転生しても楽しむ心は忘れずに   作:オカケン

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 蚊が増えてきた!痒い!くらえ、かとりせんこぉ!!


本物

 

 

 

 

 

 

「なのはちゃんが想像以上に鬼畜でびっくりだぜ」

「出迎え早々何事かな!?」

 

 だってお前、相手動けなくして特大砲撃で狙い撃ちなんて鬼畜の所行だろ。魔導師間の勝負じゃ当たり前なのか?そんな魔導師は嫌だなぁ。

 

「だ、だってだって!真剣勝負だから……」

「真剣勝負ったってお前……」

 

 傍から見ればいじめだぞただの。フェイトちゃん平気そうな様子でなのはちゃんに肩貸してもらってるけどさ、最悪トラウマものだって。まぁ、俺が口出す事じゃないけどさ。

 

「し、慎司……」

 

 フェイトちゃんが気まずそうに俺の方を見ながらも視線を外す。別にそんな顔しなくていいのに、俺に悪い事した訳じゃないんだから。

 

「まぁ、とにかく2人ともお疲れさん。頑張ったな」

 

 そう言って2人まとめて抱き抱える。右手はなのはちゃん、左手はフェイトちゃん。2人それぞれキャっなんて可愛い悲鳴を上げているが無視しておこう。とにかく今はお疲れ様、俺のこの抱擁は労いの抱擁だ。ありがたく受け取れ。

 

「し、慎司君………く、くるひぃ……」

「えっ?え?」

 

 ハハハ、照れるななのはちゃん。それくらい労いたいのさ俺は。フェイトちゃんはこんなスキンシップは初めてなのか戸惑ってるよう。

 

「慎司、なのは顔青くなってる!凄い顔色してるよ!」

 

 人間形態になったユーノが俺にそう言ってくるが生憎耳に入らなかった。

 

「な、なんで私だけ力込めてるの?」

「ん?そうか?変わらないよ。な?フェイトちゃん?」

「えっ?わ、私は別に苦しくないけど……」

「なのはちゃんだって苦しくないだろ?」

 

 ぎゅううう

 

「いや、だから……苦しいってば……」

 

 そろそろシャレじゃ収まらなそうだったので2人を解放する。なのはちゃんはグデーンとしていたがフェイトちゃんは戸惑いの表情のままだった。

 

「な、何で私だけ〜?」

「フェイトちゃん華奢だし」

「私だって華奢だよ〜」

「…………ふっ」

「鼻で笑ったね!?」

 

 真剣勝負の後だろうから疲れてるだろうに構わずポカポカしてくるなのはちゃん。はっは、苦しゅうない。俺となのはちゃんのやり取りを見てフェイトちゃんはポツンと置いてけぼり状態なのでこれくらいにしとこう。

 

「………フェイトちゃん」

「え?」

「お疲れ様、フェイトちゃんにとって結果は残念だったけど……それでも、お疲れ様」

 

 複雑そうな顔をするフェイトちゃん。嫌味っぽく聞こえてしまいそうだったけどこの言葉は伝えておきたかったのだ。

 

「………この間言ったよな?いっぱい話していっぱい遊ぼうって」

「………うん」

「この後君がどうなるか、これからどうなるか正直分からないけど、約束しよう。必ずそうしようってさ。俺は、君と沢山したい事があるんだ」

「したい事?」

「ああ、君にいっぱい教えてあげたいんだ。色んな楽しい事をさ。そしたら、もっと笑顔を浮かべてくれよ」

 

 俺は、その為に君に構うんだ。

 

「…………………」

「今は深く考えなくていい。ゆっくり休んで、色々終わってからいっぱい話そう。君にその気がなくても俺はしつこく話しかけるからな」

 

 今は闘いを終えたばかりだ。俺の事は二の次でいい。それに、この状況はきっとアースラの人達も見ている事だろう。そろそろ、クロノ辺りが迎えに来そうなモンだが…………。

 

「っ!慎司っ!」

 

 えっ?

