転生しても楽しむ心は忘れずに   作:オカケン

18 / 75
 途中で何度も俺は一体なにを書いてるんだ……と思って筆を置いたせいで難産に。まぁ、くだらなくてツッコミ所満載の話ですけど慎司君らしいといえばらしいのでたまにはこんな変な話もあると言う事で一つよろしくです。


メイド騒動

 

 

 

 

 割と都会な街並みを人混みに紛れて歩く。俺が通ってる大学の近くは都会ほどじゃないにしろ建物も多く人も多い。今日の分の大学の講義が終われば時間さえあればいくらでも遊びに出かけるのには困らないくらいは色々充実している。人をかき分けつつ当てもなく歩いていると退屈そうにしていた友人がふと自身のスマホを覗いて。

 

「あ、葉月もこっち向かってるってよ。あと30分くらいでつくってさ」

「そっか、その間適当にカフェでも行って休んでようぜ」

「そうだな」

 

 俺の提案を友人はすんなり受け入れる。するとあっと何か思い出したようで

 

「そういえばよ、ここの近くに新しいカフェ出来たの知ってるか?」

「いや、知らん」

「ならそこ行ってみようぜ」

「別にいいよ」

 

 ぶっちゃけカフェなんて座ってお茶できるなら何処でもいい。

 

「それにしても優也、よく知ってたなそんな情報」

「バーカ、太郎が気にしなさすぎなんだよ」

 

 そうなのかな?まあ、別にどうでもいいけどさ。とりあえず葉月にその新しいカフェで待ってる事をメールで伝えておこう。

 

「あったあった、あそこだよ」

 

 優也に連れられ歩いて数分ほどで目的のカフェに着いた。確かに比較的綺麗で新しく見える。中に入って店員に案内され席について注文を済ます。そこまで終わったところで俺は優也に言わずにはいられなかった言葉を放つ。

 

「何で店員さん皆んなメイド服なんだよ」

「店のコンセプトらしいぞ」

「どんなコンセプトだよ」

 

 メイドカフェとは違うんだろうな。あのキャピキャピしてる感じじゃなくあくまで店員がメイド服の格好をしてるだけだ。と言ってもお店のレベルが高いのか所作や動作一つ一つが上品に感じた。飲み物を待ってる間に談笑してると優也がそういえばと前置きをして

 

「お前の例の大会の決勝戦の相手、復帰してもう柔道の大会にも出てるらしいぞ」

「………何でお前が知ってるんだよ」

「俺の知り合いがたまたまそいつの知り合いでな。話を聞いたんだよ」

 

 本当かね全く。まあ、いいけど。

 

「………マジな話さ、お前がもう決めた事だから余計なお世話だとは思うけどさ」

 

 少々口籠もって言い辛そうにする優也だが、ハッキリと俺に告げる。

 

「もう結構なブランクになっちゃったけどよ、今からでも柔道始めてもいいんじゃないか?」

「…………………」

「あんだけ頑張って結果も残してたんだし。いやごめん、無神経だった………忘れてくれ」

「いいんだ、心配して言ってくれてるのは分かってる。ありがとな」

 

 優也とは葉月同様中学からの長い付き合いになるが、ハッキリと大切だと思った事は口にするタイプだ。あいつなりに大切な事だと思ったのは理解していた。

 けど今から再開してもこのブランクはでかい。それこそ、中途半端に辞めた自分を恨むだろう。だからこそあの日その決断を下した俺の為にも柔道着に袖を通す事はないだろう。

 

「……まぁ、俺としてはお前が柔道やらないならこうやってつるめる時間も増えるからいいんだけどよ」

「何だよそれ」

 

 恥ずかしい事言うなって。

 

「おーす、お待たせ」

「お、葉月早かったな」

「でしょでしょ、ちょっと時間盛ったから」

「何でだよ」

 

 注文したコーヒーより早く来てんじゃねぇか。お前が30分かかる言うからここに寄ったのに。

 

「にしても優也も太郎もメイド服に興味あったの?私が今度着てあげよっか?」

「いや、いい」

「吐きそう」

「はっ倒すぞ」

 

 こえーよ。たまたまそうだっただけと話がめんどくさくなりそうだったのでそう告げて折角なので葉月もコーヒーを注文する。

 

「お待たせしましたご主人様」

 

