東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第十一話◇絶対絶望【前編】

 

 あの魔女、一体なんのつもりだ!

 今宵(こよい)の戦闘で二度目の衝撃波を受けたわたしは、吹き飛ばされながら憤りを抱いていた。カストミラと名乗る吸血鬼に対して思考を巡らせているさなか、魔女がとつぜん魔法具を発動させたからだ。一度目は不可抗力だったと認めるが、今のは意図的なものとしか思えん。

 飛空妖術をもって急制動するも間に合わず、わたしは身体を丸める。頭をかばった直後、左半身に強い衝撃が伝わり、雑草生い茂る大地へ勢いよく転がった。

 およそ六メートルは吹き飛ばされただろうか? 仰向けとなったわたしの視界に、晴れわたった夜空ときらめく満月が入った。背中からはすりつぶされた草の匂いと、程よく湿った土の香りが鼻腔をくすぐる。

 大自然の抱擁(ほうよう)にひたる間さえも在来妖怪どもは与えなかった。好機とばかりに群がってくる八体ほどの敵は、一様にして焦燥と恐怖の形相を作っている。

 二体の吸血鬼から余ほどひどい仕打ちを受けたのだろうが、同情する余地はない。こいつらは賢者である紫様に弓引く裏切り者だからだ。伯爵に寝返った罪は万死にあたいする。

 そんな者どもに両袖を解き、苦無(くない)型の妖力をばらまく。風切音が鳴った直後、身体中を貫かれた八体の敵は絶叫しながら倒れる。満月の影響を受けずとも、下っ端どもの始末などたやすいものだ。

 目前まで迫った脅威を排除したわたしは、両袖を戻しつつ尻尾で立ち上がったが、魔女のお陰で冷静な思考を失っていた。臓物(ぞうもつ)煮えたぎるとはこの事だ。周囲の敵に牽制するべく四方八方へ苦無弾を放つも、わたしの気持ちは晴れない。憤りだけがどんどん募りゆく。

 はたから見ると八つ当たりに捉えられても仕方がないが、苛立ちのすべては魔女の愚行によるものだ。先走って作戦を台無しにした件。妖波を解析した直後に吹っ飛ばされた件。そしてこれ(・・)だ。

 あの魔女の評価を改めかけたが、どうやらそれは誤りだったらしい。

 群がる敵勢を追い払い、わたしは積もった憤りを発散させた。

「大馬鹿者がっ!!」

 〈風呂のフタ〉を見やった直後、憤りは消沈する。わたしの目に映った光景は、魔女がカストミラに首をつかまれ、宙に浮かされた姿だった。

 左手で魔女を軽々と頭上に持ち上げるカストミラの表情は、それまでの気味の悪い笑みをより一層ゆがませている。口端からのぞく八重歯が月光を反射させ、残忍さを際立てた。

 吊り上げられた魔女は苦悶(くもん)の表情で両足をバタつかせ、カストミラの腕に両手の爪を食い込ます。呼吸すらままならない状態での抵抗は、妖怪退治屋として、あるいは人間としての意地なのかもしれない。

 女吸血鬼の足元に、一瞬だが(やじり)に糸を付けた物が地中へもぐるのが見えた。その異様な物体が目に焼きついたわたしは、それまで得てきた知識の中からある武器を思いだす。

 もしや環集多槍鞭(かんしゅうたそうべん)か……?

 

 環集多槍鞭。

 外の世界はもちろん、幻想郷でさえその存在が忘れられた幻の武器だ。その武器をわたしは紫様より聞き及んでいる。

 主に中距離から遠距離の攻撃を目的とした武器であり、左右対称な楕円状の()に六本ずつ鏃をさげ、それを中央の制御球によって操作。防具の肩当へ取り付けるため、必然的に肩幅が一回りほど広くなるのが特徴だ。装備後の姿が、クロードと呼ばれる吸血鬼の肩幅と一致する。

 恐るべきはその鏃だ。未使用時はコイル状に収納されているが、ひとたび目標を補足すると、どこにいようと追尾する槍と化す。鏃にくくられた糸は髪の毛ほどの細さでありながら鋼の硬さを誇り、鞭のしなやかさを合わせ持つ。