 

 

 

 突如、あの魔力の雷が降り注いだ。母さんが俺を庇うように割って入り、父さんがなのはちゃんを引き込みフェイトちゃんにも手を伸ばしていた。しかしそれは間に合わず結果フェイトちゃんだけそれに巻き込まれる。いや、同じだ。フェイトちゃんを狙ったものだ。前回ほどの威力はないがフェイトちゃんは苦しそうに喘ぐ。すると、フェイトちゃんの持っていた杖が待機状態のデバイスに戻る。その中から、フェイトちゃんの集めていたジュエルシードが現れ雷鳴に導かれるように雲の隙間に吸い込まれていった。

 フェイトちゃんの母親の仕業なのはすぐに分かった。

 

「プレシアぁぁっ!」

 

 届く事ない俺の怒りの叫び、耐えきれず倒れるフェイトちゃん。

 

「フェイトちゃん!」

 

 なのはちゃんが慌ててフェイトちゃんを抱き起こすが気を失ってしまったようだ。しかし、息は安定している。早くアースラに運ばないと。俺を庇って間に入った母さんは無傷だった、よかった。しかし、ここにいるのは危険だ。

 

「父さんっ!」

「分かってる!」

 

 父さんが転移の魔法を発動させこの場にいる全員をアースラへと転移させた。

 

「クソがっ」

 

 結局俺はまた、目の前でフェイトちゃんが傷つくのを見ているだけだった。寧ろ、両親に護られてるお荷物だ。あぁ、悔しがるのは後だ……それでもその現実は俺をいつも突き刺してくる。仕方ないって思っても、俺はやっぱり無力だと痛感させられる。ホントにクソだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラに転移してからは事態は怒涛に動いた。プレシアによる2度目の攻撃で場所を探っていたエイミィさんはとうとう次元狭間にあるプレシアの潜伏先を突き止める。そこからすぐに魔導師による突入部隊が編成され早速転移で進軍していった。

 海鳴から転移してきた俺と俺の両親、なのはちゃんとユーノ、アルフ、そしてフェイトちゃんはモニターで事の状況を見守っていた。フェイトちゃんは手枷をつけられ自由が制限されている。仕方ないか、一応敵対してた訳だし……俺がどうこう言う資格もない。

 

「フェイトちゃん、良かったら私の部屋にでも」

 

 これから母親の逮捕の映像が流れるのだ、それを見せるのも酷だと判断したのかリンディさんがなのはちゃんに目配せをして察したなのはちゃんがそう提案する。しかし、フェイトちゃんは動かなかった。寧ろ食い入るように前に出てモニターを見つめている。後ろにいるアルフから心配そうな表情が窺えた。俺も心配だった、プレシアの攻撃を受けた事もそうだが何よりフェイトちゃんの表情は先程よりもさらに暗い。

 そりゃそうだ、母親から攻撃を受けて尚且つ自身が集めていたジュエルシードだけを回収されてフェイトちゃん本人はほったらかしたままだ。酷い言い方だが、見捨てられたのと同じだ。その事実から俺もなのはちゃんも何も言えなかった。

 

「慎司………」

「父さん、今更帰れなんて言うなよ」

「………分かってる」

「ごめん」

 

 アースラにいるのも危険だと思ったのだろう。一度攻撃を受けてるらしいしな。だが、俺は見届ける。この結末を見届けたいんだ。

 

 

 しばらくすると突入部隊はすぐプレシアのいる玉座の間に到着し、警告しつつも杖を構えてプレシアを包囲した。多勢に無勢、例え抵抗したとしても無駄な足掻きとなるだろう。

 そんな俺の予想は大きく外れる事になる。プレシアは不敵に笑うのみで抵抗も投降の意も見せない。局員達は警戒しつつもさらに玉座の間の奥の部屋も制圧すべく部隊を分けて進んでいく。すると今まで表情の変化が見れなかったプレシアの目が鋭くなった。

 

「私のアリシアに近づかないで!」

 

 アリシア?

 

 プレシアは転移で奥の部屋に移動、その先には行かせないと局員を阻むように立ち塞がる。モニターにその部屋が映し出されると俺は驚愕の表情を隠せなかった。

 

「……………なんだよあれ」

 

 ついそう呟く。その部屋一面にテレビでしか見た事のないいわゆる生態ポッドなるものが立ち並んでいた。そしてプレシアが立ち塞がるその後ろ。部屋の中央部にある生態ポッドの中に人が浮かんでいた。そこにいたのは、フェイトちゃんと瓜二つの少女だった。アリシアとはあの子の事なんだろうか。

 隣にいるフェイトちゃんを覗き見る。予想に反してフェイトちゃんは初めてその存在を知ったかのように驚きの表情を浮かべていた。フェイトちゃんも知らなかった事実なのか?

