転生しても楽しむ心は忘れずに   作:オカケン

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 暑くなって来ましたね。皆さん熱中症等には気をつけてくださいな


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 医務室でフェイトちゃんをベッドに寝かせる。フェイトちゃんの意識はまだ曖昧なままだ。起きてはいるのだが相変わらず瞳に色が無く呆然としているまま。俺とアルフはどうする事も出来ず今は見守るしかなかった。モニターからなのはちゃん達が必死に闘って進んでいく映像が見える。

 クロノに言われたように、俺は俺の出来る事をするんだ。とは言っても今のフェイトちゃんに俺の言葉が届くかどうか。

 

「フェイトちゃん」

 

 呼び掛けても反応はない。やはり、プレシアのあの一言はフェイトちゃんの心を引き裂くほどの言葉のナイフだったのだ。その心中は計り知れない。アルフも心配そうにフェイトちゃんを見つめるばかりである。

 

「慎司………」

 

 フェイトから視線を外さないままのアルフから名を呼ばれる。その眼は悲しみの色に染まりつつもどこか優しい瞳だった。

 

「さっきはありがとうね………フェイトも聞いてたらきっと感謝してるよ」

 

 プレシアとモニター越しの対面の時の話だろう。アルフはフェイトの頬を愛おしそうに撫でながらそう言う。

 

「あんた、最初はおかしな奴かと思ってたけど………大した奴じゃないか」

「そんな事ねぇさ」

 

 結局俺はフェイトちゃんを救えてない。2度も目の前でプレシアの攻撃をむざむざ見ているだけ、プレシアからの暴言中も何も言えず言い返せたのはフェイトちゃんが傷ついた後。

 俺は、フェイトちゃんに対して何も出来てない。

 

「結局口先だけのホラ吹きさ俺は。救ってやるって意気込んでもこのザマだ」

 

 結果が伴わなければいくら出来る事をしたって本当に意味のない存在に成り下がる。それが今の俺だ。

 

「あんたがそう思っても私は感謝してるよ。フェイトの事をそうやって支えようとしてくれる奴がいるだけで嬉しいんだ」

「アルフ……お前」

 

 優しい笑みを浮かべるアルフ。アルフはずっとプレシアじゃなくてフェイトちゃんの味方であり続けた。そんなアルフからの言葉に嬉しい気持ちが湧きつつ素直に喜べない自分がいる。

 

「あんたならフェイトの心を救える。私には出来ないけど、あんたならきっと」

 

 お前以上の適役なんていないだろ。それを口にだそうとしたがアルフはフェイトから離れて立ち上がり扉に向かって歩き出す。

 

「………行くのか?」

「ああ、あいつらが心配だからね。手伝ってくるよ」

 

 アルフも使い魔で闘うことの出来る存在だ。頼りになる援軍になるだろう。

 

「フェイトの事、頼んだよ」

「待ってくれ」

 

 アルフが行ってしまう前にどうしても聞きたい事があった。

 

「何で、俺に任せてくれるんだ?」

 

 アルフにとってフェイトちゃんはかけがえのない大切な存在だ。そんな大切なフェイトちゃんをアルフは俺を信頼して任せてくれると言う。俺なら救えると励ましてくれる。

 俺とアルフが出会ったのはあの温泉宿の出来事の時だが知り合ったと言えるのはほんの数日前。そんな何処の馬の骨とも分からない俺をどうして信頼してくれるんだろうか疑問に思った。

 

「………前にも言ったけど、フェイトからあんたの事は聞いてたんだよ。公園で優しく励ましてくれる男の子に出会ったって」

「だからって、フェイトちゃんと会ったのは短い時間のたった2回だ。そんな俺を……」

 

 時間じゃないよとアルフは俺に微笑みながらそう言う。どこか嬉しそうで、どこか悲しそうに。

 

「フェイトはね、心から笑う事はほとんどなかったんだ。私が何をしても無理に笑顔を作るか、プレシアの事で悩んで寂しそうにしているかそんなんばっかりだった」

 

 けど、と俺を真っ直ぐに見つめてアルフは言う。

 

「あんたの事を話してる時の笑顔はね、心の底から嬉しそうに話してたよ。優しい子に会えた、楽しく話せた、また会いたいって何度も言ってたよ」

 

