東方月煌幻 ~月下の銀狐~   作:沢村亮輔

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第十四話◆鋼の結束【前編】

 大岩に背を預けながら座る九尾へ、わたしは止血処置を施していた。傷口を押さえて圧迫し、引き裂いたハンカチできつく縛る。するとこいつの口から激痛にもだえる声が漏れた。圧迫止血だからそりゃあ当然だ。

 止血と並行し、〈深読み〉の内容を話す。防壁に守られているとはいえ、いつ敵が攻めてくるかわかったもんじゃない。そんな状況なので端的に説明することにした。

 

 二体の吸血鬼は在来妖怪を盾にしながら攻めている。「木は森へ、石は砂利へ、水は湖へ」という言葉をなぞれば、「吸血鬼は妖怪どもへ」――だ。

 その気になれば即興コンビであるわたし達を瞬殺できるはずなのに、そうしようとしない。それは満月の夜なのに「本領を発揮する事ができない」状態だからだ。むしろ「これ以上の力を出せない」と言ってもいい。

 例えば、かなり以前から血を吸っていないとしたら? 伯爵がメイドと黒マントの真価を恐れたと仮定すれば、吸血禁止を命令したとしてもおかしくはない。それでも強大な力には変わりないが。

 あの姉弟が「勝つ気も負ける気もない」態度をとる理由は、吸血鬼としての体裁を守るためのハッタリだ。

 

「……お前は決戦の最中にそんな妄想をしていたのか? 紫様がお聞きになれば呆れ果て――痛っ! 今わざとやっただろ!?」

 一言多い九尾に対し、〈深読み〉の内容と止血処置が終わった意味も含め、傷口に巻かれたハンカチを軽く叩いた。まじめな顔でムキになるこいつに頬が吊り上る。余計なことを言った罰だ。

「妄想だと言い切るんなら、これまでの戦闘を思い返してみろ。攻撃パターンが一致するはずだ」

 人の意見を妄想とぬかす九尾に冷たく言い放ち、わたしは腰を浮かせた。

 胸ポケットから懐中時計を取り出し、現在の時刻を見る。確認した直後、思わず舌を打つ。長針はⅩを差し、短針がⅩⅠに近づいていたからだ。思っていたよりも時間がかかっている。

 〈紺碧衝壁(こんぺきしょうへき)〉の備蓄魔力はあと一回分。魔力全快秘薬は残り一本。〈魔女の目〉の発動限界はもって一時間。自身の魔力以外はジリ貧だ。

 現状確認して後ろを振り向くと、三十メートルほど先にいる妖怪どもは隊列を整えていた。いつでも突撃できる状態だ。

 どうやって巻き返そうか、と思考を巡らすなか、衣服が擦る音を耳にする。顔を戻すといつもの姿勢の九尾が澄ました表情でたたずんでいた。

 左上腕に巻いたハンカチがわずかに滲んでいるが、出血は止まったらしい。念のため(わき)の下から肩にかけてハンカチできつく縛ったが、二重に止血処置して正解だったようだ。

 ……博麗から教わった応急手当てがこんなところで役に立つとは思わなかった。人生どう巡るかわからないな、まったく。

 そんなことを考えていたわたしへ、九尾は真一文字に結んでいた口を開く。

「お前の意見が正しいようだ。これまでの戦闘を検証したが、やつらは在来妖怪達が攻撃した後に攻めていたし、カストミラの攻撃を受けた時も同様だった」

 九尾がわたしの意見を認めたことに驚きはもうない。こいつの心境の変化は気になるが、いちいち驚いていては先が危うくなる。こいつも同じ気持ちを持ったからこそ検証したのだろう。その証拠にわたしを見据える瞳は信頼に満ちた光が揺れ動き、以前の高慢さなど微塵もない。

 九尾はさらに言葉を重ねる。

「あの姉弟が『本領を発揮できない』とお前は言うが、あながち間違いではない。あの二体の妖波を解析したとき、ほぼ同質なモノを感じた。当初は近親者だとして気にも留めなかったが、お前の指摘を受けて再考した。血を吸わなければ吸血鬼の能力は徐々に衰える。おそらくあの姉弟は吸血禁止を下命され、互いの血を吸い合っているのだろう。もしかすると全力に近い状態となるため、今宵(こよい)の満月を待ち望んでいたのかもしれんな」

