外出届の不受理だけに留まらず、讃州市方面へ向かう電車にまで大赦の見張りがいる徹底っぷり。
流石にそこまでされると、大赦が勇者と防人を引き合わせたくないのだと誰にでもわかる。
『理由は分かりますわ』
勇者とは勇気ある者。そして、心優しい少女たち。
命を危険に晒し、バーテックスと戦うかもしれない御役目についてる防人たちの存在を知って、彼女たちが傍観することはあり得ない。
絶対に自身の身の危険を顧みず協力しようとするはず。
"誰かが辛く苦しい思いをするぐらいなら、私が頑張る"。
大なり小なりはあれど、勇者は基本的にこういう性質を持った少女が選ばれるものだから。
"勇者がこれ以上苦しまないこと"を望む『弥勒』にとっても、それは本意ではない。
本意ではないのだが、それはそれ、これはこれである。
推しの彼氏になるのが解釈違いでもお兄ちゃんになりたいオタクがいるように、勇者たちを戦いから遠ざけたいけど勇者に会いたい『弥勒』もいる。
そういうことである。
『ですが、私たちが防人である事は秘密にしましょう。しずくさんもそれで構いませんわね?』
「分かった。私も……それがいいと思う」
『しずくさんとはいいカツオ出汁が飲めそうですわ』
「でも。公共交通機関は使えない。私たちは運転もできない。弥勒。どうやって讃州中学まで行く?」
防人たちが暮らすゴールドタワーから勇者たちの通う讃州中学までは、ざっくり言えば電車で移動する距離である。
香川県の北端に近い位置から愛媛県との県境辺りまでの移動だからだ。
訓練を受けているとはいえ、女子中学生の足でこの距離を徒歩で行くのは骨が折れる。さらに、時間をかければかけるほど大赦に見つかり連れ戻されるリスクも跳ね上がっていくだろう。
求められるのは効率的な移動手段。『弥勒』には考えがあった。
『防人の戦衣に変身してから移動しますわ』
「え?」
『バーテックスと戦うために上がった人外級の身体能力を移動に使うのですわ』
「え?」
『コストもゼロですし電車より速く走れる。完璧ですわね』
「え?」
ビバ、神樹様の力の私的利用。
"神樹信仰"が全国民に刷り込まれているこの世界では生まれ難い発想で、西暦に近い価値感覚で神樹を捉えている『弥勒』には自然と思い付く着想だ。
神に対する認識が根本からズレているのだから。
夜明け前にゴールドタワーを抜け出し、讃州中学に登校してくる勇者たちとエンカウトする。
移動手段は徒歩(変身して)。
大赦の監視を振り切って……大赦という障害を切り抜けながら走破する道のりはかの有名なビデオゲームを彷彿とさせる。
故にNew スーパーミロクシスターズ。
臨海公園に赤と緑の帽子を被った二人の成りきり配管工の少女たちが並び立つ。
『準備はいいですわね?』
しずくが頷く。
『覚悟の用意もいいですわね? 恐らく私たちは良くて芽吹さんに大目玉、悪ければあの女性神官に監禁されるかもしれませんわ』
しずくが頷く。
『道中の軽食はカツオにしますわよ』
「ラーメンがいい」
しずくは頷かなかった。
『……カツオには"勝つ"という言葉が含まれていますわ。そしてオとは尾、終わりを連想をさせる言葉。カツオには勝って終わるというげん担ぎの意味合いがありますわよ』
「とても大事な大一番になる。ラーメン以外あり得ない。それに。カツオをいつも食べてる弥勒はよく楠に負けて終わってる。カツオにご利益がない事は明白」
『急に切れ味鋭くなりますわね!?』
軽食兼朝食論争もそこそこに、二人は懐からスマホを取り出す。
神樹の力というオカルトを科学的に制御したのが勇者システム。勇者はスマホのアプリで変身する。
その勇者システムを流用して作ったのが防人システムであり、必然的に『弥勒』たちもスマホで変身するのだ。
SFチックな装束を身に纏う『弥勒』としずくが夜明け前の香川を走る。
とはいえ。
防人は車より速く走ることが出来るが、まさか馬鹿正直に車道を走っていくわけにもいかない。
時間が時間とはいえ物流のトラックはこの時間帯に走っているし、起きて活動する人間も僅かだが存在するからだ。
『まあ誰かに見られてもコスプレ少女ぐらいで終わりそうな気はしますが……』
「私たちの年齢だと。通報される」
『それなんですわよね……』
