転生しても楽しむ心は忘れずに   作:オカケン

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 現在他の作品と同時執筆となりますので以前ペースより頻度は遅くなると思われます。どうか長い目でお待ちいただければ幸いです


悔しさを胸に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畳を後にしてとぼとぼと会場から出る。同じ道場の仲間達や相島先生からの励ましや叱咤を受けるがどこか他人事のような感覚だった。ボッーとした感覚のまま歩みを進めるといつの間にか会場の外にまで歩いていた。フワフワとして何故だが現実味がなかった。

 結果を受け止められないとかそんなやわな理由じゃない筈だ。負けたという事実は覆らない。それを受け止めて、反省を促して次に活かす。今度は負けないようにより一層努力する、そうあるべきだしそうすべきだと自分でも思考は固まっていた。

 まだ他の仲間の応援もある、会場に戻らないと。そう思って引き返そうとするが足が鉛のように重くて動かない。なんだよ、動けよ。どうしたんだよ。動くどころから足から力が抜けて立っていられなくなりつい膝をつく。

 

「………え」

 

 泣いていた。自然と涙が溢れていた。何……泣いてんだよ俺は。

 

「情けねぇ……くそ、止まれよ……」

 

 情けない、情けない、情けない。涙するなんて情けない。負けたのは誰でもない俺のせいだ。努力不足、思慮不足、全部だ。全部俺の責任だ。泣いてる暇があるなら立ち上がって次の努力をすべきだ。なのに情けない……情けない。試合に負けて1人こうやって不貞腐れて泣くなんて………。いや、違う。違うんだ……情けない理由はそうじゃない。負けたから情けないんじゃない。分かってる、自分が一番分かってる。この涙の理由も、さっきから現実感がないのも、自分が情けないって思う理由も………。

 

「……………くそがっ!!」

 

 地面を拳で強く打ち付ける。痛い、だがその痛みは罰だ。自分の意志の弱さの罰だ。俺は……あの決勝で、最後のあの一瞬。一本背負いをかけようとしていた。チャンスだった、決めれる自信があった。それはいい、俺は柔道家だ。チャンスがあれば、勝ちに行くためにそう思ってかけてしまいそうになるのは仕方ないと割り切っている。けど俺は自分で自分に課したんだ、一本背負いは使わないと、だから理性を働かして俺は慌てて技を止めた。結果最後には何も出来ずに試合を終えてしまった。仕方ない、そうなったのは仕方ない。けど、俺は………後悔していた。………最後のあの瞬間に一本背負いをかけなかった事に。

 

「……………」

 

 自分で勝手に誓ったんだ。そんな身勝手な誓いすら俺は自分の都合で破ろうとしてあまつさえ破らなかった事を後悔した。自分で決めたくせに、自分でそう課したくせに。それが情けなくて情けなくて、悔しくて。

 柔道だって本当は始めるつもりはなかった、けどそれに後悔した事に気付いて、今世では後悔しない人生を送りたくて柔道をまた始めたんだ。その代わり、俺は一本背負いを封印した。だって、俺に一本背負いを使う資格はない。一本背負いで1人の選手の柔道生命を奪いかけた俺は本当は柔道だってしちゃダメだって思ってたんだから。だから、一本背負いは使わない。一つのケジメとして使わないってそう決めたのに。なのに俺は……なんて情けない事を思ったんだ。

 

 

 

 

 

 どれくらいそうしてたかは分からない。しかし、往来の真ん中で1人膝をついてしゃがみ込んでいれば目立つのも必定だ。………はやてちゃん達が俺を見付けるのもおかしな話じゃない。

 

「慎司君っ!」

 

 車椅子を自分の手で動かして俺に駆け寄るはやてちゃん。声をかけられようやく俺はハッとして自身の状況を客観的に理解する。

 

「………だ、大丈夫?慎司君……」

「ああ、ごめんはやてちゃん……なんでもねぇんだ」

 

 そう言って立ち上がろうするが何だかまだ足が覚束ない。ふらつきながら立とうする俺を見かねてシグナムが寄り添って支えてくれる。

 

「しっかりしろ慎司、とにかくそこのベンチに行こう」

「ああ、ごめんなシグナム」

 

 お言葉に甘えてベンチまで肩を貸してもらう。ベンチ座って一息ついて落ち着いた所でようやく俺のフワフワとした現実感がなかった感覚も消えて体にも力が入るように戻っていた。全く、つくづく情けない。ショックであんな醜態まで晒してちゃ世話ない。

