誰かが発見したとしても、それはエイリアンくらいだ。
せめて、君たちが高度な解読技術を持っていることを祈る。
私の名前など気にしなくてもいい。
ただ、狂人に殺された宇宙飛行士が存在したことを覚えてくれ。
思想鋼印が解けてくれたおかげで、こうして生きた証が遺せる。
木星が見える。私の人生はそこで終わるのだろう。
・・・なぜ、宇宙船の速度が上がっている?
ああ、星が、星が見える!
〈・・・Lobotomy計画の公開によって、Kerbal計画以来の宇宙開発が再開されることになりましたが、各国市民は秘密裏に進行していた計画に反感を持っており・・・〉
(そりゃそうか・・・)
泰平は朝のニュースを見ながら、そう思った。
名前が変わったとはいえ、Kerbal計画と瓜二つの計画だ。
(僕も立場が違っていれば、反対していただろうな・・・)
そんなことを考えながら朝食を喉に流し込む。
〈注目すべきは、世界各地で同時に軌道エレベーターが出現したことでしょう・・・〉
バスから見る海鳴の街は昨日と少し変わった。軌道エレベーターが日中でも煌めいていた。
(・・・エーテルって言ったはずなのに、金色にも見えるんだけど?)
エーテル関連の部品は必ず緑色に発光する。未だに原理は不明だが。
(・・・でも、Kerbal計画から数十年が過ぎてる。新しい部品ができていても不思議じゃない)
光の木は空高く、宇宙まで伸びていた。
「・・・綺麗だな」
ポツリと、誰にも聞こえないように呟いた。
教室に入ると、誰もが昨日の宇宙船やら軌道エレベーターについて話していた。
もちろん、誰も泰平が管理人だということは知らない。
(・・・言ったら面倒なことになること確定だからね)
ニュースでも泰平の名前は出なかった。・・・代わりに、汪淼が海鳴宇宙港の管理人として報道されていたが。
(申し訳ない事しちゃったような・・・。またお礼でも用意しておこう)
「泰平君、おはよう。」
クラスメイトの暁美ほむらが挨拶する。
「おはよう、暁美さん」
会話はそれだけだった。
暁美ほむらはいつも物静かで、いつも自分の席で本を読んでいる、いわば文学少女といえた。どうやら昨晩の宇宙港騒ぎにも興味がなさそうだった。
(みんな暁美さんみたいな態度でいてくれたらなあ・・・)
そんな無駄な願望を泰平は抱いた。
数時間後、昼休み。
「・・・ない。全部ない」
Kerbal計画に関する本がすべて消えていた。
「あら、泰平。どうしたの」
そこにアリサが来た。
「Kerbal関連の本がないんです」
「皆がすぐに借りていったらしいわ。・・・そういえば、アンタいつもそういった本を読んでいたもんね」
泰平はものすごくがっかりした。
「恨むなら、Lobotomy計画の管理人とやらを恨みなさい」
(アリサさん、どうやって自分で自分を恨めばいいのですか)
だが、本がないという現状は変わらない。
「そんなことだろうと思ったから、とりあえず似たような本を見つけといたわ」
そう言ってアリサが差し出したのは『月のシークレット』という本だった。
「・・・研学マンガのシークレットシリーズじゃないですか」
「でもわかりやすいでしょ?」
最近の研学の学習漫画は簡単だが、どこか物事を単純化している節があった。
泰平はどちらかというと、『よしとお あさり』が描く『サイエンスまんが』が好みだった。
「噂だけど、この漫画書いたの『よしとお あさり』のアシスタントらしいわ」
「ありがとうございます」
本当にアリサにはかなわないと思った泰平だった。
アリサから本を受け取り、近くの席に座って読み始める。
『わあ、宇宙飛行士の墓場だ!』
さっそく、セリフからして『よしとお あさり』らしさが出ていた。ご丁寧に宇宙飛行士の死体の見た目はカーマンだった。ちなみに静かの海の光景である。