 正直悔しかったとアルフは語る。ずっと一緒に自分ではなくたまたま出会った普通の少年がフェイトちゃんのその表情を引き出した事に。けど、同時にそんな子ならフェイトちゃんをこの呪縛から救ってくれるんじゃないかとも思った。

 

「だからアタシはあんたに任すのさ。慎司……フェイトを……アタシの主人を頼んだよ」

 

 そう言って医務室から飛び出して駆けて行った。俺を信頼して、フェイトちゃんを任せて。…………クヨクヨしてる場合じゃないよな、信頼に応える。男ならそれくらいやってのけないといけないよな。ベッドに椅子を構えてそれに腰掛ける。フェイトちゃんの様子は変わらない。

 何を言えばいいか、俺の言葉が届くのか分からないけど。それでいいんだ、土壇場で思いついた言葉を、俺が言いたいと思った事を言えばいい。それがきっと俺の本心なのだから。本心を伝えよう、俺がフェイトちゃんに言うべきだと思う心からの言葉を。思いつく限りに言おう。

 

「起きろよフェイトちゃん」

 

 意識がはっきりした様子はない。それでもいい、俺は声をかけ続ける。

 

「このままここで寝てたら、全部終わっちまうぞ」

 

 何もしないでこのまま事件が終わってもいいのか?本当にこのままでいいのか?

 

「フェイトちゃん、俺の独り言だけどさ。もし聞こえてるなら聞いててくれないか」

 

 返事はない。だが、構わず言葉を紡ぐ。

 

「俺な、色んな後悔を沢山してるんだ。どうしてあの時、ああ出来なかったんだろうとか……ああしてやれなかったんだろうとか……沢山してるんだ」

 

 前世の人生を足して29年。前世ではまだ若者と言われる年齢であったけど………沢山の経験をしてきた人生だった。思い出せるのは楽しい思い出よりも後悔した事ばかり。それもそうだ、あんな死に方しちゃ後悔しか残らない。

 

「だからさ、今は頑張ってるんだ。後悔しないように、自分の人生に胸を張れるように頑張ってるんだ。けどさ、いくら頑張っても後悔はするし間違えちゃう事も沢山あるんだ」

 

 人は万能じゃない。不完全な存在だ。そんな存在だからこそいくら願っても頑張っても全部が全部後悔しない訳じゃない。今世になってから特に最近は後悔する事も多々あった。それでも、まだ俺の人生は続いている。

 

「間違えて、後悔して、辛い経験を何度もして、そんな人生を出来るだけ正解を、後悔をしない為に頑張ってるんだ。悲しい事より嬉しい事を増やす為に頑張るのが人生だと思うんだ。………いつ突然終わってもおかしくない人生だからこそ、そうやって生きていきたいんだ」

 

 俺は、間違えた事も沢山あるけど……それでも正解を常に探している。そうやって来たからこそ……後悔しないで済んだ事もあるんだ。

 

「俺は、フェイトちゃんに後悔して欲しくはないんだ。このままここにいたらきっとフェイトちゃんは後悔する。断言できるぞ俺は」

 

 悲しかったろう、辛かったろう。現実から逃げて何もかも投げ出したいだろう。けど、それは後悔しか生まれない。

 

「フェイトちゃんはこれからも人生を歩んでいくんだ。自分の意思で、自分の足で前を向いて人生を生きていくんだ。………だからここで歯を食いしばらないといけないだろう?終われないだろ?このままじゃ、プレシアに……フェイトちゃんの母親に何も伝えられないまま終わっていいのかよ!」

 

 自然と声が大きくなってしまう。

 

「いい訳ないだろ!あんな風に言われて悲しかったんだろう?苦しかっただろう?けどさ、そんな苦しみを抱えてでも伝えなきゃいけない事があるんじゃないのか!?フェイトちゃんが持ってる本物の愛情で、伝えるべき事が残ってるんじゃないのか!……危険な場所だけどそれでも立ち向かわなくちゃいけない時じゃないのかよ!」

 

 感情に任せて、俺はフェイトちゃんの肩を掴む。細く、華奢な肩。こんな小さな体でがんばって来たんだろう?それが、こんな形で終わっていいわけないだろ!

