メイドに即興コンビだと見抜かれた直後、新たな妖怪の一群が現われた。
九尾によると、拠点付近を守備していた在来妖怪どもの一部が、八雲紫の妖気に恐れをなして逃げてきたらしい。まあアレだけ殺す気満々の妖気を間近で味わったんだから、尻尾巻いて逃げ出すのは当然だ。……実際、わたしもビビった。
そんなやつらに対して九尾が「今からでも遅くはない。わたし達に助勢しろ」と説得を試みたが、逃げ込んできた妖怪どもは黒マントの
こっちは人間の魔法使いと九尾の狐。あっちは高位の妖怪である吸血鬼が二体とその下僕に成り果てたお仲間の群れ。どちらが有利か
かくしてせっかく減らした敵勢力は増大し、おかげで劣勢を強いられる結果となった。
満月が輝く夜空の下、わたしは憤りを隠しながら、群がる妖怪どもを魔法で迎え撃っていた。なぜなら地上の敵勢力をたった一人で相手にしているからだ。
襲い掛かる妖怪どもの攻撃をかわして見上げると、はるか上空で九尾がメイドを含む少数の妖怪どもと交戦していた。
あいつ、「わたしは空から攻める」と一方的に言い放って飛んでいったが、本当のところは〈
それにしても九尾に殺されかけるわ、大事な魔導服を汚されるわ、敵はわんさか増えるわ……。なんで今夜に限ってこうもついてないんだ!? 絵に描いたような
そりゃあ先走った自分が悪いけどさ……。だからってこんな目に遇わすことないだろ!!
回りは〈魔女の目〉に頼らずとも敵だらけ。怒声と悲鳴と断末魔が耳に入り、鼻は鮮血と肉が焼け焦げる臭いでいっぱい。戦いと無縁な者がこの光景を目にすれば、あまりの
戦闘が始まってどのくらい経っただろうか? 体感では一時間半は経過しているように思える。
てことは〈魔女の目〉の限界時間が半分になったも同然だ。このまま長引けば、ヴィジョンが脳裏に焼きついて幻視を招いてしまう。そうなると視覚異常が生じてますます不利になる。
戦闘の継続性を懸念したわたしは、〈魔女の目〉の有効範囲を半径五メートルに狭めた。これで少しは長くもてるはずだ。
その直後、地鳴りとともに大地が揺れだす。正面から三歩手前の草地がいきなり隆起する。わたしの前に巨大な石板が立ちふさがった。岩盤妖怪の
墓石に手足を付けたような身の丈は五メートルほどだろうか? 巨大な身体を前のめりにさせている。中央に位置する吊り上った目から熱い光を放っているので、このままわたしを押し潰すつもりらしい。
その背後に、この妖怪の攻撃を避けるだろうと見越した阿呆どもがいる。左右の腕を鎌に変えた
岩盤妖怪の攻撃をかわした隙に殺す気なんだろうが、あいにく
敵の行動を予測している間に術式は組み上がった。魔法を行使するため、右手を腰の後ろへ引きこむ。不通佐無の巨体が顔前まで迫る。わたしは右手を勢いよく突き出す。
「閃光魔法〈スパーク・フォース〉」
丸太ほどの閃光が
彗星にも似た光が右手から放たれ、押し潰さんとする不通佐無の巨体をたやすく貫いた。中央に大きな風穴を開けた岩盤妖怪はただの石板でしかない。それまで前のめっていた身体は、閃光魔法の衝撃で逆方向にかたむく。程なくその石版は、後ろにひそむ二体の妖怪を巻き込んで地に伏した。
下敷きにされた敵の短い断末魔を聞く間さえ与えず、妖怪どもが怒号とともに押し寄せる。襲い掛かる形相は、どいつもこいつも同胞の仇討ちと言わんばかりだ。
こいつらは吸血鬼からの暴力によって意思を統一している。いや、させられたと言うべきかもしれない。その意思を別な方向へ活かせば死なずに済んだはずなのにな。
そんな想いが脳裏によぎったとき、環集多槍鞭とかいう武器が妖怪どもをかい潜り、わたしの身体へと襲う。槍鞭の根元についた細い糸が幾多の曲線を描く。その軌道はまるで獲物を捕食しようとする蛇のようだ。程なくして刃の蛇がわたしの身体中に牙を突きたてた。
魔導服越しに刺す痛みを感じた瞬間、〈紺碧衝壁〉から
戦闘が始まって以来、メイドと黒マントの攻撃のほとんどは在来妖怪どもが仕掛けた後だった。あの姉弟が何を意図しているのかわからんが、こそこそとした攻め方はわたし達を舐めてるとしか思えない。
戦いがこのまま長引くと〈紺碧衝壁〉の備蓄魔力が底をついてしまう。その証拠に魔力残量を示す秘石が赤く光っている。使えるのはあと二回――。
……まさかあの黒マント、これを狙って遠距離から攻撃しているのか!? だとしたら在来妖怪どもの隙間から攻めるのも納得がいく。
――妖怪どもの隙間から……?
