転生しても楽しむ心は忘れずに   作:オカケン

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証明

 

 

 

 

 

 

 

 手紙は慎司君の手書きで丁寧に綴られていた。チラリとモニターに目を写すと慎司君はもはや隠す事は出来ず苦悶の表情をしながら試合をしていた。とても骨が折れている人の動きとは思えない。

 慎司君が心配だが今は私はこの手紙をしっかりと読まなきゃいけない、彼が私に送ってくれた想いを受け取らなければならない。私には読む資格は無いって思っていたけど……あれだけ必死な姿を見せられたら手紙を読まない訳にはいかなかった。

 

 

『 なのはちゃんへ

 

 

 今、君がこれを読んでいるという事はもう俺がなのはちゃんに隠れて試合に出場した事を知ってしまっていると思う。それとも、事情を知って自分には読む資格がないなんて思って最後の最後まで中々手紙を開けなかったのかもしれない。

 当たりかな?まあ、読んでくれるのならタイミングはどうだっていいけどね。』

 

 当たりだよ慎司君。私の事、よく分かってくれてるんだね。

 

『なのはちゃんは今きっと俺の事を心配してくれてると思う、同時に自分のせいだって責めてると思う。先に言っておくとそれはお門違いだよ、確かにきっかけはなのはちゃんを元気付けたくて、励ましたくて無茶を承知で大会に出る事を決意した所もある。

 けど理由はなのはちゃんの為だけじゃない、自分の為でもあるんだ。自分の為っていっても大会に優勝したいから、夢を叶えたいから……そう言った理由が主じゃないだ。なのはちゃんは覚えてるかな?前になのはちゃんにどうして柔道を始めたのかって聞かれたときに俺は「後悔したくないから」……そう答えた事を』

 

 覚えている、あの時の私は魔導師になってフェイトちゃんとぶつかって……自分はどうあるべきか、どう向き合うべきか悩んでいる時に慎司君の練習を見学させてもらってその帰りに私がそう聞いた。

 

『そう、後悔したくないんだ。俺の人生には沢山の後悔が残ってるんだ、なのはちゃんも誰も知らない……俺だけが抱えてる消える事ない後悔があるんだ。だから荒瀬慎司の人生にはこれ以上後悔が残るようなそんな人生にしたくないって思ったんだ。柔道を始めたのも、そして怪我を無視して試合に出た事も後悔しない為なんだ。

 俺は過去に、一度とある選択をしてその道を選んだ事を後悔した。自分のこれまでやってきた事を否定する……そんな選択を取ったのに残った物は後悔だけだった。努力を、頑張りを、それに費やした時間も、全て無駄だったんだと切り捨てた……本当はそんな事ないと叫ぶべきだった……俺が本当にしたい事を選択するべきだった。

 だから証明したいんだ……その時取った俺の選択は間違いであったって、俺が全てを費やした努力や頑張りは無駄なんかじゃないって事を証明したいんだ。その為にはこの大会に出て勝ち進まなきゃいけなかった。

 

 正直、なのはちゃんにはふわふわした内容で分かりづらいと思うけど……とにかくそういう事なんだ』

 

 ううん、確かに慎司君のその選択や細部の事は分からないけど……言いたい事は伝わってるよ。

 

『なのはちゃん、君は今とても辛い思いをしてる。人生を左右される重傷を負って、数日後には想像を絶する辛いリハビリが待ってる。しかも、体が元に戻れるかどうかも分からないときた。

 優しいなのはちゃんの事だ、皆んなの前では笑顔を浮かべて大丈夫って言ってるんだろう?心配かけたくなくて強がってる。それは悪い事じゃないけど……見ていて辛い。皆んなも気づいてる』

 

 あちゃあ……慎司君だけじゃなくて皆んなにもバレてたかぁ…。

 

『だけど俺達には応援しかできない。実際に辛い事をするのはなのはちゃんだから……当事者以外は結局はなのはちゃんの辛さを理解できないんだ。

 だけど孤独を感じる必要もない。言った通り応援は出来るんだ、そばに居てやれる。支えてあげられる。友達や家族っていうのはそうやって支え支えられるモノなんだ。それを理解して欲しい。

