転生しても楽しむ心は忘れずに   作:オカケン

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 飲むヨーグルトの飲み過ぎには注意しましょう。お腹痛い


幸せな夢の中で

「あれは?」

 

 上を見上げると、そこにはどうやってか自由になったなのはちゃんとフェイトちゃんが空に浮かんでいた。よかった、無事だったか。ホッと胸を撫で下ろしつつ2人の表情がかなり険しい事に気付く。視線の先には見覚えのない白髪の女性の姿が……あれは誰だろうか?

 背中に禍々しい黒い翼を生やし、瞳の色は深淵で闇深い。何だか吸い込まれそうなそんな錯覚に陥る。

 

「うわっ!」

 

 急に辺りに衝撃が走る。その白髪の女性が魔法で攻撃を行なったのだ、禍々しい黒い球体が辺りを飲み込むように徐々に広がっている。待て、あれ俺にも届きそうだ。

 

「やべっ」

 

 慌てて引き返す、あんなんに飲み込まれたら魔力のない俺はひとたまりもねぇ!しかし、その魔法は俺の足なんかよりも断然早く俺を飲み込もうと眼前にまで迫っていた。

 

「慎司っ!」

「慎司君っ!」

 

 頭上から俺を庇うように降り立つなのはちゃんとフェイトちゃん。無事だったかと声を出す暇もなく2人は俺を守るため魔力で障壁を張る。魔力の奔流に飲まれつつも2人は呻き声を上げながら踏ん張って耐える。

 

「2人とも……」

 

 その背中を見つめることしか出来ない俺はもう何度目かも分からない無力感を再び味わう。やはり、俺は足手まといだ。しゃしゃり出ること自体間違っていたのかもと思ってしまう。

 

 しばらく耐え続けた2人はその魔力の奔流が収まると俺を抱えて飛んで一目散にビルの影に身を隠した。

 

「ごめんな……2人とも」

 

 一旦一息ついたところで俺はたまらずそう述べる。足手まといにはなりたくなかったが……結果的にやはりそうなっちまってる。

 

「ううん、謝る必要なんかないよ」

「それよりも、無事でよかった」

 

 2人の言葉に頷き返しつつ。俺は今の状況を問いただす。俺が転移されてからどうなったのかを聞いた。

 

「……………」

 

 なのはちゃんが俯いて悲しそうな表情を浮かべるの見て俺はそれで大体分かってしまった。

 

「ヴィータちゃんは………」

 

 なのはちゃんが首を振る。ああ……くそ。改めてその現実を突きつけられ目眩を起こす。それで魔力を揃えて終わって晴れて夜天の書ならず闇の書が復活したか……。

 

「あのおっかねぇ魔法を放った人は?」

「誰かは分からないけど……はやてちゃんが本の魔力に飲みこまれたらあの女の人に姿を変えてたの」

 

 ふむ、よくわからないがあれも闇の書のプログラムの1人なのだろうか。はやてちゃんはその魔力に飲み込まれたというのなら……今は果たして無事なのか……ダメだ分からない。しかし……闇の書は復活したらその次元世界を滅ぼすほどの暴走を起こすと言っていたが今のところそんな世界規模の行動は起こしてない。もしかしたら……まだ猶予は残されているかもしれない。

 

「っ!慎司!」

「ユーノ?アルフも」

 

 ビルの影に隠れてたままの俺たちの後方から人形態のユーノとアルフが、俺がいる事に驚きつつも思わぬ援軍に少し気が楽になった。

 

「慎司、あんたなんでここに……」

 

 アルフが俺に問い詰めようとした瞬間再び魔力の奔流のような衝撃が俺たちを巻き込んで辺りに響く。しかし、今度は攻撃ではない。俺達を通り過ぎ、ずっと遠くを覆うように形成された魔力が現れる。

 な、なんだ今のは?

