転生しても楽しむ心は忘れずに   作:オカケン

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 蚊取り線香の電気で繋がるやつ。あれマジ万能、超おすすめです


幕間
得意技と波乱の予感


 

 

 

 

 

 

 

 フェイトちゃん達と再会を約束したあの別れの日から数ヶ月。元の日常へと戻った俺達はあいも変わらず楽しい日々も送っている。学校の授業に柔道の練習。友達との交流と日常の幸せを噛みしめて日々を過ごしている。

 さて、今日は日曜日。時間は夕方、俺は今高町家が経営している翠屋に足を運んでいる。実は今日、規模が小さいながらも柔道の大会がありそれに出場して優勝できた俺はそのお祝いで最早恒例と化した翠屋を貸し切っての俺の祝勝会に招かれている。とても嬉しいしありがたいことなんだけど毎回毎回こうやって開催されると申し訳なさと恥ずかしさも強まってくる。特に今日なんかは先日優勝を果たした県大会規模の大会よりも一回りも二回りも小さな大会なのだ。

 

「優勝おめでとう!慎司君」

 

 お酒を掲げて俺の持ってるジュースのコップをコツンと当てて祝杯をしてくれる士郎さんに頭を下げつつ周りを見回す。

 今日の大会の応援も最早毎回来てくれている俺の両親となのはちゃん達高町家、それとすずかちゃんとアリサちゃんも一緒だ。いや、本当に嬉しいんだけど毎度毎度来てもらっては申し訳ない気もするがまぁ、それは口に出さないで素直に祝福を受けることにした。そんな祝勝会もいつもと明確に違うのは俺の指導をしてくれている相島先生が参加してくれていることだろう。毎回士郎さんと俺のパパンの誘いを遠慮していたのだが今回は無理矢理連れて来ちゃったなんてパパンが言っていた。

 

「相島先生、お疲れ様です」

「おう慎司、お前も今日はお疲れ様だったな。優勝おめでとう」

「ありがとうございます、先生の指導のお陰です」

 

 来てくれた相島先生に挨拶も欠かせない。なんだかんだ料理や士郎さん達と柔道談義で楽しそうにはしていたので一安心だ。

 

「慎司……本当に強くなったな」

「ありがとうございます」

「だがそれ以上に、前よりも楽しそうに柔道をやるようになったな」

「そ、そうですかね?」

「ああ、今の調子で無理しすぎない程度に精進しろ。分かったな?」

「は、はいっ!」

 

 相島先生からの褒め言葉に胸が熱くなる。この人は練習日以外にも道場に顔を出して俺の自主練に付き合って指導してくれている。俺が前回の大会も今回の大会も優勝できたのはこの人の存在が大きい。日頃から感謝の気持ちを忘れないようしている。さて、せっかく皆さんが用意してくれた会だ。俺も思う存分楽しむとしよう。

 

「慎司君、はい。慎司君の分のケーキだよ」

「ありがとうすずかちゃん」

 

 すずかちゃんから取り皿に盛られたケーキとフォークを受け取り舌鼓。うーん、うまいなぁやっぱり。桃子さんのケーキ最高。本当、ケーキ作りの神様だよ。これが食べれるんだから幸せだ。フェイトちゃんも、俺が渡したケーキ美味しく食べてくれてるだろうか。

 

「慎司、あんた本当にすごいわねぇ………これで3回目の優勝じゃない」

「ははは、ありがとアリサちゃん。でも、今回は規模が小さい大会だったし。まだもっと凄い大会で結果を出さないと」

「でもそれでも凄い事だよ。今日なんか慎司君凄く余裕そうに全試合一本勝ちだったし」

「すずかちゃんにはそう見えたの?」

「うん、落ち着いてるなぁって感じたよ」

 

 ふむ、そう見られているのは意外に感じた。そりゃいくら小さい大会でも多少なりとも緊張やら何やらはしてるし。あたふたしていた訳でもないがそんな凄く冷静でいられた訳でもないと思ってたけど。

 

「何はともあれ優勝した事はめでたいんだから慎司も素直に喜んでなさいよ」

「そうだよ慎司君、私達も試合見てて凄く楽しかったから」

「おう、いつも応援に来てくれてありがとな」

 

 友達とはいえ毎回毎回こうやって応援に来てくれた子は前世でも皆無だった。それは別におかしな事じゃないし普通の事だけどこの2人の純粋な応援の気持ちはいつも試合で励まされている。ここ3回の大会は俺だけの優勝じゃない。皆んなの優勝だって思ってる。

 

「で、なのは……あんたいつまでそれ見てるのよ」

 