 強力な武器だけにその扱いは難しく、十二本の槍鞭を意のままに使いこなす技量がなければならない。雑多な妖怪では制御しきれないだろう。

 紫様の話によれば、その昔、R国のF王子は二十本もの槍鞭を意のままに操ったらしい。

 そんな武器が外の世界にあるはずがないのだが……。

 

 あがき続ける魔女を女吸血鬼が嘲笑(あざわら)う。

「わたくしは知っているのですよ、魔法使いの弱点を。このように喉を封じてしまえば詠唱できなくなるのですからね」

 カストミラの言うことは正しい。魔法使いの手早い無力化は喉を封じるに限る。外の世界に存在しておきながら、その対処を心得ていることから、カストミラと名乗るあの女は相当数の修羅場をくぐり抜けてきたとみて間違いない。即座に魔女を殺さないのが証だ。

 あの吸血鬼はわたしを誘い出そうとしている。かつて同じ策を弄したわたしだからわかるのだ。

 ならば魔女を利用すればいい。わたしが誘いに乗らない限り、魔女をいたぶりこそすれど容易く殺すことはないだろう。

 カストミラの思惑を推し測るなか、晴れた夜空にもかかわらず一筋の稲妻が魔女を直撃した。白目をむく魔女の身体が激しく震える。その際、妖力や魔力を感じなかった。ということは、わたしの解析の通り〈大気を操る程度の能力〉によって大気中の静電気を集束させたものと思われる。

 そうなると魔女の魔法具から発した衝撃波に耐えた理由も想像がつく。おそらく魔法具と同質の衝撃波を発生させて相殺したのかもしれん。己の能力を徹底的に磨き上げていなければ思いつきもしない発想だ。

 苦しむ魔女へ、愉悦にひたるカストミラの瞳が冷たく光る。

「これでも手加減させていただきました。さて、あなたはいくつまで耐えられるのでしょうか?」

 その直後、魔女めがけて断続的に稲妻が落ちる。落雷を受けるたび、魔女の身体が痙攣(けいれん)を起こす。

 やはり殺さない。

 人質を生かさず殺さず扱うのは基本中の基本だ。魔女には吸血鬼の“重石”になってもらう。その隙に裏切り者どもの掃滅。それが最善な方法だ。

 そのような方針を決めた直後、「それでいいのか?」という疑問符が思考によぎり、わたしは否定するように頭を振る。紫様から魔女を意識していたと指摘されて以来、あいつを気にかける幻聴が時折ひびく。

 わたしは魔女の信念を認めてはいるが、同情した事など一度もない。だが、魔女の放心を立ち直らせたのは紛れもなくわたし自身の意思だった。しかし、この機を逃せば裏切り者どもが死兵と化すは必至。そのような事態になれば、わたしであっても収拾がつかなくなる。

 そもそも魔女との連携が何一つかみ合わない以上、戦略として成り立たない。わたしは最善な方法を選択しているはずだ。

 自分を正当化させるように言い聞かせていると、脳裏に紫様の言葉がよみがえった。

 ――「心ゆくまま尽力なさい」

 わたしは幻想郷のため、ひいては紫様のために戦っている。自分で決めた方針にもかかわらず、疑問が生じるのはなぜだ?

 カストミラが放つ雷撃を受けるたび、痙攣する魔女の姿がわたしの目をとらえて離さない。ためらうわたしをよそに、魔女は鋭い眼光をカストミラへぶつけていた。

 瞳から発せられる輝きは、たとえ魔法が使えずとも眼前の敵を倒そうとする意思に他ならない。それは悪必滅をつらぬく魔女の信念そのものだ。その瞬間、魔女の(くじ)くことのない戦意が、わたしを引き止める理由だと理解した。

 「理解とは(おおむ)ね願望に基づくもの」だと聞く。この言葉の通りなら、わたしは魔女を救いたいと願っている。

 放心したあいつを正気に戻そうとした気持ちと同じではないか!!

 ――「『心ゆくまま』の意味、わかるわね?」

 脳裏に紫様の言葉が再び思い浮かんだそのとき、身体は無意識のうちに魔女の方向へ素早く動いていた。

 最善の選択を放棄し、魔女の助けに向かうわたしは大馬鹿者だ!

 妖術を使い、地表すれすれに滑空しながら心中で悪態をつく。そんななか、真下の大地から無数の槍鞭が飛び出す。

 やはり環集多槍鞭だったか!

