滅びゆく世界があった。
神を忘れ付け上がった人類を殺し尽くすため神によって造られた怪物がいた。
神との戦争に敗北し、生き残った人類は人の味方をした神たちの力を借りて四国という僅かな土地に引き篭もった。
神世紀三百年、秋。
人類の敗北を機に西暦を改め三百年の時が流れた。
七十億人以上の人類が死に、生き残ったたった四百万人強の人類を守護する"神樹"の寿命が尽きるまでのロスタイム。
滅びが定められた世界で、いつか滅ぶ運命にある箱庭で、"まだ負けてない"と叫ぶ者たちがいた。
『これで負けてないは無理だろですわ』
……“まだ負けてない"と叫ぶ者たちがいた!
『どう考えても完全敗北以外の何物でもねーですわ』
……いた!!
紅い世界が広がっていた。
大地は紅く爛れた溶岩のようになり、周囲一帯から炎が噴き上げている。
燃える地面以外の光源がない暗闇の空には、車ほどの巨躯を持つ胴長の白き怪物が星のように浮かび無数に蠢いていた。
地獄としか表現出来ない灼熱の世界を『弥勒夕海子』は見据えていた。
薄い色素を持った日本人らしからぬ長髪。普段は勝気に吊り上がっている大きな目はげんなりしたように心持ち下がっていた。
身に纏うのはSFチックな特殊な装束。雑草をイメージさせる薄緑の特殊装束は『弥勒』だけでなく、周囲の三十人近い少女たちもまた一様に同じ装束を身に纏っている。
全く同じ格好をした少女たちが集うその光景は軍隊のようで、廉価な"量産品"が並んでいるようでもあった。
『実際に見ると迫力が違いやがりますわね……"防人"の装束が耐熱性に優れてるとはいえ、これでは精神的に蒸し焼きになりますわ』
「だよねだよね!? だってこれ下のマグマだよ!? 絶対マグマだよねこれ!? 死んじゃうよ! だって炎出てるもん! わーん無理だよぅ! こんなところ歩いて行くなんて自殺だよぉ!! やっぱり辞退しておけばよかったぁ!!」
『この装束、手袋までして顔以外の皮膚はみんな隠れてますけど。もしこれで装束に守られてない顔は普通に火傷するしマグマで溶けて爛れる仕様だったらどうします?』
「どうしてそんなこと言うの!? 物凄く不安になって来たじゃん! え? 確か肌って気体でも火傷したよね? というかむしろ気体のほうが高温なんじゃなかったっけ!? マグマとマグマの上の気体ってどっちが熱いんだよぅ!? わーんメブー! 本当にこれ大丈夫なのー!?」
直前まで目の前の光景に圧倒されていた、弥勒の隣に立つ少女が堰を切ったように声を上げる。
彼女の名前は加賀城雀。"防人"という三十二人の少女たちの部隊で、最も臆病な少女だった。
『あの女性神官の話だとこの装束燃えないらしいですし大丈夫ですわよ。多分』
「そんなわけないじゃん! だってこれ服だよ!? 服は燃えるよ!? 特殊装束って言っても原材料は布じゃんかさ!!」
『知らねーんですわね雀さん。世の中には不思議パワーというやつがありますわよ。お約束ともいうやつですわ。特殊な繊維で作られた服は異能バトルでは必須。神樹様の御加護もあるしいけるいけるですわ」
「でも布じゃん!!」
それはそう。
「弥勒さん。雀も遊んでないで。緊張感を持ってください。私たちが足を踏み入れるのは死地なのよ」
『……芽吹さん』
「あ、メブー!」
背後から掛けられた声に、雀が喜色の混じった声を上げる。
その少女の名は楠芽吹。"防人"のリーダーを務める少女だ。
信念を宿す力強い瞳には使命感と怒りが同居しているようで。
いつも何かに怒っているように見えるから、『弥勒』は芽吹の事が少し苦手だった。
『んぅ……! 癒しが欲しいですわ……具体的には樹ちゃんのスマイルが』
「何か言いましたか?」