 一旦ジュースを飲んで喉を潤してからアリサちゃんが少し離れたテレビの前で微動だにしないなのはちゃんにそう声をかける。

 

「あと一回!あと一回だけだから!」

「それさっきも言ってたよなのはちゃん」

 

 とすずかちゃんは苦笑い。なのはちゃんはずっとあんな感じでテレビに釘付けなのである。何を見てるのかというとテレビで放送している番組ではなくテレビに繋いで出力したビデオカメラの映像だ。パパンが用意したもので、今日の俺の試合データである。俺の試合の1回戦から決勝まで全て何度もリピートしてずっと見ているのだ。一度この祝勝会が始まってから俺の試合の反省会も兼ねて相島先生と2人で見ていた時になし崩し的に全員で鑑賞する事になった。だから、一度皆んな目を通して各々談笑して食事を楽しんでいるのだがなのはちゃんは今現在に至るまでずっと1人で何度も見ている。

 何がそんなに楽しいのだろうか、一度見れば十分だろうに。

 

「前もそんな感じだったよな、なのはちゃん」

 

 俺の言葉に2人は苦笑い。前の大会、フェイトちゃんとの対決で俺の試合を見れなかったなのはちゃん。後日映像を見たいとゴネてくるのでちょうどいいってんでアリサちゃんとすずかちゃんも誘って試合の映像を見せたのだ。その時のなのはちゃんも

 

『わあ!わあ!すごいすごい!!』

『キャー!やった!一本っ!一本だよ慎司君!』

 

 と目を輝かせながら見ていた。いや俺らは皆んな知ってるしどうなったかもなのはちゃんに教えたじゃんかという俺の指摘は耳に入ってなかった。かく言う今回も

 

「やたー!また一本だ!慎司君の払腰やっぱりすごいよー!」

 

 この調子である。いや、もう何周も見てるのに何でそんな新鮮な反応なんだよ。怖いし恥ずかしいよ、俺が恥ずかしいからマジやめろって。

 

「今度は大内刈!流石慎司君かっこいい〜!!」

「…………くそがっ」

 

 くそぉ、強く言えない。あんなキラキラした目で言われてると恥ずかしいけど純粋にそう思ってるみたいだからなおたち悪い。

 

「うふふ、ごめんね慎司君。なのは慎司君の影響で本当に柔道好きになっちゃったみたいだから」

 

 見かねた桃子さんが俺にそうやって困ったように笑いながら口を開く。確かに前にもそう聞いたが更に拍車がかかってきた気がする。

 

「そんなに好きなら柔道始めないんですか?」

 

 アリサちゃんの最もな疑問に桃子さんうーんとうなりながらも

 

「確かに柔道は好きみたいだけど、純粋に見る事が好きみたいなのよね。特に慎司君が柔道してるのを」

 

 完全に影響されてんじゃねぇか俺に。そういえばゲームとか前よりやるようになったのも俺に影響されてだった気がする。最近またスマブラ強くなってたし、アリサちゃんやすずかちゃんもまた影響受けてきたしな。

 

「まぁ、確かになのはちゃんが柔道してるのは想像つかねぇな」

 

 俺のその言葉に3人ともうんうんと頷く。なのはちゃん、どちらかと言うと運動音痴だしな。柔道で怪我をしない為の受け身の練習で怪我をしそうだ。

 

「まぁでも、本当に柔道好きみたいなのよ。この間も柔道の世界大会録画してみてたのよね」

 

 おい、ガチじゃねぇか。まだまだ加速しそうじゃねぇか。俺もうこれ以上辱めを受けるの辛えよ。泣くぞ本当に。恥ずかしくて泣くぞ。

 

「にゃはは、ごめんね待たせちゃって」

 

 やがて満足したのかホクホク顔のなのはちゃんが戻ってきた。何でだよ、今回の映像なんか生でも見てたろ。何でそんな満足気なんだよ。

 

「俺が一体何をしたって言うんだなのはちゃん!!」

「なにがっ!?どうして泣いてるの!?」

「お前が俺を泣かせたんだよぉ!!」

「とんだ濡れ衣だよ!?」

 

 濡れ衣でも無いんだよなぁ……。もういいよ好きにしろよ。今後も俺を誉め殺してしまえよ。

 

「あはは、なのはちゃん満足した?」

「うん、すずかちゃん!やっぱり柔道してる慎司君が一番カッコいいよね〜」

 

 お前は俺の恋人か。惚気みたいに言うな。

 

「確かに慎司は柔道してる姿が一番男らしいわよね」

 

 アリサちゃんが俺の方をニヤニヤしながらそう言ってくる。なんだ?揶揄ってるつもりなのか?