 …………駄目だな、前置きはここまでにしておくよ』

 

 ここから先の字は少しだけさっきまでの文字より筆圧が強くなっていた。感情が強く篭ってることが伝わる。

 

『なのはちゃん……君は今全てを諦めようとしてる……違わないだろ?』

 

 痛い指摘に心臓が跳ねる。

 

『君が立派な魔導師になって沢山の人を助けたいって思ってすごい頑張っていたのを俺は知ってるよ。朝は早く起きて、夜は遅く寝て、管理局のお仕事は一切手を抜かず真剣に……目標のために、なりたい自分になる為に頑張って頑張って……頑張り抜いた結果が今の状況だ。絶望したと思う、世の中を憎んだと思う。頑張ったのに報われないのは……辛いよな』

 

 そう、辛い。辛いし悲しい……私はすごく頑張ってたと思う。がむしゃらに頑張ってた。後先考えずに頑張った……その結果は自分の体を度外視した報い。分かってる……私は間違えた、やり方を間違えた。ちゃんと自分の体を客観視して適切な行動を取れなかった。

 慎司君はその事をよく分かってると思う。慎司君自身が実践してたことだから、がむしゃらに考えないで頑張るよりちゃんと考えながら努力する事も必要……前に自身の柔道の頑張り方を教えてくれた時にそう聞いた。

 

『嫌になっちゃうよな?もう何もしたくなくなるよな?シャクに触る言い方かもしれないけど俺もその気持ちはすごく分かるんだ。努力に裏切られた気がして俺は逃げた……逃げたんだ。その選択がさっきの後悔した事、自分が本当にしたい事から逃げた事なんだ』

 

 私の知らない慎司君の後悔。柔道を始めてからそんな事あったのかなと違和感を覚えるけどきっと重要なのはそこじゃない。

 

『なのはちゃん、君にはその後悔はしてほしくない』

 

 その一文が私の心を締め付ける。

 

『頑張っても報われないのが嫌なんだろ?また努力に裏切られるのが怖いんだろ?……自分の行動全部が無駄になってしまう気がして体が動かなくなっちまう。だから、どうせ頑張ってもまた歩けるようにはなれない、魔導師として跳ぶことも出来ないなら諦めてしまおうってそう思ってる』

 

 慎司君は私の気持ちが分かる……そう言ったけど確かにその通りだった。今の指摘は心が全部見透かされたように正確だった。

 

『なのはちゃんは皆んなに隠してたみたいだけど……元に戻れるようになるのは凄く確率が低いって話も実は知ってるんだ』

 

 お医者さんに言われた、相当厳しいリハビリになるということ……最初は私も覚悟を決めて頑張ろうって思ってた。けどお医者さんは続けてこうも言った。

 

「……リハビリを頑張っても元のように体が戻るかどうかはかなり確率が低いです。覚悟はしておいてください」

 

 その言葉を聞いて私は体の奥底から震え上がった、頑張っても……辛い想いをしても殆どの確率で報われないと告げられた。撃墜の時のショックな出来事がフラッシュバックした、後は慎司君に言われた通りの考えをしてしまっていた。

 

『だから頑張っても無意味になるなら諦める……賢い選択かもな……だけどそれは愚かな選択だ。だってなのはちゃんの本心は違う、また飛びたいって思ってる、もっと多くの人の助けになりたいと思ってる、それを隠して諦めるのは俺みたいな愚か者の選択だよ』

 

 厳しい言葉に胸がちくりとする。慎司君は、私のためならそうやってハッキリと言ってくれる優しい人なんだと再認識する。

 

『確かに現実は頑張っても必ず報われる訳じゃない、報われる人がいる以上報われない人もいる。………けどな、不可能と思われるような事を可能にするには……確率が低い事をやり遂げるには……頑張るしか方法はないんだよ』

 

 ……無理だよ慎司君、いくら頑張ったって無理な事もある。だからっ

 

『俺が証明する……』

 

 慎司君……

 

