弥勒夕海子は魂が芸人だった。
本人は真剣に努力しているが、そういう資質があるためにどこか空回りしてしまうことがおおい、そういうポンコツ(他称)お嬢様(自称)だった。
芸人令嬢の朝は早い。
弥勒夕海子の一日はゴールドタワーの側にある臨海公園での優雅なティータイムから始まる。
白いテーブル(※臨海公園にそんなものはない)と白い椅子(※臨海公園にそんなものはない)のセットに白い陶磁器のティーポットとティーカップに注がれた紅茶(※もちろん臨海公園にそんなものはない)からスタートする弥勒の朝。
お分かりかと思うが朝の弥勒スターターセットは全て持参である。
海風に囁かれ、さざなみに耳を澄ませながら弥勒はティーカップを傾ける。
「風が唄っていますわ……」
「ぶふ──っ!」
弥勒が如何にもお嬢様! という陶酔に浸っていると、背後から噴き出す声が聞こえた。
振り返ると、加賀城雀がお腹を抱えて笑っていた。
「……何か言いたそうですわね? 雀さん。高貴なこの私が優雅な朝のティータイムを楽しむ事に何もおかしなところはないですわよ」
「風が……、う、唄って……ぶふーっ!」
「むきーっ! 貴方はいつもそうですわね雀さん! 今日という今日は私が真のお嬢様である事を証明してあげますわ!」
「もう諦めようよ弥勒さん。近くのコンビニじゃなくてちょっと離れたところにあるスーパーに行く弥勒さんがお嬢様は無理だよ」
「お金は大切ですのよ!? 日々の節約が生活費に直結するのですわ!」
「生活費って単語がもうお嬢様からかけ離れてるよね」
基本的にこの二人は顔を合わせれば騒がしい、そういうタイプだった。
一通り言い合って、息を落ち着けてから弥勒は言った。
「……それで、こんな朝に珍しいですわね。いつもは雀さんはまだ寝ている時間だったと記憶していますわ」
「……弥勒さんはいつもこんなに早く起きてたんだね」
「ええ。私には弥勒家の再興という使命がありますからね。防人の御役目で功績をあげ、大赦に必ずやそれを認めさせますわ。そのための訓練は欠かせません。それがたとえ早朝であろうと」
「……弥勒さんのそういうところ、本当に凄いなあ……」
えっへんと。自信満々に胸を張る弥勒を、雀は眩しいものを見るように目を細めた。
雀がここに来た理由はお嬢様っぽい事がしたい単純な弥勒とはまた少し違う。
雀は怖かったのだ。防人としてゴールドタワーに集められ、世界の真実を伝えられ、化物と戦えと言われて、怖かった。
訓練が始まり、初任務の日程が決まり、不安で不安で眠れなくて、いつの間にか朝になっていた。
そして、暗闇で彷徨う人が光に惹かれるように、雀は朝日を追ってここに来た。
人間、たまには意味もなく海を見たくなるときもある。意味があればなおさらだろう。
「ねえ、弥勒さんは怖くないの?」
弥勒の精神性は雀には理解できない。
雀の目には、弥勒は死を恐れない狂人のようにも映っていた。
「ええ。怖くありませんわ。私は弥勒の名に恥じる行いをするつもりはありません」
でも。
臆病者な自分にはない強さを持った、凄い人だとも思っていた。
「私はきっと、弥勒さんのようには一生なれないや……本当に、凄いなあ……私は、怖くて、怖くて……」
「ふっ。一般人が高貴なる者に憧れるのは無理もないですわね。ですが、そうですね……民を守るのも高貴なる者の務め。怖くて仕方がないというのなら、雀さんのことは私が守ってあげますわよ?」
片目をつぶって弥勒は得意げだ。
凄いと言われた事が高貴! お嬢様! と嬉しかっただけだ。
けれど、雀を守るという意思に嘘偽りは一切ない本気の言葉だった。
ぶっちゃけ弥勒はそんなに強くない。
努力に裏打ちされた体力面は並大抵ではないものの、技術面がそれについて行っていない。
弥勒に言われるよりも芽吹に言われた方が雀は安心出来たし、実際雀が弥勒に安心感を覚えることはなかった。
それでも、それは雀が一番欲しかった言葉ではあった。