 

「だよねだよね!柔道やってる時が一番輝いてるよね!」

 

 そう言うことかテメェゴラァ!煽るな!その暴走機関車を煽るんじゃない!

 

「柔道着着てる時雰囲気が一変するもんね。確かにあれはかっこいいかも」

「分かる〜、すずかちゃんもそう思うんだ!」

 

 おいすずかちゃんこら、やめなさいよ。本当にやめなさいよ。やめろって恥ずか死ぬって。俺の2度目の人生死因恥ずか死になっちゃう。

 

「おいやめろ、マジやめろ」

「ん?何、慎司君?」

「ほっぺ伸ばすぞコラァ!!」

「えっ!何そのテンション!?」

 

 貴様が原因じゃバカタレェ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜、ひどいよ。なのはが何したって言うの〜?」

 

 ほっぺをさすりながらそう言うなのはちゃん。つい力が入ってしまったのはごめんだけどまぁ、俺の恥ずかしさも分かってほしいところである。まぁ、そうやって褒めてくれる事は嬉しいんだけどね?照れがね?ちょっとね?今回だけ勘弁してくださいな。

 

「なのはちゃん、桃子さんが言ってたけどプロの柔道の試合も見たりしてるんだってね?」

 

 すずかちゃんの言葉になのはちゃんはうんっと頷く。実際柔道にはプロという言葉は不適当だがまぁそこら辺は何も言うまい。

 

「本格的に好きになったのね、ちなみに見てて好きな技とかあるわけ?」

 

 あ、それは俺も気になる所だ。アリサちゃんナイス質問、俺からじゃなんだか聞きづらいような気がして聞けなかったんだ。

 

「うん、と言ってもその技は柔道選手の試合見て好きになったわけじゃないんだけどね」

「というと慎司が使ってる技ね?」

「その通りだよ、私が一番好きな技はね………前回の大会の決勝戦で一本を決めてた『一本背負い』だよ!」

 

 ピクッと心臓が跳ねた。……そうか、一本背負いか。よりによってその技か。

 

「応援に行けなかったからビデオの映像でしか見れなかったのが残念だったけど、すっごいドキドキして興奮しちゃったんだ。慎司君の一本背負い」

「そういえば慎司君、今日の試合じゃ一回も使ってなかったね」

「今日どころかこの間の決勝戦以外じゃ見た事ないわよ」

 

 そして、今世では練習ですら一度も使った事は無かったはずだ。あの時の決勝戦、とにかく必死だった事しか覚えてない。俺もビデオを見てようやくどんな試合展開だったか細かく思い出せたくらいだ。終了間際、優勝したくて。俺の優勝がきっとなのはちゃんも元気付けられるかもしれないって思って、そう思ったら体が勝手に動いていた。前世では数え切れないほど練習して試合で発揮した一本背負いだが今世では一度も使った事は無かった筈なのに、あの強敵相手を投げれる程の威力を発揮していた。他の技や技術は体が変わった事によって改めて鍛え直す形になったのに一本背負いだけはすんなりと出来た。勿論、最後の終了間際の相手の油断と奇をてらった形になった事も一本を取れた起因にはなっているだろうけど。

 それでも不思議な事だった。

 

「慎司君は、どうして一本背負いあんまり使わないの?」

 

 なのはちゃんのもっともな疑問に思考を止めて答える。

 

「あの時はたまたま使っただけだよ。普段使ってない技が運良く決まっただけだ」

「そうかしら?素人目だけど慎司が使ってるどの技よりも一本背負いが綺麗でカッコよく見えたけど?」

 

 ぐっ、アリサちゃん鋭いな。流石に下手な嘘じゃ誤魔化せないか。

 

「そ、それはだな………」

 

 言葉が出なくなる。一本背負い、俺の得意技で決め技で相棒みたいなモノ。しかしそれは前世の話だし、使わなくなったのも理由があるにはあるが何て説明したらいいのか。前世の話だから素直に話すわけにもいかないし。

 

「まぁまぁ、慎司君がどんな技を使うのかは慎司君が決める事だもん。一本背負いもたまたまだったみたいだし」

 

 俺が言葉に詰まっているのを見てすずかちゃんがフォローするようにそう口を開く。その言葉にアリサちゃんはそれもそうねと納得してくれてそれ以上追求してくる事はなかった。

 

「でも、慎司君の一本背負い本当にカッコ良かったからもう一度見てみたいなぁ………」

 

 空気を読んでか読まずかそんな事を言うなのはちゃん。

 

