空白期編はなるべく短く纏めたいと思ってます。といってもいつもそう思って思ったより長くなるんですがね!
無印編より短くしたいなとは思っています。
「待てよ太郎!話はまだ終わってないぞ!」
優也に肩を掴まれるがすぐに俺はそれを振り払って睨みつけるように優也を見据える。
「話す事なんかねぇよ、俺が柔道を辞めようが辞めまいが優也には関係ないだろ」
「そうだけど……辞めることはないじゃないか!確かにお前の相手の選手は怪我しちまったかもしれないけど……ここで辞めるのは間違ってる。インターハイはすぐなんだ!お前の夢じゃなかったのかよ!」
「俺には………出る資格ないよ」
場所は高校の帰り道。俺が柔道部を退部した事を聞いた優也が俺を心配して葉月と一緒に呼び止めてきたのだ。親友である2人は俺がどれだけ柔道に打ち込み、どれだけインハイを目指して努力をしてきた事を知っているからだ。
「何でだよ!逃げんなよ!お前がそうやって逃げる事の方があの選手にも失礼な事だろうが!!」
「うるせぇんだよ!お前に分かるかよ!殺しかけたんだぞ!?俺の……俺の技で……一本背負いで!」
「っ!だからって、それは試合中の不慮な事故じゃないか!代表の辞退どころか柔道を辞めることはないだろ!」
「俺だって嫌だよ!嫌に決まってんだろ!!何のために血反吐吐いて俺はっ。人を傷付ける為に頑張ったんじゃないのに……何でこうなるんだよ!くそがっ!」
「た、太郎も優也も落ち着いてよ!ね?2人で言い争ってたってしょうがないじゃん!」
間に入る葉月に止められお互いに少しばかり冷静になる。俺は息吐いてから
「………心配してくれてるのは分かってる……けどごめん。俺は決断を変える気はない」
「……っ、ふざけんなよ……絶対に後悔するぞ、太郎っ」
「だとしても……俺はもう柔道は出来ないよ…」
「……………」
踵を返して2人から離れる。今は……1人になりたかった。
相手選手の姉にああ言われてから少しばかり精神的に参ってしまった。いくら何でもメンタルはそこまで弱くなかった筈だが……どうやら俺自身直視するのが辛い出来事だったんだろう。
柔道着を身につけ、練習しようとしても……遠巻きの誰かにこう言われるてる気がして
『卑怯者』
『クズ』
『柔道家失格』
そんな事言われてる筈はない。分かっている、俺の不安定な心が聴かせてる幻聴だと理解はしている。しかし分かっていても本当にその通りなんだと思ってしまい練習に身が入らなかった。技をかけようとするとあの時の事がフラッシュバックして前のようなキレが無くなった。
俺は焦った、夢にまで見たインターハイはもう1週間を切っていたから。俺がやってきた柔道の練習が全て無意味なモノになってしまった。そんな感覚に襲われた。
耐えれなかった、努力を全て否定された気分だった。頑張っても頑張っても、頑張った先に待っていた結末は相手に怪我をさせた挙句自分はまともに柔道を出来なくなったと言う悲劇にもならない喜劇。
ただ負けるだけならまだ良かった。きっと努力が足りなかったと俺は思ってその先も柔道を続けられた。けど……これは違う、こんなのは違う。柔道をやるのが……無意味なモノに思えて、大好きだった柔道は俺の事を嘲笑うかのように俺を否定してきたような気がした。
「……………辞めよう」
もう、やりたくない。そう思ったら最後、気力すらも完全に抜け落ちた。これ以上大好きだった柔道で醜態は晒したくなかった、どんどんキレがなくなっていく自分の技を見たくなかった。優勝者としての責任なんぞ微塵も感じなかった。インターハイ……出たかった。勝ちたかった、けどダメだ……きっと後悔する、また柔道をやりたくなる。けど……もうダメなんだ。