 

「ふぅ………ごめん。もう落ち着いたよ」

 

 そう言って何とか笑いかけてみるが4人は渋い顔をした。どうやらうまく出来なかったようだ。

 

「……………………」

 

 静寂。お互いに何を言えばいいのか分からず静寂がお達を包む。俺は空気を変えようと言葉を紡ごうとするが何を話せばいいか分からなくなってしまっていた。対するはやてちゃん達もかける言葉が見つからないようだった。

 

「………せっかく来てくれたのにごめんな?優勝出来なくて」

 

 何とか発した言葉はそんな内容だった。それも何て返事すればいいのか分からず困ったような雰囲気になる4人。馬鹿かよ俺、余計気まずくさせてどうすんだよ。

 

「…………私達からお前に何を言ってもその悔しさは晴らせないだろう」

 

 ようやく口を開いたのはシグナムだった。

 

「存分に悔しむといい、その悔しさはきっと本当に全力で努力した者しか味わえないものだ。本当に頑張った者だけの物だ」

 

 だから、今は全力で悔しがれとシグナムは言う。違うんだシグナム、たしかに試合の結果は悔しいし悲しい。けど、俺がショックを受けてるのは自分の意志の弱さが露呈した事なんだ。そんな事言えないけど、でも何でだろうか?何だか、その言葉は重く俺の心にのしかかった気がした。

 

「………慎司君」

 

 車椅子を転がして俺の目と鼻の先まで近づくはやてちゃん。真っ直ぐに俺を見つめてはやてちゃんは一呼吸置いてから

 

「………シグナムの言う通り、ウチが何言うても慎司君を逆に傷つけるだけかもしれへん。けど、それでもやっぱり伝えたいんよ」

 

 笑顔で、それはもう笑顔ではやてちゃんは言った。

 

「試合……見にこれてよかった。いっぱい、感動した。胸が高鳴ってドキドキした。………慎司君のおかげで柔道って言うスポーツ……楽しめたで」

「はやてちゃん…………」

 

 そう言えば、はやてちゃんには絶対に楽しませてやるって大見得切ってたんだっけか。それが本心ならせめてそれが達成できた事だけは嬉しく思う。

 

「ウチら先に戻ってお疲れ様会の準備しとくから。美味しい料理を沢山用意するから……気持ちの整理が出来たら、ちゃんと来てな?」

「……ああ、ありがとうはやてちゃん」

 

 そうお礼を言うと優しい笑みで頷くはやてちゃん。皆んなを促してこの場を後にする。別れる際にシャマルが俺の背中を励ますように何度かさすってくれた。

 

「………カッコよかったよ、お前」

 

 ヴィータちゃんはぶっきらぼうにそうとだけ伝えてそそくさと皆んなと一緒に歩いて行った。

 4人ともそう多くは語らなかった。俺の為のその優しい気遣いに、心配して励まそうとしてくれた4人の心が身に染みる。俺を1人にしてくれる優しさに感謝をした。嬉しくて、悲しくて、悔しくて、少しだけ涙が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会は正午過ぎには小学生の部が終わったため表彰式だけ済ませて帰宅した。はやてちゃん達にはメールで夕方過ぎ頃に行くと伝えてある、それまでは家でゆっくりしていよう。家には両親も仕事でいない、1人になりたかったから丁度よかった。家に着くなり鍵もかけずに鞄をそこら辺にほっぽり投げて自室のベッドに沈む。

 気持ちの整理はまだちゃんとつけれていない。何より自分の意志の弱さを認めたくなくてみっともなく気分が沈んでいるのだ。

 

「………はぁ」

 

 ため息を一つ。俺がこんなにも落ち込んでいるのはさっきも思った通り一本背負いを使わなかった事を後悔した事による意志の弱さの露見だ。けど、何だかそれだけじゃないような気がしてならない。自分で言うのも何だが俺は気持ちの切り替えは不得意ではなかった。少なくとも柔道に関しては、前世でも試合に負けて落ち込む事はあってもすぐに立ち直りポジティブに頑張ろって思えた事が多かった。

 現に、一本背負いの云々の事は情けなくて辛いが今度こそはそう思わないでちゃんと一本背負いと決別するんだと考え始めている。思っちゃったものは仕方ない、ならば次はもう一本背負いに頼る必要が無いほど強くなるんだと帰路についている途中でそう結論を出した筈だ。けど、気分は晴れなかった。