なぜそんな回りくどい攻撃を仕掛けるんだ? 「鬼の強さ」と「天狗の速さ」を持つんだからすぐに片付くじゃないか。それなのに、片鱗を見せただけで手抜き同然の攻め方しかしてこない。
……ひょっとして、本当に“勝つ気も負ける気もない”のか? わたしだったら本気を出せない理由がない限り、こんな体裁を守るような戦い方はしない。でなければ人間のわたしは今ごろ殺されているか、血を吸われて
――吸血……? もしかして……!
ひとまず態勢を立て直そう。魔法具もそうだが自分の魔力もそろそろやばい。今の内に秘薬を飲んでおきたいが、黒マントはその隙を見逃さないはずだ。〈紺碧衝壁〉の魔力を入れ直す暇もないし、深追いは命取りになりかねない。
不利な状況が続くと考えたわたしは、早口で呪文を詠唱する。右手に集まる魔力が赤い光を放つ。即座に右手を濃緑の大地へ振り払う。
「
本日二回目の焔壁魔法は妖怪どもの
戦闘序盤でこの魔法の威力を思い知らせてやったんだ。これを恐れないやつは、あの吸血鬼姉弟だけだろう。
紅蓮の炎によって妖怪どもが混乱している隙に飛行魔法を行使する。魔法の浮力が身体を包み込む。わたしは瞬く間に夜空へ上昇した。
魔導服越しに大気をつんざく感触が伝わり、空気抵抗の気流が頬に伝う汗を吹き飛ばす。十メートルほど上昇して眼下に視線を向けると、炎の壁を突き破った槍鞭が見えた。あのままでいたら串刺しにされていただろう。無数の槍鞭に貫かれたらと思うと
黒マントに視線を移すと、感情のない顔でこちらを見上げている。するどく睨む碧い瞳は絶えず殺意を放ち、さながら殺戮人形のような面立ちだ。
もしわたしが黒マントの立場だったら必ず追撃をかける。この場に留まるのはやばい。〈紺碧衝壁〉もまだチャージ中だし、距離をとったほうがよさそうだ。それに空中戦はあまり得意じゃあない。
身の危険を感じたわたしは、ふと三十メートルほど離れた平原中央の大岩に視線を向けた。それまで敵勢が集まっていたが、今は妖怪の「よ」の字もない。態勢を直すには打ってつけな場所だ。ひとまずそこを目指して移動し始めた。
十メートルほど飛行したとき、右手をポーチに突っ込む。指先に触りなれたガラスの感触が伝わる。素早く秘薬を取り出したその直後、六時方向の上空からこちらに急速落下する九尾が視えた。
飛空妖術を使わずに盛大な背面飛行状態の九尾。――それを避ける
まばたきする間もなく背中に強烈な衝撃が走った。背骨を折らんばかりの激痛に肺の空気が一瞬で吐き出る。それになんとか耐え、薄らぐ意識を保つ。しかし今のショックで〈魔女の目〉が解除され、握っていた小瓶を離してしまった。
満月を侵食するように、黒褐色の液体が夜空へ散ってゆく。
わたしの身体は九尾とともに地上へと急加速している。飛行魔法を駆使して急制動するも、無駄なあがきでしかなかった。
斜め方向へ落下するわたし達に平原のヘソたる大岩が迫る。距離は約十五~六メートル。このままではこいつと一緒に激突死だ。魔法を行使する間などあるはずもない。
絶体絶命のそのとき、〈紺碧衝壁〉の秘石が光りだす。チャージ完了の合図だ。
そうだっ! またこれを利用しよう! 衝突する寸前で〈紺碧衝壁〉を発動させれば、衝撃波が大岩に跳ね返って助かるはずだ!!
助かる手段がひらめき、わたしは右手にありったけの力を込め、意識があるかどうかわからない九尾へ叫ぶ。
「おいっ! 衝撃波を出すから注意しろ!」
「ならわたしの合図に合わせろ!」
背後から偉そうな声が耳に響く。どうやらくたばっちゃいないようだが、これからわたしが何をするか承知しているような口ぶりだ。落下する速度と斜角と大気流あたりを計算し、タイミングを割り出すつもりらしい。正直いって、わたしじゃあこんな状況で計算できない!
とにかく疑問や雑念は後回しだ。ここは九尾に任せよう。
すぐにも我が身を叩きたいが、その衝動を強くおさえる。こいつが発する合図を聞き逃すまいと、聴覚に意識をそそぐ。今聞こえるのは風を切る音と自分の鼓動だけだ。
大岩がみるみる近づくにつれ、脈打つ鼓動は激しさを増す。しかし少しでも焦ればそれこそ最後。九尾の計算は無駄になり、助かる命も助からない。
二度も先走ってたまるか!
大岩との差が約二メートルを切った瞬間、「今だっ!」と九尾の声が耳に入る。待ってましたとばかりに握りしめた拳を自分の胸に叩き込んだ。こいつの計算通りのタイミングで〈紺碧衝壁〉が発動し、碧い衝撃波を放つ。その直後、大岩から跳ね返った衝撃波が襲い、わたしと九尾を引き離した。
仰向けで急上昇しているため全身が大きく仰け反る。骨という骨が折れるような痛みは、きしむという表現すら生ぬるい。以前に戦った鴉天狗の
激痛に耐えつつ歯を食いしばり、強く
大岩から遠ざかって何秒がたっただろうか? 全身の痛みから解放されて目を開けると、
助かった……!