高校3年の夏、俺は柔道を引退ではなく辞めた。それから死ぬまで、どこか灰色な生活が2年間続いた。優也と和解してこれまで通り仲良くしてくれたのが幸いだった。そうじゃなきゃきっと灰色どころか色すら失った人生だっただろうから。
………………だから、本当は荒瀬慎司として柔道をやるつもりは無かったんだ………。
………………………。
「はぁ…………」
ため息を一つ吐く。なのはちゃんのお見舞いに行ってから2日、俺は自身の病室のベッドで無為に過ごしていた。1日をこんな風にボッーと過ごす事は初めてかもしれない。
けど、する事がないとどうしても考えてしまう。
『…………飛びたいよ……』
唇を噛む。あれは……きっとなのはちゃんの心情だろう。彼女は心が不安で押しつぶされそうになっている。彼女の事だ、お見舞いに来てくれた友人や家族には笑顔を浮かべて平気と答えるだろう。俺も含めて。しかし、心はきっと今にも押し潰されそうなんだと思う。
何故そこまで大袈裟に考えるのか?決まっている………
「…………くそっ」
次に会った時、何て声をかければいいのか分からない。彼女の笑顔の裏の心情を知ってしまった今、俺はいつも通りでいられるだろうか。再びため息を付いたところで扉にノック音が、母さんだろうか?どうぞと声を掛けると部屋に入ってきたのは相島先生だった。
「見舞いが遅くなってすまなかったな」
相島先生は一言目にそう言うとベッドの横の椅子に腰掛ける。
「いえ、わざわざご足労いただきありがとうございます」
「ああ、怪我の内容はご両親から聞いたよ。残念だが、今回の全国大会には間に合わない」
「はい……申し訳ございません」
「謝る必要はないだろう?とにかく今は静養して速く怪我を治す事だ、復帰してからまた一緒に頑張ろう」
「……ありがとうございます」
頭を下げる。この人の期待にも応えたかった。俺が荒瀬慎司としてここまで柔道で結果を出せたのはこの人のお陰なんだから。
「来週に柔道協会で会合あってな、その時に大会の辞退を報告しとく。一応慎司にもちゃんと確認しておかないと思ったんだ。それでいいな?」
「はい………」
ここで嫌だと駄々をこねても許しては貰えないだろうしな。どっちにしろ完治もしないで大会に出るのは論外だ。怪我が悪化して復帰が遅れるのは目に見えてるからな。
相島先生と復帰後の事も話し合ってから先生は帰っていった。
………………………………。
その後、アリサちゃんやすずかちゃん、八神家の何人かもお見舞いに来てくれて少し話をした。やっぱりなのはちゃんの話題は出てこない。怪我人である俺の前で話さないようにしているのは一目瞭然だった。
午後に母さんに頼んで再びなのはちゃんのいる管理局の病院まで転移してもらった。2日前、なのはちゃんのあの本音を聞いてしまってから会いに行くのは初めてだ。会って何を言えばいいか、何を話せばいいか分からなかったけどとにかく顔を出しに行きたかった。
母さんは病室の前まで俺を運んでくれると再び2人きりにしようと何処かへと行ってしまう。まぁ、いいか。ノックしてから返事を待たずに入室する。万が一なのはちゃんが起きていた場合大きな声を出させるのも負担になると思ったからだ。
病室にはベッドの上のなのはちゃんだけ、相変わらず色んな医療機器がなのはちゃんの体に繋がっているが2日前と違って今日はベッドの上体を上げて体を起こしている。
「あ、慎司君……来てくれたんだ」
そして前回よりも言葉がハッキリとしていた。2日しか経ってないがその時よりだいぶ元気そうに見える。しかし依然として身体中巻かれた包帯は痛々しい。意識なんかがハッキリしてるだけで体の方はまだまだこれからと言う所だろうか。