『努力が……ひたむきな努力は時に不可能とさえ言われた事も可能にしてしまうって事を俺が証明してやる、今までの俺やなのはちゃんの努力も決して無意味なんかじゃなかったって事を証明してやる。努力と、支えてくれる仲間や家族がいるならどんな困難だってふてぶてしく笑ってぶち壊してやれるって俺が証明する』

 

 ハッとしてモニターに目を映す。慎司君はまだ延長戦で闘っていた、延長戦開始から10分が経過してる。10分、彼は神童からの猛攻に耐え自身の足を顧みず攻め続けてもいる。ありえない、柔道で10分という時間は誰でもスタミナが尽きてしまい泥仕合になる事が殆どのような時間だ。

 あの神童でさえ肩で息をして辛そうにしている。慎司君は延長戦が始まる前からスタミナも足も満身創痍だ。正直見ていられないくらいフラフラしてる、それなのに折れた左足の激痛を受けながら試合はなお続いている。

 そしてそんな状況下で、誰よりも辛くて苦しいそんな状況で……彼は下手くそに、そして好戦的に笑っている。

 

「……慎司君」

 

 ポタリと、手紙の端に一雫涙が落ちる。

 

『俺がこんなバカみたいな体で全国大会っつう夢の舞台を努力と皆んなの応援で優勝してみせる、いつも俺を応援して誰よりもカッコいいって言ってくれてたなのはちゃんの言葉通りのカッコいい『荒瀬慎司』を見せてやる。だから……君も俺の言葉を信じて見せて欲しいんだ。そんな荒瀬慎司が誰よりも不屈で、優しくて、気高く強い信念を持ってると認めてる高町なのはは……奇跡を起こすのなんか造作もないって事を』

 

「あはは……ははっ…」

 

 いつもの慎司君みたいに無茶苦茶言い分だった。そんな……都合の良いことなんて……そう思ってるのに溢れる涙が止まらない。

 

『この程度の壁、簡単にブチ破れるってことをさ……大丈夫だ、俺も一緒に……君と一緒にいる。今度こそ側で支えてあげたいんだ、俺だけじゃない…皆んなだっている、君を大切に思う皆んながいる。これだけ揃えば後はなのはちゃんの頑張りで簡単に奇跡だって起こせる。それを信じて欲しい、信じられないなら俺が勝って証明して信じさせる。君の努力は無駄にはならない、させない……俺に任せろ。辛かったら背中を支えてやる、もつれたら手を引いて一緒に歩こう……例え君が信じられなくても俺は、荒瀬慎司は高町なのはの強さを信じてる』

 

「くっ…ううっ……しん…じく…んっ」

 

 溢れる涙は止められなかった。拭っても拭っても止まらない、涙と共に溢れ出す感情に支配される。悲しさとか、悔しさとか……嬉しさとか。

 

 

 

 

 私は思い出す、慎司君と初めて出会ったあの日の事を。これまでの慎司君との思い出を

 

「何してんの?こんなとこで1人で泣いて」

 

 これが最初に聞いた慎司君の言葉。お父さんが事故で入院していて、家族はお父さんがいない間の翠屋を守るために必死に働いて、私ができる事は皆んなの負担にならないように手間をかけさせないように1人で過ごす事。

 お母さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも私も気遣ってくれてはいたけどやっぱりお店が忙しくてそう上手くは行かなくて。5歳の私は孤独に耐えるのに必死だった。公園でいつものように1人で退屈な時間を過ごして涙を流す私に声をかけてきてくれたのが始まりだった。

 

 その場で慎司君は私と公園で一緒に遊んでくれた。はちゃめちゃな遊びを私にさせて沢山びっくりした事を覚えている。今思えば、孤独を紛らわそうとしていたのかもしれない。……いや、半分は自分も楽しんでだかも、困ってる私を見て爆笑してたもん。

 とにかくそれから慎司君との関係が始まった、殆ど毎日幼稚園が終われば慎司君と一緒に遊んで慎司君の家でお夕飯をご馳走になった。慎司君の両親も私に優しく接してくれた、寂しい思いをさせないようにギリギリまで家に居させてくれて毎日全員で私を自宅へと送ってくれた。

 

