東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第十二話◇絶対絶望【後編】

 

 両肘を抱え、正面に眼光を飛ばす魔女がなにやら〈深読み〉したらしい。以前のわたしなら一笑に付していたが今は違う。状況が状況だけに、こいつの〈深読み〉で少しでも局面が変わるのであれば、それに越したことはない。

 わたしは「聞こう」と返した。

「吸血鬼は本気を出しちゃいない。自分たちの不死性に自信があるのか、勝つ気もなければ負ける気もないように思える。かと言って戦闘を放棄しているわけではないらしい。二体とも本気なら今頃わたしは地獄にいるはずだ」

 魔女は自身を指差し力説し、わたしに顔を向けて話し続ける。

「確証はないが、もしかしたら『本気を出さない』のではなく『本気を出せない』のかもな。そうとでも考えないと、妖怪退治屋の立場がない」

 妖怪と人間の差を憂いたのか、魔女は伏し目がちでそのように述べた。顔を正面に戻して唇かみしめる様は、カストミラに対して並ならぬ敵愾心(てきがいしん)を抱えているようにも見える。

 〈深読み〉の後半はともかくとして、こいつが身をもって知り得た情報だ。事実に勝る情報はない。

 こいつの言う通り、限りなく不死性が高い者ほど怠惰(たいだ)な性質になりがちだ。命の危機を気にする必要が少ないのだからな。それを示すように、左手を再生させたカストミラは謎めいた笑顔に戻っている。満月の影響もあってか、よほど吸血鬼としての能力に自信があるのだろう。

 逆に考えれば、数少ない弱点をつくことで勝機が見えるはずだ。……もっとも、夜明けを待つ猶予もなければ、林の中で白木を探す余裕もないが。

 それにしても再生能力が高いという理由だけで本気を出さないわけがない。だが確かめる価値はある。吸血鬼らの持つ自信の根拠がわかれば現状を打開できるかもしれん。ここはひとつ再生能力がどのくらい高いのか確認するとしよう。それには魔女の〈魔砲〉が不可欠だ。

 わたしは、カストミラを睨みつける魔女へ問いかける。

「魔力は回復したか?」

 無愛想な顔のままうなずく魔女を確認した直後、思いつきを実行に移す決意が固まった。

「防壁が崩れる。もって一分だ。そのあいだに重撃魔砲の術式を組み上げろ」

 一刻を争うと判断したわたしは、概要を省略して用件のみ伝える。それを聞いた魔女は大きく目を開き、驚愕した顔を向けた。

「お前は正気か!? 『一分以内に〈魔砲〉の準備をしろ』って冗談を言っているわけじゃあないよな!?」

 魔女の怒声が苛立ちを増大させる。こいつの心中は、指示に対する疑念があふれているのだろう。驚愕の顔をしかめっ面に変えているからわかる。

「冗談などではない! お前も魔法使いの端くれなら何としてでも組み上げろ!」

 わたしも負けじと声を荒げるが、この場で言い争う時間はない。現にわたしと魔女をおおう防壁の所々がほころび始めている。猶予はないと判断し、別な角度から魔女をあおることにした。

「お前の〈深読み〉を証明するまたとない機会ではないか。それにあの女吸血鬼にやられっぱなしで済ますようでは悪必滅の信念がすたるというもの。それを望むお前ではあるまい?」

 煽り言葉を受け、紅潮と言うわかりやすい反応を示す魔女に、わたしは了承の意を感じ得た。

 お互い反目し合う仲なのか、漠然(ばくぜん)ながら魔女の気持ちがわかる。魔法使いとしてのプライドを刺激すれば、このような誘導は可能だ。

 ……こいつを意識していたのは認めよう。だからと言って即座に仲良しこよしになる必要はない。こいつも同じ立場であればそのように思うだろう。

 わたしの思惑をよそに、魔女は無表情という名の仮面を作った。右腕を突き出し、小声で詠唱するに従ってこいつの右手が銀色の輝きを放つ。集まる魔力のかたまりは命の輝きにも見え、わたしの目をとらえて離さなかった。

 ふいに魔女が詠唱を中断する。

「さすがに一分では無理がある。せめて二分ほど防壁をもたせろ」

 顔も向けずに言い放つと魔女は詠唱を再開させる。任せろ、などと無粋な言葉をかける必要はない。自分の役目を果たす。それだけだ。

 組み上がって行く術式にただならぬ気配を感じ取ったのか、敵の妖怪達が血相を変えだす。それまで防壁を破壊しようと躍起になっていた大半の者は我先と逃げ、残りの者はいまだに爪牙を立てている。

 敵の数は二十体程度。「その数であれば二分はもてそうだ」と判断し、防壁の維持に意識をそそぐ。

 今の魔女は〈魔砲〉の詠唱に集中している。今度はわたしが守らねばなるまい。

 ……しかし、恐怖を与える立場の者が、恐怖を生み出す者の防衛とはな。

 因果なものだと考えていると、二体の吸血鬼が近づいてきた。草葉を鳴らしながら悠然と歩みよる姿は、ともすれば今宵(こよい)の戦いに勝つ気すらないように思える。魔女の〈深読み〉もあながち間違いではないようだ。