絶体絶命の危機を回避し、思わず安堵のため息をつく。飛行魔法でバランスをとると、慎重に敵の様子をうかがう。敵勢との距離は約三十メートル。あっちも必死になって態勢を立て直している。もっとも、必死なのは在来妖怪どもだが。
無理やり隊列を組ませるために黒マントが槍鞭で強要し、いつの間にか地上へ降り立ったメイドが巨大な十字架を振るって脅す。暴力によって服従する妖怪どもの身体には、裂傷や打撲痕が痛々しく残っており、明らかに戦闘で負った傷ではない。その光景を視界に捉えたわたしは、ふつふつと怒りが込み上がってきた。
寝返った妖怪どもに同情するわけじゃあないが、まるで奴隷も同然じゃないか! 勝手に侵攻しておいて何様だ! そんなに吸血鬼は偉いってのか!?
憤りを抱えつつ大岩付近に着地する。ブーツ越しに草地の感触が伝わると、改めてメイドと黒マントの必滅を決意した。
背後から草葉を踏む音が鳴るが、九尾の立てたものだと容易に想像がつく。激突死を免れたことに肩の力でも抜いているんだろう。
……それにしても、大岩を回避したタイミングは絶妙だったな。死を目前にしたからか、こいつに対するわだかまりが「どうでもいい」ような気がした。ひょっとしたら、それが勝利の鍵――なのか……?
そんなことを考え、改めて秘薬を取り出して口に含む。あまりの不味さに顔をしかめていると、聞きなれた声が耳に入る。
「少しは吹き飛ばされる者の気持ちがわかったか?」
いちいち棘のある言い方が
「いつまでも根に持つと――」
憤然とした心持ちで肩越しに振り向いた途端、わたしは声を失う。いがみ合う式神の姿を目にし、空の小瓶を落としてしまった。
九尾は両袖を合わせたいつもの姿勢で立っている。しかし左上腕の袖が破れ、大きな裂傷が嫌でも目につく。傷口から大量の血が流れ、袖下に赤い染みが滲んでいる。誰の目でもわかるくらい相当の深手だ。
普段のきつい表情をさらに険しくし、痛みの度合いは想像にかたくない。こいつが流血する姿を見たのは初めてだ。
「その傷はどうした!?」
予想だにしない姿を目にし、思わず上ずった声を発してしまう。
「カストミラが振るった十字架によるものだ。大した傷ではない」
わたしを見つめる九尾は普段通りの淡々とした口調だが、声がくぐもっているように聞こえる。よほどの痛みに耐えているのだろう。
人体を模す妖怪や妖精、あるいは神などは、人間と大して変わらない構造だ。それゆえ急所も同じ位置にある者が大半を占める。
いくら九尾であってもこのまま放置していたら出血死は免れない。こいつがくたばったらわたし一人で妖怪どもと戦うことになる。どう考えても不利だ!
九尾との危機を感じたわたしは流血する式神に近づき、懐から木綿で出来た白いハンカチを取り出した。
「何の真似だ? 人間の施しなど受けん」
九尾は一歩後ずさり、応急手当てに拒否の意を示す。その表情は妖怪としてのプライドなのか、露骨に嫌そうな顔をしている。だが、そんなのはお互い様だ。実際、こいつに助けられたわたしも同じ気持ちだったからな。
「いいから受けろ」と近づくが、九尾は頑として拒む。その気持ちはわかるが、今手当てしないと取り返しがつかなくなる。……と、なんとなくそう思う。
こいつの頑固な態度に苛立ちが頂点に達し、わたしの感情はとうとう爆ぜた。
「意地張ってる場合か!? わたしは医者じゃないが、怪我の具合くらいわかる! 出血のせいで頭がボーっとしてるんだろ!? 今止血しないと死ぬぞ、お前!!」
今の心情を全力で吐き出したわたしに対し、九尾の顔は痛みに耐えながらも困惑を滲ませている。見据える瞳も同様に揺れ動き、こいつは自身の気持ちを整理しきれていないようだ。
「早くしないと敵が攻めてくるぞ。ついでに、これまでの戦いからメイドと黒マントの狙いが何なのかを聞かせてやる。だから手当てを受けてくれないか?」
わたしの熱意が伝わったのか、あるいは観念したのか不明だが九尾は小さなため息をつき、そしてバツが悪そうにそっぽを向いた。
「念のため防壁を張る。手早く済ませろ」
相変わらず偉そうな言い方だが、応急手当てと〈深読み〉の内容を受ける気になったらしい。
ハンカチの隅を摘んで勢いよく振ると、スカーフ大に広がる。それを咥えて一気に引き裂くと同時に、わたしと九尾の全周が防壁でおおわれた。
続く。
・オリキャラ:クロード・クロフォード
・性格:無口にして殺意のかたまり