 試合に、神童に負けた事も悔しい。だから、気分が沈んだままなのか?けど、今ままで負けても落ち込む事は沢山あったけどここまで気持ちが追い込まれたような感覚はなかった。だから、戸惑っている。

 

「こんな落ち込んだ気分のまま八神家に行くわけにも行かないんだがなぁ」

 

 余計に心配させてしまう。ただでさえ励まされたばっかだ。せめて皆んなの前では楽しく飯くらい食いたいな。

 

「………はぁ」

 

 自然とため息が出る始末。情緒が変だ。自分で自分の気分が分からない。そんな感じでボーッとしていると自宅のチャイムが鳴り響く。誰だ?荷物か何かだろうか。無視する訳にもいかずいそいそとベッドから飛び出て玄関へ。

 

「あっ……」

「………なのはちゃん?」

 

 扉を開ければもう一度チャイムを押そうとしているなのはちゃんの姿が。どうしたのだろうか、今日は翠屋の手伝いに駆り出された筈だが。

 

「えっと、急にごめんね慎司君……上がっていいかな?」

「あ、ああ……どうぞ」

 

 本当は一人でいたかったがと口に出しそうになったのは内緒だ。そんな失礼な言い草をしてしまいそうになるくらい今の俺は不安定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず俺の部屋に案内して適当にジュースでも入れて持っていく。なのはちゃんはありがとうとそれを一口くちにする。何しに来たのだろうか、今日は試合があった事は知っていた筈だし翠屋の手伝いは大丈夫なのだろうか。

 

「……試合、お疲れ様」

 

 最初の一言はそれだった。表情から察するに既に結果は何処からか聞いているようだ、相島先生辺りだろうか。どうでもいいけど。

 

「…………ありがとう。なのはちゃんはどうしてここに?翠屋の手伝いは終わったのか?」

 

 そう聞くとなのはちゃんは困ったような顔をした。詳しく聞くと未だ翠屋は団体のお客さんの対応に追われてるそうな、ちょっとの休憩の合間を見てネットで試合結果が載ってないか調べたらしいのだがある程度大きな大会だからか小さなサイトであるが結果や進行状況を載せている所があったらしくそれで結果を知ったらしい。

 いてもたってもいられなくなったなのはちゃんはもう大会を終えて帰宅してると予想してここまで来たらしい、ちゃんと士郎さんと桃子さんの許可をとった上で。

 

「私が慎司君に会いに来ても慎司君困っちゃうかもって思ったんだけど……その、どうしても会わなきゃって何でか思ったんだ」

「………そうか、何か心配かけたみたいでごめんな?」

「ううん、私が勝手に来ただけだから」

 

 優しいなのはちゃんの事だ、とにかく励ましたくて来てくれたんだろうな。そんな気持ちに感謝しつつ俺はどうしたもんかなと思う。

 

「まぁ、心配して来てくれた所悪いけど思ったよりも元気だから大丈夫だよ」

「…………本当?」

「ああ、結果は残念だったし悔しいけど課題も見つけれたし反省もした。それをバネにしてもっと強くなろうって丁度切り替えられた所だからさ。平気だよ」

 

 嘘をついた。平気じゃない、前になのはちゃんに俺は明確な嘘は基本的につかないって会話した事がある。冗談を言う事はあるけど、後ろめたいことや隠したい事があって嘘を言う事はなかった。けど、俺は今初めてそんな嘘をついた。

 

「……………」

「そんな顔すんなって、クヨクヨしてたってしょうがないだろ?だから————」

 

 言葉の途中でなのはちゃんによって遮られる。ギュッと力強く頭を抱き締められた、顔も何だか必死そうな表情でギュ〜と力を込めて俺の頭を胸に抱くなのはちゃん。

 

「なのはちゃん?どうした?」

 

 戸惑いを抱く。急にどうしたんだろうか、そんなチカラを込めて抱きしめて。痛くはないけど、一体何の騒ぎだろうか。

 

「…………平気じゃないくせに」

「………………」

「嘘、下手なんだね慎司君。初めて嘘付いた所見たかも」

「………ははっ、バレたか」

 

 なのはちゃんは離してくれない。

 

「………慰めてくれてるのか?」

「分かんない、分かんないけど………今の慎司君見てたらこうしたくなっちゃった」

 

 ペットか俺は。

 

「………悔しいんでしょ?」

「…………………」

 