 

「起きろよ!立てよ!立ち上がって前に進むしかないんだよ辛くても!それを何度も乗り越えてようやく辿り着けるんだよ、後悔しない人生に………」

 

 俺のエゴかもしれない。けど、フェイトちゃんには後悔して欲しくない……プレシアの事に関しては後悔なんかして欲しくないんだ。自分にとって大切な事で後悔するのはとても辛いって事を俺はよく知ってるから。

 

「…………ちゃんと聞いてるんだろ?フェイトちゃん……」

「…………ごめんね」

 

 そう言って体を起こすフェイトちゃん。意識は最初からあったのかは分からない。けど、何もかも自分の世界が壊れて殻に閉じこもっていたフェイトちゃんでも周りの声は聞こえてただろう。起きたくなかっただけなんだ、辛い現実に。

 

「………慎司の言葉全部聞こえたよ。今の話も……本物だって言ってくれた事も」

「それならどうする?どうしたいフェイトちゃんは?ここでこのまま事件が終わるのを待つのか?それとも………プレシアに会いに行くのか?」

 

 しばしの静寂の後にフェイトちゃんは震える声で言う。

 

「このままここで終わるのを待つのは嫌だ………けど、母さんに会いに行くのも怖いの……また拒絶されたらって思うと……怖いんだ」

 

 辛いだろう。苦しいだろう。俺がわかってあげる事が出来ない辛さや悲しみを今フェイトちゃんは抱えている。それでも、君は立ち上がるべきだ。

 

「会いに行くんだよフェイトちゃん。会いに行かなきゃフェイトちゃんは前に進めない」

「でもっ!……でも……」

「だって、あれだけ拒絶されてもフェイトちゃんはまだプレシアの事を『母さん』って呼んでるじゃないか………まだ、好きなんだろ?愛してるんだろ?母親の事を、その思いを伝えないで終わるのは後悔しか残らない」

「でも、私はアリシアのっ」

「俺はフェイトちゃんに言ってんだよ!」

「っ!」

 

 真っ直ぐに見つめて俺は言葉を続ける。

 

「君は前に進める!進む強さを持ってる!俺が知ってる、君は強い子だって事を。あれだけ冷たくされて、あれだけ辛い思いさせられても尚、他者を愛し続ける強さを持った強い子だって知ってる!」

 

 それは強さなんだ!フェイトちゃんが持ってる強さなんだ。

 

「そして、俺と違って魔法だって使える!あの危険なプレシアの根城に行く力だってもってるじゃないか!行かない理由はないだろ?」

 

 そう言ってフェイトちゃんの手を握る。か細いけど、小さいけど……気高い強さを持つ手を。

 

「もしそれでも前に進むのが怖いなら、俺が応援する、何度も頑張れって言ってやる、背中を押してやる。疲れた時は支えてやる、自分を信じて進めないならまずは俺を信じて前に進んで見ろよ」

「………信じていいの?」

「ああ、俺は魔法を使えないけど……俺の支えはちょっとすごいぞ?俺のおかげで救われたって言ってくれた子もいるからな」

「……迷惑かけちゃうかも」

「おう、かけろかけろ。その内俺が一杯迷惑かけるだろうからな」

「………例えば?」

「そうだな………無理矢理ケーキ食わせるかも」

「あの美味しいケーキ?」

「ああ、なんなら今回頑張ったらご褒美で好きなだけ奢ってやるよ。俺の両親が」

「ふふっ、そこは俺がって言わないと」

 

 何だよ、普段から可愛い顔してるけど笑ったらもっと可愛いじゃんか。……俺がその笑顔をこれからも作ってあげたいな。

 

「……私、行くよ」

「ああ」

「慎司がそこまで言ってくれるなら……頑張らないとね」

「あんまり気負わなくてもいいけどな」

「………ありがとう慎司。あの時の慎司が言ってくれた『本物』って言葉。嬉しかったよ」

 

 少しぎこちないけどそれでも微笑んで言ってくれる。

 

「もう、救われちゃったよ。慎司に一杯救われた………だから、行ってくるね。後悔しない為に」

「ああ、一杯応援してやるから気張ってこい」

「うんっ!」

 

 頷くフェイトちゃん。バルディッシュを掲げて魔導師としての姿に変わる。傷だらけでボロボロになったバルディッシュもフェイトちゃんに応えるように自身の傷を修復させ万全の状態に戻る。