 結構本格的なのな店員さんも。先に頼んでいた俺と優也の珈琲を目の前で上品に注いで最後に優雅にごゆっくり……と告げて去っていくメイドさんに目を惹かれた。

 

「太郎、何ずっと店員さん見てるの?」

「ストーカーみたいな目してるから止めとけよ」

「いや…………いいな、悪くないぞメイドさん」

「うわ、キモイ」

 

 葉月の割とマジな呟きに少々傷ついたのは内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイドさん雇いたい」

「まーた始まった」

 

 アリサちゃんがため息混じりにそう呟く。場所はすずかちゃん邸。すっかり通い慣れた印象になったすずかちゃん邸。いつもの4人でお茶会的な事とゲームしたり動物と触れ合ったりと遊びに来たところである。ちなみに今はお茶を頂いてゆっくりしてる所だ。だがこうやって毎度すずかちゃんの家にお邪魔するとどうしても思ってしまうのだ。

 

「メイド服……カチューシャ……」

「どんだけメイドさん好きなのよ」

「アリサちゃんには分かるまい……俺がどれだけメイドさんを渇望してるか」

「分かりたくもないわよ」

 

 ああいいなぁ、メイドさん。上品な振る舞いでお茶のおかわりとお菓子の補充をしてくれる月村家のメイドのノエルさんをチラッと見る。所作も完璧、寡黙で綺麗なイメージだ。理想のメイドさん像。

 

「ノエルさんノエルさん、知り合いにフリーのメイドさんとかいません?」

「申し訳ありません、フリーのメイドの知り合いはいないですね」

「フリーのメイドさんって何?」

 

 なのはちゃんのツッコミは適当に流しつつ、それよりもメイドさんである。

 

「慎司さ、メイド雇うのにどれくらい掛かるか分かってるの?」

「知ってるよ調べたもん」

「調べたんだ……」

 

 すずかちゃんなんでちょっと引き気味なんだよ。いいじゃん調べたって興味あるんだから。

 

「そりゃ俺みたいな子供じゃ、というか普通の稼ぎの大人でも雇うのは厳しいのは分かってるさ」

 

 そもそもメイドさん雇うのだってすずかちゃんやアリサちゃんみたいな豪邸に住んでいる人が広すぎて家事や身の回りに手が回らないから雇ってるのであって普通の家じゃ出番なんてほとんど無い。よほど家事やるのが嫌な人くらいだろ。

 

「でも憧れないか?自分だけに尽くしてくれる自分だけのメイドさん」

「慎司君の場合お金の関係だけどね」

「おいその言い方やめろ」

 

 なのはちゃんそんな廃れた物言いするなって。なんか目が死んでるし。まぁ、いつも俺がメイドの話をするとそんな目してるけど。

 

「自分だけのメイドさんに上品な仕草で『コーヒーのおかわりはいかがですかご主人様』って言って欲しい」

「はい慎司、おかわりいる?」

「台無しだよ」

 

 あー、所作もクソもない入れ方で注いでくれちゃってまぁ。ありがとうアリサちゃん。

 

「なのはちゃんなのはちゃん、ちょっとやって……」

「やだもん、絶対やらない」

「まだ言い切ってないだろ」

「もう慎司君に乗せられてメイドさんの真似なんてしないもんだ。どうせまた揶揄うんでしょ?」

「まぁその通りだけど」

「否定してよ!」

 

 しばらくそのノリには付き合ってくれなさそう。ちょっと以前にからかいすぎたかな。まあ仕方ない。そんなこんなでメイド談義をして今日はお別れをした。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、学校に登校して授業を受けても俺の頭からメイドさんが離れなかった。昨日ちょっとメイドの話題を長く話しすぎたせいだろうか。将来どうやって雇おうかとかうまい方法ないだろうかとか自分でもアホな事だと思うことを考えていた。

 

「じゃあこの漢字の読みを……荒瀬君、答えてください」

「メイドです」

「正解です。これは『冥土』と読みます。すこしイントネーションがおかしかったですが荒瀬君よく出来ました」

 

 あっぶね!奇跡的に正解したけど今何も考えずにメイドっつってた。ヤバイぞ、今日の俺はなんか変だ。いつも変だけど今日は特にヤバイ。頭からメイドさんが離れない。

 

「慎司君、授業中もボッーとしてたけど大丈夫?」

 