 待ち受けていた槍鞭の動きを見切り、身体をひねって回避する。事前に予測していたから紙一重でかわせたものの、考えなしに動いていたらあの槍鞭によって身体を貫かれたことだろう。それを想像した瞬間、背筋が凍りつく感触を覚える。

 幻の武器だと明確にわかったと同時に、魔法具を発動させた魔女の意図も理解した。あのとき魔女は、魔力が回復しきっていない状態のなかでクロードとか言う吸血鬼の行動を読み、もっとも有効な手段でわたしを避難させたのだ。

 ……魔女め、味な真似をしてくれる!

 (しゃく)な気持ちを抱きつつ、拳大の妖力をカストミラに放つ。妖力が音速を超えた(くさび)と化す。それがカストミラの左手を切り飛ばした。

 血の尾を引く左手とともに落下する魔女。それを受け止めるべく両手を伸ばす。魔女の背中に両腕を回して抱きとめる。その瞬間、弾力性のある感触が伝わり、わたしを当惑させた。それと同じく魔導服のくすぶった臭いが鼻に刺す。

 魔女を抱きながら五メートルほど退避して振り向く。女吸血鬼は「あら?」と他人事のようにつぶやき、大量の血が噴き出る手首をながめている。痛みをまるで感じていないように思えるその表情は、先ほどまでの不気味な笑みから神妙な面持ちに変えていた。切断された左手に未練を持っているようにも見える。

 そんなわたしをよそに、腕の中の魔女が騒ぎ始めた。

「誰が助けろと頼んだ!? いい加減に離せ!」

 勢いよく暴れていることから、重症を負ったわけではないらしい。心なしか頬が赤らんでいるように見えるが、怒りによる紅潮だろう。

 魔女を救助した自分の行動に納得してはいなかったが、また(・・)奇妙な充実感に満たされていた。おそらく、こいつが放心したときと同じく、わたし自身の意思に従ったからだろう。

 それなのにこいつの態度ときたらどうだ!? 礼儀知らずにも程がある!

 そんな魔女を突き飛ばすように解放し、それまで抱えていた不満をぶつけた。

「命を救ってやった返答がそれか!? 少しは感謝したらどうだ!」

 妖力による全周防壁を張りつつ憤るわたしに、カストミラの左手をすでに投げ捨てた魔女が険しい顔で返す。

「『救ってやった』だと!? わたしを利用しようとしたくせによくそんなことが言えるな! キツネそばでもご馳走すれば満足か!?」

 こいつ、いつの間にわたしの考えを〈深読み〉した? 事実なので否定はしないが……。

 ひと通りまくし立てた魔女はやたらと魔導服を気にしだす。こびりついた返り血が服の表面で赤い玉となり、魔女の手によって払い落とされてゆく。どうやら撥水加工が施されているらしい。そんな魔女の行動がわたしの苛立ちに拍車をかけた。

「お前は何を考えている? こんな状況で身だしなみを気にしている場合か!?」

 群がる妖怪どもが防壁に爪牙を立てるなか、魔女は憤然とした顔をわたしへ向ける。その瞳から放たれる鋭利な眼差しにこいつの真剣さがうかがい知れた。

「お前から見れば無意味だろうが、わたしにとっては大問題だ!」

 言い切るとすみずみまで魔導服を確認しだす。その様子は、どこかに異常がないかをチェックしているようにも見えなくはない。

 それほど大事なものなら戦場に持ち込まなければいいではないか。それはともかく、そろそろ防壁が崩れる。周辺の裏切り者どもの攻撃が激しさを増しているからだ。

 攻め手に回らねばこちらの不利が続く。この状況を打破するには何らかの切っ掛けが必要なのだが……。

 思考を巡らせるなか、「なあ」と左に立つ魔女が口を開く。

「キツネそばの代わりじゃあないが、二体の吸血鬼の本質がなんとなくわかった」

 両肘を抱え、正面に眼光を飛ばす魔女がなにやら〈深読み〉したらしい。以前のわたしなら一笑に付していたが今は違う。状況が状況だけに、こいつの〈深読み〉で少しでも局面が変わるのであれば、それに越したことはない。

 わたしは「聞こう」と返した。

 

 続く。




・環集多槍鞭の元ネタ:円英智著「ロマンシア 浪漫境伝説」
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