九尾の両袖から大量の〈ヒトガタ〉が飛び出す。大の字を模し、和紙で出来ているであろう小さなそれは、襲い迫る妖怪どもの身体に次々と貼り付いてゆく。
「発」
かけ声とともに〈ヒトガタ〉は白く輝き、一斉に爆ぜた。
夜の平原を照らす満月の下、〈ヒトガタ〉の炸裂音に続き妖怪どもの絶叫が響き、破裂した身体は次々と草地に四散した。周囲に広がる血の臭いはあまりにも濃く、このまま嗅覚が麻痺してもおかしくはない。そんな
何だ、今のは!? 明らかに“式”を使役した術だぞ! 九尾め、どこでこの術を身に付けた!?
それは後でこいつに聞くとして、問題なのはメイドの攻撃力だ。博麗から教わった防御術と〈
それにしてもあの蹴りを受けてよく助かったもんだな。帰ったら博麗に一杯おごるか。その前に、やるべき仕事を片付けなければならん……!
わたしに回し蹴りみまったメイドを視ると、彼女の背後に肩幅がやたらと広い黒マントの男がいる。その男は一つ目入道ほどではないものの博麗に勝る背を有し、マント越しでもわかるほどたくましい体格だ。
端整な顔を能面のようにしていることから、わたしと同じく考えを読ませないためだろう。メイドと同じ色の長髪を後ろへ回して結い、あらわとなった額の分、より一層に目鼻立ちを引き立てていた。
……あの男、いつの間に移動した? いや、それ以前にあのメイド、〈紺碧衝壁〉の衝撃波をどうやって耐えたんだ? 満月で妖力が増しているとはいえ、いくら吸血鬼であっても平気なはずがない。
もしかして、十字架を投げられた際、〈紺碧衝壁〉の特性を見抜いたのか? だとしたら、あの二体はかなりの場数を踏んだ強者とみていいだろう。戦慣れした二体に、わたしと九尾の連携で勝てるんだろうか?
〈深読み〉による推測を立てた直後、わたしの下で仰向けに倒れている九尾が険しい顔を作る。
「……いつまでわたしに覆いかぶさっている? 気持ち悪いからいい加減にはなれろ!」
声を荒げる九尾から慌てて跳ね起きる。こいつを信じると決めたが、それは仕事上の話であって私情ではないし、そもそもそっち方面の趣味はない。
両足で草地に立って〈魔女の目〉を解除し、わたしは九尾を睨む。
「お前こそ、お
「なら今のうちに飲め。吸血鬼が来る前にな」
立ち上がった九尾が冷ややかな言葉を吐く。そんな九尾に眼光を飛ばしながら、腰のポーチへ右手を突っ込む。左に立つこいつの言う通り、秘薬を飲むのは今しかない。
指先にガラスの冷たい肌触りを感じると、それをつまむ。取り出した小指大ほどの細長い小瓶には、黒褐色の液体が満たされている。これは魔法の森にただよう
コルクのふたを親指で弾き抜き、天を仰ぐように一気に飲み込む。口内に墨汁と泥水とタニシの煮汁を混ぜたような味が広がり、わたしの顔をしかめさせる。本来ならある程度の魔力を温存した上で飲むんだが、気の利かない式神のお陰で今は魔力がない状態だ。
ふと、首からさげた〈紺碧衝壁〉を見ると中央の秘石に輝きが戻り、青から緑へ変わっている。備蓄した魔力が三分の二になった証だ。
とりあえずこれで身を守れるが物理攻撃限定。しかも隣に九尾がいるので、発動したらまた巻き込んでしまう。別にこいつの心配なんかしちゃいない。そのあとの
空になった小瓶を後ろへ放ると、〈ヒトガタ〉を用いた妖術について「さっきのアレは何だ?」と九尾に問いかけた。わたしの記憶が確かなら、アレは陰陽師に通じる導術であり、妖怪が繰り出すモノじゃあない。
「わからないのなら特別に教えてやる。試作型の式神術〈
「式神が式神術だあ!?」
真面目な瞳を向ける九尾に、わたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。澄まし顔でうなずくこいつにウソは感じられない。
……考えてみるとこいつは八雲紫が使役する式神なので、式神を使えてもおかしくない。少しややこしいが。
色々と聞きたいが今は戦闘の真っ最中だ。この疑問は後日に聞くとしよう。……こいつに答える気があればだが。
気持ちを切り替えるために深呼吸したわたしは、個人的質問から現実的な質問に変えた。
「妖波の解析結果は?」
口数少なく問うと、式神は正面のメイドと大男を見据えながら答える。
「こんな状況だ。手短に伝える。あの吸血鬼らは――」
九尾によると、二体とも吸血鬼特有の能力を使用でき、自身を霧や蝙蝠の群れに変化させるそうだ。
……そういう大事なことは早く言ってくれ!