「……うん。約束だよ? 弥勒さんが守ってくれなきゃ、私死んじゃうからね」
「ご安心なさい。弥勒の名にかけて約束しますわ。この弥勒が一匹残らず残りの敵を打ち倒すのですから」
「一般家庭の苗字にかけられてもイマイチ安っぽさがあるよね」
「ぬわぁんですってぇ!? 弥勒家は由緒代々続く歴史ある家系で──!」
「仮にそれが本当でも今は没落してるんでしょ? なら一般家系なんじゃない?」
「ぐっ! いえっ!! 私の代でお家復興を成し遂げるのだから名家なのです!!」
「理屈を力技でねじ曲げるのやめよ?」
雀に安心感を与えることは出来なくても。
弥勒の言葉は、雀が前へ歩いていくための力にほんの少しだけなっていた。
そして現在。
『今思えばこれって死亡フラグじゃんですわ』
『弥勒』は紅茶を飲みながら過去の記憶を掘り返していた。
『残りの敵もオレが倒してやるぜ! 私の統計だとこの台詞を吐いた者は高確率で死亡しますわ』
死因は敵の自爆攻撃。
弥勒の脳内に数日前のサジタリウス・バーテックス・もどきの大爆発がよぎる。
ヤムチャしやがって……。
気持ちのいい朝である。
潮の香りを運ぶ心地よい風を感じながらもはや習慣と化した紅茶を飲む。
アッサムの奥深い味わいが喉を通り、『弥勒』は満足げに吐息をこぼした。
『ほぅ……。やっぱりいいですわね、紅茶。最近は美味しい淹れ方というのもマスターしてきましたわ』
練習すればするほど上がる紅茶の味にちょっと楽しくなった『弥勒』はまあまあのめり込んだ。
その成果はきちんと出ている。
『朝日を浴びながら波の音をBGMに美味しい紅茶を飲む……』
そこで、『弥勒』は言葉を切った。
次の瞬間。
『無駄しかねえですわねこれぇ!?』
その通り。
「気づくの遅いよ!? 私、ずっと言ってたじゃん!」
『弥勒』の対面に座る雀が情けない声をあげる。
『弥勒』の淹れた紅茶を飲む雀はまだ眠気が残っているのか、少しだけ目をぱちぱちとしていた。
『そうは言っても雀さん。この体が、この魂がどうしようもなく紅茶を求めるのですわ。ここで飲まないと体に力が入らねぇのです。恐るべしは今生で染み付いたルーティン。一日の前に紅茶の味を思い出す! (ゴク……』
「一ヶ月ぐらい前から弥勒さん突然訳わかんないこと言い始めるよね。あ、元からか」
『それはどういう意味ですの?』
「とにかく弥勒さんのヘンテコ体質とかはこの際どうでもいいの! 私が付き合う必要やっぱりないよね!?」
『いいえ雀さん。貴方は必要な人ですわ。自分を卑下することはこの弥勒が許しません』
「あ、もうオチが読めたよ私」
『一人だと机と椅子の運び出しが面倒ですわ』
「だと思ったよ!!」
不満たらたらの雀だが、意外にも『弥勒』が誘ってから朝のティータイムを欠席したことは一度もなかった。
『弥勒』は内心ツンデレですわね、なんて思ってたりするが、口には出さない。
朝は出来るだけ寝たい派の雀がどういう理由で『弥勒』に付き合っているかを、ポンコツお嬢様は知らない。
ただ一つ言える事は、雀にとってこの時間は口で言うほど悪いものではないという事だ。
朝のティータイムが終われば『弥勒』の体にエンジンがかかり始める。
机や椅子、ティーポットなどを片付けた『弥勒』はジャージに着替えランニングを行うのが日課だ。
『ん、んっと。体の調子は問題なさそうですわね。それでは、行ってきます雀さん』
「体はもう大丈夫なの? 前の任務で……」
『ばっちり完治してますわ。もともと大した怪我ではなかったですし、療養期間も設けましたから』
数日前の四国結界外の調査任務から今日まで『弥勒』は負傷した体を休めていた。
なので、今日は訓練再開の日となる。
ちなみに、療養期間の弥勒はお見舞いに来てくれる国土亜耶と双六やトランプをしていた。
『はあー、亜耶さんの癒し効果は最高ですわ』
「今なんか弥勒さんが凄いおじさんに見えた。あややが弥勒さんに懐いてるのは防人七不思議だよ。催眠かけてない?」