深夜徘徊をするコスプレ少女を発見したときに人間が取る行動は、スマホで撮るかスマホで警察に通報するかのどちらかの可能性が高い。
その人間が善良であればあるほど、少女たちのためを想って警察に連絡をするだろう。
大赦は四国の公的機関を実質掌握している。そこから大赦に"防人が結界内で変身していた"とバレるのは避けたい事態の一つだ。
なので当然、写真を撮られてSNSで拡散されるのも非常に困る。
従って出力に任せた強行突破ではなく、スニーキングミッションのようにこそこそ隠れながら移動していた。
『ストレスなく横スクロールアクションさせやがれですわ』
「弥勒。酔っ払いのおじさんがいる」
『ノコノコですわね。酔っ払ってるから同じところをウロウロするんですわ』
「弥勒。弾き語りしてる人が」
『パタパタですわね。ギタリストはテンション上がるとぴょんぴょん飛び跳ねてますわ』
「弥勒。そこの路地裏からなんか聞こえる」
『プクプクですわね。飲み過ぎた大人はよくブクブクしてますわ』
「弥勒。真っ白の神官服の人が見える」
『テレサですわね。仮面つけてますから見つかったらくぐもった変な声出して近付いてきますわ』
「弥勒。カップルが歩いてる」
『ブンブンですわね。繋いだ両手を振ってムンムンしてますわ』
「弥勒。スマホに通知が来た」
『ジュゲムですわね。息着く暇もなくどんどんスパムメールを投げ込んできますわ。……今なんて? え? もう芽吹さんたちにバレました?』
「弥勒。起床アラームだった」
『紛らわしいですわ!!!』
「弥勒。あの人たぶん大赦の監視」
『クリボーですわね。踏んづけて行きましょう』
「弥勒。それは無理がある。ムリボー」
『たまに見せる切れ味は何なんですの?』
「あと私はドラクエ派」
『何でもいいですわよ! では私は勇者……いや、魔法使いもいいですわね。お嬢様ですので』
「私はたまねぎ剣士」
『FFに帰れですわ』
「ジョブチェンジしないの?」
『FFに帰れですわ』
隠れながらの移動でスピードは落ち、時には遠回りもする道のりではあったが流石に元々のスピードや出来ることの多様さが違う。
時には走り、時にはジャンプで障害ごと飛び越え、朝日が上りきる前の幾重にもベールを重ねたような薄闇の中を二人は順調に進み続けた。
しずくは思う。
「(弥勒は……どうして……)」
乃木園子と鷲尾須美が生きていることを教えてくれて。
少なくとも鷲尾須美は讃州中学にいることも知っていて。
今、こうやって危険を犯してまでしずくをそこに連れ行こうとしてくれている。
なぜ自分にそこまでしてくれるのかしずくは分からなかった。
だって、しずくは防人の中でも孤立していたから。本当の意味で独りぼっちだったから。
血の繋がっていない他人とこんなに長く一緒にいる事は、しずくにとって初めてだった。
こんなにも誰かと一緒にいてストレスにならないのも、しずくにとって初めてだった。
『弥勒』には不思議な気やすさがあり、それはしずくが憧れた勇者とどこか似ているような気がした。
「(弥勒と話してると。友達とそうしてるような、そんな気がしてくる)」
いつの間にか、しずくはそう思うようになっていた。
「……ぅ」
『どうしました?』
「……なんでもない。ちょっと目眩がしただけ」
『今日……正確には昨日ですが、普通に訓練もしていますからね。疲労が溜まっていてもおかしくはありませんわね……時間に余裕もありますわ、休憩を一度挟んで……』
「いい。大丈夫。朝になる前に出来るだけ進んだ方がいい。そうでしょ」
『フッ。その意気やよしですわ。ペースを上げますわよ!』
太陽が昇り始め風景がぼんやりと黒から青へ近づき始める。
海の中にいるような薄い藍色の世界を走りながら、『弥勒』はお腹へ手を当てた。
『お腹空きましたわね……』
深夜は何故かお腹が空きやすい現象。
それを抜きにしても、最後にしっかりと食事をとってから既に十時間以上活動している。小腹も空くというもの。
『それにこの時間帯になってくると体が紅茶を求め始めるんですわよね……』
「面白すぎるだろその体内時計」
『毎日の習慣というやつですわ。もう体に染み込んでしまってやがるのでしょうがねえですわ』
「カフェイン中毒者みてえだな。まあ、自販機で適当に買えばいいだろ」