 

「私……これで『本物』になるよ」

 

 逃げないで立ち向かう事でと決意固めた目でフェイトちゃんは言う。だが、俺はそんなフェイトちゃんに何言ってるんだと言うように言い放つ。

 

「バーカ」

 

 バシッと背中を叩いて前に押す。

 

「最初から本物だったろ。フェイトちゃんは」

 

 そう伝える。少し驚いた顔をしながらもフェイトちゃんは力強く頷いてから駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室には俺1人取り残され静寂が包む。そんな静寂はすぐに破られ、フェイトちゃんに入れ替わるように父さんと母さんが医務室に顔を出して来た。

 

「皆行ったのか?」

 

 医務室に俺1人しかいない事を確認すると父さんはそう口を開く。俺はゆっくりと頷く。俺はここで待つ事しか出来ない。一緒に行く事なんか出来ない。行っても足手まといだから。

 

「お前も行くのか?」

 

 その父さんの言葉に驚いて俺はついえっと声を上げる。どうしてそんな事を聞くんだ。行って欲しくないだろうに。

 

「顔を見れば分かる」

「母さんもあんたの事くらいすぐに分かるわよ」

 

 はは、この2人に隠し事は出来ねぇなぁ。

 

「俺、まだやんなきゃいけないことが出来ちまった」

「お前は十分にやっただろう?なのはちゃんを支えた、フェイトちゃんを救った。十分だ、お前はお前にしか出来ない事をちゃんとやり遂げた。父さんは、お前を誇らしく思うよ」

 

 そう言ってくれる父さんの言葉に胸を打たれる。そうか、そう思ってくれるのか。そう言ってくれるのか。俺も、2人が両親で誇らしく思ってるよ。

 

「ごめん、わがままばっかでごめん。俺、それでも行かなきゃ」

「どうして、そこまでするの?慎司、貴方が危険な場所にまで行ってやらなきゃいけない事は……一体何なの?」

 

 母さんの言葉に俺は目を閉じて思案する。俺のやりたい事、やるべき事は多分ないだろう。これ以上関わる事は本当に俺の自己満足で身勝手な理由しかない。けど、どうしても行かなきゃいけない。

 

「俺は、あの人に……プレシア・テスタロッサに伝えなきゃいけないことがあるんだ。直接、言わなきゃいけない事があるんだ」

「それは……フェイトちゃんのため?」

「違う、誰の為でもない。けど言わなきゃいけない事があるんだ」

 

 あのモニターでの対面の時に俺は聞いた。あの哀れな人の魂の叫びを聞いた。絶望を聞いた、苦しみを聞いた。あの人を擁護する事はないけど、あの人の心の傷を聞いたのなら……娘を失った母親の絶望を聞いたのなら…俺は……俺だけしか伝えられない事があるから。

 

「俺にしか、伝えられない事があるんだ。伝えて何も変わらなくても、それを伝える理由が身勝手な自己満足でも……俺は行くよ」

 

 頭を下げる。両親を心配させるのは本意じゃないけど、それを加味しても俺は行かなくちゃいけない。行きたいんだ。

 

「………分かったわ」

 

 ため息をつくように言いながら母さんは懐から何かを取り出して俺に渡す。それは見た事のない拳大くらいのなにかの機械だった。

 

「これは?」

「私が作った特別な転送装置。これを使えばプレシアのいる庭園どころか直接プレシアの元まで転移できる」

 

 それってかなりすごいものなんじゃ?

 

「けど、それは欠陥品なの。場所の座標がなくても魔力空間図面を形成してそれから…」

「ああ、ごめん……意味分かんないから簡潔に頼むよ母さん」

「とりあえず、私が天才だから一度だけ魔力のない人を限界はあるけど好きな場所に転移させられるけど一方通行だから帰りはなのはちゃん達と合流して帰ってねって事」

「わーお、分かりやすいけどどうやってんだそれ」

 

 元々魔力のない物資を届ける為に作ってる試作段階の転送装置を改良した物だそうだ。だから、魔力のない俺しか転移できない。その代わり母さんが把握してその為の作業をすれば好きな場所に転移できる。今回プレシアの元まで直接行けるのもプレシアの根城が判明してる事が前提だそうだ。

 