 

「ちっ、しまった。閉じ込められた!」

 

 アルフが焦ったように早口でそう告げた。結界魔法ってやつか、閉じ込められたという事はすなわち外からも閉め出されたという事。援軍を絶たれたか。

 

「やっぱり、私達を狙っているんだ」

「どういう事だ?」

 

 フェイトちゃんに発言に疑問が浮かぶ、無作為に暴れてるわけじゃなく狙いはフェイトちゃんとなのはちゃんだと言う。理由が分からないが。闇の書の意思なのか仮面の男による誘導か、本人達もよく分かっていないようでとにかく今は2人が狙われているという事実が問題だ。

 

「今、クロノが解決法を探してくれてる……それまで僕達でなんとかするしかない」

 

 ユーノの言葉に俺以外が頷く。しつこいようだが魔法となると俺は何も出来ないからな、かといって何もしないのは忍びないが。

 

「慎司は安全な所で隠れてて、相手は危険だから」

「うん、私達に任せてほしい」

 

 フェイトちゃんとなのはちゃんの言葉に一瞬表情が歪みかけたのを何とか堪えて俺は頷く。……どうせいても足手まといだ、俺が今すべきことはしゃしゃりでることじゃない。それを十分に理解しているからこそ、悔しい感情が湧き上がる。

 それじゃあ…と、とりあえず俺はこの場から少しでも離れるべくユーノによって転移されようとした時だった。

 

「っ!皆避けて!!」

 

 それにいち早く気づいたなのはちゃんが叫ぶ。転移は中断され俺はフェイトちゃんに抱えられたまま空を疾走する。黒色の無数の魔力弾が俺達を襲ったのだ。言うまでもなくそれを放ったのはあの白髪の女性だろう。感情のない表情でこちらを見つめているのが遠目からだが確認できた。

 くそ、隠れてもすぐバレるみたいだ。

 

 一瞬散り散りになりつつもすぐにすぐに合流するが追撃は止まない。くそ、ここじゃ転移をする暇もないし俺を抱えたままじゃフェイトちゃんも闘えない!

 

「慎司、少し速く飛ぶよ。しっかり捕まってて!」

 

 フェイトちゃんもそう考えたか一度完全に離脱するため俺を抱えたまま猛スピードで空を舞う。なのはちゃんがフェイトちゃんを逃すため魔力弾で闇の書を牽制しているのが見えた。ユーノやアルフもサポートにまわっている。よし、とりあえず俺だけでもここから離れられれば少なくとも足手まといには……そう思った時、フェイトの持つバルディッシュが自身を点滅させながら何事か言語を発する。……生憎俺には何を言っているのか分からなかったがフェイトちゃんはその言葉を聞いた瞬間飛ぶのを中断するほど動揺した。

 

「ど、どうした?」

 

 状況が分からない俺にはそうフェイトちゃんに問いかけるしか出来なかった。フェイトちゃんは少し焦燥感を滲ませた顔をしつつ努めて冷静に答える。

 

「結界内に閉じ込められた民間人がいる……それも2人」

「何?……」

 

 2人だと?真っ先に一足先に帰ったあの2人の顔が浮かぶ、アリサちゃんとすずかちゃん。まさか…な?しかし、2人じゃないにしろ放っておくのはまずい。フェイトちゃんは念話でいち早くその事実をなのはちゃん達に伝えて行動を開始する。フェイトちゃんは俺を抱えたままその民間人と合流、ユーノもそれに合流し俺ごとその民間人2人を一旦戦場から離れた所に転移させる。結界からは出れないがそれが一番安全だ。

 なのはちゃんとアルフで闇の書の足止めとなる、心配だが今は任せるしかない。すぐにフェイトちゃんはバルディッシュが示すセンサーに従いその民間人の元に。

 

「……マジかよ」

 

 すぐに目的の場所に着くが運悪く俺が想像した通りになってしまった。巻き込まれた民間人2人はアリサちゃんとすずかちゃんだったのである。するとタイミング悪くなのはちゃんもそこに合流した。

 足止めをしてくれてた筈だが闇の書は一度姿を眩ませて見失ってしまったと言う。いつ襲撃してくるか分からない状況だ。

 

「なのは……ちゃん?」

「フェイトなの?」

 

 2人の格好や空を飛んでいる所を間近に見て呆然とするすずかちゃんとアリサちゃん、そして違和感なくそれを受け入れている俺を見て尚更混乱している様子だった。

 説明してる時間もなければアリサちゃん達が理解する時間もない。ユーノが遠目からこちらに合図を送ってきているのが見えた、転移の準備が出来たのだろう。

 

「ユーノ!俺ごと2人を転移させろ!」

 

 そう言って俺はアリサちゃんとすずかちゃんの側に寄り、離れないように手を取る。困惑している2人を無視して足元には転移の魔法陣が展開される。とりあえず、闇の書が俺達を見つける前に少しでも離れないと。

 

 転移される時の特有の浮遊感が俺を襲い、安堵の吐息を漏らした時だった。

 