「おう、病室で1人は暇だからさ。気持ちはわかんだろ?」
「もう……、ダメだよ?ちゃんと慎司君もベッドで安静にしてなきゃ」
「無敵な太郎さんは平気だからいいの」
「太郎さんって誰なの?」
笑いながらそんなやり取りをしつつ車椅子でなのはちゃんの横まで移動する。ぱっと見元気そうに見えるがやはりいくらか表情はいつもの笑顔とは程遠い。
「とりあえず、平気なら話し相手にでもなってくれよ」
「うん、私は大丈夫だよ?」
平気な顔してそんな事言ってるが流石にいつものようになのはちゃんを弄るような会話は出来なかった。あくまで、ゆっくりと歓談をするような会話をする。結局、俺のできる事は元気付ける事だ。今は怪我の事は置いておいて楽しくお話でもしよう。
「テレビで見たんだけどよ、かき氷のシロップあるじゃん?あれ匂いと色が違うだけで味は一緒らしいぞ?」
「へぇ……そうなんだ。慎司君、お祭りとかの出店でいつも悩んでたもんね何味にするか」
「そうだよ、なんかバカらしくなっちゃってさ。次からシロップ無しで食うわ」
「それはただの氷だよ慎司君」
クスクスと少し笑うなのはちゃん。……本当に平気なんだろうか。不安はないか?と聞いてしまいそうになる自分を律して今は他愛もない事をずっと2人で話していた。
「手裏剣欲しい」
「何で?」
「魚を捌くからさ」
「包丁使いなよ……」
ずっと俺ばかり話しているが今はそれでいい。とにかく会話を途切れさせないようにした。
そんな事をしていれば意外と時間はあれやこれやと過ぎていく。そろそろ夕暮れという時間で携帯のメールで母さんからそろそろこっちの病院戻るよと連絡があった。名残惜しいが今日はここまでだ。
「そろそろ行くわ、長居しちゃって悪かったな」
「ううん、慎司君と一緒なの楽しいから平気だよ」
「そっか……」
片腕で車椅子を上手く使いながら病室を出る。直前
「………ありがとう」
なのはちゃんが小声でそう呟いていたのは聞こえないフリをした。
翌日も同じ時間になのはちゃんの病室にやってきた。今日は俺1人だけでなくはやてちゃんとフェイトちゃんもいる。だったら、4人でお話しタイムだ。
「プッチンプリンはなんでプッチンプリンか知ってるか?」
「ややこしいなぁ……一応聞くけどなんでなん?」
「プッチンだからだ」
「やっぱり適当やんけ」
「プッチーン、怒ったぞ」
「そこはプッツンやろ」
「私は正直どっちでもいいや」
「フェイトちゃん、意外と辛辣だね……」
くだらない話を沢山しよう。
「慎司、何してるの?」
「俺の左手が俺の右手に負けられねぇと囁いてるから1人ジャンケンをしてるんだ」
「決着つくの?」
「つかない」
「せっかくやし皆んなでジャンケンでもしよか」
「負けた奴は全力で変顔披露でいいか?」
「待って慎司君、女の子の私達にはちょっと嫌な罰ゲームなんだけど」
「じゃあ今日一日語尾に『ごわす』をつけるでゲソ」
「それはいやで……ごわす……」
「ジャンケンやる前からやるなよなのはちゃん、意外にノリいいよなチミィ」
どうでもいい事をしよう。そうやって……今の現状から少しでも目を離させた。何も解決にならない事だ。そうする事しか出来なかった。
そんな風に3日連続でなのはちゃんの病室まで通った。高町家のみんなとも会ったし、お見舞いの許可を貰ってリンディさんと一緒にやってきたアリサちゃんとすずかちゃんとも遭遇して一緒にお話しをした。根本的な事はまだ何も変わっちゃいない。まだなのはちゃんは絶対安静でリハビリどうこうの話にもならない。
懸念があるまま今日もなのはちゃんの病室までやって来た。ノックをしようと手を出した時に病室から話し声が聞こえてつい動きを止める。なのはちゃんに……なのはちゃんのお母さんの声と……後は知らない人の声…恐らく病院の先生だ。