『本当だったら静かの海には着陸したくないけど、燃料の石炭が足りないからここに着陸するよ』
学習漫画なのに科学的におかしい点を堂々と描き切るのは『よしとお あさり』らしさである。
『うわあ、本当だったらモスクワの海に着陸したかったのに・・・』
モスクワの海とは月の裏側に存在する『月の海』のことだ。この漫画では燃料である石炭が足りなかったので着陸を断念しているが。ちなみに、静かの海は現在でもグロテスクなことになっている。
一方で、アリサは漫画に夢中になっている泰平をじっと見つめていた。
図書室に爽やかな空気が入ってくる。
「・・・うちの男子、そういうのが嫌いなのよ」
「・・・わかるような気がします」
アリサのクラスの男子は精神的に成熟している。だから学習漫画、特に研学のような子供向けの学習漫画はあまり読まないのだ。
「だから、アンタといると気を抜けるからいいのよね」
「・・・」
アリサは泰平を『子供』としてみなしている。それは泰平にも理解できた。
それでも、どうしてアリサは彼らといるのが苦しいのか理解できなかった。
(僕みたいなのよりも、あの人たちのほうがずっとかっこよくて素晴らしいはずなのに)
だが、それをアリサに聞くことはできなかった。聞いたら、何かが壊れてしまいそうで。
帰り道、昨日と同じ公園に寄り道する。だけど、そこにいたのは史強だった。
(あっ、そうか。汪淼さんは表に出れなくなったんだ)
本当に申し訳ないと思いながらも、史強の運転する車に乗り込む泰平だった。
十分後、車は港に向かっていく。あの宇宙船騒動にも関わらず、港にはメディアの姿が見られなかった。
「史強さん、どうしてカメラマンさんとか記者さんがいないの」
「お金払えば簡単に済む問題だぞ」
その通りだと泰平は思った。
「泰平君、今回は月面着陸に挑んでもらいたい。場所はどこでも大丈夫だ。条件として、エーテル・軌道エレベーターを使ってもらいたい。・・・わかっているとは思うが」
「必ず生還させます。安心してください」
羅輯の映像は途切れ、いつもの施設の映像に戻る。
目の前に浮いているいくつかのウィンドウ。その一つには軌道エレベーターの使い方が泰平のためにわかりやすく書かれている。
「・・・よし!さっそく作ってみましょう!」
そう言って、もうひとつのウィンドウで宇宙船を組み上げる。それに合わせて、開発室でも建造が進む。
『エーテル推進式月面探査船』、泰平は三十分で新しい宇宙船を創り上げた。
「できました!」
そして、数分後にはエーテル・軌道エレベーターに取り付けられた。
「ところで、やけにデカくないか?月面に行って帰ってくるだけなんだろ」
史強が不思議そうに尋ねる。
「ええ、着陸するつもりの場所が少し遠いので」
数人の宇宙飛行士が乗り込む。あいかわらずぬいぐるみに見えてしまう。
「管理人、準備できました」
「わかりました。それではエレベーターの稼働の用意をお願いします」
3、2、1、0
宇宙船は軌道エレベーターによって亜光速で引き上げられていく。名前通り、そのエレベーターからもエーテル技術特有の緑色の発光が見られた。
数十秒後、宇宙船は大気圏外に出た。
「それでは、エレベーターとの切り離しを」
宇宙船はエレベーターから離れていく。そして、エーテル機動で月に向かっていく。
「そのまま、モスクワの海まで向かってください」
「・・・管理人、お言葉ですが、そこは月の裏側では」
「だからこそです。静かの海はとてもじゃありませんが、着陸に向いてはいません」
「・・・わかりました。このままモスクワの海に向かいます」
どうやら宇宙飛行士たちは完全には泰平を、管理人を信用していないようだ。
(まあ、そりゃそうだよな・・・)
泰平は先人たちである『主任』に文句を少し言いたくなった。
そうしている間にも宇宙船は月の裏側に向かいつつあった。