『しずくさんと触れ合ってリラックスしたいと申しましたわ。しっずくさーん!』
「あっこら! 弥勒さん!!」
すたこらさっさ。
芽吹の側から離れた『弥勒』は、ポツンと少し離れたところに立っていた少女、山伏しずくの元まで駆けていく。
そのまま頭を胸元に抱きしめる。しずくは無言でされるがままだ。
『うりうりうり〜! しずくさんは可愛いですわね〜!』
「……」
「緊張感!! 弥勒さん緊張感を持ってください!!!」
地獄のような光景に似つかわしくない、緩い空気が広がった。
『弥勒』をしずくから引っぺがし、全員を集めて芽吹は再度確認するように告げる。
「私たちの御役目は神樹様の四国結界の外……"天の神"によって変えられた異界を調査し、人類が反撃するための準備をすること」
人類に残された最後の生存エリア、四国。
三百年の間、四国で人類を守ってきた神樹の寿命は尽きようとしていた。
このままでは結界は消え、四国は炎に飲まれる。そうなる前に人類側が打って出るために編成された部隊が"防人"。
またの名を、"勇者に選ばれなかった者たちがなる、寄せ集めの部隊"。
彼女たちは炎の中を進み、
それを研究するために。
研究し、天の神へ反旗を翻すために。
「私たちが進むのは炎の地獄。空からは星屑が……もしかしたらバーテックスに襲われることもある、命掛けの調査。でも……」
そこで芽吹は言葉を切り、己に課すように宣言する。
「私の部隊では絶対に死者は出さない。それだけは覚えておいて。──行くわよ」
先頭に芽吹。
四国結界の周りを囲む植物の根が密集したような外壁を滑り降り、隊列を成した少女たちが灼熱の地獄に足を踏み入れていく。
極度の緊張から干上がった喉に唾液を流し込む者がいた。
震える脚を殴りつけ意思の力で一歩を踏み出す者がいた。
家族を思い浮かべて御役目の栄誉を誇りに歩く者がいた。
「燃えない? 急に燃えたりしないよね? 大丈夫だよね?」とおっかなびっくり歩く者がいた。
大赦に自分が勇者の器と認めせると気負い歩く者がいた。
自分にはもうコレしか残されてないと縋り歩く者がいた。
そして。
『(うわー。アニメで見た光景にそっくりですわねー。熱いけど熱くない、不思議な感覚ですわ)』
好きな映画のロケ地に旅行に来た、みたいな気分で歩く者がいた。
『(あれが星屑! わわ、アニメで見たまんまですわ! デッカい抱き枕みたい! 弱そう! こんなに近くで実物を見れるなんて思いもしませんでしたわ!)』
なんならちょっと感動していた。
テレビの中の芸能人と街でばったり! 的なやつ。
『弥勒夕海子』。
没落した名家"弥勒家"の復興を目指すポンコツお嬢様……というのは少し前の彼女のパーソナリティ。
今の『弥勒』を表すにはどうしても外せない要素がある。
『(それにしても……まさか私が"前世の記憶"を思い出して……しかも今生の世界がその前世で好きな"アニメの世界"だったなんて……数奇な運命もあったもんですわね)』
"前世の記憶"である。
防人の御役目で功績を上げることで没落した弥勒家の復興を成そうと日夜訓練に励んでいた弥勒はある日、訓練中に転んで頭をぶつけ気絶した。
その際に己の前世である少女の一生を全て思い出し……そして、ここが前世で好きだったアニメ"結城友奈は勇者である"の世界だと認識し今に至る。
神樹に四国結界、勇者の御役目にとある経緯で知っていた"三好夏凜"の名前、防人として選ばれてから説明されたバーテックスの存在……。作品固有名詞のオンパレードである。疑いの余地がなかった。
意識を取り戻した『弥勒』の狼狽えっぷりは防人たちの語り草だ。
