高級車で向う先はズムシティ公王庁らしい。
「うわー…」
ビルの谷間から見えてきた異様な建造物は見慣れているものの、ジオン公国民に共通の感情を抱かせる。
子どもの頃、修学旅行などで必ず一度は見学している建物だが、子ども達ですら「うわー…」という。
当時の新進気鋭の建築家かつ芸術家がデザインしたらしい。
車が停まったので、降りると、ブレザーのボタンをきちんとかけた軍人が儀礼用の銃剣を持って近づいてくる。
「武器はこちらで預からせていただきます!」
タニアはハンドバッグから拳銃とマガジンを渡して、ホジョウはフライトジャケットのポケットからハンドショットガンと弾丸を出した。
「あとこれもか。」
フライトジャケットの袖を捲くると、左腕に6本のナイフが巻きつけてある。
武器を預かる軍人は少し身じろぎした。
「さあ、会長と社長を助けに行きましょうか。」
「はい。」
扇形に広がった階段を上がって玄関ホールに差し掛かると、そこにキシリア・ザビ少将が待っていた。
「お前…ホジョウか!?」
ホジョウは観念して敬礼した。
そして、肌身離さず身につけていたキャルフォルニアベースのデータディスクを手渡した。
「タロウ・ホジョウ、キャルフォルニアベースより帰還いたしました!」
「同じくタニア・ロボ、キャルフォルニアベースより帰還いたしました!」
キシリアは「フッフッフ」と笑うと敬礼を返した。
「ご苦労。無事で何より。あと、スズマンが世話になったな。用があるのは私ではない。ついて来い。」
キシリアの先導でホジョウとタニアが中へ入っていくと、カーペットの厚い部屋で、真ん中に長い楕円形の石造りのテーブルがある。
そしてその傍らに見覚えのある人物が待っていた。
「ご苦労だったね、人質をとるような真似をしてすまなかった。」
ホジョウとタニアは直立不動で敬礼をした。
目の前にいるのはダルシア・バハロ首相だ。
「でも、お二人を呼んだのは私でもない。」
部屋の奥の扉が開いて出てきたのは、コーエンと、ゴンザレス、そしてデギン・ザビ公国公王だった。
「キシリア、ご苦労だった。下がっておりなさい。」
「ハッ!」
キシリアが部屋から出て行く。
デギンは目の前の椅子に腰を下ろした。
「とりあえず、座りなさい。」
「ハッ!」
ホジョウとタニアはテーブルの周りに置かれた椅子に腰掛ける。
全員が着座したところでデギンが口を開いた。
「さて、親愛なるならず者諸君。私のために集まってくれて感謝する。まずは私の話を聞いてもらおう。ジオン公国は現在危機的状況にある。地球連邦の圧政にまんまと屈した我々は、国内での軍部の増長を止められなかった。結果、私たちは多くの同胞を失った。その中には私の二人の息子もいる。連邦の搾取と圧政、それに呼応したジオンでの軍部の増長によって、地球連邦にとっても予測をはるかに超えた出来事が起きた。ブリティッシュ作戦だ。」
デギンはそこで一度間をおいた。
「スペースノイドも連邦の人間も、同じ人類だ。コロニー落としの莫大なエネルギーは、人類の宇宙開発にかけた情熱とエネルギーの最悪の終着点だ。既存のあらゆる兵器を凌駕する、あの恐ろしい破壊力が揺り動かしたのはヒューマニズムだよ。諸君、そう思わんかね?」
全員が無言で頷いた。
「私は皆の声が聞きたいんだ。ヒューマニズムが揺り動かされた声を聞きたいんだよ。」
「…陛下、同様に…ワシの心も動いた。」
ゴンザレスがそう言った。
皆が口々に合意した。
「ありがとう。声が聞けて嬉しい。親愛なる、ならず者諸君。知っているだろうか?軍は大きくなりすぎて、そのエネルギーのはけ口を求めるようになった。逆に私はどんどん老いていった。とうとう、そのエネルギーに対抗できなくなった。私を助けたサスロもいない。私の他の子ども達は生まれながらの軍人のようになってしまった。私の目の前でさらに多くの人命が失われた。私は罪深い人間だ。『きっと明日は平和になる!平和になった暁には、神に、スペースノイドの同胞たちに、犠牲を払ってくれた家族に、そしてかけがえのないはずだった友に…全人類に悔い改めて、許しを請おう!』そう思って生きてきた。やってきた。あの時、気づいた。コロニーが落ちたあの日だ。『悔い改めるにはもう遅すぎる、私は愚かだったのだ』と気づいたんだ。それを絶望と呼ぶべきか、私は考えた。そして、ダイクンのことを思い出した。賢い人間だった。スペースノイドに希望を見せた。知性は希望だったのだと気づいた。だから、古い賢い友人たちに助けを求めた。ゴンザレス博士もそのお一人だ。ここにいるお若いコーエン博士も力を尽くしてくださっている。皆が私のために知恵を絞ってくれた。そして、この先、再び、恐ろしい力が暴走するときに、それを止める手段へたどり着いた。それは知性が私に見せてくれた希望だ。そして形になった。それがモビールアーマーがゾック・ゼロだよ。」