 休み時間、なのはちゃん達3人が俺を心配して様子を見に来た。

 

「いや、大した事じゃないんだ。ちょっと考え事しててな」

「悩み事?慎司君がよかったら相談に乗るよ?」

「あんた1人で考えたってろくな事思いつかないんだから素直に話しなさいよ」

 

 そう言ってくれるすずかちゃんとアリサちゃんの友情に涙が出そうになる。

 

「慎司君、大丈夫だよ。なのはも力になれる事ならいくらでも協力するから」

 

 うぅ、いい奴だなお前ら。持つべきものは友達だな。ここまで言ってくれたんだ。俺も正直に話すのが筋だろう。

 

「実はな?メイドさんについて何だけど」

「「「解散っ!」」」

「え〜?」

 

 まぁ予想はしてたよ。3人とも綺麗にはもって席に戻っていったよ。なんやねん。けど本当にさっきからメイドさんが頭から離れない。なんだ?洗脳されたのか俺は?ンなわけねぇけど。

 別の事を考えようにも気がついたらメイドさんの事を考えている。ああ、まだ見ぬ俺のメイドさん。果たして未来で会えるのか?

 …………いややべえって。本当に今日の俺おかしいって。言ってるそばからだよ。助けて。メイドに洗脳されてる。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になっても脳内メイドさん談義は続いていた。何だろう、モヤモヤする。根本的になんでこうなってるか分からないとずっとこうな気がする。

 

「はぁ……帰ろ」

 

 ため息つきつつ帰り支度をする。今日は3人とも用事で俺は1人で帰る。なんか久しぶりな気がする。練習も相島先生が所用で急遽休みになったし自主練する気も起きないからさっさと帰ろう。

 そう思い帰路に急いで廊下を早足で歩いていると

 

「あなた、メイドさんの事を考えていますね?」

「誰だお前」

 

 知らない奴に話しかけられた。学校の制服着てるからここの生徒だろうけど、眼鏡をかけた細身の男だった。

 

「失礼、私は『明 土太郎』と申します。貴方と同じ三年生です」

「めい……どたろう?」

 

 そんな面白い名前の同級生いたのか。いや、人の名前をそう思うの良くないけど。

 

「んで?土太郎、俺になんか用かよ?」

「ふふふ、先ほども言ったでしょう?メイドの事を考えていますね?」

「………お前、なんで分かった?」

 

 え?初対面の子に思考見破られてんだけど。しかもめちゃくちゃ恥ずかしい思考してる時に。

 

「当然です、貴方からメイドの波動を感じましたからね」

「メイドの波動て」

 

 一瞬魔法の関係者を疑った俺がアホだった。こいつはただの中二病だ。ほっとこう、俺もそう思われるのはごめんだ。

 

「そかそか、んじゃ俺は帰るんで」

「待ちなさい」

 

 肩を掴まられる。軽く振り払おうとするが……え?こいつ力強い!?

 

「な、なんだよ?」

「荒瀬慎司君」

「どうして俺の名を?」

「貴方この学校では結構有名ですよ?」

 

 あ、そうなんだ。へぇ、まぁ柔道でも結果とか出してるし友達も結構増えたしその影響かね?いや違うな、多分クラスメイトとかと大人数で色々やったからな。悪い事じゃないぞ?学校辞めちゃう先生にサプライズとかそう言うの。

 割と結構目立った学校生活歩んでんな俺。

 

「貴方、気持ちを抑えていませんか?」

「な、なんの事だよ?」

「メイドさんを愛するその心です」

「お前、何なんださっきからメイドメイドって」

 

 俺も人の事言えんけど。

 

「ふふ、何を隠そうの明土太郎……貴方と同じメイドさんを愛してやまない者なのです」

「ピッタリな名前だなおい」

「そして、私はずっと探していたのです……私と同じ志を持った同志を!」

「それが俺だと?」

「その通りです!」

 

 ビシッと俺を指差して土太郎は続ける。

 

「貴方には才能があります!この思想を広める才能が!」

「いらんわそんな才能」

 

 どうせなら柔道か魔法の才能がいいわばかたれめ。

 

「私は確信しています!荒瀬君!君なら世界を変えれると、すべての人をメイド好きにできる世界に!」

「悲惨な世界だなおい」

 

 何だこいつは、何が目的なんだ?