「慎司!危ない!!」

「っ!うわああ!!」

 

 ユーノの警告を理解する前に転移される直前に俺は突然地面を割って現れた触手のような物に捕らえられ、転移の魔法陣から引き離される。同時に転移が発動しアリサちゃんとすずかちゃんは俺を残して遠くへと転移された。

 

「くそっ!何だよこれ!」

 

 ジタバタと暴れるが全く解ける気がしなかった。

 

「慎司君!」

「っ!!」

 

 なのはちゃんとフェイトちゃんが俺を助け出そうしてくれるが更に現れた闇の書の白髪の女性がそれを阻む。くそっ!この触手もこいつの魔法か。2人はこの人からの触手や魔力弾を受け俺に近づけない。

 

「この!離せよ、この野郎!」

 

 暴れながらそう叫ぶ俺を女性は首を曲げて俺を見つめる。初めてまじまじとこの人の顔を見た。こんな時だと言うのに白いその長髪は綺麗で幻想的に見える、しかしその瞳は暗く深い。そして……

 

「何で……泣いてるんだ」

 

 涙を、流し続けていた。瞳に色はなく感情を映し出してはいない。その涙が、止めどなく溢れ続けるその涙がまるで自身の悲しみを訴えるように。

 

「もう少しで、私の意識は消え暴走が始まる……」

 

 その言葉に俺は生唾を飲んだ。逆に言えば、まだ暴走していないと言う事だ。そして、この人はまだ話が通じるかもしれない。

 

「……はやてちゃんはどこだ?」

「………私の中で、幸せな夢の中で眠っている」

 

 よく分からないが死んでないって事だな?それなら、まだ助け出せるかもしれない。どうにかしてコイツを説得できないだろうか。

 

「暴走が始まる前に、私は主の望みを叶えたい……」

「望み?……」

 

 さっきからコイツがしているのはなのはちゃんとフェイトちゃんを狙った攻撃だ、それをはやてちゃんが望んでるとでも言うのか?くそ、訳わかんなくなってきた。

 

「慎司君っ!今助けるから!」

「慎司!」

 

 2人が女性の攻撃を潜り抜け接近する。女性は無言で手を差し伸ばすとまた何かの魔法を発動しなのはちゃんとフェイトちゃんを襲う。

 

「くっ!きゃあ!!」

「なのはちゃん!!」

 

 なのはちゃんがその衝撃に巻き込まれるがフェイトちゃんはなのはちゃんが引きつけたその攻撃を掻い潜りバルディッシュの魔力刃を振り下ろす。

 

「慎司を、離せ!!」

 

 瞬間、女性は何かぶつぶつと呪文のようなものを呟いて障壁でフェイトちゃんの攻撃を難なく受け止めた。

 

「お前も……我が内で眠るといい」

 

 その言葉と同時にフェイトちゃんが光の粒子に包まれて薄くなっていく。まるで魔力を奪われて闇の書に取り込まれたシグナム達のように。

 

「フェイトちゃん!」

 

 なのはちゃんの叫びが響く。フェイトちゃんは自分でもどうなっているのか分からず驚愕の表情を浮かべたまま光の粒子となって消える。そしてその粒子は女性に取り込まれるように胸の中に吸い込まれていった。

 

「おまえっ!よくもぉ!!」

 

 俺もたまらず叫ぶが拘束されたままでは身じろぎも取れない。くそっ!くそっ!フェイトちゃんまでみすみす見殺しにしてしまった。絶望に打ちひしがれる暇もなく女性は再びなのはちゃんを触手と魔法攻撃で動きを制限させその隙に俺へと近づいてくる。

 憎しみの目を向ける俺に対して女性は諦観の涙を浮かべたまま俺を見つめる。そして、その表情は変わらないままだったがゆっくりと愛おしいように俺の頬に手を当てる。突然の行動に俺は驚いて声すら発せなかった。

 

「荒瀬……慎司」

「っ……」

 

 体が震える。俺も……取り込まれるのか?今の俺に魔力はないから取り込んだ所で何の意味もないのに。

 

「私も……貴方と…一緒に…」

 

 そう呟く、心なしか悲しさと切なさを無表情のその顔から感じた気がした。

 

「お前…まさか……」

「怖がる必要はない荒瀬慎司……これ以上貴方に絶望はさせない。世界の終焉を味合わせなどさせない。主も……そう望んでいる。せめて、私の中で全てを忘れて幸せの夢の中で眠っていて」

「なっ!?」

 

 俺もさっきのフェイトちゃんと同様、光の粒子に包まれ体が消えかかり始める。不思議と痛みも恐怖も湧かない、温かな光だ。だが、それを受け入れたら俺は……。

 

「慎司君っ!駄目、消えちゃ駄目!」

 

 なのはちゃんの必死の叫びが聞こえるが返事もできない。女性に向かって手を伸ばす。しかし、消えかけの俺の腕は空を切るのみ。

 

「ま……だ……俺は」

 

 何も…………出来ていないのにっ!