「慎司君には一本背負い似合ってるような気がするんだ。ごめんね?勝手にそんな事言って」

「ああ、いいんだよ。なのはちゃんがそこまで言うなら使えるように練習する事も検討してみるよ」

「本当?慎司君がカッコ良く一本背負いで投げる姿見るとね?何だか勇気づけられるような気がして胸が熱くなるからいいなぁって思ってたの。あ、でもでも……慎司君が合わないなって思ったなら全然なのはの事なんか気にしないで練習しなくていいからね!」

「ははは、分かってるよ。そんな気負わなくていいから」

 

 と言っても、俺が自発的に柔道に一本背負いを取り入れる事は今世では無さそうだけどな。何せ、前世で柔道を続けないで辞める事になったきっかけもその一本背負いだったんだから。

 

「さて!腹も膨れてきたし………ゲームでもすっか!」

 

 流れを断つように手をパンと叩いてそう言う。3人とも口を揃えてさんせーい!と声を上げてくれる。大人達は大人達でまだまだ盛り上がってるみたいだし俺たちは俺たちでこの祝勝会を楽しませてもらおう。

 祝勝会は大いに盛り上がり夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、なのはちゃんがビリねー」

「あー!また負けた〜」

 

 とある日の放課後、柔道の練習はなく俺も定期的に体を休める為に自主練もこなさない日である。というわけで予定も合ったので俺の家でいつもの4人でトランプで遊んでいた。崩れ落ちるなのはちゃんを見やりつつトランプを再びかき集める。ちなみにやっていたのはババ抜きでなのはちゃんの三連敗である。悲惨である。

 

「何で皆んなババ引かないのー?」

「なのはちゃん、表情にでやすいし」

「ババに指置くたびに肩ビクッてさせられたらそりゃ分かるわよ」

 

 すずかちゃんとアリサちゃんにそう言われて自分でびっくりしているなのはちゃん。いやいや、まさにその通りだから。俺の方見たって同じだよ。

 

「し、慎司君もそう思うの?私分かりやすいかな?」

 

 そんなうるうるした目で見るなよ。実際に分かりやすい事はわかりやすい。この2人の観察力も小学生とは思えないほど良いとは思うけど、それでも負けの原因はなのはちゃんの分かりやすさだ。

 

「うーん、まぁ分かりやすいというより……」

 

 ここは慎重に言葉を選ぼう、なるべく傷つけないように。そうだな、うーん。

 

「単純だな。シンプルってやつだよ」

「………あれ?それ馬鹿にされてる?」

「恐らくな」

「何で疑問系なの!」

 

 間違えたんだバカやろう。ごめんなさい。

 

「単純っていうのは間違えたな。そう……お茶目だお茶目」

「お茶目とはちょっと違うと思うけど……」

 

 じゃあ何て言えばいいんだ……。

 

「……やっぱり分かりやすいんじゃない?」

「諦めないで!色々考えてたでしょ!?悪くない言い方!頑張って!」

「ポンコツ」

「よりひどい!?」

 

 がっくしとorzになるなのはちゃん。いや、そんなショック受けるなよ。そうでなくてもトランプなんか勝率悪いだろ。

 

「まぁでもそんなポンコツなのはちゃんだって俺やすずかちゃんとアリサちゃんに負けてない所があるさ」

「そうだよなのはちゃん、そんながっかりしないで」

「うぅ……ありがとうすずかちゃん。慎司君、またポンコツって言ったぁ……」

 

 そこは引っ張るなよ。

 

「なのはが私達に負けてないところ………そうね」

 

 アリサちゃんうーんと首を傾げて考える。

 

「勉強は……全体的な成績は俺達の方が上だしな」

 

 うぐっと何かに刺されたような動作をするなのはちゃん。2人は規格外だし俺は前世の知識があるからそれはしゃーない。

 

「運動は……なのは苦手だしね」

 

 アリサちゃんのぼやきに全員苦笑い。それはもう諦めよう。仕方ない。人間良し悪しあるもんだし、それに改善出来なくもない事だ。頑張ろうなのはちゃん。

 

「うーん、ゲームもどちらかと言えば負けの方が多いもんね……」

 

 なのはちゃんトランプゲームとかは基本弱いし、スマブラとかポケモンとかのジャンルならある程度強くなってたけどそれ以外はなぁ……。

 

「あれ、私もしかして本当にポンコツ?」

「おまえあれだ……きっとこれから見つかるっていい所」

「諦めないでよっ!?慎司君だけが頼りなの!」

 

 そう言われても……魔法って言う才能はあるけどここで言うわけにはいかないし。

 