二期放映前に死んだ前世の『弥勒』が知識として持っているのは結城友奈は勇者であるの第一期。
わあ、可愛い女の子たちの部活モノ日常アニメだ〜! と詐欺PVで視聴を決めた『弥勒』を三回殺してお釣りがくる、所謂鬱アニメだったのが結城友奈は勇者であるだ。
少女たちの過酷な運命に涙した。
少女たちに背負わされた理不尽に憤った。
そして、少女たちの勇気に感動した。
絶望と苦難の果てに諦めない勇気が希望を掴み寄せ、物語はハッピーエンドで終わったのだと、そう思っていた。
『(でも、現実は違いましたわ。物語は終わっていなかった。"天の神"は生きている。遠くない未来でまた人類を滅ぼしにバーテックスを送り込んでくる)』
アニメの作中には、過去に勇者の御役目についていた先代勇者であり、今代の勇者としても続投していた少女がいる。
その間隔、僅か二年。
つまり、最終的に誰も戦死せず脱落しなかった『弥勒』の知る勇者たちは、少なくとも二年後にまた勇者として戦う可能性が非常に高い。
"満開"という記憶や身体機能の一部を代償に捧げる一時的な強化を繰り返す、飛びながら翅を毟り取られるような、あの戦いを。
『(それは……あまりにも残酷ですわ)』
『弥勒』はそれが許せなかった。
勇者たちの苦しみを知っている。
勇者たちの流す涙を知っている。
あの絶望を、その果てに取り返した掛け替えの無い笑顔が焼きついている。
また同じ目に合わせるのか?
あの地獄を知っている自分が、また彼女たちを地獄に送り出すのか?
『(否。断じて否ですわ!)』
辛い経験をした人にはその分幸せになってほしい。
人間が当たり前に持つ善良さ。
『弥勒』に発露した想いはその延長線上にあり、アニメを通じて勇者たちが大好きになった『弥勒』が欲する願いだった。
防人の御役目は人類の反抗作戦の準備。
神と神との戦いは理のぶつけ合いだ。天の神の燃える異界を調査し尽くし、もし神樹に十分な勝ち目を用意することが出来たのなら。
もう、少女たちが戦うことはなくなるのかもしれない。
今生の弥勒の掲げていた人生の到達点がお家の再興。
そこに、前世を思い出した『弥勒』の指針が加わる。
どうか、これ以上苦しまずに、ただ幸せに。
そのために『弥勒』は戦うことを決意した。
「ぎゃあああああ! メブー! 星屑がこっちきたぁぁああっ!! 死ぬ死ぬ死ぬ殺される!! 助けてメブ〜〜!!」
紅い世界を雀の悲鳴が貫く。
弾かれたように空を見上げた防人たちの視界に、水面の獲物を狙う鳥のように急降下してくる星屑たち。
雀にしがみつかれながら、芽吹は砲声。号令を下す。
「雀は怯えない! 銃剣隊、射撃用意ッ!!」
『蜂の巣にしてやりますわ!』
規格が統一された銃剣を少女たちが一斉に構える。
防人の半数以上は銃剣を武器として扱う。剣としても銃としても使える、遠近両用の武器だ。
「撃ってッ!!」
一斉掃射。
接近していた星屑が銃弾に貫かれて砕け、消滅していく。
『なんだ、やっぱりちょろいですわね星屑。満開していたとはいえにぼっしーに万単位で倒されてただけありますわ』
倒せる。
余計な知識がある約一名を除き、その実感とともに少女たちの間に広がる手応え。
間髪を入れず襲いかかってくる星屑。その数は先ほどの数倍だ。
矢継ぎ早に芽吹は支持を飛ばす。
「銃剣隊、射撃用意! 護盾隊は盾を!!」
「護盾隊って私のこと!? あんなにいっぱい防げるわけないじゃん馬鹿の死ぬの死ぬぅ!!」
「いいから持ってる盾を構えなさい! 早く!」
「ぎゃー! 助けて──!!」
「銃剣隊、総員掃射!」
『任せなさい! ですわ!』
銃撃が星屑の数を減らし、泣き喚きながら雀が突き出した盾が、雀と同じ盾を持つ他の少女たちの盾と組み合わさり巨大化して星屑を阻む。