 

 

 

 

 

 

 意識が消失し、俺は消える。響くのは世界の崩壊の亀裂となのはちゃんの叫び声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、貴方でしたか……グレアムさん」

 

 アースラ内の応接室では重苦しい空気が辺りを包んでいた。言葉を発したのは慎司の父親である荒瀬信治郎、対面に座るギル・グレアムに厳しい目で見つめていた。信治郎の隣には妻であるユリカとクロノ・ハラオウンも同席し、対するグレアムの後ろにはリーゼロッテ、リーゼアリアが控えていた。

 

「信治郎、お前だってあの本の恐ろしさは分かっていただろうっ」

「貴方だって……私達と同じ悲しみを背負った筈だ」

 

 アリアとロッテが責めるように信治郎に詰め寄る。が、それを主人のグレアムが止めた事で矛を収める。そもそも、この状況はクロノが仮面の男を捕らえた事で起きた状況だった。闇の書が復活する直前に仮面の男に扮していたロッテとアリアを捕らえアースラに自分ごと転移させた。

 そして、信治郎とユリカが慎司から得た八神はやての情報を元に、八神はやての亡くなった父親の古い友人を名乗り金銭的援助をしていたグレアムに辿り着いたのだ。

 

 3人の目的は闇の書の永久封印、転生を繰り返す闇の書を逃さない唯一の方法として永久的に封印する術を見つけたグレアムがアリアとロッテを使い仮面の男として暗躍させたのだ。

 その封印方法は闇の書を暴走させる必要があり、暴走が始まったその瞬間に主人ごと闇の書を永久的に凍結封印させる。はやてに援助をしていたのはせめてのもの償い。偽善だがなとグレアム本人が自虐的に笑った。

 仮面の男の行動原理はこれであった。しかし、クロノと荒瀬夫妻により3人の暗躍は暴かれた。そして、今この場が設けられている。

 

「……グレアムさん、アリアにロッテも、確かに私とユリカはクライドさんの仇を討ちたくて長年闇の書を追ってきた。以前の私なら……グレアムさんと同じ事をしていたかもしれない……」

 

 そう語る信治郎の顔は苦悶に満ちていた。忘れなかった日などない、いつか必ず仇は取る。ずっとそんな事を片隅に考えて生きてきた。グレアムが起こした行動もアリアとロッテがそれに反対しなかったのも全部理解できた。しかし、信治郎は迷いを捨ててこう答える。

 

「慎司が言ったんです、『救いたい』と……」

 

 忘れない、信治郎は忘れない。あの時、慎司から助けを求められたあの日の事、頬はこけ目に隈を作り憔悴しきった慎司の姿。だが、その目は死んでおらず迷いなく息子は言ったのだ。

 

『皆んなを救いたい』

 

 きっとあいつが言った皆んなとはヴォルケンリッターや八神はやての事だけじゃない。それらに関わっている全ての事に対して言っていたのだ。暴走をする闇の書そのもの、その事件に巻き込まれたなのはやフェイト、解決の為に動くアースラ。全てに対して彼は救いたいと言ったのだ。

 

「慎司は……息子の眼は真剣にそう言っていた。子供の都合のいい戯言と切り捨てられる言葉だった、しかし親というのは自分の子供には弱いもんでね……息子を信じたくなった」

「ふざけるなっ、慎司は魔力も持たない無力な子供だ!そんなあの子を巻き込んだのか」

 

 そう怒りを表すロッテ、仮面の男としてあの場で遭遇した時は度肝を抜かれた想いだった。結果的に彼にはとても恨まれている事だろう。ロッテもアリアも既に割り切り、心を無にして行動していた筈だが荒瀬慎司に関しては心を痛めざるを得なかった。

 

「確かに今のあの子には魔力も何もないわ、けど…きっと3人も度肝を抜かれるわよ。あの子はきっと……今回の事もいい方向に事を運んでくれるって」

 