 荒瀬家の皆さんに色々な事で助けられて、お父さんも無事に退院して元の高町家戻ろうとしていた頃……私は寂しさを覚えた。

 

「(終わっちゃうのかな……慎司君との関係……)」

 

 5歳の頃の私はそう考えた、元の生活に戻るという事は荒瀬の家にお世話になる必要がなくなると言う事。私はそれが慎司君との関係が終わるようなそんな気がして怖かった。だから、荒瀬家を今までのお礼を込めて高町家に招待した時私は慎司君に言ったんだ。

 

「これからも、友達でいてくれますか?」

 

 これからもこれまで通り毎日のように会ってほしい、友達として一緒にいて欲しいと私はそうお願いした。

 

「んなの当たり前だろ。覚悟しろよ、なのはちゃん……なのはちゃんが嫌がってもずっと付き纏って一緒に遊んでもらうから」

 

 なんて事ない、慎司君も私と同じ気持ちでいてくれたんだ。私を友達として想ってくれたんだ。そう照れ臭そうに言われて私はとても嬉しかった。

 

 それからもずっと慎司君と一緒だった。幼稚園を卒園して2人で一緒の小学校に通う事になって、アリサちゃんとすずかちゃんとも友達になって、2人から4人で遊ぶ事が多くなった。

 その頃、慎司君が柔道を始めて努力し始めていた。最初は頑張り屋さんだな……偉いなぁ…なんてそれくらいにしか想ってなかった。

 

 それから魔法と出会って私はジュエルシードを集める事に奔走するようになった。ある時、大きな失敗をして街一つに大きな被害を出してしまった事があった。私の魔法に対して向き合う気持ちの甘さを突きつけられ落ち込んでいた時に、慎司君ご来てくれた。偶然だった、慎司君は私の様子がおかしい事にすぐに気づいて多くは語らなかった。

 ただ手を握ってくれた事はよく覚えてる。そして、慎司君が柔道に対してすごく真剣に取り組んでる事、それがとても凄くてカッコいい事だってちゃんと気づけて私は励まされた。

 

 慎司君のように、私も魔法に対して本当の全力で向き合いたいと思えた。

 

 そう決意してもうまくいかない事は沢山あって、学校でも元気のない姿を見せちゃって、それでも慎司君は変わらない。私をいっぱい笑わせてくれて私の手を引いて元気付けてくれた。

 そんな慎司君に私は救われた。

 

 フェイトちゃんとの真剣勝負の時、ピンチの時に現れたのも慎司君だった。その日大会で取った金メダルと賞状を掲げて彼は私に叫んだ。

 

「なのはちゃんも勝て!負けんな!!」

 

 時に大切な人からの声援が力になる事を知った。慎司君は私が苦しい時に私が1番言って欲しい言葉をいつもくれるんだ。

 

 闇の書事件の時もそう、彼ははやてちゃんたちを助ける為に1人で努力していた。苦しくても、辛くても彼は止まらず前に進み続けた。どんなピンチでも彼は考える事をやめない、行動を止めない、決して諦めない。

 

 リンカーコアを持ってない一般人のはずの彼が闇の書の暴走を止めるのに大きく貢献したんだ。そして、誰の犠牲も出させないで彼はハッピーエンドを掴み取った。

 そんな慎司君をずっと間近で見て私は慎司君のことを大切な友人であると同時に1番尊敬する人だって思うようになった。私も慎司君のように強く在りたいと、友人であるからこそ私も負けられないと思うようになった。

 

 がむしゃらに頑張った、頑張って頑張って頑張って頑張って。慎司君のように誇れる私になりたくて必死に頑張った。けどその結果は過度な疲労が原因での撃墜。一時は意識不明の重体になるほどの怪我。

 

 そんな絶望を味わい、心中では腐ってしまった私。それでも慎司君は言う、私は強いと、私を信じてると、私の為に同じく重傷を負った慎司君は勝つと言った。

 

 

 手紙に視線を戻す、最後の文章だった。

 

 

『なのはちゃん、最後まで見届けてくれ。俺は、勝つよ……そしてその勝利と共に君に会いに行く………そのバトンを受け取ったら一緒に頑張ろう。ずっとずっと……たとえどうなろうと、俺は君の隣で君を支え続ける、隣で笑って君も笑わせてやる。諦めない限り、可能性はゼロじゃない……それを体現した俺がずっと隣にいるから。