『女子中学生を催眠おじさん呼ばわりはあんまりでは?』
雀と別れランニングを終えた『弥勒』はシャワーを浴び、ゴールドタワー内の食堂で朝食を取る。
同じく朝食をとりにきた防人の少女たちはそれぞれ特に仲の良いグループで固まることが多い。
『弥勒』にとってそのグループは雀を始めとした芽吹、しずく、亜耶の四人だ。
姿が見当たらなかったので取り敢えず席に着いて食べ始めていると、『弥勒』の対面に朝食を乗せたお盆が置かれる。
『あら、芽吹さん。おはようですわ』
「おはよう弥勒さん」
『弥勒』は芽吹の事が苦手ではあるが、嫌いではない。
普通に朝食を共にするぐらいの交友関係は築けている。
『うどんに茹で卵、豆腐にササミにサラダ……今日も意識高い系のOLみたいな朝食ですわね』
「そういう弥勒さんも相変わらずカツオを……朝からカツオのたたきにカツオの竜田揚げ? え? カツオをおかずにカツオ食べてるんですか?」
『いいですか芽吹さん。一度出来上がった味覚を変える事はほぼ不可能です』
「そう……え? 今ので説明終わり?」
カツオでカツオを食う説明にはなってなかった。
弥勒の大好物カツオは当たり前ながら『弥勒』の大好物でもある。
やがて雀、亜耶、しずくという順でメンバーが揃い、自然と会話も増えていく。
『やはり私もお嬢様として農業をするべきかと思いますの』
「弥勒さんって割と天然だよね」
『知らないのですか雀さん、今のお嬢様ブームは農業ですのよ』
「さすが弥勒さん! いっぱい色んなことを知っていますね!」
「どこまで純粋なのこの子……?」
「ちょっと弥勒さん、あややに変なこと教えないでってば!」
『ゴールドタワーの屋上に畑を作りましょうか。あの女性神官の方に打診してみる価値はありますわね。どう思いますかしずくさん』
「……試すだけなら自由」
「少なくとも農業大好きなお嬢様はお嬢様として多分どこか間違ってるから! しずくも弥勒さん乗せたらだめだよ、この人本気でやる!」
「あっ。雀、マイナスとマイナスをかけたらプラスになるわよ」
「今それなんか関係あるのメブ!?」
全員が食べ終わり暫くすると、ゴールドタワー内で授業がない日は『弥勒』たちは訓練へ行くため亜耶とは別行動になる。
『実は私、二刀流の訓練を受けていた事がありまして。うおりゃー! にぼっしー直伝の銃剣二刀流ですわー!』
「実戦で使う機会のないものを練習してどうするんですか!! 防人は部隊よ!!」
「弥勒さんが二刀流ってことは銃剣型の人が一人丸腰になるってことでしょ? あれすっごい怖いんだからね? 私の盾勝手に持っていったこと実はまだ根に持ってるからね弥勒さん?」
『二刀流なら芽吹さんにも負けませんわ! 今日こそ私が勝ァつ!! ですわ!』
「あああっ!! 取ってつけたようなお嬢様口調がイライラする! 私の部隊で勝手はさせない!!」
「またメブと弥勒さんの模擬戦が始まった……」
「……今日も芽吹が勝つ」
「……あ、メブも二刀流で弥勒さんをぶっ飛ばした」
『くっ……! 流石ですわね芽吹さん! ですが! これで私が諦めると思ったら大間違いですわよ!』
「諦めろって言ってるんだけど!?」
貪欲に芽吹の防人番号一番を狙うお嬢様『弥勒夕海子』。
『弥勒』の実力はぐんぐん上がり、『弥勒』に触発された防人たち全体の実力も底上げされている地味な効果があった。
一度昼食を兼ねた休憩を挟み、訓練が終わった後は、少女たちはだいたい大浴場で汗を流す。
『むんっ』
「わ、弥勒さんまた筋肉ついた?」
『ええ。どうやら筋肉が付きやすい体質だったみたいですわね。嬉しい誤算ですわ。フィジカルは強いに越したことはねえですから』
「カツオのおかげって言わないんだ……。でもさ、ほら、私たちも歳頃の女の子なわけだしさ、あまり筋肉つくのは嫌じゃない? 防人の装束を纏えば素の筋力なんて誤差だしさ』
『大胸筋もこの通りなので問題ありませんわ』
