リリカルなのはなのに柔道描写が多い?それは本当にすんません。まぁ空白期編におけるメインの話ですので……お付き合い頂ければと。
話の中で柔道の事で疑問があったらぜひメッセでも感想でも。頑張ってお答えします!
荒瀬慎司として柔道をして、神童に反射的に出した一本背負いで勝利した時。俺は嬉しさのあまり雄叫びをあげていたと思う。確信がないのはあの時の試合は壮絶すぎて記憶がとびとびで曖昧だからだ。ただ嬉しかった事は覚えている。
勝った喜びもある、フェイトちゃんと闘っているであろうなのはちゃんとお互いに勝つと誓った約束を果たせた嬉しさもある。けど、何よりその雄叫びを発しさせたのは一本背負いで勝った事だった。
許された気になった、意識的に使わないようにして技。それをずっと練習もせず錆びつかせていた筈の一本背負いが当時のキレそのまんまで使えた事、それは前世で一本背負いによって引き起こしてしまった事件に負い目を感じていた俺に神様は使っていいんだと言ってくれたような気がしたからだ。
あの時、本当は俺は再び一本背負いと共に柔道人生を歩もうとしていたのだ。ジュエルシード事件が終息して普通の暮らしに戻ってすぐに俺は早速と言わんばかりに道場に赴き1人で一本背負いの練習をしようとした。
そこで俺のイップスが発覚した。許されたなんて思い上がりだった、前世の呪いに未だに俺は縛られていた。
イップスは精神的な作用で起こる病気だ、俺が前世の事でイップスを引き起こした事は言うまでも無い。未だに何故あの時だけ一本背負いが出来たのかは分からないが。
だから、結局また諦めて一本背負いを捨てようと思った。一本背負い無しでも勝てるようにと努力した。しかし、柔道をしてれば何度も何度も一本背負いがチラつく事が多かった。この瞬間、今チャンスだったと。相手は無警戒だから一本背負いで投げれるななんて無意識に考えてしまっていた。
前世で愛用していた一本背負いは前世の俺を超えて今世の俺の魂にですら刻まれたままだったのだ。
結局諦めきれず何度か克服を試みていた時期はあった。しかしどうやっても使おうとすると、相手無しで動きだけ真似ようとするだけでも体が鉛のように重くなり動かせなくなる。
柔道をしているのに……前世の後悔を解消する為に柔道をまた始めたのに柔道をしている気はしなかった。
荒瀬慎司は未だに山宮太郎に囚われている。
「どういう……事ですか?」
高町なのはは震える手を抑えながらなんとかそう言葉を絞り出す。渡されたモニターには今まさに試合をしようとしている荒瀬慎司の姿がある。怪我は治ってないはず、何故試合に出ている?色々な疑問全てが詰まった言葉だった。
リンディがその問いに答えようとするが母親の桃子がそれを手で制して頷く。どうやら自分から話すと言いたいらしい。断る理由がなくリンディは口を閉ざして成り行きを見守る事にした。
「………見た通りよ、慎司君がこれから試合なのよ。映像越しだけど応援してあげて?」
「違うよお母さん……慎司君、大怪我してるはずじゃ……」
「そうよ、まだ完治してないって聞いてるわ」
「ならどうしてっ」
「………分からない?」
悲しげに優しい微笑みを浮かべて桃子はそう言う。その表情には様々な感情が見え隠れしていた。嬉しいような、悲しいような相反するはずの感情が混じり合っていた。
「……私の、為?」
桃子は肯定も否定もしなかった。しかし高町なのはは聡い、粗方の理由も含めてすぐに理解してしまう。
「そんな、私そんな事……ダメだよっ!ねぇお母さん、慎司君を止めて?今からでもまだ間に合うからっ!もっと酷い怪我しちゃう前にっ」
「止めたかったわよ、私だって止めたかったわ………」
そう悲しげに告げる桃子になのはは何も言えなくなる。リンディの方に顔を向けるとリンディもダメだったと言うように首を振った。
「確かに慎司君がしてる事は無謀よ。止めるべきだった、だけど……慎司君の性格はなのはの方が良く分かってるでしょ?」