しばらくすると宇宙船はもうモスクワの海の上にまで来ていた。
(さすがはエーテル機動。やっぱりスピードが格段に違う)
「管理人、着陸用意ができました」
「わかった。着陸して」
あっさりと人類初の月の裏側への(生きたままの)着陸が行われた。
宇宙飛行士たちは月面に降り立ち、Lobotomy計画の旗を立てる。
(・・・なんか悪趣味な旗だな)
地球に切り込みを入れているという意匠の旗だった。
「管理人、帰還してよろしいでしょうか」
「いいよー」
これまたあっさりと人類初の月の裏側からの(生きたままの)帰還が実現した。
「やったぜ、僕の考えは間違っていなかった」
泰平はわざとそんなことを言った。ある意味ではKerbal計画に対する決別を意味した言葉だった。
宇宙船はエレベーターで海鳴宇宙港に帰還した。
「おめでとう、泰平君。そして、ありがとう」
今度は音声だけだった。
「管理人、ありがとうございます。こんな経験はもう一生できないでしょう」
ぬいぐるみが微笑んでいる。そして、涙も流していた。
「違う。君たちはこれからもっと誰も知らないことを経験するんだ。約束する。君たちを絶望させるようなことは絶対にしない」
泰平は無意識にそう言い切ってしまった。
今日もすっかり遅くなってしまった。史強の運転する車に乗って家に帰っている途中で、周りが騒々しいことに気がついた。パトカーも何台かあった。
〈奇跡論放射の影響!〉
車のナビからウィンドウが飛び出した。
「おいおい・・・、誰が奇跡論兵器なんて使ったんだ?泰平、ちょっとそこで待ってろ」
そう言って史強は車から降りて、警官たちに事情を尋ねる。数分後、彼は戻ってきた。
「泰平、これからとんでもない真実を言うぞ」
「僕はもうとんでもないことに巻き込まれているので問題ありません」
「そうか。じゃあはっきりと言おう。魔法は実在する」
「・・・魔法って、杖を使ったり魔方陣を光らせるという?」
「まあそんなものだと思えばいい。俺たちは奇跡論と呼んでいるが」
「それで、さっきの騒ぎとなんの関係が?」
「誰かが奇跡論戦闘をしやがった。多分、初めて奇跡論を使ったんだろうな。建物がめちゃくちゃだ」
泰平は一息おいて、史強に聞いた。
「つまり、この街に魔法・・・奇跡論を使った人がいるんですね」
「ああ、おそらく人力で奇跡論を使えるだけの奇跡放射能を持った奴がいる。俺たちは機械で使うからな」
すんなりと驚愕の事実が泰平に伝えられる。
泰平は頭の中で奇跡論とやらを使用した宇宙船を思い描いていた。
「言っとくが、奇跡論はまだ研究段階に近い。宇宙船にはまだ応用できなさそうだ」
泰平は少しがっかりした。だが、いつかは・・・。
「とにかく、街を歩くときは気を付けろ。奇跡論を生身で使うような奴がまともだとは俺には思えない」
果たして、泰平の宇宙開発は無事に進むのだろうか?
つづく
〈ターゲットなし〉
「やったぜ」
『主任』は嬉しそうに言った。
少し不満があるとすれば、本当に消えたのか証明できないことだ。
だが、問題はないだろう。突然、光速の倍の速度をだせば、どんな宇宙船も耐えることができないだろう。
「今日もいい天気」
その後、その宇宙船は誰にも見つけられなかった。
・・・『地球』の誰にも。
「・・・おい?嘘だろ」
『エルトリア』、それは『地球』とは別星系に存在する惑星だった。
「・・・異星文明の宇宙船だと?」
エルトリアが有する技術力では開発できないような宇宙船。
まだ死蝕によって星が死に至る前の時代。
そして、この日からエルトリアの宇宙開発に改革がもたらされる。
・・・地球とは違い、その宇宙開発は『倫理的』に行われたが。
宇宙船の中には手記だけが残されており、そこに書かれていた『主任』の残虐非道な行いはエルトリア人の地球に対する恐怖を植え付けることになるのだが、それはまた別の話となるだろう。