「けど、さっきも言ったように転移出来るのは貴方だけ。1人でプレシアと対面することになる。魔法を使えない貴方だけが」

 

 この意味、分かるわよね?と母さんは伝えてくる。そうだ、なのはちゃん達はモニターを見る限りプレシアの元にはまだたどり着いてはいない。俺1人でプレシアと会うことになる。今回の事件の首謀者とだ。だが、俺はその事に関しては危険は感じてはないかった。

 

「ああ、危険なのは分かってる。けど、プレシアは俺の事を襲ったりはしないさ」

 

 プレシアは殺戮者とかそう言った類の犯罪者ではない。先遣隊の部隊も全員やられたとはいえ誰一人死んではいなかったらしいしな。だが、だからといって大丈夫という保証はないが。

 

「………覚悟が決まってるなら俺も母さんも止めないよ。今回の事でお前はすごく頑固だって事が分かったからな」

「父さん……」

「今までお前は手もかからないで育ってくれた。その分くらい俺達に迷惑かけろ。それが子供だからな」

「やれるとこまでやって来なさい、母さんも帰りを待ってるから」

「ありがとう……母さん」

 

 装置の使い方を聞き起動させる。これからする行動には今までの行動以上に意味がない物だ。伝えた所で恐らくプレシアが改心するわけでも、事態がいい方向に転がるわけでもない。寧ろ、俺が行く事で足を引っ張る事になる可能性が高い。それでも行かねばならない。

 これは、荒瀬慎司がプレシア・テスタロッサに山宮太郎として伝えなきゃいけない事なんだ。

 

「……行ってくる」

 

 二人に見送られて俺は体が軽くなるような感覚に包まれ医務室から消える。この事件を終わらせる為に、せめてあの哀れな母親に少しの救いを与えられる事を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界がクリアになり最初に目についたのは辺りに散乱している瓦礫や崩れた岩。崩壊した庭園の最深部というところか。地面の下は虚数空間が広がっていて背中をゾワゾワと震えさせる。なるほど、聞いた話によれば魔導師であっても落ちたら2度と戻ってこれないとか何とか。怖いな。辺りをキョロキョロ見回しプレシアを探す。庭園の奥の端、虚数空間に今にも落ちそうな崖側ギリギリの場所に生体ポッドに寄り添っていた。

 瞳に光は宿ってなくアリシアという幻想をずっと追っている。

 

「プレシア・テスタロッサ!」

 

 俺はあらんかぎり声で呼ぶ。現実に引き戻し話をする為に。

 

「………貴方、何故ここに?」

「裏技使ってここまで一人できたのさ……安心しな、あんたをどうこうしようって訳じゃない。そんな事も出来ないしな」

「ふふ、成る程………モニター越しで散々私に物申した胆力のある子供かと思えば、魔力を持ってない無力な子でもあったわけね」

「否定はしないし出来ねぇよ」

 

 トゲがあるな。まぁ当然か。

 

「それで?貴方は一人で一体何のためにここに来たの?むざむざ私にやられに来たわけでもないのでしょう?」

「よく分かってるじゃないか。俺はただ、あんたと話をしたいだけさ」

「説得かしら?残念だけど……貴方の言葉に揺れ動く事なんかないわ。私はなによりもアリシアの為にアリシアを優先する。他の誰でもないアリシアの為に……」

 

 アリシア……アリシアか。そうだな、聞く耳持たないって言う状態で話すわけにも行かないし最初から核心に触れていこう。

 

「それは本当に……あんたの娘の為なのか?」

「………どういう意味かしら?」

「俺からすれば、あんたの今までの行動全部ただの独りよがりにしか見えねぇって言ってんだよ」

 

 瞬間、魔力の雷が俺を襲った。プレシアの放つ暗い漆黒の雷。規模も威力も恐らくかなり手加減しているのは分かる。本気なら死んでる。それでも

 

「ぐあああっ!」

 

 かなり痛い。なるほど、これが魔力で攻撃された時の痛みか、柔道やってて痛みとかには慣れてるけどそれとはまた違う痛みだ。ていうか、俺リンカーコア持ってねぇんだぞ?大人げねぇ。

 

「ぐっ、くぅぅ………容赦ねぇなおい」

「言葉に気を付けなさい」

 

 バカが、俺の言葉にそうやって怒りで反応するって事は少なからずその自覚があるって事だぞ。

 