 

「危ないっ!防いで!」

 

 慌てたリンディさんの声で思考が中断され現実に引き戻される。モニターを見るとプレシアが突入部隊を1人で全滅させる映像が流れていた。

 おいおいマジかよ、そんな凄い魔導師なのか?予想外の状況に俺のみならずアースラのスタッフ達も驚きを禁じ得ない。リンディさんは突入部隊の速やかな転移での帰還を指示、すぐさま実行された。そんな状況の中プレシアは例の生態ポッドに身を預け、切ない表情で語り始める。

 アルハザード、9個のロストロギア………これはジュエルシードの事だろう。意味はサッパリわからないがプレシアが立てていた計画の事を言っているのは分かった。

 

「もういいわ、終わりにする」

 

 モニターからこちらを睨みつけるように視線を向けてくるプレシア。

 

「この子を亡くしてからの暗鬱な時間も……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも」

 

 自然とフェイトちゃんに視線がいってしまう。

 

「聞いていて?貴方の事よフェイト……せっかくアリシアの記憶をあげたのにそっくりなのは見た目だけ、役立たずで使えない私のお人形」

 

 亡くなったアリシアの記憶をあげた?人形?そのワードで俺は自分で仮説を立ててしまう。とても残酷な真実の仮説を。そんな仮説が正しいと言わんばかりにエイミィさんが顔を伏せながら語る。

 プレシアの来歴を語った時に話に出てきた実験の事故、その時にプレシアは実の娘であるアリシア・テスタロッサを亡くしている。生態ポッドに大事に保管されているあの子だ。そして、プレシアが行っていた研究とは……魔導師の使い魔を超える人造生命の生成……前世でもたびたびニュースになっていたクローンって奴だ。それだけじゃない、もう一つの研究は死者蘇生の秘術……フェイトという名前はそのプロジェクト名であると。『プロジェクトF』、それがプロジェクトコード。

 

「よく調べたわね」

 

 そう言ってポッドの中のアリシアに寄り添うプレシア。つまりはそう言う事なんだろう、フェイトちゃんはプレシアによって造られたアリシアのクローン。それが事実なんだ。それから始まったプレシアによるフェイトちゃんへの心無い言葉の数々。

 お前はアリシアの代わりにはなれない。アリシアはもっと笑ってくれた、言う事を聞いてくれた。記憶をあげてもやはりお前はアリシアの偽物だと。

 

「やめて……やめてよ!」

 

 震える声で制止するなのはちゃん。しかし、プレシアの言葉は止まらない。

 

「アリシアが蘇るまでの間に慰みに使うお人形、それがフェイト、貴方よ。だから貴方はもういらない、どこへなりと消えなさい!」

 

 苦しげな表情を浮かべるリンディさんとユーノ。聞いていられないと頭を振るエイミィさん、それを心配するクロノ。悔しそうにプレシアを睨むアルフに同じ親として怒りを露わにする俺の両親。やめてと叫び続けるなのはちゃんに次第に感情を失っていくような表情をするフェイトちゃん。

 おかしいと思っていた、公園で嬉しそうに母親の事を語るフェイトちゃん……優しかったと語っていたフェイトちゃんのプレシア像と、酷い仕打ちを沢山してきたと語っていたアルフのプレシア像の齟齬。優しかった記憶はアリシアのもので、冷たい記憶はフェイトちゃんだけの記憶だったのだ。狂ったように笑うプレシア、ニヤリと嫌な笑みを浮かべてプレシアは言葉を綴る。

 

「いい事を教えてあげるわフェイト、偽物の貴方を造り出してから私はずっとね………貴方のことが」

 

 止めろ、止めろ、止めろ、止めろ。それは言っちゃいけない。あんたがフェイトちゃんには絶対に言ってはいけない言葉だ!