そこまで話すと、デギンは大きく呼吸した。
椅子の肘掛を掴みなおす。
「私の人生は黄昏を過ぎた。もう長くは生きられないだろう。だからこそ光が見たいのだ。ゾック・ゼロが人類の手に有ると言う光を見ていたい。老人ではなく若い世代の手に託されていると言う光だ。若いお二人、私の願いをかなえてくれまいか?頼む、この通りだ!」
そう言うとデギンは頭を下げた。
ホジョウもタニアも敬礼の仕方は知っているが、頭を下げた公王の止め方は知らない。
「私からもお願いします。」
バハロ首相も立ち上がって頭を下げた。
永遠かと思うような無音の後、ゴンザレスが立ち上がってデギンの肩を叩いて、頭を上げさせた。
「デギンよ、若者に伝わったぞ。名演説じゃった。」
ホジョウは顔を上げたデギン公王と目が合った。
「やらせていただきます。」
先に返答したのはタニアだった。
「陛下の仰せのままに。」
ホジョウも応えた。
感情が高ぶったデギンはゴンザレスとバハロに支えられて部屋を出て行った。
そしてゴンザレスとバハロの二人は戻ってきた。
「恐らく、敵は間もなく計画の最終段階に入るでしょう。」
バハロ首相が「敵」という表現を使った。
「首相、敵の姿は見えているのですかな?」
コーエンの質問にバハロ首相が首を横に振る。
「見えてはいませんが、デギン陛下は私に、我らが国に共和政を復活させ、連邦軍と講和を結ぶように話されました。このデギン陛下のご意志は軍の上層部の人間は以前から知っていた情報です。なぜなら、ギレン総帥が幾度もデギン陛下から同じことを話されているからです。」
確かにホジョウも「陛下は講和を望まれているらしい」という話は聞いていた。
「しかし、今、講和を望まない人間が軍にはいます。『講和をするならば、その前に戦功を挙げたい。そしてジオンの優勢で講和を結びたい。』と考える人間がジオンにはウヨウヨいます。戦後の地位に関わるからです。今、大きな戦功を上げて戦争が終結すれば、戦後、第2、第3のザビ家となれるかも知れないからです。彼らは和平工作を妨害してくるでしょう。和平交渉中に再びコロニーを落とせば、仮にそれがブリティッシュ計画のように完璧ではない落ち方でも、十分、和平工作を潰せます。」
そこで急にドアがノックされた。
「どうぞ。」
ハバロ首相がこたえると、入ってきたのはキシリアだった。
「失礼、辞令だ。ホジョウ大尉、ロボ曹長。二人を突撃機動軍下地球方面軍所属から配属がえになった。新しい配属は本来私が任命する役ではないのだが、これによると公王庁警備隊別室となっている。室長はタロウ・ホジョウ。室長補佐はタニア・ロボ。あとついでに昇級だ。…ジオン軍はホジョウにつくづく甘い。今度は少佐だ。これを取っておけ。ロボは上級曹長だ。これが階級章だ。ジャブローからよく生きて帰ってきてくれたな。おめでとう。あと二人と話したいという人間がいる。スズマン、出て来い!」
スズマンがおずおずと出てきた。
「ホ…ホジョウ少佐殿!ご報告があります!」
「別に今さら畏まらなくていいですよ。だまして申し訳なかったし。」
スズマンは今まで私服姿しか見ていなかったが軍服を着ていた。
「ありがとうございます!シールドケーブルの購入元が分かりました!フォン・ブラウン市内、シン電工という企業で、業務実績のないペーパーカンパニーで、現在詳しく調べておりますがアナハイムエレクトロニクス社の実質100%出資企業ではないかと疑われています!」
キシリアが苛立った声を出した。
「なんだその『シールドケーブル』というのは?スズマン、私にも分かるように説明しろ。」
「コロニー落としにアナハイムエレクトロニクス社が加担している可能性があるということです!」
なんだか全員が納得した。