「……メブー! メブゥー! 弥勒さんがマウント取ってきたぁ!! 持たざる者の苦しみなんて一生分からない持つ者として煽ってきたぁ!! メブからも何か言ってやって──」
「こら、雀。浴場ではしゃがない!」
「……うわーん! メブの裏切り者──っ!!」
「急に何なの!?」
「うぅ……私の気持ちを分かってくれるのはしずくだけだよ……」
「……」
「え? なんで不満そうな顔するの!? 一緒にしないでみたいな顔しないでよぅ〜〜!!」
風呂から上がり晩ご飯が終われば自由時間となる。
芽吹や『弥勒』といった自主練に励む者を除き、就寝までの僅かなひとときが防人たちの憩いの時間だ。
この頃になると巫女の勤めをしている亜耶も姿を見せ、小学生のような容姿をした素直な良い子である亜耶は防人の少女たちに可愛がられていた。
過酷な御役目に従事していても、少女たちから日常がなくなるわけではない。
友達と他愛のない話をして、一緒にご飯を食べて、訓練の合間に遊んで、また明日と布団に潜る。
掛け替えのない日々の時間が彼女たちにもある。
『弥勒』は思う。
『使い捨ての駒。替の効く量産品。……ふざけんじゃねえですわ』
夜の浜辺で素振りをする『弥勒』の手に力が篭る。
『人は皆"ただ一人"。変わりなんていない』
だから否定する。
大赦のやり方を認めない。
勇者がもう苦しまず幸せであれるように戦う覚悟を決められる『弥勒』が、死地に放り込まれ懸命に日々を生きる防人たちに肩入れしないはずがない。
あと、根本的に『弥勒』は大赦が嫌いだった。
湧き上がる反骨芯。言いなりになど絶対になるものかというスタンス。
『風先輩泣かせたの許さねえ……ですわ』
面倒くさいファン心理というやつである。
『それに、もし犠牲になるべき人がいるのだとすれば……』
その先の言葉は、月明かりにうっすらと染まる波の音にかき消され消えていった。
防人たちに次の任務が言い渡されたのは、それからさらに数日後のことだった。
隊列を組み灼熱の大地を歩く。
周囲を警戒し、散発的に発生する星屑との戦闘を危うげなく乗り越え、作戦目標地点である採取ポイントで土や溶岩を羅摩に保存する。
順調すぎるな、と芽吹は思う。
「大赦の考えすぎ……いや、でも胸騒ぎがする……」
どうにも嫌な予感が拭えない。
芽吹は出発前に女性神官から告げられた言葉を思い出す。
防人のリーダーである芽吹には初任務の結果を踏まえた大赦からの見解が伝えられていた。
曰く、天の神は"バーテックスの再生産にリソースを割いている可能性がある"。
何故かは分からない。だが、事実としてこれから先、防人の任務中にバーテックス・もどきと遭遇する可能性は高い、と。
そうなった場合、部隊の全滅だけは避けろ、とも。
つまり、最悪一人だけでも"生き延びさせて"採取物を持ち帰れ、ということ。
明らかな捨て駒前提の運用の仕方。
「私の部隊で死者は出さない……。絶対よ。そして、功績を大赦に認めさせて私は勇者に……」
一人思い詰める芽吹の周囲では、『弥勒』が溶岩と土を混ぜて作った団子を投げていた。
『唸れ闘魂! 燃えろ魔球! 私の全力は百二十キロちょいですわー!』
「うわあぶな!? 溶岩飛び散ったじゃんか!! しかも今の明らかに二百キロ以上出てた!!!」
『すげーですわね防人の装束。この溶岩玉、星屑に当てたらダメージ与えられるか試したくなってきますわ』
「弥勒さん頭弱いの?」
『あれ? シンプルに罵倒されてます?』
「効くわけないじゃん。神樹様の御加護のある武器じゃないと倒せないって言われたし。それよりちゃんと周囲を警戒してよ。星屑が襲ってきたら、私を守るのは弥勒さんの役目なんだからね。メブは採取してる人たちの護衛だし」
『まあ、それもそうですわね……。溶岩ってうっすら光ってますし、色合い的にも光るうんこみたいで気品が損なわれるのでやめますわ』
「今まさに気品が弥勒さんから根こそぎ損なわれたよ」