 

「よせ!」

 

 俺の制止など聞くはずもなく無情にもプレシアは言い放つ。

 

「大嫌いだったのよっ」

「っ!!」

 

 フェイトちゃんは体の力が抜けたようにへたりと座り込む。駆け寄るなのはちゃんと渇いた音を立てて手元から落ちるフェイトちゃんのデバイス。そして、完全に茫然自失の表情で意識があるのかどうかさえハッキリしない状態にまで追い込まれた。

 怒りがふつふつと湧いてくる。何でだよ、何でそんな酷いことが言えるんだ?実の娘の為ならフェイトちゃんを傷つけてもいいってのかよ。

 

「所詮は……偽物なのよ」

「違うっ!!」

 

 叫んだ。ありったけの大声で、フェイトちゃん以外の全員が俺を注目する。プレシアでさえこっちを注目するよう仕向けるための大声だった。

 

「何が違うと言うの?」

 

 意外にも食いついてきたプレシア。しかし、好都合だ。

 

「何もかもが違うね、あんたは間違ってる」

「何も知らない子供には理解できないようね」

 

 見下す視線を俺に送るプレシアに俺は真っ向から睨みつけて言葉を紡ぐ。これは別に義憤に燃えて放つ言葉でもなければフェイトちゃんを庇うための言葉でもない。俺が、言うべきと思った事を言うだけのただの独りよがりだ。

 

「偽物なんかじゃない、フェイトちゃんは偽物なんかじゃない」

「どうしてそう言えるのかしら?」 

「確かにフェイトちゃんはあんたが言った通りあんたが造り出したアリシアのクローンなんだろうさ、その事実は覆せない」

 

 事実を変える事は出来ない。現実を受け入れて前に進むしかないんだ。そんなフェイトちゃんに送る言葉でもある。

 

「やはり偽物」

「けどな」

 

 プレシアの言葉に被せるように言う。だけど、俺は知ってる。公園での出来事が彼女が偽物じゃないって指し示している事を知っている。あの子の笑顔を思い出す、嬉しそうにする顔を思い出す。渡したかったケーキが台無しになって悲しんでいた、俺が代わりを用意すると感謝してくれた。上手く渡すことが出来なくて落ち込んで、ケーキを食べさせて励ますと美味しいと微笑んでいた。

 短い時間だったけどその中で俺は様々な感情をフェイトちゃんから感じ取った。

 

「この子はな、あんたの為に頑張ってたよ」

 

 闘いで傷つきながらもジュエルシードを集め続けた。

 

「あんたに何をされようがあんたの為に闘ってたよ」

 

 心の拠り所であるプレシアに鞭打たれようが恐怖を感じようが根っこの部分は全部母親の為と思っての行動だった。

 

「あんたに美味しいケーキを食べて欲しいって用意していた、あんたがそれを口にしてくれなくて悲しんで俺がそれに対して怒っても母さんは悪くないってあんたを庇ってた」

 

 病的なまでの献身とも言えてしまうかもしれない。けどそれ以上に俺は感じたんだ。

 

「………それがなんだと言うの?」

 

 そう吐き捨てるプレシア、あんたにとっては偽物の人形でも事実は違う。

 

「記憶はアリシアのものだったとしてもフェイトちゃんはあんたの酷い仕打ちに耐えて頑張ってた、優しかった母親の記憶が支えだったのかもしれない。けど、そうだとしてもっ!」

 

 フェイトちゃんを見る。座り込んで下を向き感情のない瞳になってしまったフェイトちゃんの耳にも届くように。たとえ聞こえてなくても言うべきだ。

 

「あんたに対してフェイトちゃんが抱いてた『愛情』は、本物の筈だろ!」

 

 母親に愛されていた記憶はアリシアのもの、でもプレシアにどんな仕打ちを受けても……それでも母親の為に頑張り続けた。たとえ愛されなくても、元はアリシアの記憶から生まれたものでも、それを無くすことなく抱き続けたフェイトちゃんの愛情はアリシアのものでもなければプレシアから与えられた物でもない本物の愛情なんだ。

 その事実だけで彼女はアリシアの偽物じゃない。フェイトって言う1人の女の子だって言えるだろ。

 

「偽物じゃない。フェイトちゃんはフェイトちゃんだ。フェイト・テスタロッサっていう1人女の子だ、お前がいくら偽物だ人形だと喚こうがその事実は変わらない!!」

 

 静寂。誰も何も言わない、俺の言葉はおかしかったか?そんな事はない。そんな事はない筈だ、だってそれが真実だ。プレシアから造られた事は覆せない事実だ、それと同じでフェイトちゃんはフェイトちゃんっていうのも覆せない事実なんだ。励ましでも庇い立てた訳でもない。事実を言ったまでだ。

 

「………くだらない」

 

 静寂を破ってプレシアが発したのはその一言。けど、さっきまでフェイトちゃんを罵倒した時程の勢いは無かった。だが、俺の言葉が響いた訳でもなくただの無感情だろう。そもそもフェイトちゃんなんてどうでもいいと思っているのだから俺が何を言った所で無駄なのだ。