「うぅ、はぁ!」

 

 ばちん!と両頬を全力で叩いて意識をしっかりさせる。いや、根性論とか嫌いじゃないけど今回に関しては勘弁して欲しいぞ。根性じゃ魔法には耐えれねぇって。

 

「へへ、図星か?」

「強がるのもいいけど、次はもっと苦しむ事になるわよ?」

 

 うへぇ、それは勘弁。でも、止めるわけにはいかないよな。

 

「あんたがアリシアを失って悲しんで今回の騒動を起こしたのならそれはアリシアの為じゃない。アリシアを失って心の拠り所を失ったあんた自身の為の行動だろうが、蘇らせれば……失った物を取り戻せばいいってか?犠牲や周りの迷惑も厭わずにか?」

「貴方には分からないでしょう、アリシアを失った私の悲しみが、苦しみが。アリシアも……きっと望んでるわ……アルハザード……失われた技術を使って生き返る事を」

「かもな、誰だって死んだら生き返りたいって思うだろうよ」

 

 けどな、けど……それは

 

「それは、何もリスクや他者の迷惑がない事が前提だよ。もしそうなら俺だって思うぜ、また生きたいって……元に戻りたいってな」

 

 本当に……そう思うよ。

 

「戯言を、貴方に何が分かるというの?アリシアの何が?私達家族の事を?」

「知るかよ、知るわけないだろ。ただ、恐らく死んだアリシアならきっと俺と同じ事を思うぜ?」

「何も知らないガキがアリシアを語らないで!」

 

 再び、落雷。さっきよりも威力がある魔力の落雷だった。

 

「がああああああああっ!!」

 

 熱い、熱い。溶ける、体が溶けちまう。熱い、痛い。熱い、痛い。ヤバイ、燃えてるみたいだ。体が、全身が燃えてるみたいに熱く痛い。

 

「がはっ!フー…フー…」

 

 耐えきれず膝をつく。クソがっ、我慢比べしに来たんじゃねぇんだよ。こいつ思ったより容赦なさ過ぎだろ。だが、余裕がないとも言える。やっぱりまともな精神状態じゃない。

 膝を震わせながら何とか立ち上がり俺はプレシアを見る。気づく、口元から血が流れるのが見えた。咳と同時に血が少し溢れ出たのが見えた。

 

「あんた……体が……」

「…………………」

 

 そんな風になってまでアリシアと再会したかったのか。当然か、娘の為と思ってる母親の愛情か。だが、俺は……こう言ってやる。

 

「だから独りよがりだって言ってんだよ」

「………何を…」

「母親のあんたがそんなになってまで復活を望むか?アリシアがそんな事望むか?あんたが一番分かってんじゃないのか?………あんたは娘に再会する為に……娘の母親を心配する気持ちを無視して行動してる。だから独りよがり……一方通行なんだよ」

 

 その末にジュエルシードを奪い、フェイトちゃんを傷つけた。許される事ではない。同情はするがそれは許されざる事だ。

 

「黙りなさい!貴方に何が分かるというの!?」

 

 叫び。心からの叫びを聞く。

 

「アリシアがそう思っていてくれたとしてもそれを知る術がない!話をする事だって出来ない!アリシアは死んでしまったから!」

 

 体が辛いだろうに叫ぶプレシア。あんたも本質はいい母親の一人だったんだろうぜ。それが今じゃ、永遠の別れで狂った魔女だ。

 

「だから私はアリシアを生き返らせる、誰がなんと言おうと関係ないわ!私は、あの幸せを取り戻すのよ!」

「失った者は戻らない!あんたの言うアルハザードとやらも素人の俺でも分かる。そんなの幻だ!そんなものに縋るな!」

「うるさい!お前に、……魔法も使えない貴方に何が分かると言う!ただの子供の貴方に何が分かると言うの!」

「そうさ、俺は分かってやれねぇよ!あんたの悲しみも絶望もあんただけの物だ。分かってやる事なんか出来ねぇ………けど、あんただって分かってねぇよ!」

「一体何を!?」

 

 息を吸う。あらんかぎりの声で叫ぶ。伝える、伝えるんだ。それが……必要なんだ。

 