激突の衝撃が空間を揺らし空気を震わせた。
『私のこの手が光って唸る! お前を倒せと轟叫ぶ! くたばりやがれですわ! 勇者スラーッシュ!』
意図的に作られた盾の隙間から突き出した銃剣の剣先が星屑を貫き、襲いかかってきた星屑の一団の殲滅が完了。
防人の少女たちはここでようやく一息をつくことができた。
「し、死ぬかと思った……! ゼッタイ死んだと思ったよぅ!」
『全く。私が守ると言ってるじゃねーかですわ』
「でも弥勒さん強い順に番号つける防人番号二十って微妙な数字じゃん……」
『人が気にしてる事をグサッと言いやがりますわね!?』
「あと勇者様じゃないのに勇者スラッシュはどうかと思う。あとなんでオリジナル技なんて考えたの?」
『挙げ句の果てに勇者パンチに代わるこの弥勒の必殺技にケチをつけてきましたわー!? 雀さんにはついついオマージュ技を編み出してしまうファン心理というやつを懇々と説かねばならないようですわね……!!』
初めての実戦の後の束の間のひととき。芽吹ですら集中力の落ちた極度の緊張感が緩んだその瞬間を、怪物は見逃さなかった。
最も早く気付いたのは生来の臆病さから生き残ることに長けた雀。
その生へ執着する直感が防人たちの命を救った。
「──やっ、ばい!! みんな伏せてぇ!!」
防人は訓練を積んだ少女たちの部隊だ。
全員が咄嗟に露出している顔面が焼けるのも厭わず必死に灼熱の地に伏せる。
一条の光の"矢"が、少女たちの数センチ上を高速で通過した。
密度を高めた光という訳の分からない質量兵器に、少女たちの魂が震え上がる。
思い出したように湧き上がる死の恐怖が体を凍らし、行動が遅れた。
その瞬間に放たれんとするは絶殺の"二撃目"。
「護盾隊──」
芽吹の指示は間に合わない。そもそも、あの光の矢は威力が高すぎるため"盾では防げない"。
直感的にそれを理解した芽吹の思考がほんの一瞬止まる。
その時にはもう『弥勒』は飛び出していた。
『来やがりましたわね! サジタリウス・バーテックス・もどき──ッ!!』
それは人類の天敵。
人を殺すためだけに神によって造られた殺戮兵器。
勇者たちの戦う相手、バーテックス。
星座の名を冠する十二体のうちの一体、射手座の──なり損ない。
少し前に勇者によって倒された射手座のバーテックスの残骸。
しかし侮る事なかれ。
残骸といえど、防人の装備では死に直結する死神に他ならない。
エンカウトすれば全滅する危険性のある相手だ。
『全滅なんて……! させ、るかぁぁああああああああっ!! ですわぁッ!!』
「あ、れ、あっ! 弥勒さん私の盾もっていったぁ!? なにやってんのさ弥勒さーん!? こんなところで丸腰なんて私が死んじゃうじゃんかあ!!?」
片手に銃剣。片手に盾。
飛び出した『弥勒』に釣られるように照準を『弥勒』に構えたサジタリウス・もどきが、巨大な光の矢を放つ。
盾では防げない。
銃剣で防げるわけがない。
『なら、避ければいいんですわぁ!!』
限界まで体を捻った『弥勒』の脇腹を擦るように光の矢が射抜く。
防人の装束の内側が赤く染まった。
『痛ってぇですわねえ!! でも、思った通り!! そりゃそうですわよね! 自分で矢を曲げられるのなら、わざわざキャンサー・バーテックスを造る必要も連携させる必要もない!! 直線にしか飛ばないと分かってれば避けれないこともねえですわ!!』
蟹座を冠するキャンサー・バーテックスは硬い装甲を持つ。
アニメではその装甲を使い矢を反射させ勇者たちを苦しめた難敵だ。
だが、わざわざ"矢を反射させるほどの硬い装甲"という特性を持つバーテックスをサジタリウスと連携させるのは何故?