そう言われて納得してしまう。彼はとても優しい男の子だとなのはは思っている。彼は人を笑わせる事ができて人を楽しませる事ができて色々な魅力がある男の子だけど高町なのははなによりもその優しさが1番の魅力だと思っている。
自分の命や体の事を顧みないで誰かを救う為に行動してしまう人なんだ。
「でもね、なのはの為だけじゃないって言ってたわ。自分のためでもあるって」
「慎司君自身の為?」
それが周りを気にしないようにさせる為の嘘でない事はすぐにわかる。しかしそれがなんなのかは高町なのはには分からない。
「これ、慎司君からなのはにって預かっていたの」
そう言って自らの母親から手渡されたのは綺麗に封された手紙。このタイミングで渡してきたのも恐らく慎司君の希望であるんだろうとなのはは思った。しかし、その手紙を開く前にモニターからの歓声が聞こえてそれに目を向ける。
ちょうど慎司の試合が始まった。恐らく時間的に考えて一回戦目だ、手紙を開くどころではなくなのは食い入るようにモニターを見つめる。勝たなくていい、取り返しのつかない怪我をする前に負けて欲しいと高町なのはは願ってしまう。
しかし、今の自分では何もできない。だからなのはは慎司に失礼な事だと分かっていても怪我しないで早く負けて欲しいと言葉に出さずともそう思うのだった。
…………………………。
不思議な気分だった。朝に家を出てからも会場入りして準備をしてる最中もずっと緊張と不安で体がガチガチになっていた。その筈なのに、柔道着に袖を通せばそれが綺麗さっぱり感じなくなったのだ。
心は透き通り、程よくリラックスも出来ている。何故だろうか、何でだろうか。開会式の時に出場している選手を観察していたが皆やはり見ただけでオーラが見える程の強者しかいなかった。
中でも異彩な雰囲気だったのはやはり神童だ。他の選手も勿論油断なんかする余裕もなく、ましてや恐らく俺よりも技術も体力も上の連中ばかりだろう。
今までここまで大きい大会は出た事はなかったが井の中の蛙を味わっている気分だった。開会式が終わり続々とトーナメントの順番通り試合が進行していく。総出場者数は61名、俺は優勝までに5試合勝ち抜かねばならない。
そして流石は小学生大会で1番レベルの高く規模の大きな大会、会場の雰囲気も異様で小学生大会ながらテレビ局も来てる。
そんな事を冷静に考えながら試合の準備をする。俺の順番はそう遠くない、控え室に急ぎ左足にルール状問題ないギリギリでサポーターとテーピングでガッチリと固める。気休めだが何もしないよりはいい。
そして右肩にもテーピングで軽く固定する。右肩は無事完治したがこれも念の為だ。用を済ませて左足を意識しながらゆっくりと歩いて畳の近くに向かう。松葉杖無しで歩けようになったのは一週間と3日前、それからようやく柔道着を身につけて無理なく勘を取り戻す為の練習はした。
分かっていた事だがやはり左足は間に合わなかった。歩けてはいるが本当はまだ松葉杖を使って負担をかけないようにしてないといけない段階だった。柔道なんかしたら簡単に再発してしまいそうな予感があった。それでも恐れずに俺は畳のある会場に向かう。
近くまで来たらちょうど会場スタッフに呼ばれ試合の準備をしておくようにと告げられる。3試合後だそうだ、普段なら打ち込み等して体を温めるのだが足に負担がかかるのでそれもやらない。軽くストレッチをして体を冷やさないようにして待つ。
ふと観客席の方を見上げる。
「………目立ちすぎだよ皆」
皆来ていた、両親も、桃子さん以外の高町家、クロノにエイミィさん、ユーノ、八神家全員にアリサちゃんとすずかちゃん、フェイトちゃんも。当たり前だがなのはちゃんの姿はない。フェイトちゃんがデバイスで映像を送ってくれてはいるがそれでも一抹の寂しさを感じる。