「雀! 弥勒さん!! 遊ばないでちゃんと警戒をしてっ!!」
「ひぃ! ご、ごめんねメブー!」
『了解ですわ』
採取を終える頃になると、一箇所に留まっている防人たちを見つけた星屑が次々に襲いだす。
無限に等しい物量を誇る星屑の相手をまともにしていれば直ぐに限界が来る。
芽吹の号令の下防人たちは撤退を開始した。
星屑の数を減らしながら四国結界へと進む防人たちの前で、数十匹の星屑が体をぶつけ合い混ざり合っていく。
「な、何あれー!? メブー! あれすっごいやな感じがする!」
「くっ、ここで出てくるのね"強化個体"……!!」
バーテックスは星屑が融合して形成される。
"今の時期"は完全なバーテックスが現れることはないが、"成りかけ"程度のものなら前回のサジタリウス・もどきのように出現する事がある。
星屑が何十体も融合し、角のようなものを持つ異形の個体が生み出される。
大きさも通常の星屑とは比較にならない。
故に"強化個体"。
星屑の包囲されつつある中出現した強化個体。
芽吹は即座に判断を下した。
「番号一から七で前方の強化個体を抑える! 八番は残りを率いて星屑を突破し四国結界内へ! 殿は私たちが受け持つ!」
「大丈夫なのメブ!?」
「指揮官型は優秀よ。こういうときのために装備も他の防人より強いの。雀! ここは任せて早く行きなさい!」
「……う、うん! でも絶対死んじゃダメだよ!? メブが死んだら私を守れなくなっちゃうからね!? 絶対だよ!?」
「言ってるでしょう。私は絶対に死なないし誰も死なせないわよ」
雀が背を向けて走っていく。
『弥勒』は動かず、芽吹を見ていた。
「弥勒さん貴方も──」
『芽吹さん』
芽吹の言葉を遮る『弥勒』。
その瞳は真剣だった。
逼迫した場面でなお息を飲んでしまうほどに、『弥勒』はマジだった。
『弥勒』が口を開く。
『さっきの死亡フラグですわよ。生存フラグを建てておいたほうがいいですわ』
「うるさい! さっさと行け!」
指揮官型の少女に率いられ、『弥勒』たちは四国結界へ走る。
「メブ……っ!」
「……私たちが逃げる時間を稼ぐだけ。倒すわけじゃない。芽吹たちなら大丈夫」
後ろを振り返る雀の背中をしずくが押す。
部隊に壊滅的被害をもたらす可能性のある強化個体を強い者が抑え、その隙に残りで星屑の包囲網を突破する。
咄嗟の判断であるということを加味すれば上出来だ。
事実、『弥勒』たちは星屑を順調に倒し道を切り開いている。
後は芽吹たちが強化個体を倒すか、隙をついて離脱し『弥勒』たちの作った道を走ればいい。
危ない場面にも関わらず、全てが上手くいっていた。
そういうときに、悪魔はやってくる。
先頭で他の銃剣型の防人と星屑を倒していた『弥勒』の前に現れる巨大な影。
それは白い布のような器官と膨らんだ下腹部を持つ、乙女座バーテックス・もどき。
防人では敵わない死神が、再び目の前に出現した。
『ヴァルゴ……!? ヴァルゴの攻撃は──まっ、ずい!!』
『弥勒』の中の記憶が瞬時に蘇る。
アニメ一話に登場したヴァルゴは印象深い敵だ。
勇者へと変身した主人公によって倒される、物語的に言うのなら"やられ役"。
だが、勇者のいないこの場では話は大きく変わる。
ヴァルゴの攻撃方法は白い布のような器官による打撃。そして、膨らんだ下腹部からの"砲弾"。
砲弾だ。その攻撃範囲はバーテックス全体の中でも上位。威力と範囲攻撃を高い領域で兼ね備えた、部隊で戦う防人たちにとっての天敵。
『護盾隊、急いで!!!』
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬやばい死ぬ──ッ!!!」
『弥勒』が叫んだのと、雀が後方から飛び出してきて盾を巨大化させたのと、ヴァルゴの下腹部から光の砲弾が発射されたのはほぼ同時だった。
防人たちにヴァルゴの砲弾が打ち込まれ、着弾。
爆発した。
爆発死亡フラグ回収。