「正直、後遺症が全く残らないでの完治は難しいと思われます」
医師のその発言に俺は部屋に入らずつい聞き耳をたてる。皆んなが周知していた事実を今更突きつけられた気がして頭が痛くなる。どうやら今後の話をしているみたいだった。途切れ途切れだが何を話しているかは大体わかった。
「リハビリはとても辛いものになります」
覚悟がいると医師は語る。
「頑張っても……最悪元のように歩けるようになるかは分かりません。しかも決して可能性が低い訳ではなく……」
最悪のケースは本当に起こるものと……決して可能性の低い話ではないと冷徹に告げる。
しかし、伝えねばならないと苦しい声音だった。医師を責める気にはなれなかった。
話は終わったようで医師が退室する気配がしたので慌てて扉から離れてたった今来たと言う体制を作る。一瞬が目が合うが互いに会釈だけして医師は何処かへ歩いていった。再び扉に近づく、桃子さんとなのはちゃんが今度は2人で何事か話していた。桃子さんは優しく励ましの言葉を、なのはちゃんは鼻をすすりながら返事をしている。………ここでこうしてても仕方ないと思い俺はノックしてから扉を開けた。
「あら慎司君、今日も来てくれたの。ありがとう」
桃子さんは何事もないように俺に笑顔を向けてそう告げる。俺はいつもみたいに陽気な声で応えることが出来ず「どうも……」と頭を下げるだけだった。
「し、慎司君……ごめんね?ちょっと目にゴミが入っちゃってて」
流した涙を拭ってからなのはちゃんは笑顔を浮かべる。痛々しくて見ていられず、俺はつい言ってしまう。
「………ごめん、お医者さんとの話し………聞いちまった」
隠してはいられなかった。
「そう……なんだ」
なのはちゃんの笑顔が崩れる。けど昨日みたいに楽しげに話すことなんて今の俺には出来なかった。本当ならあのまま立ち去って1人にしてあげるべきだったかもと今更ながら思う。けど、体が勝手に動いていた。なのはちゃんの隣にいなきゃと心が叫んでいた気がしたんだ。
ベッドの横まで移動して互いに沈黙する。俺は桃子さんに目配せ試みる。2人にしてくれと。桃子さんはちょっと考えるそぶりをしながらも
「慎司君が来てくれたし、何か甘い物でも買ってくるわね」
そう言って意図を組んでくれた。病室で2人きりになりますます空気が重くなったような気がするがグッと堪えて俺は口を開く。
「…………きっと大丈夫だ」
「え?」
「………大丈夫だから……だから頑張れ。なのはちゃん、頑張れ」
左手でなのはちゃんの手を取る。無責任な事しか言えない、それが悔しくて情けなくて……けどそう思ってるのは本当で。ぐちゃぐちゃな感情で上手く言葉にできない。
「………俺は……応援してるから。なのはちゃんがいつも俺を応援してくれてたように」
「慎司君………」
取った手を握り返してくれるなのはちゃん。その手は少し震えていて、なのはちゃんのこの先を憂う不安な気持ちが痛いほど伝わってくる。
「……正直ね、怖いの………」
なのはちゃんの口から弱音を聞いたのは出会った時以来かもしれない。だが、驚きはしなかった。。不屈の心を持つ少女、けど不屈なんて無い。不屈と思えるほどなのはちゃんは強いってだけで。
「いっぱいリハビリ頑張って、痛いの我慢して、辛いの乗り越えて、その先が……跳ぶことが出来なくなるかもしれない未来なのが」
震えはさらに強くなった。少しだけ力を込めて握り返す。その震えを止めたくて。
「頑張るのが……怖いの。頑張ったのに、私はこんな事になっちゃって……頑張っても元のように生活できるかは分からない……私が頑張り方を間違えたから……私がいけない……けど。でも、頑張ってもまたそれに裏切られるのが怖いの……」