 言い終えると顎で正面を促す。九尾の示す方向へ振り向いたわたしの目に、咆哮(ほうこう)を上げる妖怪どもが映る。どいつもこいつも恐怖を大声でごまかしたやつばかりだ。

 そんな連中の最後尾にメイドが薄ら寒い笑みを浮かべ、黒マントが感情のない顔で攻撃の機会をうかがっているのだろう。妖怪が妖怪を盾にするなど、ちゃんちゃらおかしい。

 正面へ身体を向け、腕組みで敵勢を凝視するわたしの右隣に九尾が歩みよる。いっけん落ち着き払っているようだが、妖怪どもを凝視する瞳は炎のように揺らめき、憤りの度合いがうかがい知れる。本気を出せない吸血鬼に舐めた真似されたんだ。こいつの(はらわた)はどろどろに煮え繰り返っているに違いない。

「おい、魔力と装備はどれほど残っている? カストミラとクロードの攻撃に対抗できる手段があるが、わたしだけでは無理だ。お前の手を借りるが異論はあるまいな?」

 高圧な口調でたずねる九尾に思わず吹き出しかける。素直に「手伝ってくれ」と言えばいいのにな。人間相手に心を開くなど、妖怪のプライドが許さないのだろう。それにこいつの言う対抗策はだいたい察しがつく。

 メイド張りの異様な笑みを作り、わたしは答える。

「〈紺碧衝壁〉はあと一回。秘薬は残り一本。保有魔力は、雑魚どもの掃除くらい十分可能な量だ。“盾”の排除がお前の狙いだろ?」

 わたしの笑みに九尾は薄ら笑いを向け、「段々わかってきたようだな」と述べて言葉を重ねる。

「お前ほどの魔法使いならば切り札の一つや二つくらいあるのだろう? どのようなモノか話せ。最後の締めに使えるか検討したい」

 それまでの笑みをひそめ、九尾は厳しい表情に変えて返答を待っている。思いついた策に必要らしい。おそらく、眼前まで引きつけた敵勢をまとめて片付けるためだろう。

 切り札なら二つほどあるが、秘密にしているからこそ切り札と呼べるのだ。いずれもリスクを伴うので出来れば使用は避けたいが、この状況では使わざるを得ない。

 切り札について思考を巡らせたわたしは、腕組みのまま片眉を吊り上げた。

「ならお前も明かせ。でないと割に合わない」

 交換条件を要求すると九尾は無言でうなずく。厳しい表情で見据える瞳にあざむく気配はない。その澄みきった瞳がわたしを話す気にさせたのだろう。

 

 切り札のひとつは〔零式重撃魔砲〈バスター・カノン タイプ・ゼロ〉〕。

 魔導服の裏面に重撃魔砲の術式をすみずみまで施しているので、魔力さえあれば詠唱することなく行使できる優れものだ。

 ただし一発限り。

 行使後に重撃魔砲の術式が消滅するためだ。

 施した術式はデリケートなため、魔導服が汚れたり破けた場合、機能しないおそれがある。わたしが服に気を配るのはそんな訳だ。

 もうひとつは〔轟雷魔砲〈テスラ・カノン〉〕。

 直径六十センチほどの雷球を作り出し、周囲一帯に数多くの稲妻を落としまくる〈魔砲〉だ。なので威力のほどは降雷魔法を遥かに上回る。

 広範囲かつ高威力な分、消費魔力は半端なく、制御も難しい。しかも詠唱が長いわりに行使できる時間は一分弱。それ以上は制御負荷の影響により両腕が壊れてしまう。

 諸刃の“剣”という言葉を“魔法”に取り替えたようなこの轟雷魔砲だが、博麗とかわした何気ない会話が切っ掛けであみ出したものだ。

 

 わたしが持つ切り札の内容を簡潔に話すと、九尾は約束どおり自分の持つ切り札を明かした。それは式神術の狐狗狸散(こくりさん)で、わたしとこいつが土に還りかけた直前に放ったものだ。

 詳しく聞くと〈ヒトガタ〉に“式”を憑かせ、それを数多く意のまま操るという。“式”が憑いた〈ヒトガタ〉は探索から射撃まででき、時には自爆させることも可能だそうだ。しかしまだ試作の域を越えておらず、膨大な妖力と集中力を消費するらしい。行く行くは「自我を持つ式神」を作るつもりなんだそうな。

 人間を見下す九尾の“人間くさい”考えにまた吹き出しかける。それは、子供を授かりたいと願う人間の考えと何ら変わらないからだ。こいつは人間を見下しているが、無意識にうらやんでいたのかもしれないな。