 フェイトちゃんは変わらず呆然としている。俺の言葉は届かなかったのかもしれない。それでもいい、俺が言いたかっただけなんだ。たまたま巻き込まれて関わる事になった俺の言葉でフェイトちゃんを励ませる何て思うのはおこがましいだろうから。

 

 

 

 

 話は終わりだと告げるようにアースラの艦内に警報が響く。スタッフたちがざわざわと状況を報告しているが俺はいまいち理解できなかった。周りが忙しなく動く中、モニターからは視線を外す事なく状況を見つめる。プレシアはジュエルシードを使って何か危険な事をしでかそうとしている事は分かった。プレシアの根城にはさっきまでいなかった機械の兵士のような戦士たちが無数に現れ始め崩壊を招くかのように地響きが起こっている。

 急な状況の変化に俺は狼狽えながらもリンディさんやクロノは動き始めていた。リンディさんは的確にスタッフに指示を出しクロノは司令室から出て行った。モニターは未だプレシアを映し出し、高笑いをしている。

 

「私とアリシアはアルハザードで全ての過去を取り戻す!アッハハハハハハハ!!」

 

 自身の娘を失い、狂気に堕ちた哀れな1人の母親の高笑い。そうか、分かってた事だけどやはり全てはアリシアを取り戻す為の計画だった訳だ。狂気に歪んだプレシアの顔を見て改めてそう思う、だが魔法だって何でもかんでもできる訳じゃないっていうのは分かる。素人の俺でも分かる。死んだ人間は戻らない、過去を取り戻す事なんか出来ない。俺はよく知っている、失った命は戻らないって事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令室にいても俺に出来る事はない。父さんと母さんは司令室に残りスタッフ達の手伝いに奔走している。俺、なのはちゃん、ユーノとアルフはフェイトちゃんを医務室まで運ぶため艦内を走っていた。アルフに横抱きされてるフェイトちゃんの眼は変わらず心ここにあらずと言った感じで、呼び掛けても反応しない。

 途中、渡り廊下で司令室から出て行ったクロノと遭遇した。

 

「クロノ!お前、どこ行く気だ?」

「現地に向かう、元凶を叩かないといけない」

 

 出撃か、クロノが優秀な魔導師である事は俺でも分かるがやはり心配である。プレシアは突入部隊の局員達を一人で全滅させることが出来るほどの実力者なのだから。それだけじゃない、さっきとは違い今度はあの根城には無数の兵士達がいる。モニターでしか確認できなかったがかなりの数がいる事だろう。

 

「私も行く」

「僕も」

 

 クロノの言葉にいち早くそう返したのはなのはちゃんとユーノ。そうだ、2人はそもそもこの事件を終わらせる為にいるのだ。一緒に出撃するのは必定だ、その力があるんだから。

 

「アルフと慎司はフェイトの事をお願い」

 

 ユーノのその言葉に2人して頷く。アルフはともかく俺はそうするしかない。自然と手に拳を作ってしまう。分かってる事だがやっぱりこういう時は俺は何も出来ない。

 

「悔しがる必要はない」

 

 俺の顔を見てクロノがそう口を開く。表情に出てたか、これから出撃だって連中にそんな顔見せちゃいけないだろ俺。

 

「僕達は僕達の出来る事をする、荒瀬慎司……君は君の出来る事をするんだろ?」

 

 フェイトちゃんの方をチラッと視線を流しながらそういうクロノ。ああ、そうだな。その通りだ。

 

「勿論だ。ありがとうクロノ…………3人とも気をつけてな。無事に帰ってきてくれよ」

 

 俺のその言葉に3人は強く頷いて転移装置に向かって走り去っていた。俺とアルフはそれを見届けてから医務室に向かう。

 振り返る、すでに背中も見えなくなった3人の無事を祈る。クロノ言う通り、俺は俺の出来る事をしよう。

 そして、俺は一度………プレシアに会わなければいけない。あいつに伝えなきゃいけない事が出来たから。娘を失ったあの哀れな母親に、俺が……俺にしか伝えられない事がある。それを決意する。

 

 

 

 全ての決着の時は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「太郎、太郎ってば」

「何だよ?」

「どうして柔道辞めちゃったの?」

「………色々考えてさ、辞めることにしたんだよ」

「その理由を聞いてんじゃん」

 