『市販品の紅茶飲料も美味しいのは認めますが、自分で淹れ始めるとちょっと凝り始めまして。贅沢を覚えた舌が淹れたてを求めてますのよ……ん?』
違和感を覚えた『弥勒』が振り返る。
『弥勒』の少し後ろを走っているしずくが怪訝な顔をした。
「なんだよ。前見て走らねえと危ねえぞ」
『え、ええ、それはそうですわね』
前へ向き直る。
『(ん?)』
そして再度勢いよく振り返った。
『急に思春期特有の反抗期が来たんですの? 盗んだバイクで走り出してはダメですわよ』
「ンなことするかよ。つーかお前も俺と歳変わんねえし、第一今の俺たちなら走った方が速いだろうが」
『変わった口調は反社会性の現れですか? 手を貸しますわよ、私も大赦は殴りたい』
「俺が言うのもなんだけどよ、普通そこは止めねえか?」
『ところで貴方誰ですの?』
「山伏しずく以外の誰かに見えるか?」
『しずくさん本人に見えますわね。もしかして突然前世の記憶とか思い出したりしました?』
「最初に想定する可能性がそれか? ンなことあるわけねえだろ。お前なんかズレてんなあ」
『ではダーマ神殿に行ったんですわね。私にも紹介して欲しいですわ。ちょっと姫になってきますので』
「吟遊詩人が精々だろ」
『いずれスーパースターになる器……なるほど、一理ありますわね』
「無敵か?」
はあ、としずくはため息をつく。
「こいつレスバ適正高すぎるな……」
『お嬢様にはゲーミングも求められますわ。当然の嗜みですわね』
「お嬢様概念の蠱毒でもやってんのか?」
『前世の記憶でもないなら……二重人格あたりっぽいですわね』
「そうなるな。俺はしずくのもう一つの人格ってことになる」
『なぜ今急に?』
「ここ数日緊張であんましずくは眠れなかったみたいでな。限界が来て寝落ちしたから代わりに俺が走ってやってんだよ」
『遠足前の小学生ですの?』
「それだけしずくにとって今日が特別だったってわけだ。つーか、特に驚いたりしねえんだな、あんた。こんな反応されたのは初めての経験だぜ」
『まあ、私も二重人格みたいなものですので』
「へえ。やっぱり似非お嬢様ロールやってる方は別人格だったんだな」
『似非じゃないですわ!! そのいい笑顔やめないと頬をつねりますわよ』
会話をしながら『弥勒』は頭を回していた。
二重人格。
それは頭の中に"もう一人の自分"が存在する症例だ。
そして、別人格が発生するパターンで最も多いのが強烈な負のストレスからの"心の防衛"である。
例えば、戦争でゴミ屑のように人が死ぬ場面を何度も見た軍人が。
例えば、目の前で殺された死体と長時間放置され、死体が腐りゆく過程をずっと見ていた大人が。
例えば、親から日常的に虐待を受けている子どもが。
己の心を、精神を守るために"強い自分"を生み出すことで別人格が生まれる。
もちろんそれだけが原因ではないが、しずくがそれに匹敵する"もう一人の自分がいなければ耐えられないような状況"にあったことは間違いない。
『弥勒』は躊躇いがちに口を開く。
『……それはいつから、とは聞いてもよろしいですの?』
「あぁ? 聞いてどうするんだよ」
『もし貴方が防人の御役目が原因で生まれたというのなら……防人に居続けるのは、恐らくあまり良いことではないと思いますわ』
二重人格が強烈な負のストレスから生まれるのなら、そのストレスの発生源にいる事はマイナスにしかならない。
『弥勒』のしずくの心を案じた言葉に、ふっと口元が緩む。
「そういうことか。心配いらねえよ、俺が生まれたのは小学生の頃だ。防人が原因じゃねえ。……それに、俺たちにはもう此処しか居場所がねえんだ。余計なことはすんなよ」
その言葉から『弥勒』は大体の事情を読み取った。
防人が原因ではなく、幼少の頃に強烈なストレス環境にあり、防人以外の居場所がない。
中学生の少女なのだから防人を辞めても、帰る実家があるはずなのに。
しずくの二重人格の原因が親による虐待の可能性が高いことを『弥勒』はおおよそ察した。
『何も問題ないのなら私から何かすることはねえですわ。ご心配なさらず』
「……そりゃ良かった。しずくのために防人から遠ざけるなんて言ったらぶっ殺してるところだったぜ」