「………………」
俺は今どんな顔をしているだろうか。なのはちゃん本当の気持ちを吐露されて俺は何も言えなかった。なんて事はない、努力は裏切らない……その言葉の詭弁さをなのはちゃんは身を持って味わいそして絶望した。
頑張りが報われず、結果が伴わず、悪い方向に転がる事を恐れるようになってしまった。
俺が思っている以上に、なのはちゃんの心と体は傷だらけだったのだ。俺は……言葉が出なかった。仮初の励ましは出来る。けどそんな空虚な言葉に意味はない。何よりその絶望を俺は知っている。
知っているからこそ、その気持ちを理解できるからこそ俺は気休めに言葉を掛けれない。努力は人を裏切る、必ず努力に見合った結果なんか手に入らない。寧ろ少ない。頑張る事は当たり前だ……なんて事を口にするがそんな事はない、頑張る事は大変で頑張り続ける事はもっと大変なんだ。そんな思いをしたのに俺は………山宮太郎はあんな事になっちまった。
絶望をして、柔道を辞めて、その選択にもまた後悔と絶望をした。そして、荒瀬慎司として未だに柔道に縋っている。そんな俺が、なのはちゃんにどんな言葉をかけられると言うんだ。
「っ……」
不安そうな彼女の顔を見てるだけ、結局肝心な時に何も言えなきゃ意味がない。手を握る事しか出来ない。今まで、無駄だとしても俺に出来る事は何でもやるんだと……そんな思いで魔法に関わってきた。けど、今は……何も出来る気がしなかった。
「………困らせてごめんね」
「えっ?」
沈黙を破ったのはなのはちゃん。
「……情け無い姿を見せてごめんね、慎司君の前ではカッコいい私を見せたかったんだけど……でももう大丈夫……慎司君がこうやって手を握ってくれるだけで私頑張れるから……大丈夫……だからっ」
そんな嘘を……つかないでくれよ。そんな平気そうな顔見せないでくれよ。平気じゃないくせに、今にも泣き崩れそうなほど辛いくせに。不安で不安でたまらないくせに!こんな時にまで強がりやがってっ。だけど……
「そっ……か。なら、俺も一杯応援するからよ」
白々しくそうとしか言えなかった。きっと、俺は全然笑えていなかった。ああくそっ……、くそっ……。本当に俺はどうしようも無い奴だと思い知らされた。
……………………………。
「………太郎、柔道辞めてからやっぱり元気ないよ?インターハイは終わっちゃったけど今からでも復帰すれば大学でだって……」
「ありがとう葉月、けど俺は大丈夫だよ。まだ柔道のない生活に慣れてないだけだから」
『平気じゃない、心が軋む、辛い、柔道が出来ないのは辛い』
「………ま、太郎もそう言ってるしせっかく時間が出来たんだ。太郎とは部活で中々一緒に遊べなかったしよ。高校を卒業するまで目一杯遊ぼうぜ?な?葉月」
「そうだね……優也の言う通り太郎と今まで遊べなかった分思いっきり遊ぼうよ!」
「ああ、ありがとう。頼むよ」
『遊ぶ……か、こいつらと遊ぶのは楽しくて…幸せだ。けどサボってる間にも俺の体は衰えていく。柔道をしなければ弱くなっていく。でももう柔道を辞めた俺には関係ない。けどいやだ、せっかく努力した力を失うのは嫌だ』
「太郎?ほら、行こうよ」
「ああ……」
『嫌だ、これじゃあ俺は一体今まで何のために?何もかもを犠牲にして柔道に捧げた結果がこれか?何故だ、おかしいだろ。あってはならないだろ、あんなに頑張ったのに、あんなに努力したのに、あんなに辛かったのに、どうして。どうして、どうして、どうしてっ!』
「………なぁ太郎、今はそんな気起きなくてもさ……どんなに時間が掛かってもさ、また柔道やりたくなったらやればいいじゃんか」
「え?」