「親よりも早く死んで……親を悲しませちまった……親不孝者の子供の気持ちだよ」

「………何を……そんなの分かるわけがない」

「だろうな………だが俺には分かる。……その気持ちが……アリシアの気持ちが分かるよ」

「戯言を!貴方に分かるわけが」

「分かるよ、俺は……知ってるよ。その気持ちを」

「っ!」

 

 俺の目を見てプレシアは驚いたように顔色になる。何だろうか、きっと今の俺は子供とは思えないような穏やかで落ち着いた顔をしているのだろう。そうだな、そうかも知れない。何せ今の俺は……。

 

「プレシア………俺の正体を教えてやるよ」

「正体?」

「俺は………」

 

 俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 「一度死んで、別の人間として転生した……転生者だ」

 

 初めて、この告白をした。プレシアは訳が分からないと顔を歪める。意味は理解できたが何を言っているんだと言いたげな顔だった。

 

「世迷言を……それを信じろと言うの?」

「信じる信じないはお前次第だ。だが、そんな嘘をつく為に命がけで今お前と話に来たと思うのか?」

 

 そう言うとプレシアは少し考える素振りを見せてから

 

「転生者かどうかはともかく……貴方が普通の子供じゃないって事は信用するわ」

 

 そう言った。それで十分だ。今までの俺の言動から見てもただの9歳の子供だと思う方が無理だと思うがな。

 

「俺はな、地球……あんたが知ってる地球とはまた違う地球。次元世界とかそんな物をもっと超越した別世界の地球で生きていた」

 

 幸せな人生だった。20年間の俺の人生は親にも友達にも恵まれた最高の人生だった。最後以外は。俺は死んだ、唐突に……何の前触れもなく死んだ。死因は何だと思う?……事故だよ事故。交通事故だ、しかも相手の車が悪いんじゃないんだぜ?ボーッとして信号無視して車道に飛び出した俺が悪い。自業自得、俺の完全な自業自得だ。そんな死に方して、ボーッとしたら死んでたなんて………笑えねぇよ。何やってんだよ俺は。そんな理由で俺は両親より早死にして、悲しませて……親孝行どころか不幸者になって。一生消えない傷を与えちまった。相手が原因ならまだ良かった、誰かを庇ったりしてかっこいい死に方ならまだ良かった。けど、自業自得なんだよ。俺が悪いんだよ。両親だけじゃない、きっと俺を轢いた運転手の人生も台無しにした。想ってくれた親友達の信頼に泥を塗った。

 最悪だ、人生として最悪の結末だ。今でもたまに夢に見る。迫りくる車に轢かれる夢を。皆んなが悲しんでいる姿を、俺は何もできずにそれを眺めてるだけで。ずっとずっと、一生後悔する事だろう。

 

「そんな親不孝者の俺でもな、死んだ身として無責任な言い分だけどさ………せめて俺を想ってくれた人たちは俺の分まで幸せになって欲しいって思うんだよ」

 

 俺は皆んなを不幸にしちまった。俺の死という事実で色んな人を悲しませて苦しませてる。自惚れてると思うか?そんな無責任な事は思わない、俺は誰かの人生に少なからず影響を与えて与えられている。だからこそ、自分の命は大切にしなきゃいけない。自分の命は自分だけの物じゃないんだ。

 

「もしも、俺の両親が……母さんがあんたと同じような事をしてるんだったら俺はこう思うぜ?……やめてくれって、大勢の人の迷惑の上に蘇っても嬉しくない。俺の為に苦しまないで欲しいと、忘れろとは言えないけど……せめて前を向いて生きていて欲しいってな」

 

 ごめん母さん。ごめん、長生きして親孝行する約束破っちまった。貴方より早く死んでしまった。ごめんなさい、けど……せめて俺の死を乗り越えていつか笑って俺の事を思い出して欲しい。貴方の息子の事を思い出して欲しい。無責任な言い分だけど、俺はそう想ってる。

 

「……貴方とアリシアは違う」

「そうだな、俺とアリシアは違う。けど……」

 

 真っ直ぐにプレシアを見る。ちゃんと見たら色々と言葉を失ってしまいそうになる。体が常人より痩せ細っていて顔色も悪く、唇も紫色に変色している。目の下にクマが出来ていて目は輝きを失っている。そんな状態の母親を見たらアリシアって子も浮かばれないだろう。

 だから、言わなければならない。

 