 二十体の敵による懸命な攻撃が報われたのか、防壁のほころびが誰の目でもわかる具合にひどくなる。このままでは三十秒が限界だ。わたしの心に幾ばくかの焦りが生じだす。

 伯爵配下の二者が目前まで迫ったそのとき、魔女が銀色に輝く右手を天へ掲げる。直後、わたしに視線を向けた。

「防壁を解け!」

 その言葉を耳にした瞬間、わたしは崩壊寸前の防壁を妖力による衝撃波に変えた。それまで防壁を破壊しようとしていた敵勢が木の葉のごとく吹き飛ぶ。

 どのみち崩壊する防壁だ。このように使えば効率がいい。

 雑多な妖怪どもが飛ばされ、眼前の敵は二体の吸血鬼のみ。

 魔女は、夜空にかかげた幾重もの魔法陣に包まれた右腕を前へと突き出す。

「重撃魔砲〈バスター・カノン〉」

 

「……九尾。わたしの〈魔砲〉は当たったよな? 〈深読み〉の立証どころか一矢を報いたとも思えん。これじゃあ意味がない」

 魔女が〈魔砲〉を行使した姿勢のまま、無表情な顔でわたしに視線を向ける。わずかに眉を動かすことから、自慢の重撃魔砲が通用しなかったことに少なからず動揺しているようだ。

 こいつの〈魔砲〉は確かに吸血鬼へ直撃した。この目で見たのだから間違いない。

 二体の吸血鬼は重撃魔砲で上半身が消し飛んだにもかかわらず、黒い霧の集束とともに十数秒足らずで完全に再生を遂げたのだ。それを目の当たりにしたわたしは、再生能力の大元が何なのかを理解した。……いや、思い知ったと言うべきか。

 戦慄(せんりつ)する気持ちを隠しつつ、吸血鬼の不死性を説明するため、魔女に顔を寄せる。

「お前の攻撃は無意味ではない。お陰で吸血鬼の不死性がわかった。よく聞け。やつらは――」

 

 ――やつらは膨大な量の妖力と引き換えに身体を再構成させたのだ。衣服まで再生していることから、群体構成に近い妖怪とも考えられる。たとえ細切れにされようと妖力がある限りはいつでも復活できると言ってもいい。

 妖力を封じて枯渇させれば再生は阻止できる。だが、封印するには手練(てだ)れな二者相手では絶望的だろうし、満月下での吸血鬼は底知れぬ妖力を持つ。それを枯渇させるなど不可能に近い。

 結論を言うと、どちらか――

 

「――どちらか一方に絞れば封じられないこともないが、そのためには相応の時間と隙が必要だ」

 再生能力の説明を終えると、わたしは速やかに魔女から顔を遠ざけた。

 カストミラとクロードは悠然とたたずみ、冷酷な視線を送っている。勝ち誇っているとしか思えないような笑みのカストミラに思わず固唾(かたず)を飲んでいると、魔女が不快げなため息を漏らした。

「……それを確かめるためだけに(・・・)重撃魔砲を行使させたのか? まあ相手は外の世界の吸血鬼だし、お前がビビるのも無理ないか」

「わたしがいつビビったっ!」

 決め付ける魔女に小声で抗議すると、こいつは正面を睨みながら自身の左頬へと指差す。

「なら、その冷や汗はなんだ?」

 思わず左頬に手を当ててみると、冷や汗などかいてはいない。その直後、墓穴を掘ったと悟った。わたしが取った行動は、吸血鬼に対して臆していることを証明するものだったのだ。

「……お前、カマをかけたな?」

 憤りをどうにかこらえて睨むと、当の本人は無表情のまま答える。

「わたしを利用した代金だと思えば安いもんだろ」

 軽薄な皮肉に何も言い返せないわたしが憎らしい。だが、こいつを利用したのは事実なのだから、この場はこらえるしかない。はなはだ不本意ではあるが……。

 それにしても吸血鬼の再生能力には恐れ入る。身にまとう衣服まで再構成させるとはな。「不死の王(ノーライフキング)」とはよく言ったものだ。

 わたしがそのように考えていると、目の前の吸血鬼らが強大な妖気を放つ。

「ご丁寧なお持て成しに痛み入りますわ。わたくし達も相応の返礼をさし上げないといけませんわね」

 右手をスカートのポケットに入れたまま、片手で巨大な十字架を軽々と担いだカストミラが気味悪く笑う。その表情は裏切った妖怪どもを黙らせるほどの殺意も含んでいる。

 それでも負けるわけにはいかない。ここで死ねば紫様の意思に背くことになる。この魔女ではないが、(くじ)かぬ意思はわたしにもある。

 それにしてもこの妖気、殺意はあるが本気さが感じられない。その気になれば即座にわたし達を殺せるものを……。

 疑念が渦巻くわたしをよそに、カストミラの八重歯が月明かりに光る。

「その前に、これまでの戦闘でひとつ確信を得ました。あなた方、今夜初めて組まれたのでしょう?」

 その言葉を聞き、わたしは心中で舌を打つ。

 魔女との連携不足がバレることは危惧していたが、早々に見抜かれるとはな。

 合わせた両袖の手に汗がにじむ。唇を噛みしめるわたしの焦燥は頂点に達していた。

 魔女に至っては、しかめっ面で後頭部をかきまくっている。カストミラから指摘されたことに諦観したような仕草が気に食わない。

 魔女の態度を(とが)めようと思った矢先、平原へ急速に近づく数十もの妖気を感じた。

 総数は五十。伝令の数にしては多すぎる。かと言って味方とも思えん。いずれにせよ、危機的状況をむかえていることは確かなようだ。

 頭上の月は真円を描き、妖力が増幅する輝きをまき散らしている。分け隔てることのないその月光は、とうぜん吸血鬼にも影響を与え、接近する所属不明な妖怪どもも例外ではない。

 わたしと敵を照らす月明かりに「分け隔てないにも程がある」と、心中で恨み言をつぶやく。そんなわたしをよそに、満月は地上の争いを傍観し続けていた。

 

 続く。

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