それを『弥勒』は自力では矢を曲げられないからと踏み、その推測は的中した。
『お次は広範囲にばら撒く長距離ガトリングのような矢の雨──言葉にすると意味わかんねえですわね!? でもそれは盾で防げる──!!』
雀から勝手に借りてきた盾を巨大化させ身を隠す。
地面に押し潰されそうなほどの衝撃が『弥勒』に押しかかる。
しかし、倒れない。
『弥勒』は止まらない。
『私は『弥勒夕海子』!! この名前を覚えて逝きやがれですわ! 弥勒家の名に恥じぬ生き様を見せてやりましょう!!』
骨を軋ませ、体を削られながら走破した灼熱の大地、その距離百メートル。
装束を纏った防人の身体能力なら五秒とかからないその距離を血を吐きながら詰めた弥勒が銃剣を構えた。
"神樹様信仰"が完全に根付いた世界で育った防人たちにあって、西暦の価値観をインストールした『弥勒』にないものがある。
アニメで"大赦"という四国の実質的な統治組織を知っている『弥勒』に分かることがあって、防人たちに分からないことがある。
一言で言えば、それは"神樹"と"大赦"への"信頼度"の差。
『弥勒』は気付いていた。
防人は"死ぬ事を前提にした部隊"だ。死んで補充することを前提に置いた部隊運用がされている。
統一規格化された共通装備がいい例だ。それは即ち、誰が死んでも同じ陣形で、同じ動きで運用できることを意味する。
世界という"多数"を守るために。大赦は少女の命という"少数"を斬り捨てる。
"ふざけるな"と『弥勒』は中指を突き立てた。
『私の目の前では! 絶対に誰も死なせない──ッ!!』
『弥勒』の銃剣が火を噴く。瞬きのような刹那の三連射。
巨大な光の矢を装填、発射しようとしていたサジタリウス・もどきの砲門に吸い込まれるように銃弾が叩き込まれ、その内部で溜められていた力が暴発する。
大爆発。
『ざまみやがれですわー! ってあづぅ!?』
爆風にあおられた『弥勒』が燃える大地を転がってついでに顔を火傷した。
『あつぅあ!? 顔にダメージがぁ! くっ、でも決まりましたわね……! 今のは勇者ガンと名付けましょう!』
爆煙が晴れる。
しかして、サジタリウス・バーテックス・もどきは健在だった。
『なんですとー!?』
しかし、完全に無傷というわけではなかったようだ。
その体はぼろぼろと崩れかけていて、自己再生に専念しているようにも見える。
『弥勒』は一つ忘れていた。
アニメ後半は満開祭りでバーテックスを一撃粉砕していたが、基本的にバーテックスは"倒せない"。
その体の強度は核兵器を千発撃ち込まれても殺せず、なおかつ強力な自己再生能力を持つ。
バーテックス・もどきは完成体バーテックスと違い核となる"御霊"を持たないため数段以上能力が落ちるが……それでも、防人の装備で倒せる相手ではなかった。
『インフレ進んだバトル漫画の初期キャラの心境ってこんな感じなんかですわぁ!?』
気分は天津飯。
いつの間にか餃子と一緒に置いて行かれる枠に入っていた。
『──ッ!? まずっ!』
最後っ屁とばかりに再生中の砲門を自壊させながら光の矢が放たられる。
砲門が破壊されているため威力、速度ともに先ほどまでとは比べるまでもなく弱いが、それでも『弥勒』を殺すにはお釣りが来る。
咄嗟に持ち上げようとした盾を取り落とす。
ここまでの無茶が道理を通せとばかりに『弥勒』の体を襲っていた。体が思うように動かない。死が迫る。
その、取り落とした盾が地面に着く前に。
「私の部隊で死ぬことをは許さないとッ!!」