こんなに皆んなが応援に駆けつけてくれてるのに贅沢な奴だと内心思う。だけど、映像越しでもなのはちゃんにカッコ悪い姿は見せられない。
「っし!」
頬を両手で叩いて気合いを入れる。あっという間に俺の番だった。呼ばれて畳に入り礼をする前に、畳の外で神童の姿を確認した。こちらをジッと見ている。神童は当たるとしたら決勝戦、トーナメントだと反対側のブロックだ。つまり試合はまだまだ先の筈。それでも最前列で試合を見ていると言う事は……。
「(クソが、やっぱりまだ警戒されてるか)」
一度でも負けた相手だ。俺の試合を見ようと言うのだろう。上等だ。
頭を振って目の前の相手に集中するように切り替える。相手選手は県外で不動の一位を確立している有名選手だ。………パターン、癖、技……頭を総動員させてそれらをインプットしてから礼をして相手と相対する。
「始めっ!」
開戦の合図と共に相手はステップで俺と距離を取る、対する俺は軽く足を動かして殆どそこから動かず構えるだけに留める。さぁ、来やがれ……。
……………………………。
「慎司君、動かへんな」
「動かせないのでしょう、今回慎司が勝ち進むにはなるべく足に負担をかけないで勝たなくてはなりませんから」
はやての呟きにシグナムがそう補足する。周りの友人や家族達は慎司の名を叫んで精一杯応援していた。皆慎司の容態は知っている、慎司を思うなら慎司にはすぐにでも棄権してもらって安静にさせなければならない。しかし全員が勝てと応援していた。
「結局皆、慎司君に感化されてもうたね」
「ええ、そうですね」
皆知っている、慎司がどれだけ苦しみながらこの大会の為に努力してきたか、どんな思いでここまで来たのか。心配で皆退院してからも何度も様子を見に行った、しかし誰も結局止める者はいなくなった。あんな顔して、あんな必死に打ち込むところを見せられては止めれるはずもない。
「……頑張れ……勝て、慎司っ」
シグナムも自身で自覚なく組んだ腕に力を込めながらそう声を張っていた。
………………………………。
中々動かない俺に業を煮やして相手は少しばかり前のめりで組手を仕掛けてくる。そうら来たぞ、お前は少々短気なのはもう分かってんだよ。しかしここでまともに組手争いをさせる気はなかった。
「っ!」
移動を最低限に済ませて相手の組み手をいなしていく。流石はトップレベルの選手だ、頭に血が上ってもこちらの組み手を狙う攻めは正確で洗練された動きだ。しかし、そんなレベルの組み手でもこちとら組み手の癖すら見逃さず研究したのだ。対策も何度もシュミレーションしている、本番では全て上手くいくとは思ったないがそれでもこなした研究の数と質はどうあっても俺が1番の自信がある。
「待てっ」
互いに組み合えず進行しない試合に審判の待ての手がかかる。互いに開始線に戻ると審判から『指導』を俺と相手も貰う。組み合わないから試合に消極的とみなされたのだろう。俺が組み合わないようにしていたがお互いに組み合う事が出来ないと基本的に両者指導を取られる事が主だ。
それを見越しての行動だ、今のところ試合運びは俺の思う通り進んでいる。さあ、ここからだ。
「始めっ」
再開の宣言と共に相手は今度は真っ直ぐ俺に向かってくる。逃げられる前に組み合おうというのだろう。俺は意識的に左足に負担を掛けないように数は下がって再び組み手争いへと移行する。さっきよりも激しい組み手に相手の指先が頬を掠めて表情を歪めてしまう。
怯んだ俺に相手はチャンスと覆いかぶさるように俺の襟と袖を奥深くまでガッチリと持ちそのまま密着してくる。それを防げず俺はされるがままだった。ここまで密着され、なおかつ相手の組み手有利となるとピンチだ。そんなチャンスを相手が逃す訳なく密着したまま大内刈を仕掛けてくる。
密着し、完全に俺の右足にかかる大内刈。しかし、その右足を地面から離さないように踏ん張る。さらに相手は体重を俺の後方に向かって体重をかけて倒そうとする。
ああ、そう来るって最初から読めてたよ!