 確かに悔しい。気持ちの切り替えはちゃんと出来てない、けど気分が沈んでるのはきっと一本背負いの事で

 

「………みっともないって思ってるんでしょ?」

「………」

 

 一本背負い云々の事はなのはちゃんは知らない筈だ。前に一本背負いを褒めてくれたくらいでそう言う事情は知らない筈だ。だから、その言葉は俺の意志の弱さで情けないと思ったことの事を言ってるんじゃない。なら、何の事を……。

 

「私ね、慎司君が毎日朝早く起きて一杯練習してる事知ってたよ」

 

 ピクッとつい体が動いた。

 

「汗をすごいかいて、死んじゃうじゃないかってくらい息を切らして頑張ってる所を一杯見てたよ」

 

 後から知った事だがなのはちゃんも魔法の練習と称して朝早く起きて自主トレーニングに励んでいるらしい。その時によく俺を見かけたと言う。

 

 シャドー打ち込みをしながらのダッシュ。基礎体力作りと柔道技術の向上は柔道家としての永遠の命題だ。それは体を壊さないギリギリのラインをしっかりと見極めて死ぬほど真剣にやるしかない。

 

「身勝手な事言うとね、慎司君なら絶対優勝するってなのはは思ってた。あれだけ頑張って、あれだけ真剣に打ち込んで、あれだけ柔道に情熱を向けてたから負ける筈ないって思ってた」

 

 常に柔道の事ばかり考えて生活していた訳ではない。けど、やはり一日中ふと考える事は柔道の事ばかりだった。対戦相手の対策、自身の分析、どう練習するか、どう改善すべきか。暇があれば試合の映像ばかり見ていた。体が元気なら追加で練習に励んだ。そうだ、本当に出来ることは全部やったって自負があったんだ。だから………だから……驕っていた。

 

「ごめんね慎司君。私は慎司君にこんな事言う資格は無いけど、柔道の事については素人同然だけど………悔しいよね。すごく頑張ったのに、自分の納得いく結果にならないのは」

 

 勝てると思ってた。負けないって思ってた。前世の最後の現役時代より頑張ってた、頑張れた。それはやっぱり前世での経験を活かせていたから。頑張らなきゃ勝てないって事をよく知っていたから。

 だから、頑張ったんだよ。正直に言えば辛かったよ、頑張るのは楽しいし充実するけどその分辛くて苦しいんだ。何度も何度も今日くらいいいかな、1日くらいサボっても平気かなって考えがよぎった。けど、そんな弱気を無理やり飲み下した。全力で、全力で、後悔しない為に全力でやると決めた。

 

「……………ちくしょう」

 

 そうだ。だからだ。だからこんなに…………悔しかったんだ。意志の弱さとかそんなのはこの悔しさに比べたら些細なものだった。逆だ、悔しくて悔しくて。これだっけ頑張っても勝てなかった事を受け入れられなくて、だから見当違いな事を考えて誤魔化してた。ああ分かってる。俺は、負けた。けど、ちゃんと理解してなかった。ちゃんと受け入れてなかった。受け入れたフリをしていただけだった。だからこんなに……悔しいんだ。

 

「ちくしょう……」

「………うん」

 

 分かったらもう止められなかった。涙が浮かぶ、止まれと念じても止まらない。

 

「勝ちたかったっ………勝てるって……思ってたんだ」

「うん……」

「ちくしょう……くそぉ……」

 

 努力が足りなかったなんて思いたくない。けど結果が全てだ。一本背負い云々も関係ない。俺の実力が足りなくて負けたんだ。

 

「…………慎司君」

 

 優しい声に呼ばれ正気を取り戻す。慌ててなのはちゃんから離れる。ずっと頭を抱かれたままだった。

 

「私の知ってる慎司君はね……すごく強くて頼もしいんだ」

「………………」

「今はいっぱい悔しがって、いっぱい泣いていいと思う。けど、最後にはちゃんと前を見て立ち上がってほしいな」

 

 ……そうだな。涙を拭って、鼻水を乱雑にゴシゴシと拭いて。かすれた声で、けどハッキリと告げる。

 

「…………次は、負けねぇ」

 

 そう強がりでも言い放って見せた。

 

「うん、私の知ってる慎司君だ」

 

 なのはちゃんも、何故だか少し一緒に泣いてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……服汚しちゃったな」

「にゃはは、気にしないでよ」

 