 

「その思想広げてどうしたいんだよ?」

「私はただ同志が欲しいだけですよ。メイドさんを愛する同志がね」

 

 危険な宗教みたいじゃねぇか。確かに俺もメイドさんは好きだが、そこまで広めたいとかそんな思想はねぇから。

 

「盛り上がってるとこ悪いが俺はそこまで自分の考えを広めたいわけじゃねぇよ。同志探しなら他を当たりな」

「……貴方の悩みを解決できる……そう言ってもですか?」

「は?」

「貴方の頭からメイドが離れない、悩んでますね?その事に」

「だからなんで分かるんだよ」

「メイドの波動です」

「お前凄すぎるだろ」

 

 怖いよ。本当に怖いよ。けど、その悩みが解決出来るってのは興味深い。

 

「どうすれば悩まずに済むんだ?」

「簡単です、その気持ちを我慢せず解放すればいいのです」

「解放?」

 

 土太郎曰く、俺が頭からメイドさんが離れないのはその気持ちを発散できてないからだと言う。溜まりに溜まったその思いが俺の頭を支配してるのだそう。長い期間発散できないとそうなるらしい。なんだそれ、メイド好きの宿命なの?けど少し俺も一理あると思ってしまった。何故ならば俺のメイド好きは前世から続いているのだ。前世からの気持ちも含めて溜まりに溜まったと言われると納得する部分もなくはない。

 いやねぇよ、何でだよ。でも実際頭からメイドが離れてないのも事実。

 

「解放するって言ってもどうすれば?」

「単純にメイドさんを雇ってその欲望を解放する事です。しかし、子供の身である私達にはそれは難しい事でしょう。ですので、もう一つの方法を取る必要があります」

「もう一つの方法?」

「はい、それはですね………」

 

 俺はその方法を聞いてすぐに実行に移す事を決めた。なり振り構ってる場合じゃない。とにかく早く頭の固定されたメイド思考を追い出したかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に翌日。朝。

 

「あれなのは、慎司は?」

「うん、何か慎司君のお母さんが先に朝早くもう出ちゃったって。何か学校に用事でもあったのかな?」

「そうなんだ、後で慎司君に聞いてみようよ」

「そうね」

 

 確かに気になるところではある。高町なのはは少し疑問を抱いていた、別に朝早く自分達より早く出た事はいい。しかし、意外にしっかり者の慎司なら事前にメールで連絡くらいしてくれそうなものだと思ったからだ。

 よほど切羽詰まってたのか、単純に忘れてしまったのかは分からないが。まぁ、すずかちゃんの言う通り学校で会ったら聞けばいいかと頭の隅に置いた。他愛のない話をしながら3人で学校に向かう。校舎が見えてきた所で妙に騒がしいのと学校が異様な雰囲気に包まれている感じがした。

 

「な、何だろう?」

「妙に騒がしいわね」

 

 3人とも怪訝な顔で校舎に近づくと騒ぎの中心に誰がいるのかすぐに分かった。

 

「皆さん!!メイドです!世の中にメイドさんは必要なんです!気付いてください、メイドの素晴らしさに!!」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 絶句する。校庭で騒いでいる慎司を見て3人は絶句した。メガホン片手にビラらしきものを配りながら訳のわからない事を叫んでいた。頭を抱える。ああ、何をやっているんだあのバカは。

 

「ちょっと慎司!うるさいわよ朝っぱらから!!」

 

 こう言う時に頼りになるアリサちゃんがずかずかと慎司君に近づいてそう大きな声で伝える。

 

「おおアリサちゃんおはよう!今日もいいメイドさん日和だなぁ」

「何わけ分かんない事言ってんのよ!いいから辞めなさい、先生に怒られるわよ」

「アリサちゃんも着てみないか?メイド服」

「話を聞け!」

「メイドを知れ!」

 

 あぁ、いつも以上に話が通じない。なんだ、とうとう頭でも打ったのだろうか。メイドさんを欲しすぎておかしくなったのだろうか。

 

「ああ〜!あのバカ一体どうしたのよ!?」

 

 イライラした様子で戻ってきたアリサちゃんをすずかちゃんがまぁまぁとなだめる。

 

「でもおかしいね、こんなに騒いでるのに先生が誰一人止めに来ないなんて」

 

 すずかちゃんの言葉に確かにと頷く。結構な大声だ、学校中には響いているだろう。けど誰かが止めに入る気配はない。ちょうど通りかかった女性の先生に事情を聞いて見ることにした。

 

「ああ、あれね」

「どうして誰も止めないんですか?」

「うーん、実はね校長先生直々に好きにやらせてあげなさいって職員全員に通達があったのよ」

「えぇ………」

 

 どう言う事だろうか?校長先生が許可をした?この意味の分からない演説を叫ぶ事を?