「そうだよ、優也もあたしも太郎と一緒にいるのは楽しいけどさ……柔道頑張ってる太郎の事を見るのも楽しいんだ。だから、今はゆっくり休んで……その気になったらまた頑張ればいいじゃん………そんな暗い顔しないで今はまた頑張るための準備期間だと思ってさ」
「優也……葉月……。でも、俺にそんな資格は……」
「資格なんて必要ないよ、太郎がやるかやらないかだけだよ?」
「そうだぜ太郎、お前がやるか……目を背けるかだよ」
「2人とも…………」
違う……違うんだ。俺はもう……きっと折れちまってるんだ。だからもう……
「太郎が頑張れないなら俺達が太郎が頑張れるように応援する、太郎が柔道をやるのに文句言ってる奴がいたら俺達だって邪魔すんな言ってやるよ」
「………」
「太郎が本当に嫌なら無理してやる必要ないよ?それでも私達は変わらず親友だもん、だから……何が出来るか分からないけど太郎が柔道をやりたくなったら……頑張りたいなら私達が側にいて背中を押してあげるから。そんな風に太郎が思えるまで……待ってるから」
「……だから今はゆっくり休めよ親友、俺達も気にしないでそれまで目一杯一緒に遊ぶからよ」
2人に笑顔でそう告げられ……涙が溢れる。ああ……ああ、今は自分がまた柔道を始めるなんて……そんな想像出来ないけど。多分来ないと思うけど……そう言ってくれた2人の想いを俺は……決して忘れないって思えた。
……………………………………。
目を開ける。病室で目を覚ます、外はまだ薄暗い。時計を見るとまだ朝の4時頃だった。昨日、なのはちゃんの病院から帰ってきて病院で味気ない夕食を済ませてすぐに眠ったんだ。だからこんな時間に起きてしまったのだろう。………なのはちゃんの心情を聞いたからか、また夢を見た。残酷で、辛い日々を送る俺に光を与えてくれた親友達の夢を。
「そうだよな………」
結局死ぬまで俺は2人に期待には応えられず柔道を始める事はできなかった。けど、今こうして柔道をやれてるのは2人のおかげなんだ。俺が今世で柔道を始めたきっかけ……小学生に入学してからしばらく経った頃、何かやりたい事はないのかと父さんに問われた時……たまたまその時テレビで柔道の中継が目に飛び込んできたあの瞬間。
俺は2人の言葉を思い出した。親友達から貰った大切な想いを思い出した。
『これ、始めたい』
自然とそんな言葉を紡いでいた。あんなに柔道をやるのは罪だと感じたのに、もう頑張るのは懲り懲りだと思っていたのに。けどまた俺がこうやって柔道をやって頑張ってこれたのは前世の記憶が残り、後悔した事を知っていた事と親友達に後押しされたからだ。そんな特殊な事情で俺は今こうやって柔道を再開できた。
一本背負いは未だにイップスで出来ないけど、それでも柔道はやれた。汗を流し、体をいじめ抜いた先にある勝利の味を思い出した、それでも負ける悔しさを思い出した。大切なものを取り戻せた。
「今俺が、なのはちゃんにしたい事……」
励ます事、元気付ける事………背中を押してあげたい。どれもしてあげたい事だがピンと来ない。いや、あえて言葉にするのなら。
「取り戻させてあげたい」
彼女のあの輝かしい心を。元気で、優しくて、歯を食いしばって頑張る事ができるあの子の心を。
「俺に出来る事……」
言葉じゃ伝わらない。いや、伝える事が出来ても響かなくては意味がない。それほどなのはちゃんの心は今絶望の最中にある。ならば、伝えるだけで足りないのなら……それを示すのだ。彼女は頑張るのは怖いと言った。気持ちは分かる、痛いほど分かる。けど……
「頑張らなきゃ、望んだ未来を得る事は出来ないんだよ」
結果が必ず伴う事はなくても頑張らなければ可能性はゼロのままなんだ。だから俺は頑張り続ける事を選んだ。なのはちゃんにも……それをどうか分かって欲しい。そして気づいて欲しい
