突然だが、僕には夢がある。
宇宙開発の仕事に携わることだ。
・・・誰にも言ったことがないけど。
なぜかって?それは・・・。
夢の使者
泰平は本を開く。
『Kerbal計画の功罪』
表紙にはそれだけが書かれていた。
1950年代後半から1980年代前半まで行われていた宇宙開発の歴史について書かれている本である。
『私の考えは間違っていなかった』
一ページ目からそんな言葉が載っていた。
Kerbal計画に携わっていた『主任』の一人が遺した言葉だった。
これは宇宙飛行士を火星に自由落下させる『実験』の際に言った言葉だ。
(人間として間違ってるよ・・・)
泰平は心の中でそう思った。事実、彼は宇宙開発に多大な貢献を果たしたが、宇宙飛行士たちをわざと殺すようになってしまったのだ。もちろん、計画凍結後は死刑が下された。
次のページには緑色の奇妙な人間が映っていた。これはSquadという企業が開発した誤認式精神フィルターという技術によって『主任』の視点から見た宇宙飛行士の姿だった。
『私は彼らを愛していた。ああ、いとしいカーマンたちよ』
また別の『主任』がそんな言葉を遺していた。『主任』たちは宇宙飛行士たちをいつからかカーマンと呼ぶようになっていた。
(愛していた?違う!そんなの愛じゃない!)
もちろん、その『主任』も死刑が下された。
『やったぜ』
『実験は成功だ』
『緑君を処刑しよう』
『おら、あくしろよ』
『やめたら?この仕事』
かつて『主任』と呼ばれた者たちが遺した言葉が延々と続く。
泰平はページを一気にめくる。目当ては最後の部分に掲載されている宇宙船だ。
(あった。こいつだ)
エーテル推進式探査船。エーテル機動によって亜光速航行を実現した宇宙船だった。
だが、その宇宙船を用いることは『主任』たちによって却下された。逆に、この宇宙船を考案した技術者が地球への自由落下を強いられることになってしまった。
(・・・どうして、そんなことに)
『主任』の狂気に満ちた殺戮劇は一般市民にも及んだ。未だにイランではKerbal計画のK
の文字すらいうことが許されないような雰囲気が漂っているのだ。
そういうわけで、現代では宇宙開発が進行していないのだ。むしろ、宇宙開発に携わりたいと言ったら・・・。
(お母さんもお父さんも反対するだろうな・・・)
だから、これは泰平の心の中にだけ秘められた夢だった。決して、誰にも言えないような。そんな淡い夢だった。
泰平は本を閉じる。図書室の中に爽やかな風が入ってくる。
「あら、泰平じゃない」
彼の前の椅子にアリサ・バニングスが座る。よく泰平に突っかかってくる少女だ。
「こんにちは、アリサさん。今日もいい天気ですね」
泰平はできるだけ丁寧な態度をとる。
「そうね・・・98点」
「・・・僕は96点です」
お互いに算数のテストの点を言う。何故か悔しさを感じる。
「今回は私の価値ね。またいつかパフェでも奢ってちょうだい」
「はいはい、わかりました」
どうしてアリサが自分に構ってくるのか泰平には理解できなかった。
(アリサさんのクラスにはあんなにかっこいい男子が多いのに)
金髪、または銀髪。そんな髪色をしていて顔もイケメンで、成績も優良。そんな男子がアリサのクラスには多かった。
(それに比べて僕は・・・)
泰平も整った顔つきではあったが、彼らと比べると天と地の差で、しかも『宇宙開発』という人には言えない夢を持っているという、ある意味では歪んだ少年ともいえるような特徴を持ってしまっていた。成績も彼らとは張り合えるが、慰めにはならなかった。
「泰平、どうしたの?」
だが、聞けなかった。どうせアリサのことだから、聞いても無駄かもしれないのだ。
「ううん、なんでもないよ」
そうして、時間が過ぎていく。
おそらく、明日も明後日も、今日と似たような日だろう。
(・・・悪くはないかな)
それでも、泰平は少し寂しい気分になった。
いつもの帰り道。公園に少し寄り道する。だが、そこで泰平は自分の目を疑った。
「・・・失礼ですが、汪淼さんですか?」
泰平は意を決して話しかけた。もし間違いでなければ、あの有名な技術者の汪淼に違いないだろう。有名といっても、一部の界隈での話だが。
「・・・やっぱりわかったか。君の言う通り、私は汪淼だ。大山泰平君」
泰平は自分の耳を疑った。彼はどういうわけか自分のことを知っているのだ。
「ど、どうして僕の名前を」
「本当なら、私が先に話しかけるべきだったんだが・・・。単刀直入に言おう。君にLobotomy計画の管理人の一人になってほしい。君の夢である宇宙開発に携わってもらいたい」
泰平は自分の神経全てを疑った。
・・・僕の夢はこうして実現の道に進んでいった。
ここから、僕の波乱万丈の日々が始まった。
汪淼さんは僕の夢の使者になってくれたのだ。