 

「そう言えば荒瀬君が配ってるあのチラシをホクホク顔で眺めてたわね」

 

 先生がそう言葉を漏らすのですずかちゃんがさりげなく慎司君にバレないようにチラシを受け取って戻ってくる。すごいすずかちゃん、忍者みたいだった。3人でチラシを覗き込むとそこにいかにメイドさんが素晴らしい存在なのかという題目でイラスト付きで長々と語られていた。

 一瞬興味ないはずの私達も引き込まれそうになる程の文章力で戦慄した。

 

「校長先生……慎司君に抱きこまれたのかな?」

 

 私のその言葉に2人は苦笑いでおそらくそうだろうと頷く。ああ、元々その素質があったのかは分からないが慎司君のせいで校長先生がメイド愛に目覚めてしまったようだ。

 

「うう、やだなぁ……幼馴染が変な人間なのも嫌なのに更に醜態を晒されると私まで鳥肌立ってくるよぉ」

「な、なのはちゃんちょっと口悪いよ……」

 

 そうは言ってもねすずかちゃん。本当に頭を抱えてしまうような事態なんだよ。このまま、まさかずっとあんな調子でいられたら私まで狂ってしまいそうだ。

 

「まあ、すぐに収まるわよ。誰も見向きもしてないからね」

 

 そう言って先生は校舎のほうに戻っていった。確かに先生の言う通り慎司君はかなり目立ってるが話をまともに聞いている生徒はほとんどいない。ふざけてチラシを受け取っている子も何人かいたがあの調子だとゴミ箱行きだろう。

 

「まぁ、たまにおかしくなるのも慎司らしいし……」

「アリサちゃんの言う通りだよ。確かにいつもより……その……変だけどそんな深刻にならなくてもいいんじゃないかな?」

「うーん、そうだよね」

 

 どうせすぐに元に戻るだろう。チラシにも書いてあったがただメイド好きの同志を広めたいと書かれていた。この意味不明な演説で人が集まるとも思えないし慎司君も飽きたら元に戻るだろう。相手にするのも疲れるので今は放っておこう。

 私達3人はそう結論づけてとりあえずは慎司君の好きにさせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後

 

 

「えぇ………」

「人……増えてるね」

「いつの間に……」

 

 朝の登校。ここ数日は慎司君は演説で一緒に登校はしていなかった。なので、3人で学校に赴くとどうしたことか昨日まで慎司君ともう1人……明土太郎君?だったかな?この2人で演説していたのが今日は一気に増えて数十人規模で演説をしていた。

 ここ数日は学校が始まるまでは演説をして休み時間にも毎回各学年のクラスを回って広報。その情熱はもっと別方面に向けて欲しい。放課後も自身の柔道の練習に間に合うギリギリまで演説と忙しない日々を送っていた。柔道の練習はちゃんとこなしていた事は何故だかとっても安心した。

 

『メイドさんは素晴らしいんだ!とても尊い存在なんだああああ!!気付いてくれ!皆んな!メイドさんの素晴らしさにいいいいいいい!!!』

『おおおおおおおおメイドおおおおおお!!』

『メイドたーん!メイドたーん!!』

『僕にコーヒー入れてくださーい!』

『ご奉仕してくださーい!!』

 

「「「地獄だ」」」

 

慎司君を含めたメイド好きに目覚めてしまった人たちの演説内容だ。ほとんど演説になっていなかったがそれはどうでもよかった。

 

「ね、ねえ?どうしよう、このままもっと増えたりしないよね?」

「さ、流石にないよ。あ、あはは…」

「そろそろ慎司も……あ、飽きるわよ…ね?」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんは不安げだ。私も不安だ。どうしよう、このまま知らないフリをしたい気持ちを頑張って抑えて私は慎司君を止めるべく演説をしているあの集団に近づいていく。