 

        なのはちゃんの親愛なる親友の1人、荒瀬慎司より  』

 

 まるで告白のような宣言に私は心を温める。何でだろう、とっても安心する。冷え切ってた筈の心が温かくて、絶望して下を向いていた筈が今は前を見据えている。

 慎司君、君は本当にすごいよ。どうしてそんなに私を喜ばせられるの?いいの?いっぱい甘えちゃうかも、いっぱい弱音吐いちゃうかも、いいの?そばにいてくれるの?こんな簡単に諦めちゃうような私が隣にいていいの?………ありがとう。

 

 慎司君は本当に……本当にいつも私を内側から励ましてくれる。そんな慎司君が今必死に闘っている。動きはもう壊れかけのロボットのよう、延長戦が始まって既に15分経過。まだ、慎司君は指導を取られることも投げられることもなく戦い抜いている。左足の内側はきっともうボロボロな筈、それでも彼は立っている。

 

 私を支える為に頑張ってくれている、自分の努力と私の努力の証明のために頑張っている。私の言葉通りのカッコいい男の子になるって言ってくれている。奇跡を本気で起こそうとしている。体の動きとは正反対にその瞳はますます赤く燃えている。慎司君は言った、沢山の努力とそれを応援して支えくれる大切な人達がいれば不可能も可能に出来ると。そう言った。

 

「リンディさん……」

 

 鼻を啜り涙を拭いながら私は決意を固めて言った。

 

「お願いがあります……」

 

 私は高町なのは、慎司君が信じてくれている私になる為に。これくらいの事はやり遂げて見せる。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界は霞み、ずっと耳鳴りのような音が頭に響く。周りの音はどこか遠く聞こえ、心臓が破れるんじゃないかと思うくらい鼓動は激しく痛い。

 足は感覚を失ったかのようにどこか自分の体とは思えない異物感を覚え、その割には激しく形容し難い痛みだけはハッキリと感じ続けている。

 ハッキリとしない意識のまま体を動かす。左足の激痛を伴っても止まらない、次第に何故自分をこんな事をしているのか分からなくなってくる。こんなに辛いなら辞めてしまおうとそんな思考がよぎる。

 だが同時に心は叫ぶ、止まってはならない、倒れてはならない、負けてはならないと。

 

 一つの影が俺に襲いかかってくる、相手に組まれて振り回されながらも俺はそれを気迫で持ち堪える。影は何か技をかけてくる、もう何をやってるのか目で追いかけることも出来なかった。

 ただ、倒れてなるものかと必死に堪える。

 

「ああああああっ!!!」

 

 気迫ではなく苦悶の叫び。何か行動を移すたび、何かを耐えるたびこんなに叫んでしまうような痛みが俺を襲う。何とか投げられる事なく堪える。追撃の手はなく影と2人してそのまま前から地面に倒れ込む。

 

「待てっ」

 

 もう何度聞いたかもわからない宣言。その声で少しだけ意識が回復する。そうだ、試合中だ……気をしっかり持たないと……。

 慌てて立ちあがろうとすると疲労と痛みで足をもたらさせて転びそうになる。満身創痍という表現が生易しか感じるくらいの状況だった。

 

 しかし、それは神童も程度は違えど同じであった。彼も既に肩で息をしてスタミナはとっくのとうに切れている。柔道は本来、数分で行われる試合。長時間常に全力で集中して全力で力を行使するのは無理だからだ。よってこのGS方式では10分も長引けばどんなにスタミナを鍛えた者でもボロが出てしまうもの。

 

 さっきの攻防で技の追撃がなかったのもその為だろう。しかし、そうは問屋が許さないのが神童という選手だ。肩で息はしつつも技の力強さや素早さは変わらない。未だに投げられないで耐え続けているのが不思議なくらいだ。