 皮肉の言葉を探す間もあたえず、九尾が口を開く。

「轟雷魔砲を使え。合図はわたしが出す。先ほどのようにな」

 即答した九尾にわたしは思わず嘆息を漏らす。詠唱時間より攻撃範囲を選んだこいつの判断は正しいが、轟雷魔砲の術式組み上げに約三分かかる。

「詠唱する時間が問題だ。その間わたしは無防備か?」

 手の平を上にして問いかけるわたしに、九尾は口端を吊り上げ、犬歯にも似た八重歯を覗かせる。

「わたしを誰だと思っている?」

 両手で振り払うように防壁を解除する姿は、皆まで言うなとばかりの意思に思えた。満月の影響による妖力の増幅と考案した作戦によっぽど自信があるのだろう。

 合わせ戻した両袖と、背中から覗く九つの尾が勇ましく見え、自然と頬がゆるむ。そんなわたしに九尾は笑みを返し、この時点であらゆる疑問が消え去った。

 こうしたやり取りをするのも今夜が初めてだ。

 真顔に戻した九尾が口を開く。

「説明するまでもないが、念のため確認しておく。お前の役目は――」

 

 九尾が考案した対抗策は、最初に点で攻めて敵をひきつけ、面の攻めに切りかえる作戦だ。

 お互い密接してわたしが〈魔女の目〉で全方向の敵を捕捉し、こいつが妖波解析で弱点を割り出す。二者で行える極めて有効な攻撃手段だ。

 盾にしていた妖怪どもが減れば吸血鬼らは焦り、ほぼ確実にこちらを畳みかけるだろう。敵勢が集中攻撃を仕掛けてきたらしめたもの。轟雷魔砲と狐狗狸散で一掃できる。

 問題は黒マントの槍鞭(そうべん)だが、九尾によると「環集多槍鞭(かんしゅうたそうべん)は岩などの鉱石物を貫くことができない」らしい。言われてみれば、実際受けたのは地中からの不意打ちか直接攻撃ぐらいだ。以前のわたしならまったく信じる気もなかったが、今は疑問の欠片もない。

 

「――理解できたか、魔女?」

 説明し終えた九尾に「ああ」と答えると、澄んだ視線を向けられる。博麗と同じ純粋さを持つ式神に迷いはなく、人間の魔法使いを信頼する気持ちが伝わった。

 互いにうなずき合うとどちらともなく宙を舞い、それまで背にしていた大岩の上へ降り立つ。

 正面に視線を向けると、今にも総攻撃をかけそうな在来妖怪どもが、そろって雄叫びを上げる光景が映りこむ。狼の遠吠えを下品にしたとしか思えない大声は、吸血鬼からの酷な扱いに対しての怨嗟(えんさ)か、その生き方を選んでしまった嘆きなのかもしれない。

 そして、何もかも投げ捨てた死兵と化す前兆でもある。あれだけの数がやけくそを起こしたら、わたしもこいつも瞬殺されて間違いなく地獄行きだろう。

 ……そういや、敵の総数は何体になったんだ? 五十体ほど倒したが、そこから先は数える余裕がなかったが……。計算魔のこいつならカウントしているに違いない。

 そう考えたわたしは、右隣で両袖を合わせている九尾に「敵の数は?」とたずねる。

「現時点で百二十二体。ちなみにスコアは八十二対七十四でわたしがリードしている。質問はそれで終わりか?」

 嫌味な笑顔を向ける九尾の報告は、記憶から抜け落ちていた賭け勝負を鮮明にさせた。その笑顔を目にし、わたしの腸は煮立ち始め、しかめた顔を逸らす。

 敵の数だけ答えればいいのに余計なことを言いやがる。このままだと負け越すじゃないか! ……言いだしっぺはわたしだが。

 やや間を置いて、返答するために九尾を見やる。

「一つある。お前が再起不能になったらどうなるんだ? 主にお前の世話を焼かせる気か?」

 そのように言い捨てると九尾は眉根をつめて睨みつけてきた。それを無視し、正面を向く。

 わたしの目に映った光景は、(せき)を切ったように突撃しだす妖怪どもだった。名もなき平原には、吸血鬼の強大な力に屈服した者達の怒号が響きわたる。メイドと黒マントは今のところ姿を見せていない。また在来妖怪どもの合間をぬって仕掛けるつもりだろう。

 草葉と土煙を散らしながら迫る敵勢力に対し、わたしは〈魔女の目〉の有効範囲を限界まで広げた。半径十メートルの全天周が視界となった事は、脳裏にヴィジョンが焼きつく事を意味する。そんなのは承知の上だ。

 今全力を出さなければ吸血鬼の思うつぼ。余力を残してくたばれば幻想郷が滅んでしまう。外来妖怪から幻想郷を守るためなら視覚がどうなろうと構いやしない。

 わたしが悪必滅の信念を貫く限り、負ける訳にはいかないからだ。

 

 続く。




・魔女の目の元ネタ:TAITOのstg、レイフォースの自機X-LAYの設定から
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