 

「な、なのはちゃん!」

「危ないわよ!」

 

 すっかり危険集団扱いされている。いや、私もそれは否定できない。とりあえず、慎司君と話をしないと。

 

「し、慎司君!」

『メイドおおおおお!!』

『メイドたーん!』

『萌え萌えキューン!』

「あ、おはようなのはちゃん!チラシ新しくしてみたんだ!いるか?」

「い、いらないよ!そうじゃなくて!」

『メイド!メイド!メイド!』

『ぼくちんはメイドと触れ合う為にうまれてきたんだ!』

「えぇ?なんだって?よく聞こえねぇよ!」

 

 外野がうるさいんだよ!もうバカの一つ覚えみたいにメイドメイドって!もう慎司君の分身にしか見えなくなってきたよ!

 

 

 

 

 

……………………。

 

「うぅ、ダメだったよ」

「仕方ないよ、誰にも止められないよ」

「よく頑張ったわよ、なのはは」

 

 そもそも会話が出来ない。これは……本当にどうしよう。慎司君の暴走は止まる事を知らずさらに数日が経つと

 

「また……増えてるわね」

 

 もう一学年ほどの規模になっていた。メンバーは全員男の子だけど同学年だけに留まらず後輩も先輩も巻き込んでいた。そしてさらに数日。

 

「もうデモだよコレ」

 

 すずかちゃんの言葉に全力で頷いた。規模も勢いも既に最初の面影はなく学校の全男子が参加してるんじゃないかと錯覚しそうになるくらいの人混みだ。そしてその全員がメイドとメイドと何かしら叫んでいる。どうしてこうなった。

 なのに、慎司君の演説内容は変わらずメイドさんがどれだけ素晴らしいのか、そしてそれを一緒に知って同志になろうと誘うだけ。最早カルト教団である。

 

「ど、どうしよう?このままだと学校どころか海鳴市まで巻き込みそうだよ?」

「すずかちゃん、ま…まさかそんなには……なりそうだね」

「海鳴どころか日本中まで巻き込みかねないわよあのバカ」

 

 否定できない。日本中の人があんな事を叫んでいると想像するとげんなりする。海外逃亡も辞さない。

 

「とにかくもっと大きくならないうちに止めないと!」

「で、でもどうすれば?」

「お困りのようですね?」

 

 だ、誰?って見覚えがあった。メガネをクイっと上げてニヤリと笑みを浮かべている細身の男の子。初日から慎司君と一緒に演説していた明土太郎君だ。

 

「あんた!隣のクラスのメイド太郎ね!」

「違う!ぼくは『明 土太郎』です!」

「どっちでもいいわよ!知ってるんだからね、あんたが慎司を焚きつけたこと!」

 

 あ、そうなんだ。

 

「そ、それについては反省しているんです。だからこうしてお声をかけたのですよ」

「でも、土太郎君が焚きつけたのなら今の状況は土太郎君にとって都合がいいんじゃないの?」

 

 私のその言葉に土太郎君は難しい顔をしながらうーんとうねる。

 

「確かに僕は荒瀬君にメイドの波動を感じたので、同志と思い声をかけたのです」

 

 メイドの波動ってなんだろう。もう、ツッコムのも疲れたから何も聞かないけど。

 

「そしてあの荒瀬君ならもっと同志を増やせるのでは?と思い今回の活動を提案したのです。荒瀬君の悩みも解決できるので利害が一致したんです」

 

 どんな利害があったのかは気になるがどうせ頭の痛くなるような案件な気がしてそれも聞くのはやめておいた。

 

「しかし、荒瀬君の影響力を侮っていました。予想以上に人が増えすぎました。僕としてはメイド好きの4、5人のグループでも出来ればいいなぁって思ってただけでしたので」

 

 何ともかわいい目的である。内容は全然可愛くないけど。

 

「それなら何で途中で止めなかったのよ?」

 

 アリサちゃんの最もな意見に土太郎君は困ったような顔をして

 

「いやその………思ったより成果が凄すぎて現実味がなかったというか……ハイになってしまったというか」

「勢いでとことんやっちゃえ……みたいな感じになっちゃったんだ」

 

 すずかちゃんの言葉に土太郎君はそんな所ですと同意した。何ともはた迷惑な話である。

 

