グラナダ市はホジョウにとっても慣れ親しんだ街だった。
サイド3の士官学校で訓練を受けていた際にも、引力下での離着陸実習はグラナダの軍港で行った。
フォン・ブラウン市のような観光客向けのエリアはごく限られ、やはりここは軍人の街だ。
端末でニュースを確認するとホジョウが避けたサイド5ではジオニストを狙った事件があったそうだ。
軍人の街とはいえ民間人も少なくない。
ホジョウは民間人のエリアに交差点一つ分だけ足を伸ばすとスーパーマーケットで軽食を買うことにした。
ここではジオン公国の軍票も使えるが、ホジョウはサンドウィッチとコーラを買うのにカードを使った。
歩いて元来た方へ信号を渡ると軍港の自動窓口でIDカードを出す。
「いらっしゃいませ、ホジョウ少尉。ご予約の便は正常に運行予定です。」
相手は自動亜音声なので返事をする必要もない。
ホジョウは無言でIDカードをしまうと、軍港に停泊中のエレベーターシップに乗り込んだ。
行き先はサイド3、ガーディアン・バンチ、ズムシティだ。
離陸まではしばらく時間があるが、軍用機とも民間機ともつかない素朴なエレベーターシップのこれまた雑なシートに体を預ける。
どうしても、このタイプは真上に飛ぶため、地上では仰向けになったような体勢でシートに座ることになる。
眠ってしまうと厄介なので、意識がある内にベルトを締める。
久しぶりに地元に帰ってきたようなそんな気分になりながら、士官学校時代のことを色々と思い出す。
栄光の1期生と暁の3期生に挟まれて、自分の同期である2期生は影が薄い。
多分これは2期生は全員感じているだろう。
学校にいたときですら後輩に当たるガルマ・ザビのことは、みなこっそり「殿下」と呼んでいた。
本人の前では、ガルマ本人があの端正な顔を紅潮させて「私のことは先輩方はザビとお呼びいただくか、校長の手前呼び難かったらガルマとお呼びください」と怒るので控えていたが、そういうところも踏まえて、殿下は殿下だった。
育ちの良さが全身から染み出している。
ドズル・ザビ少将も弟を贔屓するわけには行かないにも関わらず、殿下が文句なしの秀才だったため、度々、学内で表彰せねばならず、その度にあの巌のような険しい顔をほんのり綻ばせていた。
そのガルマ・ザビ殿下を学内の成績で凌駕し、士官学校のすべての記録を塗り替え続けたアズナブルという男は化け物だった。
おかげでガルマ殿下は万年2位で、自身でもそのことを時折ネタにしていた。
ただ、そのガルマ殿下が2期生の主席よりも優秀だったため、その頃から2期生には負け犬根性みたいなものが身についていたかもしれない。
何にせよ、マ・クベ大佐とともに地球方面に派遣されるという噂も立っている。
そうしたら、ガルマ殿下(マ・クベ大佐かもしれないが)は自分の上司になるかもしれない。
マ・クベ大佐はザビ家に生まれていない軍人の中では出世頭と呼ばれている人物だ。
とにかく政治力の傑出した軍人で、悪い噂と良い噂だとぎりぎり悪い噂のほうが多い。
ただ、間違いないのは超有能な人物だという話だ。
実はホジョウは学生時代、マ・クベ大佐はバリバリの武闘派だと信じていた。
理由は簡単で、マ・クベ大佐のモビルスーツ戦闘技術を見たことがあるからだ。
士官学校にガルマ殿下とドズル閣下の姉君であるキシリア・ザビ少将が訪問した事があった。
そのときキシリア・ザビ少将に随伴して、士官候補生相手の模擬戦にモビルスーツに搭乗して参加したのがマ・クベ大佐だった。
ジオンの佐官には士官学校設立前に階級を得た軍人も多い。
連邦で軍籍にあって、ジオン公国立ち上げの際に連邦を離反した軍人は、ジオンの中で連邦時代の階級を引き継ぐ傾向が強かったが、マ・クベは士官学校卒業でも、元連邦の軍人でもないとされている。
ジオンのエリートを集めたことになっている士官候補生たちの中では、その「どこの馬の骨ともつかない」佐官の能力を疑っている若者も少なくない。
特に戦場を経験した上で、士官学校創設を待って入学した、いわば「現場あがり」の士官候補生たちからするとマ・クベなどは弁が立つだけの軍人の顔をした政治家で、一つ恥をかかせてやろうと言った具合だった。
賢明な読者はこの論法からだいたい察していただけると思うが、戦場のマ・クベはモビルスーツの操縦に長けた武闘派だった。
ホジョウなどはマ・クベという人物についてろくに予備知識もない状態で、その参加した戦闘訓練を傍から見ていただけだったが、その勇猛な戦いぶりから乗っているパイロットはキシリア少将が連れてきた番犬やゴリラの類かと思っていた。
その後、それがかの「マ・クベ」だと知る。
ただ他所から色々伝え聞くに、マ・クベは骨董品を収集する青びょうたんの一種だという言説がジオン公国軍内での主流の意見のようだ。
もしかすると、そう思わせるのもマ・クベの策略かもしれない。
そんなことをモヤモヤと思い巡らせていると急に背中にG(この場合は加速度)を感じた。
うとうとしていたホジョウは「離陸か?」と思い、様子を伺うと、離陸ではなく到着だった。
ホジョウにとっては久々のガーディアン・バンチだ。