 既に結界内で闇の書が復活し慎司や高町なのは達が巻き込まれてしまっているのは全員分かっている。しかし、ユリカも信治郎も信じていた。あの眼をしたあの子が『救いたい』と言ったのなら彼は意地でも何でもそれを成し遂げると。

 

「ははは……慎司君はよほどみんなに信頼されているみたいだな」

 

 グレアムも荒瀬慎司についてはジュエルシード事件の時の行動を報告でしっている。ただの普通の子供ではないと理解はしていた、しかしまさか今回のこの闇の書もどうにかすると目の前にいる慎司の両親は言うのだ。それは盲目的に子供を信じる親の目でも、現実逃避をしているわけでもない。

 確信しているのだ、慎司なら成し遂げると。何故彼をそこまで信じられるかグレアムには理解できなかった。

 

「クロノ、貴方もそう考えているの?」

 

 アリアの言葉にクロノは少し息を吐いてから答えた。

 

「八神はやてには現時点で何の罪もない。そんな八神はやてを巻き込んで封印するやり方には賛成出来ない。例え世界を揺るがす闇の書の話であってもだ」

 

 自分の悲しみや個人の悲しみで他者を巻き込む権利はないとクロノは語った。そして、今度は笑みを浮かべて

 

「僕も2人と同じで荒瀬慎司を……僕の友達を信じている。……きっと、これから3人も何で僕達がそう思えるか理解できますよ……」

 

 そのクロノの言葉に3人はただただ戸惑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつからだっただろうか、前世のことを頻繁に思い出さなくなったのは。いつからだっただろうか、死んだ後悔や苦しみに向き合えるようになったのは。今世で意識を自覚したとき、戸惑いよりも悲しみが湧き出てきたのをよく覚えている。二度と会えない、友人にも家族にも。そして悲しませた、くだらない死因で悲しませた。呪った、自分自身を呪った。ぐちゃぐちゃな感情がずっと俺の中で渦巻いていた。どれだけ時間が経っても、どれだけ今世に幸せを感じても……忘れることなんてできるはずなかった。

 時々だが夢を見る。前世の夢だ、夢の中で『山宮太郎』は家族や友人に囲まれて幸せそうに生きているんだ。幸せがあふれる世界で生きているんだ。そこでは柔道もやめてなくて、何から何まで俺にとって都合のいい世界なんだ。けど、夢の世界ではいつも……最後は車に轢かれて目を覚ます。起きると俺はいつも汗だくで呼吸が乱れていて、夢であったことに安堵しながら同時に夢じゃないことに頭を抱える。今は幸せだから前世の未練も薄まっていくと思ってたけどとんでもない……幸せに過ごせば過ごすほど前世の未練も戻りたいと思う気持ちも大きくなっていた。薄情な男なのさ、俺っていう人間は。だから……こうなるのは必然だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」 

 

 目覚める。意識の覚醒とともに飛び起きると全身に鈍痛が響く。痛ってぇ……。ここは…病院か?俺は今まで気を失っていたのか?皆は?なのはちゃん達はどうなった?それにしても体が痛い、あのよくわからない魔法に巻き込まれたからか?それならよく無事だったな俺。そうだ、だれか人を呼ばないと。痛みをこらえて身じろぎをする。何だか体に違和感を感じた。なんだ?あれ、俺ってこんなに腕長かったっけ?足も長くなってる気がする。俺が疑問を抱いているとだれか入室してきた。ああ、そうだ。今はそんなことはどうでもいい、この人に事情を聴いて……

 

「え……」

 

 入室してきた人を視界に捉えると俺は固まった。そしてその人も俺を見ると驚いた様子で固まる。俺はこの人のことをよく知っている、知らないはずがない。

 

「太郎?……意識が戻ったの?」

 

 俺は曖昧に頷くとその人は感極まったように俺のことを抱きしめてきた。よかった……よかった…と涙ながらに呟きながら。俺は何だか現実感がなくて、ふわふわしたような気分で思考がうまくまとめられなかった。しかし、今すぐ確認しなくてはならないことができた。

 

「『母さん』……鏡を貨してくれないか?」

 

 確か母さんはいつも鏡を持ち歩いていたはずだ。母さんは戸惑いつつもはいっとすぐに渡してくれる。震える手で鏡を覗き込む。そこには俺がいた……俺が写し出されていた。……山宮太郎がいたんだ。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに母親が主治医を呼んでくれ俺は検査を受けた。検査を受けながら病院の先生に話を聞くと、俺は例の車の事故から約一か月間昏睡状態だったらしい。そう、事故から一か月しか経ってないのだ。俺は……そもそも死んでなかったって事なのか?それじゃああれは……あの世界の出来事は昏睡中に見た長い夢だったとでも言うのか?なのはちゃん達との出会いや思い出も全部夢だったとでも言うのか?