「今の荒瀬君もきっと同じような状態です。冷静さを失って止めどころが分からず突き進んでしまっているのでしょう」

「そんな状態の慎司とあの連中をどうやったら止めれるのよ?」

 

 アリサちゃんの問いに土太郎君は待ってましたと言わんばかりにメガネをクイっと上げて難しい事ではありませんとニヤリと笑いながら言う。

 

「止めるのは荒瀬君だけで問題ありません。荒瀬君と一緒に盛り上がってるあの連中は荒瀬君に影響されてメイド好きの皮を被った偽物ですからね。メイドの波動を感じないのが証拠です」

 

 そんなものを証拠として堂々と語らないで欲しい。

 

「ですので荒瀬君の活動さえ止めれば自然とこの運動も終結します」

「でも慎司君だけ止めればいいって言っても……」

 

 広報活動をしている慎司君達に目を向ける。異様な盛り上がり様だ。少なくともこの集会中に止めるのは無理がある。そもそも、暴走状態の慎司君が果たして言葉だけでこの活動をやめてくれるかどうかも怪しい。

 

「でも、休み時間とかだと私達が止める間もなく演説してるし……」

 

 そうなのである。すずかちゃんの言う通り慎司君を説得しようと授業が終わるタイミングで捕まえようと実は何度もチャレンジしているがいつのまにか消えているのである。もしかして転移してる?と口を滑らしそうに何度もなった。メイドを原動力にしている時の慎司君はとても危険だ。

 

「荒瀬君を止める方法はただ一つ、彼の欲望を発散させてあげるのです」

「発散?」

「端的に言えば彼の満足するメイドさんを体験させれば彼の活動は止まるでしょう」

「そんな事で止まるの?」

「はい、間違いなく」

 

 何を根拠に自信を持ってそんな事提案できるんだろうと疑問には思ったけど訳の分からない行動を止めるには訳の分からない行動なんだなと思考放棄してそう思うことにした。

 

「メイドを体験させるって言ってもさ、慎司にそれ見せるにはあの連中も一緒って事でしょ?」

 

 アリサちゃんの言う通りだ。慎司君が1人になる機会を狙えない以上あの大勢の前でそのメイドさんを披露しなければならない。地獄だ。

 

「それは仕方ありません、彼ら全員の前でそれを披露するしかないでしょうね」

 

 慎司君が満足するメイドさんをあの大勢人の前で披露するってそんな恥ずかしい事絶対にしたくないなぁ。

 

「善は急げです、こちらに僕が持ってる子供サイズのメイド服が1着だけあるので荒瀬君と仲が良い貴方方3人の誰かがメイドさんを演じてください。その方が成功率が高いと思われます」

 

 そう言ってメイド服を手渡してくる土太郎君、私達3人は心底軽蔑の視線を土太郎君に向けつつどうしようかと悩む。

 

「どうしようか?」

「でも、これしか方法ないみたいだし……」

「となると適任は……」

 

 すずかちゃんとアリサちゃんが無言でジッと見てくる。

 

「えっ!また?またなの!?」

 

 また私がやるの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メイドおおおおお!!』

『メイド服うううううう!!』

『メイドドメインんんんんん!!!』

 

 地獄の光景を作り出すメイド好き集団。もうメイド好きじゃないよ、皆ただのバーサーカーだよ。その中心で俺はめげる事なく演説を続ける。

 

「あの純粋に主を想うその気持ち!それこそが主従の絆なんだ!!そんなメイドを好きになって何が悪い!!」

 

 正直俺も困っている。もうやめてもいいんじゃないかな?あ、でもここまできたらやれるとこまでやりたいな。うん、頑張ろう。何か大事なものを失いつつある気がするけどやってしまおう。

 

『コラーーー!!バカ慎司ーーー!!』

 

 演説を続けているとスピーカーメガホンで大声をあげるアリサちゃんの声が耳をつんざく。皆驚いて言葉が止まった。

 

『こっち向きなさいーー!!』

 

 声の方に振り向けば威風堂々としたアリサちゃんとスピーカーを重そうに持ち上げるすずかちゃんとメイド服を着たなのはちゃんがいる。………メイド服のなのはちゃん!?