瞬間、右手は相手の襟を左手は相手の脇の下を掴みながら右足を軸に相手ごと体を反転させる。
「っ!」
返し技だ。俺の事を押して倒そうとした相手の重心を自身の体を反転させ捻りながら相手の背中を畳へと叩きつける。
「おおおおおおおおおっ!!」
咆哮と共に畳に叩きつける、が
「技あり!」
「ちぃっ」
判定は技あり。試合は続行だ、しかし相手の上に乗ったまま投げたのでそのまま抑え込みへと移行。10秒抑え込んで再び技ありを貰い、合わせ一本。息を吐き出しながら抑え込みから相手を解放する。
これで初戦突破だ。
礼を済ましてから畳を降りる。観客席から俺の応援団が歓声を浴びせてくれる。それを背中で受け止めながら辺りを見回す。神童の姿は既になかった。やはり、俺の試合を見に来たのだろうか。そんな風に考えているとふと気づく。
「はぁ……はぁ……冗談じゃねぇぞ……はぁ」
今の試合、時間的に1分掛からなかったくらいの時間。俺は技を掛けてはいないし攻めてもいない。せいぜい組み手争いで激しい動きをした程度、なのに………軽い息切れを起こしていた。
やはり、スタミナの低下は恐ろしい程この大会で俺を苦しめる事になりそうだった。
………………………………。
「はぁ…………」
試合に終わりを見届けて高町なのはは息を吐く。それは安堵か、それとも勝ってしまったのでまだ試合は続くと言う事実に吐き出した吐息が。どちらにせよ、いつもなら慎司が勝てば誰よりも跳んで喜んでいたなのははいつものように素直には喜べなかった。
「慎司君、勝ったね」
「うん………」
母の言葉に頷きはするが互いに複雑な表情を浮かべていた。リンディはただ遠くで2人を見守る。リンディと桃子の役目は高町なのはに慎司試合を見届けさせる事。
しかし、慎司の行いもこの行動も果たしてなのはにとって正しい事なのかはやはり確信は得られない。しかし、慎司の目を見て協力すると約束した以上責任は果たそうと思っていた。とりあえずはまだ桃子に任せよう。自分の役割は今親子のやり取りを見守るだけである。と胸中で思っていた。
「慎司君からの手紙……読まないの?」
先程なのはに手渡した手紙を指差しながらそう告げる桃子。さっきは試合が始まってしまった為、手紙を見るタイミングを逃してしまったが初戦が終わった今次の試合まで時間がある。手紙を読むには十分な時間だ。
「………っ」
なのはは手紙を開こうとするがその動きを止めて手紙を下ろす。
「読めないよ……」
「どうして?」
優しく問いかけてくれる自身の母親になのははポツリポツリと語る。
「だって、慎司君は私を励まそうとして無茶して試合に出てる……。勝って私を元気付けようって思って……それなのに私、慎司君に勝ってほしいって思えない……慎司君が心配だからって、負けちゃえって思っちゃった……。そんな風に思ってる私に慎司君が私を元気付ける為に書いてくれた手紙を読む資格なんてないよ………」
彼女は真っ直ぐ人間だ、良くも悪くも自分に嘘はつけない。事実、なのはは今も試合に勝ち進んでほしいとは思っていない。不戦敗になってでも今すぐ止めるべきだと思っている、絶対にこのままでは怪我は再発する。それどころか取り返しのつかない怪我をしてしまう。
そんな自分のようにはなって欲しくなかったのだ
「なのはは、分かってないわね慎司君のこと……」
「えっ?」
母親の言葉につい間抜けな声を上げる。どんな意図があるのか読めなかったからだり
「なのはを元気付けたい……そんな単純な理由だけじゃないと思うわ。それも理由の一つではあるんだろうけど、慎司君がどんな顔して試合に臨んでるか見ればそれだけじゃないって言うのは分かるわよ」
その言葉になのはは素直に首を振る。私には分からないというその意思表示だった。それでも桃子は微笑んで
「手紙は……今は無理に読まなくてもいいわ。けど試合はお母さんと一緒に見ましょう?なのはの為に必死になってくれてるのもまた事実なんだから……なのはが見届けなきゃいけない義務はないけど、それでも最後まで見届けるべきだと私は思うから……ね?」
本当はこれ以上なのは見るのは辛い。いつ、どのタイミングで慎司が大怪我するか分からないようなそんな不安定な状態での試合。その瞬間をなのはは見たいとは当然思えない。