「頑張る事は……時に不可能と思える事をやり遂げるんだよ」
それを……俺が証明する。
……………………………………。
時間は流れる。荒瀬慎司が高町なのはの本音を聞いてから1ヶ月と3週間ほど。実に約2ヶ月が経過した。場所は高町なのはが未だ入院している病院。あれから高町なのはの体の傷は回復傾向にあるが、未だベッドから離れずの生活だ。といっても数日後になのはは医者に宣告されたリハビリ開始日が迫っていたのだ。
心は不安のまま、都合の良い未来を未だ描けずなのはの心は暗いままだった。そんな調子で辛いリハビリに耐えれるだろうか……そんな気持ちを抱き続ける。どちらにしろやるしかないのだがなのは自身頑張れるか分からなかった。頑張るのが怖い……そう荒瀬慎司に告げてからも気持ちは変わってない。
そして荒瀬慎司はあれから病室には一度も訪れていない。困らせてしまったかなとなのはは思った。頻繁に電話やメールをしてくれてはいる、その時に慎司自身、今は早く復帰できるようにリハビリに集中したいからと会いに行けない事を謝罪していた。
慎司の怪我……右肩の骨にヒビと左足の骨折。肩は少し前に完治したと聞いていたが足の方は確か全治3ヶ月と聞いたから未だ松葉杖での生活を余儀なくさせているだろう。
慎司事だから、予定よりも早く治しそうだなとなのはは思う。まぁ、それでもよくて1週間ほど早まるくらいだろう。自分の事を心配するより慎司自身の事に目を向けていると思ったらなのははホッと一安心した気分だ。
「なのは?入るわよ」
「はーい」
母親の声に反応してなのはは元気よく返事をした。もうこれくらいの声を出しても体に響かなくは流石になった。母親を出迎えると隣にはリンディさんの姿が。いつも母は1人ではこの管理局の病院には来れないので慎司君の両親や今日みたいにリンディさんと一緒に来ることが多い。
しかし、いつもよりなんだか表情が硬いようになのはは思った。それに関係があるのかリンディの脇にはパソコンと酷似した管理局の通信端末をを挟んでいた。
「……それは、何ですか?」
物そのものではなくどうしてそれを持ってきたのか、そういう意味でなのはは問う。普段はそんなもの持ち込んでないからだ。
「………これを見てくれるかしら?ちゃんと最後まで目を背けないで」
母と2人頷き合うとリンディは急にそんな事を言ってくる。なのはは戸惑いながらもはい……と頷いた。その端末をなのはの前に置いて少し操作すると何やら画面に映し出される。
画面の右上にはLiveと今現在の時間、生放送であると告げる目印が。映像を見る感じ誰かがその場所でカメラ……おそらくデバイスだろうか、それをカメラのように映像でこちらに送ってきてるのだ。これは……どこかの会場の中?……柔道場に、柔道着を着た人が映し出されていた。会場正面の方に目を向けると遠目ながらも辛うじて横断幕の文字が見える。
「全国小学生……選抜大会?」
それは、慎司が優勝を目指した小学生規模では1番の大会。残念ながら怪我で断念したがどうして今その映像を?そんな疑問を浮かべて映像を見る。
「えっ……」
と、ついそう声をあげる。会場を二つに分けて既に大会は進行していくなか手前の会場の出場選手が目に止まる。何故?何故?なんで………
「何で……そこにいるの?……慎司君っ」
彼が柔道着を着て、今まさにこれから試合に臨もうとしていたのだ。
決意は固めた、覚悟は決まった。後は……頑張るだけだ
…………………………。
少し時間が飛びましたが、次回は大会に出るまでの過程となるので再び時間は戻ります。ウマ娘、ライスシャワー当たりました。俺がお兄さまだ