 

「な、なのはちゃん?」

 

 ど、どうした?頭打った?え、なに?え、俺のせい?いや確実に俺のせいだよな。そんなパニックになってる俺を尻目になのはちゃんはゆっくりと一歩一歩俺達に近づいてくる。突然のメイドの出現に俺たちは固唾を飲んで見守っていた。俺との距離僅か数メートル程まで近づいてなのはちゃんは深呼吸を一度してから決意を固めた顔を一瞬挟んで

 

「おかえりなさいませ、ご主人様!コーヒー淹れましょうか?」

 

 と仕草やら所作を加えて可愛げな顔をして俺達メイド好き軍団大勢の前で披露して見せた。だんだん恥ずかしくなってきたのか徐々に赤面していくなのはちゃん。

 よくやったよなのはちゃん。俺を止めるためにやったことはよく分かった。けど、相手が悪かった。ここにいるのはにわかとは言えこだわりあるメイド好き達。全員の好みに合うなんて事は勿論、そして本物じゃないと満足しない俺相手だ。

 

『帰れー!』

『引っ込め高町ーー!』

『来世からやり直せー!』

『メイドを侮辱するなーー!』

『バーカwバーカw』

『このメイドの恥さらしーー!』

『もっと成長してからやれちんちくりん!!』

 

「ちょっと!?ちんちくりんって言ったの誰!!?」

 

 あ、俺です。まぁ、こうなるよなぁ。なんかごめんね?

 

 

 

 

 

 

 結局泣きそうになりながらアリサちゃん達に慰められたなのはちゃん。その後すずかちゃんが臨時で雇った本物の俺好みのメイドさんによって俺の目は覚めて自然とこの活動も終結を迎えたとさ。最初からそうすればよかったのに言ったらなのはちゃんが泣きだしかねないので黙っておいた。

 勿論、この騒動のあと俺はアリサちゃんとすずかちゃんとなのはちゃんにボッコボコのボッコボコにされてしばらく平謝りの生活だった事は言うまでもないだろう。反省である。余談だが、その後本当の目的はただ同じ趣味の友達が欲しかっただけだった土太郎とは一応友人?としての関係は続いていたりする。

 

「荒瀬君、頭の中のメイド思考は消えましたか?」

「あ、そういえば治ったな。土太郎の言う通りだったんだなぁ」

「ふふん、メイドの波動に不可能はありませんからね」

 

 いや本当なにもんだよお前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動からしばらく経って、放課後のランニングに勤しんでいる俺。いつもとは違うコースをハイペースで走っていると車椅子に乗った同い年くらいの女の子とすれ違った。

 

「あっ!」

「うん?」

 

 声に反応して後ろを振り向けば車椅子の女の子が買い物袋を落としてしまった様で周りに中身が散乱としていた。頑張って拾おうとしているが車椅子だからかうまくいかない様だ。

 

「ほらよっ」

「あ……」

 

 余計なお節介かなと思ったが見てられなかったので全て拾って袋に詰めて女の子に手渡す。

 

「……ご親切にありがとなぁ。ほんま助かったわ」

「どういたしまして……もしかして関西の方の子?」

「まぁ、そんなとこかな。初めて訛り聞いたん?」

「いや……そういうわけじゃないけどさ」

 

 なんかこう、関西弁聴くとうずうずしてくる。こう、真似したくなると言うか。言っちゃう?あれ言っちゃう?

 

「なんでやねんっ!」

「なにがやねんっ」

「「イェーイ」」

 

 おお綺麗にハマった。気持ちいいね。

 

「あはは、面白い子やね」

「はは、お前もな」

 

 さてと

 

「悪い、ランニングの途中だったんだ。じゃあな、今度は落とすなよ!」

 

 そう言ってランニングを再開する。

 

「あっ………ありがとー!ホンマに助かったでー!」

「おう!」

 

 手を振って別れる。少し離れてから心配になってチラッと様子を見てみるがさっきまではいなかった優しげな雰囲気の女性とキリッとした雰囲気の女性と楽しげに話していた。よかった、サポートしてくれる人がいるなら安心だ。家族かな?それにしては似てないけど。まぁ、どうでもいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 これが俺と八神はやての出会い。そして、一生忘れる事のない衝撃的な出来事の幕開けだ。

 

 

 

 

 

 





 次回からA's編です。

 なお、今回登場した名前付きキャラの明土太郎くんは幕間以外では一切出てきません。ごめんね土太郎くん

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。