「あっ!あるじゃんなのはちゃんが俺達よりいい所」

「え?何何!どんなの?」

「素直で騙されやすい所!」

「叩くよっ!?」

「それは主に慎司に対してでしょうが」

 

 アリサちゃんのそんな呟きはなのはちゃんが怒ってポカポカして騒ぐもんだから全く耳に入らなかった。

 

「あー、怒るな怒るな。はい、これ飲んで落ち着けって」

「えっ?あ、ありがとう…………何これ?」

「プロテインの粉」

「せめて水混ぜてよぉ!」

「粉を飲む事に変わりはないかと思って」

「変わるよ!飲みやすさとか味とか色々!」

「……貴様プロテインに喧嘩売ってんのか?」

「なんでそうなるの!?」

「……私とすずかの飲み物もプロテイン混ぜた奴なの?」

「いや、2人は違うよ……豆乳」

「……いや嫌いじゃないけど普通こういう時に出す飲み物とは違うんじゃないかな」

「とろうぜ、タンパク質」

「この脳筋め……」

 

 いやちょうどお茶とジュース切らしちゃってそれしか無かったのよ。今ママンが買い物ついでに買ってきてくれると思うから。

 

「ほれほれ、飲み物飲んで少し休憩したら続きやろうぜ」

「このままじゃ飲めないよ……」

 

 水に溶かしてやるからそんな悲しそうな顔するなって。

 日常の特別に面白いわけでもない。特に平凡なちょっとした一コマであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所のとある研究所内。コツコツと足音だけが反響している。慣れ親しんだ道を迷う事なく進み目的の部屋にノックもせずに入る。先客が1人、机に資料を広げて文字を何度も書き殴りうなりながら何事か考えている。

 

「ユリカ、そろそろ帰ろうか。慎司もそろそろ練習から帰ってくる頃だぞ」

「あら、もうそんな時間?」

 

 壁の時計を見やるとギョッとした顔をしてすぐに乱れた髪と服を整える。研究者として恥も外聞もない乱れ切った外見からきっちりとした母親としての顔に切り替える。

 

「ごめんなさいね信治郎さん、わざわざ迎えに来てくれて」

「いいさ、どうせ転移ですぐだしな」

 

 資料を簡単に片付けてさて家に戻ろうかと言うところでふと机の上にある資料とは別に大事に保管されてあるガラスケースを見る。中にはそれを保存する為の培養液にその液の中で浮かぶ小さくて丸い光った物体。

 

「………慎司に話さなくてよかったのか?」

「言えないわよ………最終的にどうなるか分からないんだもの」

 

 ケースを改めて大事に仕舞い込んでユリカはそう言う。まぁ、確かに不確定な事を言って変に考えさせるのは父親としてもしたくなかった。魔法の事はバレてしまったがそれでも慎司にはまだこの事は話せない。

 

「それよりもこれ、見てちょうだい」

 

 妻から手渡される資料を受け取り目を通す。これは………。資料を持つ手が自然と力んだ。

 

「闇の書………もう既に新たな主に元に顕現したのか?」

「分からないわ、ただ部下にずっと闇の書の魔力を観測させていた中で微弱とはいえ反応があったのは確かなのよ。と言ってもこの程度じゃ計器の誤作動の範囲内なんだけどね」

「そうか………」

 

 それならば例え顕現していたとしても何処に現れたのかは掴めない。次元世界すら超えて現れる代物を探すのは不可能だ。

 

「また後手に回ってしまうのか」

「まだ顕現したかどうかも分からないわ。焦らないで」

「ああ……そうだな」

 

 次こそはと思いつい冷静さを見失いそうになる自分を戒めつつ、過去の記憶が蘇る。

 

「……クライド提督」

「……………」

 

 静寂が訪れる。自身が尊敬していた戦友であった男の名前。そして、闇の書が原因でその命を失ってしまった男の名前でもある。

 

「………久しぶりにリンディさんとクロノ君に顔を合わせたが……それなりに元気にしてるようでよかった」

「……そうね」

 

 ふうと息を吐き出して悲しみに包まれた思考を振り払う。

 

「ありがとう、とりあえずこのデータはグレアム顧問官にも見せてみるよ。あの人なら何か探っているかもしれない」

「分かったわ………さて、慎司が帰ってこないうちに私達も戻りましょうか」

「ああ」

 

 この先、何か波乱の出来事が起きそうな予感がする。しかし今は、慎司とユリカとの家族の時間を過ごそう。自分にとってなによりも大事なのは……かけがえのない家族たちなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 あと一話だけ挟んでその次から闇の書編となります

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