「けど、同じでもある。俺と同じで……優しい親の下で幸せに生きていた事は確かだ」

 

 アリシアの記憶だったフェイトちゃんのプレシアの話。その姿が本来のプレシア・テスタロッサという一人の母親の姿。狂ってしまう前の正常な姿。そんな優しく穏やかな母親の下で育ったアリシアならきっと俺と同じことを思うはず。優しい子だとプレシアが語っていたアリシアならきっと。

 

「そんな優しく微笑んでくれていた母親にアリシアなら俺と同じ事をあんたに言うと思うぜ?そしてそれは、俺に言われなくたってあんたなら簡単に想像できただろうに……悲しみに囚われすぎてそんな事も分からなくなったのか?」

 

 プレシアは何も言い返さなくなる。正直いつまたあの落雷を浴びせてくるか分からないから恐怖で足が竦んでいる。けど、それを無視して俺は続ける。

 

「プレシア、あんたも……乗り越えなくちゃいけないんだよ。前を向いてそれでも生きなきゃいけなかったんだ………いつまでも自分の死に囚われずに前を向いてほしいって……アリシア・テスタロッサもきっと、絶対にそう思ってるはずだ」

 

 落雷は来ない。言い返す言葉もない。ただプレシアは俺の言葉に沈黙した。だが、ここまで言ってもきっと……

 

「そうね、そうかもしれない。アリシアならそう想ってくれていると。優しいあの子なら……それでもね……私は諦めないわ」

「それを分かってもなお、その独りよがりを続けるのか?」

「ええ、だってこの私の中の空いた空白はアリシアと再び会う事でしか埋まらないもの」

 

 そんなプレシアの言葉に俺は嘆息する。分かっていた事だ。俺がいくら言葉を並べても俺にはそのプレシアの空白や苦しみは理解できてない。そんな俺の言葉じゃ響かないと。

 

「貴方、転生者といったわね?」

「ああ……」

 

 唐突にそう問うてくるプレシアに素直に頷く。

 

「なら、もしかしたら」

 

 プレシアの続きの言葉は衝撃音によってかき消され俺の耳には届かなかった。後ろを振り返ると魔法で壁をぶち破って来たクロノの姿が。戦闘の影響か頭から血を流してはいるが見た目ほど重症じゃなさそうで安心する。

 

「全く君は無茶をする」

 

 そう言って俺の隣に立ってプレシアに対峙するクロノ。どうやら両親から通信か何かで俺の事を聞いたのだろう。

 

「へへ、悪いな。心配かけた……なのはちゃん達は?」

「高町なのはとユーノは別行動中だ。あの二人なら心配いらないだろう」

「フェイトちゃんとアルフは?」

 

 ちゃんと合流出来ただろうか、心配だ。そんな俺の言葉にクロノはクイッと顎で自身の後方を示す。素直にその方向を見るとゆっくりとフェイトちゃんとアルフが現れる。よかった、ちゃんと無事だったか。

 

「慎司……」

「たく、心配かけんじゃないよ」

 

 嬉しいね、アルフがそんな事言ってくれるとは。

 

「そんな心配すんなって、現に無事だろ?」

「……本気で言ってるのか?」

 

 ごめんって冗談だよ。服まであちこちこげてるよ落雷のせいで。でも、殺すつもりでやった訳じゃないみたいだからそう言うなって。

 

「慎司、平気?」

「ああ、そんな顔すんな。そんな事より」

 

 フェイトちゃんの背中を押してプレシアの方に少し押す。バランスを崩しておっとと転びそうになる。ごめん、強く押しすぎた。

 

「行ってこい、後ろで見てる。がんばれ」

「……うん」

 

 そう言って決意を固めた眼でプレシアの元にゆっくり近づいていくフェイトちゃん。俺の言葉は届きはしなかった。けど、フェイトちゃん……君の伝えたい事は伝わる事を信じて……俺は後ろで見守る。

 

 

 フェイト・テスタロッサは前に進む為に

 プレシア・テスタロッサは取り戻す為に

 

 

 その2人の想いを聞いた俺は、どんな顔をしていただろうか。せめて、悲劇的な結末だけはない事を願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ママン万能すぎぃ!ちょっとご都合っぽいけどまぁママンはそれほどすごい人ってことで一つ

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