全力疾走の勢いのまま盾を蹴り上げ、その盾を掴んでのインターセプト。
弥勒と光の矢の間に割って入った芽吹の構えた盾が激音と火花を散らせ光の矢を弾く。
「そう言ったわよね! 弥勒夕海子!!」
怒れる信念の瞳が『弥勒』を貫く。
芽吹はいつも何かに怒っていて、強く、頼もしく、死地に飛び込む勇気があり、"この人なら大丈夫"と思わせるような力がある。
そんな芽吹が『弥勒』は苦手で、心の奥底で憧れていた。
「弥勒さん大丈夫!? ってうわあああああ!? 星屑がぁ! ぎゃああああ!? メブ!? メブー!? 早くここから逃げないとまずいってぇ!! 囲まれ始めてるぅ!! 死ぬ死ぬこのままここいたら絶対死ぬぅ!!」
「雀、盾!」
「ぎゃー!? 投げて渡さないでよぉ!?」
『弥勒』たちの少し後方で防人たちが星屑と交戦しているのが見える。
その数は一秒毎に増えており、このままでは最悪分断の可能性も出始めている。
防人一人一人の戦闘能力は勇者に遠く及ばない。星屑の一体二体は一人で倒せても、それ以上増えると厳しくなってくるのだ。
そうなれば待っているのは死だ。
『弥勒』は立ち上がりながら芽吹を見た。
『私を助けに……?』
「そう言ってるでしょ! 帰ったら覚悟しておくことね! 早く立ちなさいっ! まだ動けるわね!?」
『むっ。この私を舐めてもらっては困りますわね。不死鳥の弥勒と呼ばれたこの私に戦闘不能はあり得ませんわ!』
「不死鳥なんて誰も呼んでないけどさあ!! 弥勒さん私を守ってくれるんでしょー!? 今! 今その時だから早く助けてよー!!」
『あ、待ってくださいまし! "採取"の任務は……!?』
「しずくが少し取ってくれてる!! ──総員ッ!! これ以上の作戦行動は不可能と判断し撤退します!! あのバーテックス・もどきが再生しきる前になんとしてもここを突破する!!」
「助けてってばぁぁあああああああっ!!?」
『結構余裕あるように見えますわよ雀さん』
「ないって言ってるのにぃ!? そもそも盾だけなんだから倒せなくてジリ貧なんだってぇ!! わーんメブー! 早く来て死んじゃうよー!」
『今行きますわよ!!』
「弥勒さんじゃないー!」
『本当に失礼ですわね!? この機会に弥勒の強さを網膜に焼き付けてやりますわ!!』
その後、執拗に襲いかかってくる星屑たちの包囲をなんとか切り抜け、防人たちは灼熱の地獄から四国結界の中へと帰還することが出来た。
軽傷者多数。
重、死傷者ゼロ。
天の神の炎により異界と化した地球の表面の土は十分な量を採取できなかったが、大赦の判断では"遭遇する可能性は非常に低い"と見られていたバーテックス・もどきと初任務で交戦してこれは偉業と言えるだろう。
何故なら、大赦はバーテックス・もどきと遭遇すれば防人は全滅すると考えていたし、全滅したら"次の防人"をすぐに用意できるようにしていたから。
疲労により四国結界内の外縁で座り込む部下の少女たちを見ながら、芽吹は思考を巡らせていた。
「(大赦の見解では勇者に既に倒されたバーテックスの残骸が現れる可能性は低かったはず……今回は運が悪かった? いや、それには何かがおかしい気がする……何か、とても嫌な予感がするわね。私たちの知覚外でとても良くないことが起こってるような──)」
うつ伏せになり死んだように動かない雀は譫言のように呟いていた。
「次ゼッタイ死ぬ……無理……これ無理……やめる……よーし、やめるぞ……やめてやるぞ……」
ぺたんと座り込んでボーッと空を見上げる『弥勒』もまた、思考を巡らせて。