 胸あたりが俺の涙やら何やらで少し湿っていた。少し落ち着いてお茶でも飲んで一息した頃には俺の心はすっかり落ち着いてた。焦燥感とか悔しさは綺麗さっぱりとは行かないけど気分がはすごく軽やかになっている。

 

「わざわざありがとな、来てくれて」

「うん、慎司君も私が来て欲しいって時に来てくれるから」

「そっか……」

 

 なら、お互い様か。

 

「…………冷静になって来ると思うんだけどさ」

「うん?」

「………めっちゃ恥ずかしい」

 

 その言葉になのはちゃんは苦笑いだ。なのはちゃんから見ると同級生が試合に負けて悔しくて泣いている所を励ましたと言う所かな。しかし俺からすると実年齢30にもなる俺が小学生に慰められると言う奇天烈な展開だ。恥ずかしさ通り越して死にたい。

 

「死にたい」

「お、大袈裟だなぁ」

「埋まりたい」

「だ、大丈夫だよっ!ちょっとかわいいなって思ったくらいだから!」

「埋まっちまえ」

「ひどいっ!?」

 

 そこで2人揃ってあははっと笑い合う。

 

「………ありがとうなのはちゃん、本当に」

「うん」

「………もっと頑張るよ」

「無理にしないでね?」

「ああ、そこは弁えてるさ」

 

 強くなるには……勝つための練習を効率よくだ。今日は、試合までの準備期間の疲れを取ろう。そして、明日から再出発だ。今度こそ勝つ為にな。

 

「あ、そういえばなのはちゃん」

「うん?」

「戻らなくて平気なのか?途中で抜けてきたんだろ?」

「…………ああ!」

 

 大慌てで帰り支度を始めるなのはちゃん。アワアワしている姿を微笑ましく感じながら玄関まで見送り。

 

「そ、それじゃまた明日学校でね!」

「おう、気をつけてな」

「うん!ばいばい」

 

 小走りで駆けていくなのはちゃんを見据えて思う。この子は、わざわざ俺のためにこうして励ましにきてくれた。その事実が、嬉しくて胸が一杯になって申し訳ないような、それでも感謝を感じている。だから、ちゃんともう一度言おう。

 

「なのはちゃん!」

 

 俺の声で足を止めて振り向くなのはちゃん。俺はさらに声を張り上げて伝えた。

 

「ありがとう!!」

 

 ちゃんともう一度、言葉にしてしっかり伝える。君のおかげで前を向ける、君のおかげでまた頑張れる。そう思いを込めて、そして今度は俺が君を助ける。そうやってそれを繰り返して俺達は支え合う。そういうあり方でいいんだ、俺となのはちゃんは。

 

 なのはちゃんは俺の言葉を聞いて笑顔で手を振ってまた駆け出していった。

 

「さてと……」

 

 とりあえず、もう少しだけゆっくりシャワーでも浴びてからはやてちゃんの家に行こう。ちゃんと応援してくれた事のお礼もしたいしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神家では少し気の重い雰囲気に包まれていた。言うまでもなく慎司が原因であった。かなり落ち込んでいた事は見てすぐ分かったし、半ば強引に励ましたくて家のちょっとしたパーティーに誘ったが来てくれるだろうか。

 まぁ、約束した手前慎司の事だから来てはくれるだろうが果たして自分達で励ます事は出来るだろうかと八神はやてはそんな事を考えていた。しかし、答えの出ない問答をしている程暇ではない。とにかくパーティーの食事を一心不乱に作っていた。

 彼は普段から何でもかんでも美味しい美味しいと食べてくれるから何が好物なのかリサーチできていないはやてだがそこはそれ腕の見せ所である。パーティー映えのする料理をいくつも用意して過去に一番反応が良かった料理の用意も抜かりない。

 

「ヴィータちゃん、あの垂れ幕片付けた方が……」

 

 シャマルがそう言って指差すものは『優勝おめでとう』とでかでかと書かれた派手な垂れ幕。ヴィータが慎司は優勝するからと先に用意していたものだ。しかし、優勝出来なかった慎司がこれから来るのだからあれのそのままにしておくのはまずいだろう。

 ヴィータは慌てながらそれらを強引に引っ張り上げて片付ける。テーブルの支度やら料理の配膳をしているシグナムはどこか落ち着かない雰囲気だ。狼の姿に扮しているザフィーラも耳をパタパタとさせて忙しない様子。

 