九尾は個別の能力も解析していた。メイドは〈大気を操る程度の能力〉を持ち、風や雷などの気象現象を意のままに出来るらしい。黒マントは〈武器を使いこなす程度の能力〉で、あらゆる武器に精通していると言う。
それで肝心の弱点なんだが……。
「――“陽の光”を浴びせるか、“白木の杭”で心臓を貫く以外にない。他の解析結果は折を見て話す」
端的に説明を終えたとたん、九尾は振りかえりもせず真後ろへ苦無形の妖力を投げつける。程なくして絶叫が上がり、草地に沈む音を立てた。襲い掛かろうとした妖怪が返り討ちにあったのだろう。
こちらの反撃を恐れている今はいい。何もかも投げ捨て、死兵となれば話は別だ。
わたしの経験上、捨て身になった敵ほど厄介なものはいない。それを防ぐには短期で全滅させるしかないが、九尾との連携不成立が難題だ。こいつを信じると決めたが、何一つかみ合わないのがもどかしい。こいつも同じ気持ちなのだろう。
それにしても、吸血鬼の弱点に関する文献や伝聞も宛にならないな。てことは、せっかく用意してきた十字架もニンニクも効かないのか? ……メイドが十字架を担いでいた時点で薄々そんな気がしていたが。吸血“鬼”というからには、炒った豆やイワシの頭は……。効きそうにないな、たぶん。
弱点を聞いたわたしは、ポーチに入れていた箸の十字架と
「物を粗末にするな、と親から教わらなかったのか?」
「箸はドングリの木で作った物だし、ニンニクも知り合いの物だから気にしなくていい。そいつ、お前みたいにイヤなやつだしな」
九尾に軽口を叩いたそのとき、身の丈こす十字架を片手で持ったメイドが跳躍する。放物線を描かず一直線にこちらへ向かってくるので飛翔能力はあるらしい。
左手で振りかざす十字架の素材は不明だが、見た限りだと百キロ以上はありそうだ。それを軽々と扱うんだから、わたしが受けた蹴りの威力もうなずける。
顔前までメイドが迫りくる直前、左に立つ九尾が前方へ巨大な防壁を作る。護符にも似たそれは、わたし達を守る大きさが十分あった。
赤い防壁に阻まれた吸血鬼が急停止した直後、衝撃波がそれを揺らす。ふいに後ろから妖怪どもの悲鳴があがる。おそらく衝撃波のあおりを食らったに違いない。「速さは天狗のごとく」も文献に記されていた通りだが、なんで誤った弱点が載ったのかまるで訳わからん。
それはともかく、なぜ九尾は防壁を張ったんだ? その気になればメイドを迎撃できたはず。まさか魔力が回復しきっていないわたしを守るためか?
九尾の防壁を前にしたメイドが、草地へ立って感嘆な吐息を漏らした。
「……中々やりますわね」
微笑みを浮かべながらのつぶやきは悪意的なものではなかった。むしろこちらの奮闘を称賛したように思える。逆に考えれば、自分たちの力に確固たる自信を持ち、「勝って当たり前」と
「褒め言葉なら光栄だが、
わたしの返答に対しメイドは目を大きく開き、
「わたくし達の言葉を話せるのですか?
耳に入る言葉は日本語だが、唇の動きとまったく一致していないために妙な違和感がある。しかし、こっちの話も普通に伝わっているので、八雲紫の能力がうまく作用しているようだ。
それにしてもこいつ、口調は丁寧だが言葉尻に人を見下す節がある。九尾も同じ気持ちなのか、目尻を吊り上げていた。少しは見下される者の気持ちがわかっただろう。
警戒を高めるわたしと九尾に対し、メイドが巨大な十字架を左に立て置き、つつましく片膝を浅く折る。
「わたくしはカーマセイン・スカーレット伯爵に仕える給仕長兼ハウスキーパー、カストミラ・クロフォードと申します。後ろに控えますは弟のクロード・クロフォード。なにぶん無口ですので、わたくしが紹介させていただきました」
カストミラと名乗るメイドは、四メートルほど後ろに立つ黒マントの男を弟と視線で示した。クロードという名の大男が無表情のまま冷たい眼光を飛ばす。その視線は明らかに殺意をあらわにし、一般の者が目を合わせようものなら恐怖のあまりショック死するかもしれない。
そんな状況のなか、わたしの心は疑問の嵐が吹き荒れていた。
……何か変だ。戦闘中で悠長に名乗り上げないだろ、普通! それとも外の世界の風習なのか?
……いや、違うな。きっと何かしらの意図があるはずだ。博麗の言葉を借りれば、わたしの
少し早いが〈魔女の目〉を発動し、メイドのカストミラとクロードとかいう大男を視る。不気味な笑みを見せるカストミラは、巨大な十字架を左手で支え、スカートのポケットに右手を突っ込んでいた。
……右手が気になるな。他の武器を隠すにしてはポケットが大きく膨らんでいない。何らかの意図があるのはたしかだ。
四メートルほど離れているクロードは、無表情のままわたし達を睨んでいる。マント越しでも目立つ異様に広い肩から細い糸のような物が地面へ伸びており、ピンと張られた糸は合計十二本。まるで細長い針を草地に刺している感じだ。
……待てよ。あの糸が武器だとしたら?
地面に刺すからには、何かを隠す行為に他ならない。射程内なら、それを使って不意打ちをかますはず。だとしたら、カストミラと名乗るこのメイドは囮だ!
〈魔女の目〉は地中を視ることができないので、十中八九地中からくる! 対処しようにも魔力はまだ全快していないし、旋風魔法すら行使できない状態だ。わたしは〈紺碧衝壁〉でしのげるが、防壁を前面へ張る九尾には防御手段がない!
こいつを救う方法はただ一つ。
わたしはありったけの力を右の拳へ込め、勢いよく自分の胸に叩きつけた。
続く。
・オリキャラ:カストミラ・クロフォード
・性格:淑女にして慇懃無礼