『(あ──つっかれましたわぁ……。体が震えてる……めっちゃ怖かったですわあ……友奈ちゃんに慰めてほしい励まして欲しい……風先輩に抱きしめられてよしよしされたい……樹ちゃんに膝枕してもらって頑張ったねって言われたい……にぼっしーにサプリを勧められたいよお……東郷さんは……癒し要素……ないですわね……そういえば私、好きなアニメの世界に来てるのに原作の登場人物に会えないのどうなんですの……? 訓練のない日に勇者部のある讃州中学に行こうとしたら大赦の人に止められますし……やっぱり大赦はクソですわね……潰せるなら先に潰したほうがいいかも……大赦潰すとこの世界が回らなくなるのが痛いですわね……というか勇者が止めにきますわ……あれ? ということは大赦を潰してやる! をすれば勇者たちに会えますの?)」
テロリストみたいなことを考えていた。
重い足を引き摺るように防人たちは歩いていく。
「皆さん、お疲れ様でした。無事に帰って来てくれて、本当に良かった──」
傷付いた防人たちを迎えた"巫女"の国土亜耶は、涙を滲ませながらそう言った。
巫女とは神の声を聞く者。
亜耶に戦う力はないが、その代わりに彼女は神樹からの神託を受け取ることができる。
亜耶を初めて見たとき、『弥勒』は設定だけは知ってたけど巫女って本当にいたんだ! と感動した。
因みに、『弥勒』は亜耶が何をしているのかよく知らない。
その御役目の特殊性から親元を離れ防人たちのために用意された居住区(ゴールドタワー)で『弥勒』たちは暮らしている。
治療を終えた『弥勒』は、その自室のベッドに倒れるようにうつ伏せで飛び込んだ。
ギシリと、使い始めてまだ半年も経っていないベットがスプリングを弾ませる。
『火傷は大したことなくて良かったですわ……防人の装束の耐熱性も馬鹿になりませんわね……』
初めての命を賭けた戦闘の肉体的な疲労と精神的疲労が重なり、『弥勒』の瞼を重くする。
体は鉄を埋め込まれたようで、寝返りを打つ余力すらなくて。
今日は本当に、濃い一日だった。
『怖い……ですわね……痛かった……死ぬのも……痛いのも……怖い、ですわ……でも……弥勒の名に恥じぬ功績を……そして、勇者たちが戦わなくてもいい世界を……誰も……絶対に苦しまなくていい、世界を……あ、なんか忘れてると思ったら、カツオを食べ忘れてましたわ……でも、もう、眠……………………』
やがて徐々に独り言が途切れていき、規則正しい寝息を立て始める。
束の間の夢に沈むように、この日の『弥勒』は眠りに落ちた。
ここは正史からズレた世界。
何の因果か前世でアニメという形でこの世界のことを知る『弥勒夕海子』が現れた世界。
世界で起こる事象の全ては原因があるという。
ならば『弥勒夕海子』がこうなった原因もあるのだろうか。
答えはある。
理由はある。
因果はある。
弥勒夕海子が『弥勒夕海子』になった原因がある。
『弥勒夕海子』の存在は天の神への"切り札"となり得る。
それはそうと。
言い忘れていたが、これは"前世の記憶"で世界の真実の一端に触れた『弥勒』夕海子が。
ポンコツお嬢様が世界の運命をひっくり返す叛逆の物語だ。
芽吹「弥勒さん、訓練ではパッとしなかったのに実戦でのあの動きは一体……。まるで未来が見えているかのようだったわ」
雀「弥勒さんってもしかして強い……?」
しずく「……抱きしめられるのは、嫌いじゃない」
亜耶「弥勒さんはとっても頑張り屋さんなんです!この前はですねーー」