 こっちはもう、技を掛ける気力すら残ってない。既に俺が技を掛けないで待てがかかったのが2回連続で続く。

 次あたりそんな事になれば俺はおそらく指導をもらってしまう。そうなれば3つ目の指導を受けた俺は反作負けになってしまうだろう。技を掛けたくても神童を投げるような技はもう仕掛けられない。というか出来ない、左足は完全に壊れ全力で技をかけようとすれば痛みで崩れ落ちてしまうほどだ。

 今俺が取れる選択肢は……ない。心は折れずに立ち向かい続けるがそれでも圧倒的に俺の敗北が濃厚なのは変わらない。

 

 荒瀬慎司はただ無謀に挑み続ける愚者と化している。それでも……俺は闘う事はやめたくない。例え倒れても、死んでも、俺は諦めない。

 

「…………はぁー」

 

 自身の呼吸困難気味な症状を自覚されつつも、一度無理矢理にでも息を吐く。まだまだ、まだまだ……だっ。

 

 ゆっくりと立ち上がり開始線に戻る。負けていない限り……立ち止まる事は俺自身が許さない。ふと虚空を見上げる、まだ俺の目は死んではいないだろうか?燃え続けているだろうか?

 観客席からの歓声は既にない、俺の痛々しい姿をずっと見せられたんじゃ声援なんか送れないだろう。俺の応援先からも声はない。多分、両親なんかは見ていられなくて泣いてるかもしれない。ごめん、皆んな…皆んなの反対を、気持ちを踏みにじって出たのにこんな所を見せてごめん。

 

 だけど………もう俺は……

 

 

 

 意識が再びだんだんと遠のいていく。足から力が抜ける感覚、立っている状態を維持できなくなりそうになる。まずい、今倒れたらもう俺は……きっと立ち上がれない。

 

 くそ……がっ!

 

 視界は黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎司君っ!!!」

 

 その大声に意識を戻される。静かになった会場にその声はよく響く、倒れ込む前にギリギリ踏み止まれた、同時に驚愕する。その声はこの会場では決して聞こえないはずの声、聞こえてはいけない声。

 声の元へ視線を持っていく。観客席の入り口付近、そこに2人の大人……リンディさんと桃子さんに抱き抱えられながら必死の決死の表情で俺を真っ直ぐに見つめる1人の少女の姿。

 

「なの…はちゃん?」

 

 小声で呟く、なんで?どうしてここに?そんな、そんな無理して大声をあげたら……っ!

 

「っ!……っ!!」

 

 なのはちゃんはどこか苦しそうに自身の体を縮こませる。リハビリ開始前まで回復しているとはいえなのはちゃんの体は元々重体なんだ。その大声だけで体に響く筈だ。だけどなのはちゃんは同じくらい大きな声で言葉を紡いでいく。

 

「…っ!負けないで!!!」

 

 色々な感情が籠もった言葉だった。その声はどこか悲しそうで苦しそうで、だけど嬉しそうで。他にいっぱい言いたい事がある、だけど短い言葉に伝えたい事全てを籠めるようになのはちゃんは言い放つ。

 

「私っ……頑張るから!!もう諦めないからっ!!」

 

 痛みを伴ってもその眼は光が点っている。高町なのはの眼には綺麗な光がある。絶望をしていたあの暗い眼ではなかった。

 

「だからっ!そう思わせてくれた君をっ……信じさせてっ!!貴方が誰よりもかっこいい人だって、言ったこと全部やり遂げる人なんだって!……奇跡も起こせる人なんだって……信じさせて欲しいのっ!!だから──」

 

 

 

     ──────勝って慎司君っ!!!

 

 

 

 ああ……なのはちゃん

 

 

 

 

「っ!始めっ!」

 

 試合を長く中断させないように審判は慌ててそう宣言をする。今度こそ終わらせると殺気すら放つ神童が俺に迫る。

 

「任せろおおぉぉ!!」

 

 そんな殺気は気迫で吹き飛ばす。

 

 鼓動する心臓が俺の血脈を沸騰させるように全身が熱く滾る。力を失ったはずの体に有り余るような余力を感じる。

 

 なのはちゃんが、1人の女の子が自身の体を顧みず俺に心の叫びを見せてくれた。俺に勝てと言ってくれた。そんな声援を受けたなら……なぁ荒瀬慎司?1人の男としたら……応えない訳にはいかねぇよなぁ!!

