翡翠の弾丸~ゾックはかく戦えり   作:スナ惡

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ホジョウ、月面へ

ホジョウは黄色い封筒を渡されたその日から気が気ではなかった。

数日間は自分で持っていなくてはいけない。

気の抜けない日々をキャリフォルニアベースで過ごした後、ホジョウは月の向こう側のサイド3へ向かうべく、まずは月面を目指した。

本来ならサイド5を経由して行くのが早いのだが、サイド5は連邦の人間も多い。

その上、最近は治安も悪化していると聞く。

ビビったホジョウは手を尽くして他のルートを調べ、月面へ直通の公国軍の貨物船に乗った。

この判断は結果的に好判断だった。

ちょうどそのタイミングで連邦軍が仕掛けた作戦によってサイド5に住むジオンの民間人はかなりの苦境に陥ったらしい。

反面、軍人のホジョウの旅路は、本人の心中は穏やかではなかったとはいえ、かねがね平穏だった。

月は常に地球に同じ面を向けているため、地球から見える側と、地球から見えない側がある。

とりあえずホジョウをのせた貨物船は「地球から見える側」のフォン・ブラウン市に着陸した。

月面で最大の都市で、ホジョウも高校生のときに旅行で来たことがある。

しかし、今回はホジョウは同窓会を口実に任務を遂行している立場で、月旅行を楽しむ余裕などなかった。

月面のスペースポートから動く歩道に乗ってフォン・ブラウンの中心を抜ける。

月面では建物は隕石よけのために地下に潜っているのが常だが、フォン・ブラウンは観光地としての役割も強いため、より月面を感じられるように地上部分も大きい。

多くの建物から分厚いケイ素ガラス越しに月面が見えるよう設計されている。

今ホジョウが乗っているムービングロードはそうした景色を楽しめるスポットの一つだったが、ひったくりの多発するスポットでもある。

ホジョウは警戒しすぎて怪しまれないかビクビクしながらも、軍服の胸ポケットのチャック付きのポケットにしまい込んだ封書の存在を、常に、さりげなく、確かめていた。

束の間、ターミナルのエレベーターで、たまたまホジョウ一人は一人になった。

気は抜けないが、気を使いすぎることも無くなったホジョウは、ポケットの端末でニュースを見ているフリをやめて、過去に暗誦させられたニール・アームストロングの手記の一節をなんとなく思い出した。

エレベーターもやはりガラス張りだ。

街が一望できる。

街の外の方に視線をやると、見渡す限りの白っぽい岩と砂だ。

月面の建造物の大半は外壁が打ちっぱなしのコンクリートで、その原料は月の砂であるので、フォン・ブラウンは巨大な砂の城のように見えるときがある(また、そうした写真は観光旅行の人気の土産だ)。

地球と違って大気はないに等しいので、光の拡散が起きにくい。

陽があたっている面は明るく、当たっていない面は暗い。

ホジョウが一人のエレベーターで一息ついていると、エレベーターは地下へと潜っていった。

月は地球より小さいとはいえ1周1万kmほどの大きさがある。

フォン・ブラウン市から裏側の「地球から見えない側」のグラナダまでは1周5千km弱の長い道のりだが、月には大気がないため、移動体が空気抵抗を受けない。

地球で車両が加速に難儀するのはほぼ空気抵抗のせいだ。

実は地球でも空気抵抗さえなければ、自転車ですら時速200kmを超えられる。

しかし、空気抵抗がそれを阻む。

その影響は高速になればなるほど強くなるため、地球上の高速移動体は流線型をしている。

一方、月面では流線型をしている必要もない(万が一のはね石などで破壊されるのを防ぐために前面に傾斜はついている)。

しかし、月には別の問題がある。

引力が地球に比べて1/6しか無いため、自転車で小石を踏んづけたときに、跳ね上がる高さが大きくなるのだ。

大気中ならば崩れた姿勢は、空気抵抗を上手く使って修正できる。

それが、大気がほぼない月面ではまったく期待できない。

そのため、跳ね上がりを防ぐために、レールを抱き込むモノレールのような構造の乗り物が有効なのだ。

路線案内掲示を見ながらグラナダ行きのホームへたどり着くと、人はまばらだった。

そしてその殆どが軍服や、その上にコートを羽織った人間だ。

-- 8番線にグラナダ行きの列車が参ります。列車のドアとホームのドアの連結後、ドアが開きます。乗車時、ドアの連結部に物を落とさないようにお気をつけください、途中、停車する駅は…

ホームに小煩い案内の放送が流される。

列車は月の岩盤に掘り抜かれた真空のトンネルを進む。

電車内とホームは、空気で満たされているので、線路の張られた軌道内に空気が流れ込まないような仕組みになっている。

ガコンという特徴的なドアの連結音がホームに響いて、ドアが一斉に開いた。

ホジョウは自分のチケットを見ながら指定席を探す。

車内には緑の電光掲示で991hPaと表示されている。

ホジョウはそれを一瞥すると、自分の座席の前後に人がいないのを確認してリクライニングする。

そして靴を脱いで足を伸ばした。

こわばった下肢が緩んでいく。

ここから約5時間の移動だ。

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