『貴方がしずくさんを守ろうとしてるのは見てて分かりますわよ。私よりもしずくさんの近くにいる貴方がそう言うのなら、防人にいる方がしずくさんにとってもいいのでしょう』
言葉の節々に"しずくのために"行動している事が表れていた。
口は悪く、ついでにガラも悪いしずくの別人格だが、その存在理由はしずくを守るということに起因する。
この短い会話だけでも、悪い人間ではないと『弥勒』は感じていた。
だから、何の気なしに『弥勒』は言った。
『で、貴方の名前を伺っても?』
「はぁ? お前ずっと名前呼んでただろうが」
『いえ、しずくさんではなく。貴方の名前ですわよ』
それは、『しずく』の胸を揺さぶる言葉だった。
「──名前、名前か。俺にそんな事聞いてきたのはお前が初めてだ」
彼女は山伏のしずくの別人格である。
従って、彼女の存在を証明するものはこの世界に何一つない。それは山伏しずくのものだからだ。
誰かが彼女の存在を記憶することでしか立証されない、そういう命。
名前とは誕生を祝う儀式だ。
この世に生まれた全てのものには名前があり、名前には想いが篭る。
込められた愛がある。
彼女は山伏しずくの別人格である。
それを不満に思ったことはない。しずくだって大切に思っている。
でも、しずくを守るためにしずくが生み出した彼女は強くて、強く在ろうとして。人と話す事が苦手で、自己主張も得意ではないしずくが生み出した彼女は、しずくと違って自己主張が激しく、攻撃的で、そんな彼女だからこそ近づく人はいなかった。
彼女は山伏しずくの別人格である。
彼女は生まれた理由に忠実だった。彼女はちゃんとしずくを守る事ができた。
でも、しずくは独りぼっちのままだった。
『しずく』のことを気にかける人もいなかった。
別人格の存在を証明するものはない。彼女は誰かの記憶に残って初めて存在する。ならば、誰にも覚えられない、誰の記憶にも残らない彼女は、いったい何なのだろうか。
それで良いと思った。
いつかしずくが幸せになった時に、『しずく』が必要なくなった時に自分が消えることは分かっていたから。
だけど、考えた事はある。
しずくが神樹館に通っていたとき、唯一しずくに気さくに声をかけてくれた少女がいた。
少女に名前を呼ばれたときのしずくの感情を彼女は知っている。
そのとき、少しだけ考えてしまった事が、あるのだ。
俺も、あんな風に──。
『弥勒』は名前を聞いた。
『しずく』をしずくとして見るのではなく、一個人として見ていることの何よりの証明だった。
それが、『弥勒』の知らない理由で『しずく』の心を打つ。
「……そうだな。シズクとでも呼んでくれ。俺はそれがいい」
『ええ。ではシズクさんと。貴方のことはそう呼ぶことにしますわ』
シズクの胸に、温かいものが広がる。
「はは、なんだよ、こんな気持ちになるのか」
『名前を呼ばれるのは擽ったいかもしれませんが、慣れておく事をお勧めしますわよ。友達に名前を呼ばれたり友達の名前を呼ぶ機会なんて、これからたくさんありますもの』
「俺とお前、友達だったのか?」
『えっ。一緒に防人やってる仲間で、今はこうして大赦に反発して讃州中学に行くような仲なのに友達だと思ってたの私だけだったんですの!?』
心底驚いている様子の『弥勒』を見ていると、自然とシズクから笑みがこぼれ落ちる。
しずくの心残りを晴らすための道中だった。
その僅かな時間で、シズクは人知れず満たされていた。
弾む心を誤魔化すようにシズクはペースを上げ『弥勒』を追い越す。
「おい、駄弁ってるからペース落ちてんぞ」
『む。この弥勒を追い越すとはやりますわね。ですが、体力なら負けませんわよ』
「へっ、いいね。じゃあ競争しようぜ。朝飯は勝った方のリクエストだ。さっきに言っとくが、俺は俺より弱いやつの意見は聞かねえからな!」
『いいですわね、乗りましたわ。受けた勝負は勝つのが弥勒の流儀! さあ、勝負ですわシズクさん!』
シズクが笑う。心の底から溢れるような笑みだった。
その顔は、後ろを走る『弥勒』には、見えなかったけれど。
ついでに朝食は朝もやってるファーストフードになった。
カツオもラーメンも、そんな早朝に空いてるわけねーのだ。
ゆゆゆ杯期間中に終わらせたかったのですが無理でした。
企画主催者の方や、企画に参加した作者さんや読者さんたちに感謝を。
そのうちそのっち。