 

「あああっ!!」

「何っ!?」

 

 この試合で、この大会で1番速い組み手の動きを披露する。何故に今になってそんな事が出来るのか?理屈じゃねぇ、心の有り様だ。

 驚きつつも流石神童、左襟を掴もうとする右手は弾かれた。ああ、だけど慌てて弾いたからかいつもは警戒されて取れない、お前の右袖は隙だらけだ。

 左足で高速に一歩踏み出す、激痛がどうした?そんなもんで止まってたまるか。

 

 踏み出すと同時に左手で右袖を奪う、俺の右手はフリー……この形は一本背負いの形だ。

 

「しっ!!」

 

 仕掛ける、相手の動きを利用するでもなく相手の裏をかくでもなく、相手が一本背負いが来ると最大限に警戒する中で一本背負いを仕掛ける。真っ向勝負だっ!

 

「ぐうっ!!」

 

 神童隼人はあくまでも冷静だった。相手の組み手の形で一本背負いは最初から警戒済み、そして仕掛けてきた一本背負いを体捌き、体重移動、組み手に力を込めて突っ張りを入れての妨害、あらゆる一本背負いを受ける上での最適な防御手段を披露して見せた。

 

「っ!?」

 

 が、体の胴は綺麗に俺の背中と密着し、俺の右手は完全に神童の左脇を挟んで捉える。一つ、教えておいてやるよ神童……

 自分にとっての柔道における……決め技ってのはな…。自分が1番やりやすい、得意な技って意味じゃねぇ……本当の決め技ってのは、相手がどれだけ警戒して対策してもそれをぶち壊して投げちまう技を言うんだっ!!

 

 神童の両足が畳から離れて浮く。左足は全力で技をかけた事によりもうあり得ない痛みを伴う、それでも途中で崩れるようなヘマはしない。

 

 何の為に俺は勝たなきゃいけない?何の為に俺は苦しんででもやり遂げなきゃいけない?最初から分かりきってだ事だ。なのはちゃん、俺は奇跡を起こすよ、君が信じてくれた荒瀬慎司は奇跡を起こすよ。

 だから君だって奇跡を起こせる、努力と、絆と、諦めない心で奇跡は起こせるんだ。それをっ……俺が!

 

「証明してやらああああああああああああああ!!!!」

 

 体を捻って持ち上げた神童を俺自身を巻き込みながら前方へと投げる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 浮かされても必死に抵抗する神童を捻じ伏せて俺は、ここまで全力で闘ってくれた尊敬するライバルを畳へと沈める。

 

 バシィッ!と畳に綺麗に叩きつけられる音が会場に響く。僅かばかりの申し訳程度の声援すらも聞こえない静かな会場に。

 

「い、い、……一本!!それまでっ」

 

 その宣言とともに静かだったはずの会場は大爆発を起こしたような歓声に包まれた。

 

 

 

 

 柔道という武道において、他のスポーツと違ってガッツポーズは恥じるべき行為とされる。礼に始まり礼に終わる武道においてその行為は相手を貶める行為と昔ながらの考え方があるのだ。多くの柔道選手はそれに納得しガッツポーズなんかも取る人は基本的に少ない。

 しかし、大きな事を成し遂げた時人間はその喜びを全身で表現してしまうものだ。荒瀬慎司も例に漏れない。

 

 控えめだが、腕は下げたままで拳を作りぐっと握り噛み締める、そして歓声に包まれながら勝利の咆哮をあげた。

 

 

 

 だが、それを責めるものは誰もいないだろう。努力によって成し遂げた彼の功績を知っている者なら特に。

 

 彼は荒瀬慎司、山宮太郎の意思を受け継ぎその想いを持っていたとしても。彼はこの世界において1人の女の子の為に全身全霊に行動を起こし成し遂げることのできるカッコいい男、荒瀬慎司なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ここまで、なんとか、書ききれた……。全国大会編の感想よろしければお聞かせください、そして誤字報告や評価、ブクマ等感謝です。これからもよろしくお願いします!
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