 ダメだ、今は頭の整理が出来ない。なされるがままに検査を受ける、先生曰く検査結果が良ければすぐにでも退院できるよとのこと。検査が終わり病室に戻ると連絡を受けて慌てて仕事を抜け出してきた様子の父さんの姿が。父さんは俺の姿を確認すると

 

「よく目覚めてくれたな……頑張ったな太郎…」

 

 震える声でそう告げて抱きしめてくれる父さん。母さんも涙ぐんで一緒に抱き着いてくる。ああ、心配をかけてしまった。申し訳なさとうれしさがこみあげてきて俺も涙が溢れてきた。喜ぶべきなのだろう、けど…素直に喜ぶことが出来ないでいた。頭の片隅では、今の状況を受け入れることが出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 一晩病院のベッドの上で考え込んでようやく冷静に今の状況について深く思考することが出来た。といっても答えは一つでやはり俺は死んでなくて荒瀬慎司としての今までの出来事は全て夢だった……それ以外の結論は思いつかなかった。状況的に見てもそれ以外の結論は考えられなかった。けど、今までのなのはちゃん達との出来事が全部夢だったと思うのも違和感があった。夢にしては事細やかにハッキリと覚えていることがたくさんある、それにあそこで俺が抱いた感情すべてが夢での出来事なんて感覚的に違和感が残る。しかし、いくら御託を並べても答えはやはり夢。そう考えるのが妥当だった。

 結局碌に寝れずに……まあ、一か月も寝ていたのだから眠くはなかったのだが寝ないで一晩を明かした。今日の午後には検査結果がわかるらしく異常なければ一晩だけ様子を見て翌日には退院できると聞いた。味気ない病院食をいただいてからベッドでのんびりしていると来客が。

 

「太郎っ!」

「っ!!」

 

 葉月と優也だった。実際は一か月なのだろうが感覚的には10年近くぶりの再開だ。二人は意識がある俺の姿を確認して慌てていた表情から一変、安堵の顔を浮かべて気が抜けたように脱力する。

 

「心配させやがってこのっ」

 

 震える声で優也は俺を軽く小突く。

 

「ホントだよ……マジで心配したんだからぁ……」

 

 葉月に至っては俺に縋るように泣き出してしまった。そっか、ずっと心配させちゃってたんだな。

 

「ごめんな、2人とも。もう、大丈夫だから」

 

 そう口を開くと同時に涙が溢れる。

 

「太郎?どこか痛いの?大丈夫?」

「先生呼んでくるか?」

 

 2人の心配の言葉に俺は頭を振って否定する。違う、違うんだ。もう、会えないと思ってたから。あの夢の中で、荒瀬慎司という人間として生きた夢の中で何度も何度も皆んなに会いたいって願った。

 

 けど、それは叶わなくて……二度と会えないって何度も何度も絶望して。けど、それはきっと夢の出来事で俺はこの山宮太郎としての現実に帰って来れた。それがたまらなく嬉しかった、ここが……この場所が俺のいるべき世界だって思えた。2人を抱きしめる。体は1ヶ月も昏睡してたからうまく力が入らないけどそれでもぎゅっと力を込めて。

 

 嗚咽を漏らして、みっともなく涙を流しながら……

 

「また、会えてよかった……っ」

 

 俺の溢れる想いを2人も再び泣きながら応えてくれる。二度と離さないと誓うように2人は俺を抱き返してくれる。

 

「わたじ……も、太郎が生きててくれてよがっだよぉ……」

「ああ、俺もそう思うよ……。太郎、ずっと一緒だぞ俺達っ」

 

 頷く。何度も何度も頷く。

 

 

 『最中葉月』、『高山優也』

 

 

 俺こと山宮太郎の唯一無二の大親友。ずっとずっと一緒にバカをやっていたいと思えるかけがえのない大切な存在だ。

 ああ、やっぱり俺は……『山宮太郎』だ。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 以前にもまして文が雑になってきてる。しっかり気を引き締めます

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