 皆慎司をどう励まそうか、どうすれば喜んでくれるのか必死なのだ。はやてちゃんから見ても守護騎士達から見ても初めて出来た家族以外の大切な存在、自分達を友と呼んでくれる慎司の事が心配だった。付き合いは浅いかもしれないがそれでも皆んなそれぞれ慎司を大切に思っている。

 

「来るかな………あいつ」

 

 ポツリと漏らすヴィータの呟き。皆んなそれを聞いてすぐには返答できなかった。彼の落ち込み振りをみて簡単に来るとは言えなかった。だが、自分達が慎司に出来る事はきっとこうやって楽しませるイベントを用意してあげる事だけだ。作業を黙々と続けた。

 

 しばらくして、ちょうど準備が終わった所でインターホンが鳴る。全員、ホッとしたような表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 一言そう告げてから扉を開けて玄関に押し入る。一応インターホン鳴らしたけど既に何度も通っている八神家なら返事が来る前に入ってもいいかと思いそのままお邪魔する形に。

 すぐに居間から皆んなが慌しい様子で俺を出迎えてくれる。

 

「いらっしゃい、慎司君」

「おう」

 

 車椅子に乗って俺をそう笑顔で迎えてくれるはやてちゃんに俺は作り笑いではなくちゃんとした笑顔でそう返した。

 

 皆んなに引っ張られるように居間に通されるとそこには豪華な料理の数々が、家庭でここまで出来るとは流石はやてちゃんとその一家だ。素直にすごいと言葉を送ると皆んなは嬉しそうに笑っている。俺のためにこんなに沢山の用意をしてくれた事に不覚にも泣きそうになりながらパーティーは始まった。

 俺も皆んなも思い想いに料理を口に運び、談笑に花を咲かせ楽しく過ごす。はやてちゃんは楽しそうにしながら皆んなに料理を取り分けて、ヴィータちゃんは俺にちょっかいかけながら料理を美味しそうに頬張り、そんなヴィータちゃんを苦笑いしながら注意するシャマル、珍しく自分から俺に話を振ってくるシグナムに俺の背中に寄り添いながら横になっているザフィーラ。皆んなが皆んな、俺を労い気を使ってくれていた。

 誰も、柔道に関係する話をしてこなかった。

 

「ちょっとトイレ借りるわ」

 

 そう言って一度席を立った。皆んなが俺に気を使ってくれているのはなんだか申し訳ない。せっかく用意してくれた楽しいイベントを皆んなにも気兼ねなく楽しんでほしい。

 だから、ちゃんと今の自分の心情を伝えなければ。用を足しながらそう決意して居間に戻る。皆んなと声をかけようとするとふと気づく。

 

「何だこれ」

 

 部屋の隅に隠すように置いてある巻物のような物が目につく。垂れ幕かな?こんな物この家にあったっけ?なんてそれを手に取って興味本位で開く。

 皆んなが慌てた様子でそれを止めようとしていたが俺は構わず開いた。

 

「あっ…………」

 

 ついそう声を漏らした。垂れ幕には大きな字で『優勝おめでとう!!』とでかでかと。俺が優勝すると信じてくれた八神家が用意してくれた物だとすぐに理解した。  

 重苦しい空気が八神家を包み込む。ぶっちゃけこれ俺が見ちゃあかんやつだし。皆んながおろおろしてるなか俺はあえて笑顔で。

 ちょうどいい、俺はもう大丈夫だって皆んなに伝えないと。

 

「ははっ、これとっといてくれよ」

「え?」

 

 呆けるはやてちゃんや皆んなを真っ直ぐに見つめて

 

「………次は、今度こそ勝つからさ。優勝するから、それまでとっといてくれよ」

 

 俺はもう次に向けて頑張るつもりだからさと付け加えてそう告げた。ありがとう、俺のために色々考えてくれてありがとう。気を遣ってくれてありがとう、そういう感謝の気持ちも込めて俺は言葉を紡いだ。

 

「だから次も、全員で応援に来てくれよ。頑張るからさ、俺」

 

 その言葉に皆んなはホッとしたような素振りを見せた。よかった、立ち直っていると……そう思ったのだろう。まだ、パーティーは始まったばかりだ。今日は英気をしっかり養って明日からまた全力疾走だ。

 

「強いんやね、慎司君は」

 

 そう告げるはやてちゃんに俺は首を振って答える。

 

「いや」

 

 俺が強いんじゃない。

 

「お節介で心配性で、優しい皆のおかげさ」

 

 ここにいる皆んなと、今頃翠屋の手伝いで奔走してるあの子の顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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