイはホジョウとゴンザレスの話を聞きながら、まだ何かをしている。
「この端末の最近のメールを全部ダウンロードして頂いちゃいますね。あと電話帳も…あら?」
「あれ?ってどうしたの?」
マイが口元を隠して微笑んだ。
「この方、軍人さんなのに電話帳を通信会社のセンター保存にしてますね。交友関係漏れ放題ですね。」
「うっ…」
ホジョウ、ゴンザレス、タニアの3人が同時に唸った。
「君たちまさか…」
コーエンが少しイラついた声で非難した。
「メールは中身を読んで調べるしかありません。ご協力いただけますか?」
「やります!」
食堂のテーブルを囲んで座ると、全員が自分達の端末に転送されたメールをチェックし始めた。
メールの送受信の日付で分担して総チェックしていくが、特に目新しい発見はない。
小1時間ほど無言で携帯を触っている時間が続いた。
「赤文字がまた入ったようでございます。マイや少し席を代わってくれないか?」
「はい、おじいさま。」
アブドルアジース博士は2-3回クリックすると、じっくりと画面を見つめた。
「これはとても厳重な暗号ですね。よほど見られたくないメールなのでしょうな。」
そう言いながらもすでに画面の中央には「解凍中xx%」の文字が表示されている。
「ビンゴでございますね。」
ーソカイゴタイハナレゴウリュウセヨ
「『疎開後、隊離れ合流せよ』と読めますね。にしても、こんなに簡単に傍受が成功してしまって、罠ではないんですかね?」
ホジョウの疑念にアブドルアジース博士は余裕の表情だった。
「それはないと思いますよ。なぜならこの暗号を作ったのは私でございますから。恐らく私以外に現段階で解ける人間はおりません。解読される可能性なんて微塵も考えてないでしょうな。」