しかし、母親の言葉に引き込まれるようになのはは頷くのだった。
……………………………。
2回戦、この相手もまた県チャンピオン。さらに地方大会でも優勝に輝いた事のある実績者だ。勿論この相手の研究も入念にしている。さらに既に布石も打ってある。
互いに礼をして開始戦の前に出る。
「始めっ」
宣言と同時に相手は俺に距離を離される事を恐れて少し前に出ながら組手を仕掛けてくる。先程同様あまり足を動かさないでそれをいなしていく。足が動かせない間は相島先生に可能な限りずっと組手争いの特訓をしていた。並大抵の組手じゃ簡単には取られない。
「しっ!」
「っ!」
しかし相手はそんな俺の組手を掻い潜り上から奥の襟を掴んでくる。相手は細身の高身長、手足の長さを活かした組手だ。俺の手では長さが足りず上手く防げない、そして奥の襟から俺を引き寄せながら袖も掴もうとしてくる。
瞬間、俺は待ってたと言わんばかりに両手で相手の両襟を掴む。両襟は相手の袖を取らなくていい分掴みやすいのだが技をかける時なんかは相手の袖を引いたり崩したり出来ないので技が効きづらくなってしまう。
だが両襟でもタイミングや相手の意表をつけば、そのハンデも問題なくなる。
「あああああああああああっ!!!」
相手が俺を引き寄せようと体を寄せてきた瞬間に俺は自ら背中から倒れ込む。ただ倒れ込むだけでなく自分の右足の足裏を相手の腹と股関節の間くらいに添え、左足は相手の軸を固定するように相手の右足の膝下に添える。
「ぐっ!」
ずきりと左足に痛みが走る。が構わず俺は倒れ込みながら相手に固定した両足で相手を浮かせて自身の後方へ倒す。『巴投げ』だ。意表を突かれた相手は対応しようにも既に俺が両襟と両足で相手をロックした為まともに受ける形に。
相手がその手の長さを利用して奥の襟を掴んでくる事は予想済み、何故なら相手は俺の初戦を見ていた筈だからだ。本来、小学生レベルで相手のビデオを見て研究なんて事は殆どしない。そういうのはせめて中学生や高校生からになってからが多い。
だから相手は初戦……勝ち上がってきた方が自分と当たるであろう俺の初戦を見ている筈だと思った。更にその初戦は俺は逃げ腰で後手に回っていた試合だ。それを見れば相手に逃げられないように果敢に攻めようとするのは当然の選択。
俺は前世で18歳まで本気で柔道に取り組んできた。勘や体力は年相応になったとしてもその知識や経験は完全に無かったことになる訳もなく。試合の流れを読み、布石を打って次の相手の行動をコントロールする。
そこまでやってようやく満身創痍の俺はこの全国レベルの大会でまともに戦えるくらいなのだ。
「一本!それまで」
まともに俺の巴投げを受けた相手は背中を畳に打ちつける一本か技ありか微妙な所だったが審判の判定は一本だ。………さて、もうこの大会じゃ巴投げは通じないな。こうやってどんどん戦略が狭まりながら勝ち上がっていくしかない。
さて、礼を済ませないと。そう思い立ちあがろうとする。
「っ……」
やはりまた左足がずきりと痛みが走った。………ああ、クソが。まだ歩けないほどじゃないが行動の節々で痛みが走るようになってしまった。………こりゃ、決勝までもたねぇな。分かっていた事だがいざそれを突きつけられると背中がヒヤリとするのだった。
……………………………………。
「………フェイトちゃん、慎司君……本当にずっとまともに柔道やってこれなかったんだよね?」
「すずか、その筈……だよ」
「それなのに……何だかいつもより、なんて言うんだろう?雰囲気が……凄いね」
すずかの言葉に両隣に座って応援していたフェイトとアリサは頷く。いつもより鬼気迫るものを3人……応援に来ていた慎司の友人たち全員感じていた。まるで手負いの獣……そのことわざを体現しているかのように。
いつも試合前に会いに行ったりしていたアリサ達だが今回は声を掛けるの躊躇いそっとしておいたほどだった。
3人、特にアリサとすずかは慎司の初めての試合から殆どの試合に応援駆けつけている。素人目ではあるが1番生で慎司の試合を見てきた2人には分かる。確実に、怪我する前より……弱くなってる事を。