 るせぇなと取り付きながらそれ以上聞くなと言う雰囲気を出してみる。付き合いの長い彼女はそれを察してしつこく聞く事はやめてくれた。

 

「お前、急ぎじゃなかったのか?時間平気なのかよ?」

「平気平気、太郎のお母さんとも久しぶりに会いたいしね〜」

「まぁ、母さんもお前に会えるのは嬉しいと思うからいいけどさ」

 

 でしょでしょなんて調子づく彼女の相手をしながら帰路につく。大学の帰り道にこの女に捕まったのが運の尽きだろうな、バイトある癖にわざわざ俺の家にいきたいなんて。

 

「ただいま」

「お邪魔しまーす」

 

 家で1人ご飯の夕飯の下ごしらえをしていた母親にそう声をかける。父さんはまだ仕事中か。

 

「あら〜、葉月ちゃんじゃない。久しぶり」

「おばさんお久しぶりですー」

 

 葉月とは中学からの付き合いだ。母さんも何度も一緒にご飯食べたりなんやりしてる時期があったからな。再会を互いに喜んでいる。もう1人、男友達で同じ時期から腐れ縁の優也がいればいつものメンツというのが揃うのだが生憎今日は用事があるそうだ。

 

「あがってあがって、太郎……葉月ちゃんに飲み物出してあげなさい」

「あ、大丈夫ですよ!私バイトあるからすぐに出ちゃうんで」

「ホントに何できたんだよ」

 

 そうかいと少し寂しい笑みを浮かべる母さんと少しだけ立ち話をしてから葉月はすぐにバイトに向かって行った。ホントに何の為に来たんだか。

 

「あんた、葉月ちゃんとはどうなんだい?」

「何度も言ってるだろ母さん、葉月とはそう言うんじゃないって」

 

 いつもあいつは突発的だ、今日うちに来たのもたまたま俺を見かけてそう言う気分になっただけだろうな。そんな感じで優也と俺はいつも葉月に振り回される。あいつを意識した時期は無かったと言えば嘘にはなるがお互い既にそう言う目では見てない。現に葉月の方はこの間彼氏を作ってその自慢を良くしてきたりする。

 まぁ、幸せそうならいいんだが俺と優也が変な勘違いされないかは心配だけどな。

 

「そうかい、つまんない男だねぇ」

「そう言うなって母さん」

 

 確かに母さんに彼女の紹介とかしたことないけどさ。出来たこともないけど。

 

「女も作らないで柔道に青春を捧げたと思ったら辞めちゃうんだから、愚痴の一つくらい言わせなさいよ」

「ごめんって、ちゃんと考えて出した結論なんだから」

「でもあんた、柔道やりたそうな顔してるじゃないか」

「それは………」

 

 確かにそうかもしれないけど。それでも沢山考えて決めた事なんだよ。

 

「まぁ、母さんもちょっと言い過ぎたね。ごめんよ」

「いや、俺こそ心配かけてごめん」

「けど、後悔だけはしないようにね。母さんは、太郎が決めた事を応援するから」

「うん、ありがとう母さん」

 

 いつもそうだ。母さんは俺の味方でいてくれる。優しくて厳しくて、愛情与えてくれる大事な母親だ。

 

「私は夕飯の準備してるから、あんたは勉強でもしてなさい」

 

 そう言ってエプロンを結び直している母さんの背中を見ていると思わず言葉が漏れる。

 

「母さん……」

「ん?」

「…………長生きしてな、沢山親孝行するからさ」

「急に何言ってんだい」

 

 俺はもう柔道辞めちまったけど。何か別のやりたい事を見つけて母さんと父さんに恩返しをする。それが俺のこれからの人生の歩み方だ。

 

「あんたこそ、長生きしなさいよ。私より早く死んだら許さないからね」

「ああ、お互い長生きしよう」

 

 そう言って、2人で笑い合った。こんな日常を大切しにしよう。長生きして、恩返ししよう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 これは在りし日の記憶。後の転生者となる男とその母親の日常の一コマ。遠い日の出来事である。

 

 

 

 

 

 




 
 あと数話で無印編本編………まとめられればいいなぁ

 沢山の誤字報告をしてくれてありがとうございます。迷惑をかけます。皆さんお陰でちゃんとした仕上がりになっています。
 この場を借りてお礼を申し上げます

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