初戦の返し技、いつもの慎司なら恐らく技ありで相手を逃す事なく一本を取っていただろう。2回戦もそうだ、判定は一本であったが技ありでも文句は出ない微妙な判定。普段の慎司だったらあそこまで決まれば綺麗な一本を取っていただろう。
二つの試合が指し示すように慎司は怪我からの復帰もしてない、本調子でもなく体も鈍ってしまってるはずだ。それなのに、慎司は今まで1番レベルの高い大会で快進撃を続けている。
「気力と言うか根性と言うか……慎司の凄いところってそう言うところなのかもね……」
アリサの呟きに2人は同意するように頷く。3回戦……準々決勝までまだ少しだけ時間がある。喝を入れにってあげようとアリサは思い至っていたのだが今の慎司には邪魔になってしまうと内心で自重する事を決めていた。
「なのは、見てるかな?」
「見てるといいね」
「きっと見てるわよ、なのはは心配になって逆に見てるんじゃないかしら」
デバイスを眺めてそう言うフェイトに2人はそう口を開く。同時に親友2人に重大な怪我を負った事を知り、3人は深く悲しんだ。世の中を神様を呪うようなそんな気持ちになった。
しかし3人は祈る、どうか慎司が怪我をしませんようにと。それはきっと無理だと分かっていても祈る。どうかなのはが元気になってまた一緒に走り回れるようになりますようにと祈る。
そして、慎司の想いがなのはに届く事を願っている。
………………………………………。
「………ぷはぁっ」
水中から浮かび上がってきた時のような声を上げる高町なのは。実際に彼女はずっと息を止めてモニターを注視していた。
無論慎司の試合である、ハラハラしていてつい呼吸を止めてしまう程だった。そのハラハラは未だ試合に見入ってと言うよりは慎司の怪我を心配してだったが。
一緒にモニターを覗いていたリンディと桃子も似たような反応をする。見てるだけなのにとても疲れてしまうようだった。
「あ……」
しかしなのはは見てしまう。今の試合は3回戦、言い方を変えれば準々決勝だったのだが再び慎司の勝利で終わった。試合はずっと相手のペースで慎司の敗北が濃厚だったのだが終盤に慎司が寝技へと持ち込んで相手をひっくり返して抑え込み一本を取って辛勝と言った感じだ。
殆ど試合終了間際まで闘っていたからか、はたまた試合中に負荷がかかってしまったか、恐らく両方であろうが慎司は礼をして畳をさる際に左足を少しだけ引き摺りながら歩いていた。
心なしか顔色も青いようなそんな気さえする。
ぎゅとなのはは毛布を握りしめる。やっぱりダメだ、これ以上は本当に取り返しのつかない事になる。母親はなのはの……自分の為だけではないと言ってはいたがこれ以上自分が理由で傷つく慎司を見ていられなかった。
ベッド横に置いてある自身の携帯を掴む。慎司は今は携帯を手放しているだろうから応援に行ってるであろう友人達に電話掛けて止めて欲しいと説得するつもりだった。
だがもう一度モニターを覗けば未だカメラは慎司の姿を映している。その慎司は見上げるようにカメラの方を真っ直ぐと見つめていた。カメラ越しで見ているのはきっと自分だとなのはは思う。
そしてその自分を見るその瞳を見て携帯から手を放ししまう。今は手負いの荒瀬慎司、体も鈍り、技術も錆びつき、これ以上ないくらいの最悪のコンディション。だと言うのに……そんな冷や汗をかいてるようなそんな顔色なのに……その瞳は、心は、魂は燃えたままだった。
ジュエルシード事件の時も闇の書事件の時も見た覚悟を決めた時の慎司の瞳だ。しかし、そのどの時よりもその心は熱く燃えたぎっている。映像越しとはいえ慎司のそんなオーラをなのはは肌で感じる。
そんな目をしないで、無理しないで、自分を労って……掛けようとした言葉は行き場を失い、慎司を止めようと思った思考を鈍らせる。……止める事は出来ないとなのはは分かってしまう。
そしてそんな目で自分に何を伝えてるのか感じてもしまう。
『見届けてくれ』
そんな優しくも激しく、なのはに向けられる慎司の今の内心。それを拒否する事などなのはは出来ない。
ボロボロでも彼は止まらない、体が死んでも心が死ぬ事はない。彼を良く理解してるなのはだからこそ分かってしまうのだった。
誕生日に友人から隻狼を譲り受けたでござる。死ペナありの死にゲーとか無理でござる